仕事も休みをもらい、自宅で安静を保ちながらの生活を送り始めた真理だったが、症状は変わらず不正性器出血が続いていた。
そしてその症状を目にするたびに、不安だけが募っていった。
そんな真理を気づかってか、あんなに朝が苦手で子供のように愚図っていたお寝坊さんが自分で起きる、という努力をするようになった。
スマホのアラームをセッティングして起きるのだ。
だが…さすがは筋金入りのお寝坊さん。
自分で起きようとする努力はそれなりに見受けられるのだが、今までのお寝坊習慣はさすがに根強いもののようで…
やはり一度のアラームで起きられるはずもなく…
まぁ信也自身、自分でもそれがわかっているようで…
まずは6時に一度目…
そして、6時10分、6時20分、6時30分…
10分おきにセッティングし、6時30分の四度目のアラームでやっと覚醒して布団から出る、という感じだ。
ふぁぁ〜〜…
大きなあくびをしながら、相変わらず冬眠から覚めた熊のように、モソモソと布団から出てくる。
ーーーあぁ〜…やっぱ朝はキツっ!…ーーー
内心そう思いながらも信也は、
「あっ、まーちゃんはいいからね…朝飯も俺が…」
一緒に起きようとする真理を布団に戻らせ、信也は寝室を出ていった。
ーーーえっ…でも…お弁当…ーーー
そんな夫の後ろ姿を見送りながら、真理は信也の優しさと頑張りが嬉しいのとは反面、同時にちょっと寂しい気持ちと心配な気持ちがごちゃごちゃと一緒に同居していた。
フンフフ〜ン♫フン〜♪フンフン〜♫…
真理の複雑な気持ちも定かに、なんだかご機嫌で楽しそうな夫の鼻歌が台所のほうから聞こえてくる。
それと同時に、何かを焼く音も…
信也が朝ご飯を作り始めたようだ。
ーーーしん君、何作ってんだろ…大丈夫かな…やっぱ起きたほうがいっかな…ーーー
そんな真理が気持ちの格闘をしていると…
「まーちゃん、起きれる?目玉焼きと、ウインナー焼いたよ…」
信也がひょこっと寝室を覗きながら声をかけてきた。
まぁせっかくなので夫の優しさの頑張りに甘え、ご賞味させてもらおう。
と…起き上がりベットから下りようとすると…
…ズキッッ!!
「!!あっっ!!…痛っ!!…」
下腹部あたりに激しい痛みが…
病院受診の問診時でも少々の痛みはあったが、ここまで重い痛みではなかった。
針にでも刺されているかのような、チクチクとしたちょっとした痛みがあっただけだった。
でも…今回のは違う…
下腹部を殴られたかのような、ズキンっっ!!という痛みが真理を襲った。
「…っう!!…」
ベットの上で一度は起き上がったが、再度またそのままバタン…と横たわってしまった。
痛みはずっと続くわけではなかったが、一度のその大きな痛みが真理にとって結構な衝撃であった。
痛みがあった下腹部のあたりを守るかのように手を添えて痛みを堪えた。
「っ!!…まーちゃん!?」
その様子を目のあたりにした信也は、痛みを堪えながらベットに横たわっている妻の側へ、慌てて駆け寄って行った。
「えっ…何?…どうした?…」
「あっ…しん君…ごめん…ちょっと…痛みが急に…」
「痛み?…どこらへん?…まだ痛い?…」
「…うん…下腹部らへんがちょっと…大丈夫…だいぶ和らいできた…」
そう言って真理は必死で笑顔を作りながら、ベットの上に起き上がった。
すると…そんな真理を信也は、ガバっと力強く抱き寄せ抱きしめた。
「なぁ…無理すんなよ…」
詰まるような声で言う信也の声は、少し震えていた。
そして真理を抱きしめる腕も、少しだけ震えていた。
「…大丈夫…無理じゃない…」
しがみつくように真理を抱きしめている夫の背中に優しく手を回し、ぽんぽん…
なだめるような声で言った。
それでも信也は真理に抱きついたまま離れようとしなかった。
「俺…今日、休む…」
今だに真理を抱きしめながら、信也はポツリと言った。
その声はいつもより低く、重く感じられる声だった。
「何いってんの!お客の予約とか入ってるんでしょ?!迷惑かけちゃだめ!!プロでしょ?!」
信也の言葉に真理は少し声を荒げて叱るように言った。
でも…内心はすごく嬉しかった。
