ナギヨシの一挙手一投足が、黒スーツの塊を蹴散らす。それは決して彼らの練度が低いからでは無い。指揮系統も、それを実行する組織力も個々の実力も伴っている。
だがしかし、そんな容赦の無い猛攻を、立ち位置1つ、間合い1つでナギヨシは凌ぐ。そして優位な状況を作り出し、複数人を巻き込み仕留め続ける。時には花瓶を、時には剥がれた床板をと言った具合に、環境そのものを利用した攻撃に黒スーツたちは叩きのめされていく。
「退きなぁ!!奴の花道を飾るにゃ、まだまだ盛り上げ足りンぜぇ!!」
つまるところ、武闘派である黒スーツたちを遥かに上回る個の暴力。それが平坂ナギヨシという男なのだ。
「だ、だめだ!止まらねぇ!!」
「行け!行けぇぇぇぇ!!俺たちがカタギに恥欠かされちゃ生きて表を歩けねぇぞぉ!!」
「じゃあアンタが行けよぉ!!さっきから指示ばっかで手ぇ動かしてねーじゃねぇか!?」
「うるせぇ!俺が行ったらこのまま全滅だからね?ちゃんと大学行って頭の良い俺がいなきゃ、お前らもうとっくに終わってるからね?保育園もオムツも卒業してない奴が口答えすんじゃねぇ!」
「してっかっらぁ!?保育園どころか小学校も卒業してっから!?なんならオムツじゃなくてトランクスだからこ ぁ!?未だブリーフ卒業出来てないお前とは違いますからぁ!!」
立場を競いあっている黒スーツ2人の空気など読まず、ナギヨシは容赦なく顔面に攻撃をかます。勢いのまま地面に伏し、意識を失う2人の様は喧嘩両成敗を体現していた。
「ったくよぉ。ブリーフもトランクスも軟弱甘ちゃんなんだよ。ボクサー一択だろうが」
倒れた勢いで舞い上がった埃が消えると、そこには和風の屋敷に似つかわしくない、大理石で作られた荘厳な扉がナギヨシを待ち構えていた。
「急に雰囲気変わったんですけど。さっきまで如くってたのに、急にファンタジーじゃん。ラスボス部屋だからファイナルってこと?個人的にはカオスとかロウとかルート分岐できる方が好きなんだけど……まぁ、いいか。分かりやすい」
ナギヨシは扉を強く押す。力のかけ方とは相反して、その扉はあっさりと開いた。
そこは天井が高く、薄暗い。まるで別の空間に来たようにさえ感じる。
突如、部屋が光に包まれる。目に移る大きなシャンデリア、2階にも及ぶ客席。そして幕の降ろされた舞台。
そこは大きな劇場だった。
ナギヨシを待つものは鬼か蛇か。
「クックックッ……よく来たなぁ!金城が誇る地下劇場へ!まさかお前が恐れずにここまで来るとは思わなかったぞ、ケンス……ってお前はぁぁぁぁぁぁ!?」
幕が上がる。そして男の笑い声が木霊した。
その正体は金城ノゾムその人だった。だが、ノゾムの目の前に立つ男は彼の予想とは違った。アドリブに弱いのか、ノゾムのキメ顔は崩れ去る。
「ゆりかごから墓場まで。この世にあるものなんでもござれの岩戸屋店主、平坂ナギヨシだ。以後ヨロシクゥ!!」
「ヨロシクゥじゃねぇよ!!お前よくも人様の顔道路にしてくれたなコノヤロウ!!いーよ!?俺は金持ってるから、お前殺させてくれたらいいよ許すよ!?100歩譲ってそれは許すよ!?なんで肝心のケンスケじゃないんだよ!?私は結構期待してんたんだよ?捕らわれの姉を助ける弟とか王道展開じゃないか!?」
「何だよ、そんなナリして姉萌えかぁ?残念なこと言うと、世間一般じゃそんなのファンタジーだ。ブラコンなんて有り得ねぇ。弟に産まれた時点で……もう一生姉の奴隷なんだよ」
「ひとりっ子の夢を壊すなよ!!優しいお姉ちゃんだって、存在していいはずなんだ……!!」
「弟たちは皆等しく姉のパワーに虐げられるんだよ。最初は抗っていても、いつの間にやら従ってるもんなんだよ。お茶注がされたり、皿とか洗わされたりするんだよ。挙句の果てには、姉貴の結婚式とかで泣くハメになんだよ」
「や、やめやがれ!それ以上は……それ以上は今まで鍛えてきた理想の姉属性が壊れてしまうぅぅぅぅ!」
「そうだ。お前が好きなのは姉ではない。|姉属性だ。本物の姉には勝てねーんだよ」
ノゾムは何かに脳を焼かれた様に頭を抱え、悶え苦しんでいる。そんな彼に構わず、ナギヨシは言葉を畳み掛ける。
「露骨に優しい姉なんか存在しねぇ。それでも弟が姉を慕ってるのは、どこかしらで不器用な優しさを感じてるからなんだよ。なぁ、ケンスケのねーちゃん」
