キヨは着物に袴を合わせて女学校に通っている。

「キヨさん、その……恋文はどうなったかしら?」
「ごきげんよう。はい。完成しましたよ」

 キヨが封筒を差し出すと、その中身を検めた彼女は頬を紅潮させた。

「素晴らしいわ! ありがとう、キヨさん。またどうぞよろしく」

 そう言って彼女にきゅっとお金を握らせた。そして彼女はうきうきとした背中で立ち去っていった。それをキヨは困った顔で見送っていた。

「別にそこまで張り込んでくれなくてもよかったのにな……」

 キヨは最初は恋文の代筆業を自分からした訳ではなかった。
 友人が見合いが決まったものの、見合い相手がどんな人かわからず、手紙を送りたいという相談を受けたのだ。あれこれと言ったものの、彼女は筆無精でなかなかいいものが書けず、見かねたキヨが代筆したのだ。
 途端に彼女はその見合いで良縁を手に入れ、卒業を前に結婚を決めてしまった。それを見ていた同級生たちが、一斉にキヨに代筆を頼みはじめたのだ。
 最初はキヨもタダで引き受けていたものの、だんだんとその量が嵩んだ。とてもじゃないがひとりで行う量ではなくなっていた。とうとう根を上げたキヨは声を張り上げる。

「そこまで頼むんでしたら、お金を取ります!」

 これで諦めてくれると思ったが。
 そもそも女学校に通う子たちは、そこそこ懐が温かい。キヨの悲鳴を受けて、「それもそうね」「お時間をいただくんですもの、ちゃんとお支払いはしないと駄目ね」と納得して、本当に代筆の見返りにお金を支払うようになってきたのだ。
 だんだんその量が増えていくのに、キヨは顔を青褪めさせた。塵も積もればなんとやら。キヨはちょっとした小金持ちになってしまった。
 それでキヨは、せめて代筆業がはかどるようにと、文房具に気を付けるようになった。万年筆という便利なものがあるらしいので、それで素晴らしい恋文が書けるようにインク壺と一緒に買い、万年筆でも染み込まない便箋を買い求めて、それで代筆業を行うようになった。
 小金持ちになったキヨは、ちょっとした商売を女学校で行うようになった次第である。
 その日も教室につき、誰かに恋文の代筆を頼まれるんだろうかと待っている中。

「キヨさん。少々よろしい?」

 声をかけられた。流行りの銘仙に髪をリボンで束ねた華やかな女子は、同級生のちはるだった。実家は呉服屋であり、華やかな着物を着こなしては女学校に新しい流行りを巻き起こすような、目立つ少女である。
 対するキヨは食堂の娘らしく三つ編みを垂らし、着物の上にすぐエプロンを着けられるようにと、枯葉色の年不相応に落ち着いた色の着物ばかり着ているものだから、彼女の華やかさはいつも憧れていた。

「ごきげんよう、ちはるさん。どうしたの?」
「ええ……先日、私お見合いが決まったの」
「まあ。それはおめでとうございます?」

 お見合いが決まったら、そのあとすぐに結婚するのだから、卒業前に女学校からいなくなる学生のほうが多い。キヨは彼女がいなくなるのは寂しくなるなと思っていたが。

「でもね……私、他に好きな方がいますの」
「それは、まあ……」

 それにキヨは顔を曇らせる。
 基本的に、恋愛と結婚を分けて考える人が多い。見合い相手と恋をしようとする人たちがキヨの周りには多いだけで、親に決められた結婚相手が出てきたら、その前に自分の恋愛を断ち切る例が多い。
 それは見合いには縁遠いものの、恋をしているキヨからしてみれば、ずいぶんと寂しいもののように思えた。
 しかしちはるの目は、その悲恋を前にして輝いている。

「だから、その前にせめて好きな方に私のことを覚えて欲しいんです」
「それはかまいませんけど……その方に恋文を書けばいいんですね?」
「ええ! 結婚してしまったら不貞になってしまいますけど、結婚前でしたら自由のはずですもの! 自由な内に、自由な恋をしてしまいたいわ!」

 ちはるの胸を張って告げる輝きに、キヨは眩しいものを見る目になった。

(すごいのね、ちはるさんは。私は……そこまで思い切ったことはなかなかできないもの)

 ちはるは呉服屋のひとり娘であり、婿養子を取ることに決まっている。だからこそ、女学校にいる今しか、彼女の自由な時間は存在しない。
 その自由な時間を自分のために使いこなそうとしているのだから、それはそれは眩しく見える。

「それで、どんな方にお手紙を?」
「ええ。浜野豊さん。医学生の素敵な方なんですよ!」

 その言葉を聞いた瞬間、キヨの心臓が跳ねるのを感じた。
 ちはるの思い人は、キヨが絶賛片思いを続けている、松井屋の常連客の豊であった。