あなたの隣にいてもいいですか…〜最後まで幸せと笑顔をありがとう〜

医師からの結果を言い渡され、検査入院が決まってからの日々は色々と慌ただしくも、一週間が過ぎていった。

真理の職場への連絡&説明、そしてとりあえず休暇許可…
持ち帰った書類への記入&提出…
書類と一緒に封筒に入っていた説明書など、もう一度確認…
入院に必要な物の準備…

あれやこれやとしているうちに、入院当日の月曜日になった。

真理の両親と信也の母親にはとりあえずの検査入院、というふうに伝えてある。
病名も伏せてある。

二人で話し合って、最終的なことが解ってから親には話しよう…ということになったのだ。

そして…今回も信也の運転、付き添いの元、入院の為に病院へ来院した。

いつものように受付けに声をかけると、待合い場所で待つように言われた。

5〜6分ほど待っただろうか?…
前回、色々と説明をしてくれた看護師が、近づいてきた。

「こんにちは…仮屋崎さん…」

二人の前に来ると、ニコッと笑い、声をかけてきた。
真理は、あっ…というような顔をすると、スッと立ち上がり笑い返し軽く会釈した。

それに続くように信也も立ち上がり、「どうも…」と会釈した。

それを見た看護師は再度、笑顔を見せると落ち着いた口調で簡単な説明を始めた。

「入院手続きのほうは終わってますので、入院専用の入口から病棟のほうへ行きますね…病室はご希望通りの二人部屋のほうになってますので…
とりあえず…行きましょうか?…」

そこまで話をすると、看護師は専用入口のほうへ誘導するように手をかざし歩き始めた。

そんな彼女の後を追うように二人はついて行った。

歩きながらもやはり彼女もプロの看護師だ。

真理の歩く速さや歩幅に合わせ、体調を気遣うように声をかけながら歩いてくれた。

「体調のほう…大丈夫ですか?…何かあったら遠慮なく言ってくださいね…」

何度もチラッチラッと、真理の様子を伺いながら声をかけてきた。

仕事とはいえそんな気遣いを嬉しく思いながら、真理は笑顔で答えた。

そんな妻の姿を横目に信也は、少し心配そうにしながら隣を黙って歩いていた。

そうこうしているうちに目的の病棟へ着いた。

やはり外来と違って人の行き来も少なく、働く看護師達がちらほら病室を出入りしているくらいだった。

「仮屋崎さんの今回のお部屋はこちらですね…少し落ち着いたらバイタルと、少しだけお話を聞きに来ますね…何かあったら、そこにあるナースコールで呼んでくださいね…」

そう言うと案内してきた看護師は一度、病室を退室して行った。

看護師が立ち去ると、真理と信也はとりあえず持ってきた荷物の整理を始めた。

今回は二人部屋を希望したわけだが、そういえば同室の女性の姿が見当たらない。
真理より先に入室しているはずなのだが…
トイレにでも行っているのだろうか?…

同室の女性の不在を気にしながら、二人は荷物の整理をしていた。

と…そこへ…
一人の女性が病室へ入ってきた。

真理と同じくらいの年齢だろうか…
すらっとした綺麗系の美人だが、色白で少し顔色も良くないように見えた。

「こんにちは…はじめまして…今日から検査入院で同室になる、仮屋崎です…よろしくお願いします…」

隣のベットのほうへ歩いて行く女性に、真理は挨拶し会釈した。

真理からの声かけに女性は立ち止まり振り返ると、ニコッと笑い同じように会釈した。

「はじめまして…こちらこそ…内田です…」

少し短めで控えめな挨拶だが、柔らかくて優しい口調の声だった。

「あの…私は今回、検査入院てことなんで三日ほどなんですけど…内田さんはどれくらいなんですか?」

真理はちょっと遠慮がちな感じで尋ねた。

その問いに内田は自分のベットに腰かけながら、静かに答えた。

「私は…子宮頸癌が見つかっちゃって…手術がちょっと難しいらしくて…抗がん剤治療で昨日から一週間の入院なんです…」

そう言うと彼女は薄っすらと微笑んだ。

だがその微笑みの瞳の奥には、悲しみや不安はもちろんだが、なんだか諦めのような感情が感じられた。

そんな彼女の返答に真理はなんだか他人事(ひとごと)とは思えないような、不思議な気持ちが胸を締めつけた。

そんな二人の会話を、信也は荷物を整理しながら黙って聞いていた。
と…いうより実際は正直どんな言葉を発していいのか、わからなかったのだ。
なのでとりあえず沈黙を通した。

すると…内田のほうから信也へ話しかけてきた。

「あの…そちらの男性は旦那さんですか?」

信也のほうをジッと見ながら問いかけてきた。

流石に無視するわけにもいかず、信也は荷物の整理をしていた手を止め、彼女のほうを向き軽く会釈した。

「どうも…はじめまして…夫の信也です。数日ですが妻をよろしくお願いします」

簡単な挨拶をして、もう一度会釈した。

「あっ…やっぱり旦那さんだったんですね…
こんにちは…付き添い、優しいですね…羨ましいです…」

そう言いながら内田は笑顔を向けたが、その笑顔もなんだか寂しそうであった。

その状況を見て真理はピンッときた。
ちょっとした女の勘?とでもいうのか、なんだか男性関係等の話はあまりこっちからはしないほうがいいような気がした。

何か他の話題を…と考えていた真理の思いも虚しく信也は、どストレートに内田へ質問していた。

「内田さん、すごいお綺麗ですけど…ご結婚はされてるんですか?」

その質問に内田は一瞬、表情が変わった…が、直ぐに元の薄っすらとした笑顔に戻った。

だが、真理はその一瞬の変化を見逃さなかった。
ほんとの一瞬だったが、寂しさや悲しみなどの暗い表情を…

「もうっ!ごめんなさいね…うちの旦那、デレカシーがなくて…ほんとそんなプライバシーなこと、初対面の女性に聞くことじゃないですよねぇ…ほんと、ごめんなさい…」

真理は内田にそう言って謝ると、チラッと信也のほうを見ると必死に目で合図した。
流石の信也もその合図が伝わったようで、「ヤバっ…」というような表情をすると、苦笑いしながら内田に謝った。

