「ごめんください」
 秋晴れの陽射しが気持ちのいい朝、名家である本堂(ほんどう)家の邸宅に、ひとりの少女がやってきた。
 しっとりとなめらかな肌に、小さな顔。長いまつ毛に縁取られた瞳はまるで陶器人形に埋め込まれた宝石のようなこの少女は、本堂家の次期当主、紅月の許嫁――千家(せんげ)灯織(ひおり)である。
 灯織は、牡丹柄の着物を着ていた。大正浪漫が浸透しつつあるこの東京で、こういった古風な格好をしている少女は珍しい。しかし、灯織は京都華族(かぞく)である。おまけに神職出身の乙女だから、流行りに疎いのは仕方がないのかもしれない。
「いらっしゃい。灯織さん」
 灯織を穏やかな笑顔で出迎えたのは、許嫁である紅月(あかつき)だった。
 本堂家はもともと、江戸幕府の諸侯を務めてきた由緒ある華族である。一方で灯織は、平安の頃から神職につく千家家のひとり娘だ。
「どうぞ、なかへ」
 紅月は、灯織の手からトランクケースを受け取ると、そのまま優雅にエスコートする。
 幼い頃より許嫁関係にあった紅月と灯織だが、面識はなかった。そのため本堂家の提案で、今日から一ヶ月間の花嫁修行――もといお試し同棲をすることになったのである。