もう何度の夜を共にしただろうか。ナギくんと岩戸屋で同棲を初め早数ヶ月。今日も今日とて私たちは、若い大学生の様に、自堕落にベットの上で浮ついた身体を互いに求め合っている。
 愛は心で感じると言うが、存外人は肌の体温で確かめあってるのかもしれない。
 カーテンの隙間から月の明かりが私たちを照らす。荒い息を整え、大人らしく頭を冷やせと説教をしているみたいだ。

「……疲れた。流石に」
「そりゃそうでしょうに。こんだけ酷くしたんだから」

 私はナギくんの罪悪感を煽るように、肩に薄らと浮き出た噛み跡を見せつける。
 ナギくんの癖だろうか。彼は玩具を取られてたくない子供の様に痛いくらい抱きしめ、大切な物に名前を書くように私に歯を立てる。
 おかげで身体は歯型塗れだ。先程付けられた跡は、まだ薄紅を残しており、ジンジンと柔らかい熱を持っている

「……ごめんなさい」
「無意識なのがタチ悪いよね君。……また()()になってる。悪いと思ってないでしょ」
「それは、ほら、ねぇ?」

 どんだけ元気なんだコイツは。悲しいかな。睨んだら睨んだで彼は興奮するのだ。

「水、とってよ」
「ん」

 私はナギくんに渡された水で喉を湿らせ、残りを彼に渡した。どれだけ乾いていたのか、ゴクリと喉を大きく鳴らしながら彼は3分の1程を飲み干した。
 私はナギくんの身体にある一際大きな傷跡に触れる。何があったのかは聞くつもりは無い。ただこれだけ酷い怪我を負ったのに、生きて私と出逢ってくれたこと。それに感謝を込めながら、存在を確かめる様に触れる。
 ナギくんはくすぐったそうに眉をひそめ、目で私を追った。

「そうだミコちゃん」

 ナギくんは立ち上がり、ゴソゴソと脱ぎ捨てられたコートのポケットを漁る。

「ほれっ」
「おっとっと……何この箱?」
「開けてみて」

 包みを取って姿を現したのは黒い箱。その中には装飾の付いてない指輪が入っていた。

「ミコちゃん結婚しよう」

 正直な所私は頭を抱えた。プロポーズというのは、本来適切な場所、適切なムードで行うものとばかり思っていた。
 それが今はどうだ。乱れたベットに濡れたシーツ。果ては互いに裸ときた。
 私がロマンチストなのは勿論認める。とは言え、この状況でサラッと言うのは些か……些か()()ではないだろうか。

「ナギくんさぁ……このタイミングでするかな普通ゥ」
「えぇ!ダメだった!?」
「ダメっていうかムードがさぁ……デリカシーの欠片も無いよねほんと」
「いや、その、このままエッチなことばっかやっててもさぁ、不安にさせるというかさぁ、誠意というか、カタチというか、覚悟を見せたかったんだけど……」
「それにしてもでしょ、コレは」

 ナギくんはオロオロと私の機嫌を伺ってくる。
 一世一代のプロポーズをその場で指摘されたのだ。誰だって狼狽える。

「でも分かってた。ナギくんのことだろうし、こうなるんだろなって」
「えと、その、つまり……?」
「……うん、結婚しよっか。」

 私の言葉を聞いた途端彼は歓喜の雄叫びを上げる。近所迷惑だから、なんて思いつつ私は喜ぶナギくんをニヤニヤしながら見つめていた。
 惚れた弱みかな。悪態をついたところで仕方が無いのだ。
 正直、私も、死んでもいいくらいに嬉しかったのだから。
 だが股の暴れん坊をブンブンと狂喜乱舞させるのだけは辞めてくれないだろうか。流石に見ていて恥ずかしい。

「ミコちゃん、結婚しよう!」
「はいはい、しますします」
「ハニー愛してるぅ!」
「はいはい、私も愛してますよダーリン」

 雑に扱ってるというのにこの恋人と来たら、犬の様に尻尾を振ってまとわりついてくる。

「ほんと馬鹿みたいに私のことが好きだなぁ君は」
「俺ァみこちゃんにゾッコンだから仕方ないじゃんねぇ」
「……ナギくんがズルいのはそういうとこだぞ」

 この男は真剣な眼差しで痒くなることをサラッと言ってしまう。それにやられてしまっているのだから、私も大概馬鹿なのだろう。
 ムードもデリカシーも衣服も無いプロポーズで心から幸せになってるのだから。

「ナギくん」
「ん?」
「好きだよ、好き。大好き」

 ナギくんの目がパッと見開かれる。分かりやすく表情が緩み、その目には普段見ることの無い輝きを孕んでいた。
 私たちに高尚で凝った言葉はきっと不要なのだ。
 脳のネジを弛めて、馬鹿になって、最小限かつ最大の愛を伝えれば互いに満たされる。
 そうすれば、ほら、またこの通り。私たちはベットに吸い込まれ、肌を重ねて溶け合うのだ。