自分が辛い時に側に居てくれようとする、夫の優しさが涙がでるほど嬉しかった。
仕事休んで側に居て…ほんとはそう言いたかった。
信也に抱きついて、側に居て…とすがりたかった。
だけど真理にはそれができなかった。
信也には自分の仕事への責任を、もっとしっかり持ってほしかった。
それと同事に、周りが被る(こうむる)負担や迷惑、そしてお客様との信頼をわかってほしかった。
「…ねぇ…私のこと心配してくれたんだよね…
わかってる…ありがとう…でも…それとこれとは別…ちゃんと仕事、行って…」
さっきの口調とはまったく似つかない、優しい口調で真理は言った。
そして今度は真理が信也をギュッと抱きしめた。
「…うん…ごめん…ちょっとビックリして…動揺した…」
我に返ったように少し恥ずかしそうな表情をして、信也は苦笑いした。
「大丈夫。ちゃんと行くから…」
前髪をクシャッとかき上げながら、信也は言った。
その言葉を聞いて真理はホッとしたかのように微笑んだ。
「痛み…まだある?…」
今にも泣き出しそうな顔で心配そうに聞く夫に、真理はなだめるように優しく言った。
「大丈夫…さっきみたいな痛みはもうないから…
うん…ちょっとだけ、ね…」
それを聞いて安心したような表情で信也は大きなため息をついた。
と…すぐにその表情が、ギョッとしたような表情に変わり…
「うわっ!ヤッバッ!こんな時間!朝飯食ってるひまねぇかも…」
寝室の壁時計を見ながら、マジかよ…というような顔をして信也は言った。
「あっ…ほんとだ…7時半すぎてる…」
信也の言葉につられたかのように時計を見た真理は、
「お昼のお弁当もいるでしょ?玉子焼きくらい作るよ…しん君が焼いてくれたウインナーも一緒に…おにぎり、多めに作るから行きながらでも食べれる?…」
そう言いながら、よいしょっ…と、ゆっくりベットから下りた。
そんな妻を支えるように、信也はそっと腰に手を回し寄り添った。
「無理…すんなよ…お昼なんてどうとでもなるから…おにぎりくらい俺、出来るし…」
「うん…大丈夫…無理じゃないし…痛みもだいぶ楽になった…おにぎり、作るよ…」
何を言っても心配そうな表情で顔を顰めて(しかめて)いる夫を説得するかのように言いながら、真理は寝室を出て行った。
その後を追いかけるように、信也も寝室を出た。
台所へ行くと信也が朝食用に焼いたウインナーと目玉焼きが、二枚のお皿に二人分用意してあった。
真理はそれを見ながら、ありがとう…と、小さくつぶやいた。
そしてお弁当箱を準備すると、冷蔵庫から二つ玉子を持ってきて玉子焼きを作り始めた。
「こっちはもういいから、着替えて仕事の準備してきて…」
ついさっきの出来事も思わせないような雰囲気でいつものように台所で料理する妻の姿を、ニ〜三歩離れた所で何か言いたげな感じを漂わせ(ただよわせ)ながら見守っている信也に、真理は促すように声をかけた。
「あぁ~…うん…でも…まーちゃん…」
真理の声かけにも、まだ不安そうな素振りをみせながら、ウジウジとしている信也だった。
そんな夫を横目に、真理はそれ以上のことも言わず、無言でおにぎりを握り始めた。
それを見た信也は、流石に察したかのように静々と後退り(あとずさり)をするように、仕事へ行く準備をするため静かにリビングを出て行った。
リビングの扉が閉まる音を聞きながら、真理はまったく…と、つぶやきながらも顔がほころび緩んでいた。
「これくらいあればいっかな…」
六つ目のおにぎりを握りながら、真理は自問するように呟いた。
握り終えたおにぎりを、朝食用とお昼用に分けてお弁当袋に準備し、テーブルに置いた。
時計は8時をちょっと過ぎていた。
「うわぁ~っ!やっぱ朝飯食べる暇なかった…」
着替えをすませ仕事へ行く準備を終えた信也が、バタバタと慌てた様子でリビングのドアを開けて入ってきた。
テーブルの上の二つのお弁当袋を手に取ると、
「まーちゃん、おにぎり恩に着る!じゃ…俺、行ってくる…絶対、無理は駄目だからね…何かあったらすぐ連絡して…」
約束…と言うように、信也は右手の小指を立てた。
