「おきたら、かあさまいなかったの」
「そうでしたか。それはびっくりしましたね」 

 蒼樹がふえーっと泣き出す紫苑を抱きしめて、なだめる。その声は優しく穏やかで、紫苑を心から慈しんでいることが伝わってくる。

「そじゅ、いっしょにさがして」
「そうですね。陽葉さんのごはんをよそったら、いっしょに探しに行きましょう」
「ひよ、って?」

 首をかしげる紫苑に、蒼樹がにこっと笑いかける。

「陽葉さんはこちらの女性です。もしかしたらこの方も、紫苑のお母様になるかもしれませんよ」
「かあさま……?」

 紫苑が、上目遣いに陽葉を見てくる。頼りなさげなその表情がかわいらしくて、海の村で暮らしていたときの下の子たちのことを思い出す。

 だが……。

「ちょ、ちょっと待ってください……! お母様って……。その子は?」
「お察しのとおり、うちの子です」
「うちの子……?」
「ええ、可愛いでしょう」

 蒼樹がデレ顔で紫苑に頬をすり寄せる。それをちょっと迷惑そうに手で押しやる紫苑の優しい目元は、たしかに蒼樹に似ているかもしれない。

「お子様がいらっしゃったんですね……」

 東の邸宅には何度か足を運んできたが、まったく知らなかった。

 蒼樹が囲う元花嫁の誰かとの子どもだろうか。子を持つような相手がいるのに、蒼樹が陽葉にかまうのはなぜだろう。

(もしかして、私は子守り要員なのでは!? ほかにも子どもがいたりして……)

 そわそわと邸宅の奥を気にしていると、蒼樹がクスリと笑った。

「うちの子は紫苑だけですよ。龍の子はふつう意図的に生まれてくるのですが、何百年、何千年に一度、紫苑のような子が自然発生するのです。どちらかの想いが強すぎるせいだと言われていますが、さて、どうなのでしょうねえ」

 蒼樹が優しくも妖しい笑みを浮かべる。

 だが、陽葉には蒼樹の言葉の意味がいまいちよくわからなかった。

「どうぞ、陽葉さん」

 首をかしげていると、蒼樹が炊き立ての米がいっぱいに入ったお櫃を渡してきた。

「あ、ありがとうございます……」
「できればゆっくりしていただきたかったのですが、今日は難しそうですね」

 ふと見ると、蒼樹の肩に頭を預けた紫苑が親指をくわえながらうとうととしていた。

「この年頃の龍の子は、とにかくたくさん寝ますからねえ」

 蒼樹が愛おしそうに紫苑を見つめ、赤くて丸いほっぺたをちょんとつつく。それから、紫苑を抱いて立ち上がった。

「そうだ、今日はほかにもおかずがあるのでよかったらそれも持っていってください。貴女たちに準備を頼んでいいですか」

 蒼樹が台所のあやかし三人組に声をかける。彼女たちはそろって「はい」と答えると、それぞれに動き始めた。