椅子に縄でがっしりと縛られたソラに、ナギヨシは言葉を投げかける。
「ケンちゃん……ケンスケは大丈夫なんですか!?それに貴方は……!?」
「安心しな。アンタにとっての正義の味方だよ。俺はケンスケに協力してくれって頼まれたモンだ。アイツももう少ししたらきっと来てくれるさ」
「なんですって!?だめです!呼ばないでください!!ケンちゃんが殺されちゃう!!ひ、平坂さんも逃げてください!!わ、私1人で何とか出来ますから!!」
それは、おおよそ捕まっている人間の発言とは思えなかった。恐怖に怯えた虚勢だとしても、決して揺るがぬ意思の強い眼がナギヨシに注がれる。
「悪ィな、ねーちゃん。俺ァまだケンスケの依頼の報酬貰ってねーんだ。だから、その依頼は聞けねぇ。それにな、ケンスケだってンなことしねーよ。依頼主の意思にそぐわない事はしないのが岩戸屋の方針なんでな」
「そんな……」
「そう悲観すんなよ。何も死ぬって決まったワケじゃない。俺はな、アイツがアンタを助けるって信じてるから協力してんだよ。だからねーちゃん。アンタもケンスケを信じろ」
ナギヨシはソラの目をより強く見つめ返す。一点の曇りも無いその瞳に、ソラは口を噤むことしか出来なかった。
この男が何処の馬の骨かは分からない。でもそんな男を頼った弟は信じられる。
それはソラが自分なりの覚悟を決めた瞬間だった。
「ククク……クハハハッ!もういい!!はやく私の姉萌えを侮辱するコイツを殺せ!!『テンセイッ!!』」
突如部屋が光に包まれる。思わぬ眩しさに、ナギヨシも手で顔を覆う。ザッザッと足音が響くと共に徐々に逆光を浴びたシルエットが人の形を形成していく。最後には光そのものが消え去り、1人の男がその場にいた。その男は誰に言われるでもなく口を開いた。
「……異世界で魔王を倒し現実に帰還したオレ。いつの間やらヤクザお抱えの最強ヒットマンになっていた件について。〜今更、死の恐怖に慄いてももう遅い〜」
右手には剣。左手には盾。身軽そうな白のロングコート。そして、黒髪に何処か気怠げな顔立ち。
テンセイと呼ばれたその男。それは主人公を纏いし者だった。
だがしかし、そんな容赦の無い猛攻を、立ち位置1つ、間合い1つでナギヨシは凌ぐ。そして優位な状況を作り出し、複数人を巻き込み仕留め続ける。時には花瓶を、時には剥がれた床板をと言った具合に、環境そのものを利用した攻撃に黒スーツたちは叩きのめされていく。
「退きなぁ!!奴の花道を飾るにゃ、まだまだ盛り上げ足りンぜぇ!!」
つまるところ、武闘派である黒スーツたちを遥かに上回る個の暴力。それが平坂ナギヨシという男なのだ。
「だ、だめだ!止まらねぇ!!」
「行け!行けぇぇぇぇ!!俺たちがカタギに恥欠かされちゃ生きて表を歩けねぇぞぉ!!」
「じゃあアンタが行けよぉ!!さっきから指示ばっかで手ぇ動かしてねーじゃねぇか!?」
「うるせぇ!俺が行ったらこのまま全滅だからね?ちゃんと大学行って頭の良い俺がいなきゃ、お前らもうとっくに終わってるからね?保育園もオムツも卒業してない奴が口答えすんじゃねぇ!」
「してっかっらぁ!?保育園どころか小学校も卒業してっから!?なんならオムツじゃなくてトランクスだからこ ぁ!?未だブリーフ卒業出来てないお前とは違いますからぁ!!」
立場を競いあっている黒スーツ2人の空気など読まず、ナギヨシは容赦なく顔面に攻撃をかます。勢いのまま地面に伏し、意識を失う2人の様は喧嘩両成敗を体現していた。
「ったくよぉ。ブリーフもトランクスも軟弱甘ちゃんなんだよ。ボクサー一択だろうが」
倒れた勢いで舞い上がった埃が消えると、そこには和風の屋敷に似つかわしくない、大理石で作られた荘厳な扉がナギヨシを待ち構えていた。
「急に雰囲気変わったんですけど。さっきまで如くってたのに、急にファンタジーじゃん。ラスボス部屋だからファイナルってこと?個人的にはカオスとかロウとかルート分岐できる方が好きなんだけど……まぁ、いいか。分かりやすい」
ナギヨシは扉を強く押す。力のかけ方とは相反して、その扉はあっさりと開いた。
そこは天井が高く、薄暗い。まるで別の空間に来たようにさえ感じる。