その小指に真理は自分の小指を絡ませながら、
「…うん…わかった…いってらっしゃい…」
そう言って頷きながら笑顔を見せる妻とのしばしの別れを惜しみながら、信也は渋々と仕事へ出かけて行った。
そんな夫を見送った直後、またもやあの痛みが真理を襲った。
「!!…いっつっ…!!」
下腹部を抑えながら、その場に崩れるように膝をつきうずくまった。
深呼吸を大きくしながら、治まれ(おさまれ)…治まれ…と何度も唱えるように呟いた。
何分経っただろうか…痛みが少しずつ和らいできた…一度目同様、チクチクとした痛みは残るものの、だいぶ楽になってきた。
ーーーこんな痛み…私…ーーー
ここまでの痛みがあると、流石に可能性の高さを感じてしまう。
だいぶ痛みが和らいだ下腹部をいたわるように手を添えながら、真理はゆっくりと立ち上がった。
そしてそのまま寝室のほうへ向かった。
寝室へ着くと、バタン…と倒れ込むようにしてベットへ横たわった。
痛みはもうほとんど無くなったが、なんだか体が重く感じゆうことを聞いてくれない。
何か大きな石でも乗しかかっているような、そんな感じの体の重さが真理を襲っていた。
そして極力なダルさ…
…はぁぁぁ〜〜…
真理は大きなため息をつきながら瞼を閉じると、そのままベットでぐったりとしていた。
ーーーあぁ…お洗濯しなきゃ…あっ、そうだ…お皿もまだ洗ってないんだった…はぁ〜…ほんと、なんだろこのダルさ…はぁ〜…ーーー
寝室の窓の外から聞こえる、近所の人達の声や鳥のさえずり、車の音…
しぃ〜んと静まりかえった部屋にチクタク、チクタク…と、異様に響き渡る時計の針の音…
それらの音を真理は瞼を閉じ、じっ…と聞いていたが、重く感じる体に鞭打って必死に起き上がり、ベットから下りた。
体のダルさは変わらないが、痛みは無くなった。
今のうちに出来ることをしてしまおう。
寝室から台所へと行くと、朝の片付けと皿洗いを始めた。
そうすると、何だか少しずつ体が軽くなっていくような気がした。
いつもの普段通りの体調になっていく気がしてきて、さっきまでの妙な倦怠感が薄れていくような気がした。
先程のあの痛みの辛さが、なかったかのように…
とにかく今、体が少しでも楽になったうちに、動けるうちにやれる事をやっておこう。
台所での作業が終わると、そそくさと洗濯機を回しに行き、洗い終わる間、寝室のベットを整え、軽く掃除をした。
そしてリビングに戻り、こちらでも軽く掃除をした。
そうこうしていると…
『ピーーピーーピーー…』
洗濯機の終了の合図だ。
「あっ!終わった…」
真理は洗濯機の場所へ足速(あしばや)に駆けて行き、中から洗濯物を籠へ取り出した。
「天気いいし外に干そうかな…」
洗濯物の入った籠を持ち、真理はウッドデッキのほうへ出て行った。
普段は乾燥機に入れるのだが、なんだか今日は外に干したい気分だった。
澄んだ空気とぽかぽかと暖かい太陽の光が、真理の体を労る(いたわる)ようにふりそそいだ。
たまに吹くそよそよ風も、真理を慰めるかのように心地よいものだった。
さっきまでの不快な感情と体のキツさが、心なしか和らいでいくような気がした。
「うぅぅ〜〜ん…やっぱり外のほうが気持ちいい…」
清々しそうな表情で真理は、ぐぅーと両手を上に伸びをした。
いつもと別に変わりはない洗濯物が、今日はなんだか初めての体験でもするような不思議な気分だった。
干された一枚一枚のタオルやシャツが、暖かい太陽の下でたまに吹く風に吹かれて揺れている様子が、なんだかダンスをしているようで見ていてちょっとだけ楽しくなった。
洗濯物を干し終わり真理はリビングからクッションを持ってくると、その上に座りそしてそっと目を閉じた。
そよそよと吹く心地よい風や暖かい太陽の光と、会話をするように体全部で外の空気を感じた。
たまに聞こえてくる鳥のさえずりも、心地よいものだった。
今朝のあの痛みの記憶を打ち消すかのように、真理はじっと目を閉じ外の心地よい風やそして太陽の暖かさで気持ちと心の安定を保とうとしていた。
