「ここは妖たちの領域です。くれぐれもでしゃばないように。"椎名さん"」
私の苗字が呼ばれたことで賑やかだった稽古場が水を打ったように静まり返った。愕然としたみんなの視線が痛い。
思い返せば、一学期も鬼子ちゃんに苗字を呼ばれた瞬間皆は衝撃を受けたような顔をしていた。
ぎこちなく動き始めた皆。私は瑞祥さんにすすすと歩み寄る。
「あの、瑞祥さん?」
「どうした? 巫寿」
下の名前を呼んだ瑞祥さん。その事にちょっと安心する。
「苗字で名前を呼ぶことって、何か特別な意味があるんですか?」
瑞祥さんは「あー……」と苦い笑いを浮かべて頬をかいた。
「この界隈じゃ、とにかく他人を下の名前で呼ぶことが大事なんだよ。名前を呼ぶことで相手を言祝ぎを高める手伝いもできるからな。だから苗字で名前を呼ぶって言うのは、マナー違反なんだ」
「えっと、つまり?」
「あー……だからマナー違反をしてでも名前を呼びたくない相手、遠回しに"お前のことが大嫌いだ、お前が呪われようと知ったことか"って言ってんだよ」
絶句した。嫌われていることは伝わっていたけれど、まさかそこまで徹底的に嫌われていたなんて。
"お前のことが大嫌いだ、お前が呪われようと知ったことか。"────か。
和解への道のりは遠いどころか、視野にすら入らない果てしない先にあるようだ。