突如、部屋が光に包まれる。目に移る大きなシャンデリア、2階にも及ぶ客席。そして幕の降ろされた舞台。
そこは大きな劇場だった。
ナギヨシを待つものは鬼か蛇か。
「クックックッ……よく来たなぁ!金城が誇る地下劇場へ!まさかお前が恐れずにここまで来るとは思わなかったぞ、ケンス……ってお前はぁぁぁぁぁぁ!?」
幕が上がる。そして男の笑い声が木霊した。
その正体は金城ノゾムその人だった。だが、ノゾムの目の前に立つ男は彼の予想とは違った。アドリブに弱いのか、ノゾムのキメ顔は崩れ去る。
「ゆりかごから墓場まで。この世にあるものなんでもござれの岩戸屋店主、平坂ナギヨシだ。以後ヨロシクゥ!!」
「ヨロシクゥじゃねぇよ!!お前よくも人様の顔道路にしてくれたなコノヤロウ!!いーよ!?俺は金持ってるから、お前殺させてくれたらいいよ許すよ!?100歩譲ってそれは許すよ!?なんで肝心のケンスケじゃないんだよ!?私は結構期待してんたんだよ?捕らわれの姉を助ける弟とか王道展開じゃないか!?」
「何だよ、そんなナリして姉萌えかぁ?残念なこと言うと、世間一般じゃそんなのファンタジーだ。ブラコンなんて有り得ねぇ。弟に産まれた時点で……もう一生姉の奴隷なんだよ」
「ひとりっ子の夢を壊すなよ!!優しいお姉ちゃんだって、存在していいはずなんだ……!!」
「弟たちは皆等しく姉のパワーに虐げられるんだよ。最初は抗っていても、いつの間にやら従ってるもんなんだよ。お茶注がされたり、皿とか洗わされたりするんだよ。挙句の果てには、姉貴の結婚式とかで泣くハメになんだよ」
「や、やめやがれ!それ以上は……それ以上は今まで鍛えてきた理想の姉属性が壊れてしまうぅぅぅぅ!」
「そうだ。お前が好きなのは姉ではない。|姉属性だ。本物の姉には勝てねーんだよ」
ノゾムは何かに脳を焼かれた様に頭を抱え、悶え苦しんでいる。そんな彼に構わず、ナギヨシは言葉を畳み掛ける。
「露骨に優しい姉なんか存在しねぇ。それでも弟が姉を慕ってるのは、どこかしらで不器用な優しさを感じてるからなんだよ。なぁ、ケンスケのねーちゃん」
椅子に縄でがっしりと縛られたソラに、ナギヨシは言葉を投げかける。
「ケンちゃん……ケンスケは大丈夫なんですか!?それに貴方は……!?」
「安心しな。アンタにとっての正義の味方だよ。俺はケンスケに協力してくれって頼まれたモンだ。アイツももう少ししたらきっと来てくれるさ」
「なんですって!?だめです!呼ばないでください!!ケンちゃんが殺されちゃう!!ひ、平坂さんも逃げてください!!わ、私1人で何とか出来ますから!!」
それは、おおよそ捕まっている人間の発言とは思えなかった。恐怖に怯えた虚勢だとしても、決して揺るがぬ意思の強い眼がナギヨシに注がれる。
「悪ィな、ねーちゃん。俺ァまだケンスケの依頼の報酬貰ってねーんだ。だから、その依頼は聞けねぇ。それにな、ケンスケだってンなことしねーよ。依頼主の意思にそぐわない事はしないのが岩戸屋の方針なんでな」
「そんな……」
「そう悲観すんなよ。何も死ぬって決まったワケじゃない。俺はな、アイツがアンタを助けるって信じてるから協力してんだよ。だからねーちゃん。アンタもケンスケを信じろ」
ナギヨシはソラの目をより強く見つめ返す。一点の曇りも無いその瞳に、ソラは口を噤むことしか出来なかった。
この男が何処の馬の骨かは分からない。でもそんな男を頼った弟は信じられる。
それはソラが自分なりの覚悟を決めた瞬間だった。
「ククク……クハハハッ!もういい!!はやく私の姉萌えを侮辱するコイツを殺せ!!『テンセイッ!!』」
突如部屋が光に包まれる。思わぬ眩しさに、ナギヨシも手で顔を覆う。ザッザッと足音が響くと共に徐々に逆光を浴びたシルエットが人の形を形成していく。最後には光そのものが消え去り、1人の男がその場にいた。その男は誰に言われるでもなく口を開いた。
「……異世界で魔王を倒し現実に帰還したオレ。いつの間やらヤクザお抱えの最強ヒットマンになっていた件について。〜今更、死の恐怖に慄いてももう遅い〜」
右手には剣。左手には盾。身軽そうな白のロングコート。そして、黒髪に何処か気怠げな顔立ち。
テンセイと呼ばれたその男。それは主人公を纏いし者だった。