現実逃避…そういってしまえばそこまでなのだろうが、今は少しでも気持ちにゆとりを持とうと真理なりの抵抗だった。
そしてその症状を目にするたびに、不安だけが募っていった。
そんな真理を気づかってか、あんなに朝が苦手で子供のように愚図っていたお寝坊さんが自分で起きる、という努力をするようになった。
スマホのアラームをセッティングして起きるのだ。
だが…さすがは筋金入りのお寝坊さん。
自分で起きようとする努力はそれなりに見受けられるのだが、今までのお寝坊習慣はさすがに根強いもののようで…
やはり一度のアラームで起きられるはずもなく…
まぁ信也自身、自分でもそれがわかっているようで…
まずは6時に一度目…
そして、6時10分、6時20分、6時30分…
10分おきにセッティングし、6時30分の四度目のアラームでやっと覚醒して布団から出る、という感じだ。
ふぁぁ〜〜…
大きなあくびをしながら、相変わらず冬眠から覚めた熊のように、モソモソと布団から出てくる。
ーーーあぁ〜…やっぱ朝はキツっ!…ーーー
内心そう思いながらも信也は、
「あっ、まーちゃんはいいからね…朝飯も俺が…」
一緒に起きようとする真理を布団に戻らせ、信也は寝室を出ていった。
ーーーえっ…でも…お弁当…ーーー
そんな夫の後ろ姿を見送りながら、真理は信也の優しさと頑張りが嬉しいのとは反面、同時にちょっと寂しい気持ちと心配な気持ちがごちゃごちゃと一緒に同居していた。
フンフフ〜ン♫フン〜♪フンフン〜♫…
真理の複雑な気持ちも定かに、なんだかご機嫌で楽しそうな夫の鼻歌が台所のほうから聞こえてくる。
それと同時に、何かを焼く音も…
信也が朝ご飯を作り始めたようだ。
ーーーしん君、何作ってんだろ…大丈夫かな…やっぱ起きたほうがいっかな…ーーー
そんな真理が気持ちの格闘をしていると…
「まーちゃん、起きれる?目玉焼きと、ウインナー焼いたよ…」
信也がひょこっと寝室を覗きながら声をかけてきた。
まぁせっかくなので夫の優しさの頑張りに甘え、ご賞味させてもらおう。
と…起き上がりベットから下りようとすると…
…ズキッッ!!
「!!あっっ!!…痛っ!!…」
下腹部あたりに激しい痛みが…
病院受診の問診時でも少々の痛みはあったが、ここまで重い痛みではなかった。
針にでも刺されているかのような、チクチクとしたちょっとした痛みがあっただけだった。
でも…今回のは違う…
下腹部を殴られたかのような、ズキンっっ!!という痛みが真理を襲った。
「…っう!!…」
ベットの上で一度は起き上がったが、再度またそのままバタン…と横たわってしまった。
痛みはずっと続くわけではなかったが、一度のその大きな痛みが真理にとって結構な衝撃であった。
痛みがあった下腹部のあたりを守るかのように手を添えて痛みを堪えた。
「っ!!…まーちゃん!?」
その様子を目のあたりにした信也は、痛みを堪えながらベットに横たわっている妻の側へ、慌てて駆け寄って行った。
「えっ…何?…どうした?…」
「あっ…しん君…ごめん…ちょっと…痛みが急に…」
「痛み?…どこらへん?…まだ痛い?…」
「…うん…下腹部らへんがちょっと…大丈夫…だいぶ和らいできた…」
そう言って真理は必死で笑顔を作りながら、ベットの上に起き上がった。
すると…そんな真理を信也は、ガバっと力強く抱き寄せ抱きしめた。
「なぁ…無理すんなよ…」
詰まるような声で言う信也の声は、少し震えていた。
そして真理を抱きしめる腕も、少しだけ震えていた。
「…大丈夫…無理じゃない…」
しがみつくように真理を抱きしめている夫の背中に優しく手を回し、ぽんぽん…
なだめるような声で言った。
それでも信也は真理に抱きついたまま離れようとしなかった。
「俺…今日、休む…」
今だに真理を抱きしめながら、信也はポツリと言った。
その声はいつもより低く、重く感じられる声だった。
「何いってんの!お客の予約とか入ってるんでしょ?!迷惑かけちゃだめ!!プロでしょ?!」
信也の言葉に真理は少し声を荒げて叱るように言った。
でも…内心はすごく嬉しかった。
自分が辛い時に側に居てくれようとする、夫の優しさが涙がでるほど嬉しかった。