「すいません…初対面の方に聞くことじゃなかったですね…何も考えず浅はかでごめんなさい…」

そんな二人の様子を見ていた内田は、ジッ…と二人を見つめながらまた静かに話始めた。

「大丈夫ですよ…気にしてませんから…実は私も去年結婚したんです…でも…今回、癌が見つかっちゃって…離婚したんです…」

『癌が見つかって離婚』

その言葉に二人は何とも言えない複雑な気持ちに襲われた。

特に真理は彼女と同じような立場であり尚更、思うところがあるのであった。

片や信也とはいうと…
腕を組みなんだか深刻そうな表情で真剣な顔をしながら、ただ黙って彼女の話を聞いていた。

「あっ…ほんと、気にしないでくださいね…私のほうから言いだして望んだことだから…新婚早々に病人抱えての生活なんて…ね…」

内田の一言一言に真理は自分のことを言われているようで、自分と重ねてしまって耳が痛かった。
そしてそれと同時に、チクッチクッ…と針にでも刺されてるかのような痛みで胸の奥が痛かった。

と…そんなところへ…

真理達を案内してきた看護師が入ってきた。

「失礼します…仮屋崎さん、バイタルチェックしますね…」

そう言うと手慣れたように体温、血圧、脈…などを検測すると記録し、排泄や食生活、体調のことなど簡単な質問をしてきた。

そこまで終わると、信也のほうにも顔を向け、
「もうすぐしたら先生がいらっしゃいますので、その時に明日の検査の時間などの詳しい話をされますから…もう少しお待ちくださいね…」

そう告げると内田のほうに近寄って行き、
「内田さんももう少ししたら今日から抗がん剤が始まりますからね…体調は大丈夫ですか?…もうちょっと待っててくださいね…」

優しい口調でそう言い残し、看護師は病室を出ていった。

看護師が退室していくと、真理は内田に話しかけた。

「抗がん剤、今日からなんですね…何クールなんですか?」

真理の問いに少し間をおき内田は返答した。

「今回は3クールなんです…あの…間違ってたらごめんなさい…仮屋崎さん、お仕事は医療関係ですか?」

自分への質問にも答えつつ、内田は真理へ尋ねるように聞いてきた。

「えっ!?あっ…えと…わかります?…」

真理のちょっとびっくりしたような反応に、内田はすかさず答えた。

「ん〜…だって…抗がん剤の回数を何クールかって聞いてくるなんて、そっち系の方くらいですよww」

そう言って内田はクスクスッと笑った。
さっきまでの暗い感じの笑顔とは違う、本当に可笑し(おかし)そうに笑った。

それを見ながら真理もつられて笑いながら言った。

「w…あぁ~…やっぱ、ついでちゃうんですよねw…一応、老健で看護師してます…」

そんな感じでさっきまで重い空気の雰囲気だった病室が、二人の笑い声とちょっとした世間話などでいつの間にか和んでいた。

その楽しそうに話をする女性二人を、そして久しぶりに聞く真理の笑い声をホッとしたような表情で信也は静かに聞いていた。

すると…前回話をした医師と先ほどの看護師が入ってきた。
そして真理と信也のほうへ近づいていき、医師は軽く挨拶をすると話を始めた。

「こんにちは、仮屋崎さん。バイタルのほうは問題ないようですが、体調のほうはどうですか?」

医師からの問いに真理は笑顔で頷いた。
その反応に医師も理解したかのように、笑顔で頷いた。

「それじゃ…明日の検査の予定になりますが…………」

医師は明日の検査の時間や内容を簡単に説明すると、信也のほうを向き、会釈すると病室を出ていった。

その際、一緒にいた看護師に何か耳打ちすると、「じゃ、よろしく」と言い、片手を軽く上げた。

その後は看護師からの病院での生活のルールや食事の時間、入浴についてや面会時間などの説明があった。

説明も終わり看護師が病室から出ていくと、真理は信也にそろそろ帰るよう促した。

「しん君、明日は仕事でしょ?私、大丈夫だからしん君も帰って少しはゆっくり休んで…」

真理のその言葉に信也は少し寂しそうな表情を見せながらも、必死で笑顔を作った。

「そっか…んじゃ俺、帰るけど…無理すんなよ…なんかあったら直ぐに病院の人に言えよ…」

そう言いながら真理の頭をポンポン…と優しく撫でた。

「なんか…久しぶりにポンポンされた…ありがと…うん…大丈夫…今、症状もだいぶ落ち着いてるから…」

最近はお互い色々とバタバタして、気持ちの余裕もなくなっていた為、前のような仲良し夫婦のような会話もコミュニケーションもほとんど無くなっていた。

久しぶりの信也の優しく大きな手のポンポンに、真理は安心感とホッとした気持ちで、自然と顔が緩んだ。

「あっ…待って…私も一緒に行く…トイレにも行きたいし、売店にも寄りたいから…」

真理は財布を持つと、病室を出ていこうとしている信也を呼び止め、そそくさと一緒に出ていった。

相変わらず心配そうな表情でしぶしぶと帰って行く信也を、真理は病棟入り口で見送ると、トイレに行った後、売店を少し物色した。

そして病室へ帰ってくると、同室の内田は抗がん剤治療が始まっていた。