キヨは悶々とした気持ちのまま、学校へと向かった。学校に向かうと「キヨさん」と声をかけられる。
ちはるはその日もあまりにも存在感のある風格を誇っていたが、今日はなんだろうか。
普段は牡丹のような華やかさなのに対して、今日は笹百合のようにしおらしい雰囲気なのだ。日頃の華やいだ雰囲気を知っている人間であったら、どうしても「おや?」となる印象の変わりようだった。
「ごきげんよう。どうかなさいましたか、ちはるさん?」
「いえね……私の婚約者から、あまりに激情的な文をいただいたの。驚いたんです」
ちはるはポツポツと語った。
「どうせ私たち夫婦になるんですもの。あちらは医学の道を志している以上、私と夫婦になったとしても、私は呉服屋の切り盛り、あちらは医者としての社会貢献。それぞれ違う道を生きるのだろうと思っていました。形の上の夫婦だと思っていましたけど」
ちはるの言葉に、キヨは目を剥いていた。
新之助はちはるに対して、びっくりするほど情を傾けていたが、彼女はそれに全く気付いていなかったのだと。
そしてちはるは、日頃自分が代筆してもらっているキヨの文字だとは、ちっとも気付いてないことに、彼女は少なからずほっとした。
(新之助さんの気持ちを代筆しただけで、私はふたりの気持ちを代弁しただけだもの……間違ったことはしていないはず……)
そうは思っても、どちらの代筆も請け負ってしまったのは事実で、キヨは内心取っ散らかっていたが、気付かないふりをした。
その中でもちはるは続ける。
「まさかそこまで思っていただいてるなんて、思いもしませんでした……同時に、豊さんに恋している自分に申し訳が立たなくなってきたんです」
「……そうなんですか」
「彼は素っ気ないでしょう? 私がキヨさんに頼んで書いていただいた文の半分も返事はいただけませんから。なんだか申し訳なくなってきたんです。私の恋愛ごっこに付き合わせてしまったのかと」
キヨのもやもやは溜まる。
豊とは、ちはるとの文通だけでしか繋がることができなかった。
お客様と食堂の娘では、よくしゃべる家具と同じ扱いで、通じ合うことができないのだから。
それを放り捨ててしまうちはるが羨ましかったしおぞましくも感じたが。
現状を悪気がないとは言えど、動かしてしまったのは自分なんだという負い目から、なにも言えなくなってしまった。
むしろ、豊は女学生たちから恋愛ごっこに四六時中付き合わされるのにうんざりしていた中、ちはるとの文通だけは続けていたのだ。
彼なりに真面目に向き合おうとしていた中、ちはるとまで文通を辞められてしまったら、また彼は傷つき、恋愛が嫌いになってしまうかもしれない。
「……豊さんを、あまり傷つけないであげてください」
「はい? キヨさん?」
「あの方、しょっちゅう女学生たちに勝手に付き合わされて、勝手に好かれて、婚姻がまとまったと同時に今までのお付き合いをポイ捨てされて、疲れ切ってしまっているんです。お願いです、彼のこと、あまりいじめないであげてください」
とうとうキヨは子供のようにポロリポロリと涙を流して訴えはじめたことに、ちはるは目を見開いて聞いていた。
「……間違っていたらごめんなさいね。私からは、キヨさんは豊さんのことを慕っているように聞こえるのだけれど」
「……実家の常連さんなんです……私なんか、家具と同じ扱いで、全く相手にされてませんけど……」
「ごめんなさいね、そうと聞いていたら、私……」
「違うんです。ちはるさんはなんにも悪くないんです。悪いのは、全部私のほうで……」
キヨはキヨ本人としてはちっとも豊と向き合えなかった。
常連客と店員、ちはるの代理人。そんな風に言い訳しなかったら、彼と繋がることなんてできなかったのだ。
キヨはただただ自分の小ささを思い知って、ちはるの慰めの中でもひとりで泣いていた。
ちはるはその日もあまりにも存在感のある風格を誇っていたが、今日はなんだろうか。
普段は牡丹のような華やかさなのに対して、今日は笹百合のようにしおらしい雰囲気なのだ。日頃の華やいだ雰囲気を知っている人間であったら、どうしても「おや?」となる印象の変わりようだった。
「ごきげんよう。どうかなさいましたか、ちはるさん?」
「いえね……私の婚約者から、あまりに激情的な文をいただいたの。驚いたんです」
ちはるはポツポツと語った。
「どうせ私たち夫婦になるんですもの。あちらは医学の道を志している以上、私と夫婦になったとしても、私は呉服屋の切り盛り、あちらは医者としての社会貢献。それぞれ違う道を生きるのだろうと思っていました。形の上の夫婦だと思っていましたけど」
ちはるの言葉に、キヨは目を剥いていた。
新之助はちはるに対して、びっくりするほど情を傾けていたが、彼女はそれに全く気付いていなかったのだと。
そしてちはるは、日頃自分が代筆してもらっているキヨの文字だとは、ちっとも気付いてないことに、彼女は少なからずほっとした。
(新之助さんの気持ちを代筆しただけで、私はふたりの気持ちを代弁しただけだもの……間違ったことはしていないはず……)
そうは思っても、どちらの代筆も請け負ってしまったのは事実で、キヨは内心取っ散らかっていたが、気付かないふりをした。
その中でもちはるは続ける。
「まさかそこまで思っていただいてるなんて、思いもしませんでした……同時に、豊さんに恋している自分に申し訳が立たなくなってきたんです」
「……そうなんですか」
「彼は素っ気ないでしょう? 私がキヨさんに頼んで書いていただいた文の半分も返事はいただけませんから。なんだか申し訳なくなってきたんです。私の恋愛ごっこに付き合わせてしまったのかと」
キヨのもやもやは溜まる。
豊とは、ちはるとの文通だけでしか繋がることができなかった。
お客様と食堂の娘では、よくしゃべる家具と同じ扱いで、通じ合うことができないのだから。
それを放り捨ててしまうちはるが羨ましかったしおぞましくも感じたが。
現状を悪気がないとは言えど、動かしてしまったのは自分なんだという負い目から、なにも言えなくなってしまった。
むしろ、豊は女学生たちから恋愛ごっこに四六時中付き合わされるのにうんざりしていた中、ちはるとの文通だけは続けていたのだ。
彼なりに真面目に向き合おうとしていた中、ちはるとまで文通を辞められてしまったら、また彼は傷つき、恋愛が嫌いになってしまうかもしれない。
「……豊さんを、あまり傷つけないであげてください」
「はい? キヨさん?」
「あの方、しょっちゅう女学生たちに勝手に付き合わされて、勝手に好かれて、婚姻がまとまったと同時に今までのお付き合いをポイ捨てされて、疲れ切ってしまっているんです。お願いです、彼のこと、あまりいじめないであげてください」
とうとうキヨは子供のようにポロリポロリと涙を流して訴えはじめたことに、ちはるは目を見開いて聞いていた。
「……間違っていたらごめんなさいね。私からは、キヨさんは豊さんのことを慕っているように聞こえるのだけれど」
「……実家の常連さんなんです……私なんか、家具と同じ扱いで、全く相手にされてませんけど……」
「ごめんなさいね、そうと聞いていたら、私……」
「違うんです。ちはるさんはなんにも悪くないんです。悪いのは、全部私のほうで……」
キヨはキヨ本人としてはちっとも豊と向き合えなかった。
常連客と店員、ちはるの代理人。そんな風に言い訳しなかったら、彼と繋がることなんてできなかったのだ。
キヨはただただ自分の小ささを思い知って、ちはるの慰めの中でもひとりで泣いていた。