仕事休んで側に居て…ほんとはそう言いたかった。
信也に抱きついて、側に居て…とすがりたかった。
だけど真理にはそれができなかった。
信也には自分の仕事への責任を、もっとしっかり持ってほしかった。
それと同事に、周りが被る(こうむる)負担や迷惑、そしてお客様との信頼をわかってほしかった。
「…ねぇ…私のこと心配してくれたんだよね…
わかってる…ありがとう…でも…それとこれとは別…ちゃんと仕事、行って…」
さっきの口調とはまったく似つかない、優しい口調で真理は言った。
そして今度は真理が信也をギュッと抱きしめた。
「…うん…ごめん…ちょっとビックリして…動揺した…」
我に返ったように少し恥ずかしそうな表情をして、信也は苦笑いした。
「大丈夫。ちゃんと行くから…」
前髪をクシャッとかき上げながら、信也は言った。
その言葉を聞いて真理はホッとしたかのように微笑んだ。
「痛み…まだある?…」
今にも泣き出しそうな顔で心配そうに聞く夫に、真理はなだめるように優しく言った。
「大丈夫…さっきみたいな痛みはもうないから…
うん…ちょっとだけ、ね…」
それを聞いて安心したような表情で信也は大きなため息をついた。
と…すぐにその表情が、ギョッとしたような表情に変わり…
「うわっ!ヤッバッ!こんな時間!朝飯食ってるひまねぇかも…」
寝室の壁時計を見ながら、マジかよ…というような顔をして信也は言った。
「あっ…ほんとだ…7時半すぎてる…」
信也の言葉につられたかのように時計を見た真理は、
「お昼のお弁当もいるでしょ?玉子焼きくらい作るよ…しん君が焼いてくれたウインナーも一緒に…おにぎり、多めに作るから行きながらでも食べれる?…」
そう言いながら、よいしょっ…と、ゆっくりベットから下りた。
そんな妻を支えるように、信也はそっと腰に手を回し寄り添った。
「無理…すんなよ…お昼なんてどうとでもなるから…おにぎりくらい俺、出来るし…」
「うん…大丈夫…無理じゃないし…痛みもだいぶ楽になった…おにぎり、作るよ…」
何を言っても心配そうな表情で顔を顰めて(しかめて)いる夫を説得するかのように言いながら、真理は寝室を出て行った。
その後を追いかけるように、信也も寝室を出た。
台所へ行くと信也が朝食用に焼いたウインナーと目玉焼きが、二枚のお皿に二人分用意してあった。
真理はそれを見ながら、ありがとう…と、小さくつぶやいた。
そしてお弁当箱を準備すると、冷蔵庫から二つ玉子を持ってきて玉子焼きを作り始めた。
「こっちはもういいから、着替えて仕事の準備してきて…」
ついさっきの出来事も思わせないような雰囲気でいつものように台所で料理する妻の姿を、ニ〜三歩離れた所で何か言いたげな感じを漂わせ(ただよわせ)ながら見守っている信也に、真理は促すように声をかけた。
「あぁ~…うん…でも…まーちゃん…」
真理の声かけにも、まだ不安そうな素振りをみせながら、ウジウジとしている信也だった。
そんな夫を横目に、真理はそれ以上のことも言わず、無言でおにぎりを握り始めた。
それを見た信也は、流石に察したかのように静々と後退り(あとずさり)をするように、仕事へ行く準備をするため静かにリビングを出て行った。
リビングの扉が閉まる音を聞きながら、真理はまったく…と、つぶやきながらも顔がほころび緩んでいた。
「これくらいあればいっかな…」
六つ目のおにぎりを握りながら、真理は自問するように呟いた。
握り終えたおにぎりを、朝食用とお昼用に分けてお弁当袋に準備し、テーブルに置いた。
時計は8時をちょっと過ぎていた。
「うわぁ~っ!やっぱ朝飯食べる暇なかった…」
着替えをすませ仕事へ行く準備を終えた信也が、バタバタと慌てた様子でリビングのドアを開けて入ってきた。
テーブルの上の二つのお弁当袋を手に取ると、
「まーちゃん、おにぎり恩に着る!じゃ…俺、行ってくる…絶対、無理は駄目だからね…何かあったらすぐ連絡して…」
約束…と言うように、信也は右手の小指を立てた。
その小指に真理は自分の小指を絡ませながら、
「…うん…わかった…いってらっしゃい…」
そう言って頷きながら笑顔を見せる妻とのしばしの別れを惜しみながら、信也は渋々と仕事へ出かけて行った。
そんな夫を見送った直後、またもやあの痛みが真理を襲った。
「!!…いっつっ…!!」
下腹部を抑えながら、その場に崩れるように膝をつきうずくまった。
深呼吸を大きくしながら、治まれ(おさまれ)…治まれ…と何度も唱えるように呟いた。
何分経っただろうか…痛みが少しずつ和らいできた…一度目同様、チクチクとした痛みは残るものの、だいぶ楽になってきた。
ーーーこんな痛み…私…ーーー
ここまでの痛みがあると、流石に可能性の高さを感じてしまう。
だいぶ痛みが和らいだ下腹部をいたわるように手を添えながら、真理はゆっくりと立ち上がった。
そしてそのまま寝室のほうへ向かった。
寝室へ着くと、バタン…と倒れ込むようにしてベットへ横たわった。
痛みはもうほとんど無くなったが、なんだか体が重く感じゆうことを聞いてくれない。
何か大きな石でも乗しかかっているような、そんな感じの体の重さが真理を襲っていた。
そして極力なダルさ…
…はぁぁぁ〜〜…
真理は大きなため息をつきながら瞼を閉じると、そのままベットでぐったりとしていた。
ーーーあぁ…お洗濯しなきゃ…あっ、そうだ…お皿もまだ洗ってないんだった…はぁ〜…ほんと、なんだろこのダルさ…はぁ〜…ーーー
寝室の窓の外から聞こえる、近所の人達の声や鳥のさえずり、車の音…
しぃ〜んと静まりかえった部屋にチクタク、チクタク…と、異様に響き渡る時計の針の音…
それらの音を真理は瞼を閉じ、じっ…と聞いていたが、重く感じる体に鞭打って必死に起き上がり、ベットから下りた。
体のダルさは変わらないが、痛みは無くなった。
今のうちに出来ることをしてしまおう。
寝室から台所へと行くと、朝の片付けと皿洗いを始めた。
そうすると、何だか少しずつ体が軽くなっていくような気がした。
いつもの普段通りの体調になっていく気がしてきて、さっきまでの妙な倦怠感が薄れていくような気がした。
先程のあの痛みの辛さが、なかったかのように…
とにかく今、体が少しでも楽になったうちに、動けるうちにやれる事をやっておこう。
台所での作業が終わると、そそくさと洗濯機を回しに行き、洗い終わる間、寝室のベットを整え、軽く掃除をした。
そしてリビングに戻り、こちらでも軽く掃除をした。
そうこうしていると…
『ピーーピーーピーー…』
洗濯機の終了の合図だ。
「あっ!終わった…」
真理は洗濯機の場所へ足速(あしばや)に駆けて行き、中から洗濯物を籠へ取り出した。
「天気いいし外に干そうかな…」
洗濯物の入った籠を持ち、真理はウッドデッキのほうへ出て行った。
普段は乾燥機に入れるのだが、なんだか今日は外に干したい気分だった。
澄んだ空気とぽかぽかと暖かい太陽の光が、真理の体を労る(いたわる)ようにふりそそいだ。
たまに吹くそよそよ風も、真理を慰めるかのように心地よいものだった。
さっきまでの不快な感情と体のキツさが、心なしか和らいでいくような気がした。
「うぅぅ〜〜ん…やっぱり外のほうが気持ちいい…」
清々しそうな表情で真理は、ぐぅーと両手を上に伸びをした。
いつもと別に変わりはない洗濯物が、今日はなんだか初めての体験でもするような不思議な気分だった。
干された一枚一枚のタオルやシャツが、暖かい太陽の下でたまに吹く風に吹かれて揺れている様子が、なんだかダンスをしているようで見ていてちょっとだけ楽しくなった。
洗濯物を干し終わり真理はリビングからクッションを持ってくると、その上に座りそしてそっと目を閉じた。
そよそよと吹く心地よい風や暖かい太陽の光と、会話をするように体全部で外の空気を感じた。
たまに聞こえてくる鳥のさえずりも、心地よいものだった。
今朝のあの痛みの記憶を打ち消すかのように、真理はじっと目を閉じ外の心地よい風やそして太陽の暖かさで気持ちと心の安定を保とうとしていた。
現実逃避…そういってしまえばそこまでなのだろうが、今は少しでも気持ちにゆとりを持とうと真理なりの抵抗だった。
