あなたの隣にいてもいいですか…〜最後まで幸せと笑顔をありがとう〜

昨夜はしばし気持ちが沈み不安にもなった真理だったが、一晩ゆっくりと寝て落ち着きを取り戻していた。

朝一に、いつもの医師と共に手術を担当する医師が二人で病室へ訪問してきた。

「おはようございます、仮屋崎さん…今回、手術を担当します、中村です…本来なら手術日が決まった時点で挨拶に来なければならなかったんですが…色々と立て込んでまして、こんな当日になってしまって…すみません…」

「はじめまして、中村先生…大丈夫ですよ、婦人科の医師不足の大変さは知ってますから…」

「有難うございます…そう言ってもらえると正直、助かります…ですが、手術のほうはしっかりと成功させますから、安心してください」

「はぃ…よろしくお願いします…」

そう言いながら真理は深々と頭を下げた。

「こちらこそ、よろしくお願いします…」

中村医師も真理につられるかのように、深々と頭を下げた。

と…そこへ昨日の宣言どおり、信也が現れた。

「あっ…すみません…お話中で…」

真理と医師達の姿を目にした信也は、病室の入り口辺りで立ち止まり少し気まずそうな表情をしながら言った。

「あっ…しん君…おはよう…ほんとに来てくれたんだ…」

入り口で立ち止まりこちらを見ている信也の姿を見ながら、真理はホッとしたような顔で言った。
その姿からは安堵感が伝わってくるようであった。

「あぁ…旦那様ですか?どうも、初めまして…先ほど、奥様のほうにはご挨拶させてもらいましたが、今回、手術を担当させて頂くことになりました、中村です…」

「どうも、初めまして…真理の夫の信也です…今日は妻のこと、よろしくお願いします…」

いつになく真剣な顔で言いながら、信也も深々と頭を下げた。

「こちらこそ、よろしくお願いします…大丈夫です…しっかり全力でやらせて頂きます」

そう言いながら中村医師は、信也に近づき握手を求め手を差し出した。

それを見た信也は差し出された医師の手をしっかり握り、握手に応じた。

「それでは…手術の説明などは大まかすんでいると思いますが…私のほうからも簡単に少しお話をさせてもらっても…」

「あっ、はぃ…」

「奥さんもいいですか?」

「はぃ…お願いします」

真理の返事を聞くと、信也はベット脇に座る真理へ近づき横に立った。

「では…私のほうからは手術の手法などの説明を、簡単に…あとは、このあとの手術までの間のことを…」

そう言って中村医師は今回の手術の手法の説明や、手術までの間にすることなどの話を解りやすく話した。

手術の手法は『広汎子宮全摘出術(こうはんしきゅうぜんてきしゅつじゅつ)』

その名のとおり、子宮を全摘出する手術だ。
通常、それに加え『両側付属器(卵巣、卵管)摘出術』と『骨盤リンパ節切除』が加わる。
手術時間は色々と個人差があるが、5〜8時間。
朝一からとはいえほとんど一日がかりになるという。
このあと手術前の待機部屋に移り、手術着に着替えて看護師が迎えに来るのを待つ…

ここまで簡単に説明をすると中村医師達は手術の準備の為、病室をあとにした。

それと入れ代わりのように、看護師が待機部屋への案内のために入ってきた。

案内された部屋で手術着に着替え待機していると、ストレッチャーと一緒に二人の看護師が迎えに来た。

真理はそのストレッチャーに横たわると、少し大きめのタオルケットを上から羽織ってもらい、迎えに来た看護師二人に運ばれ部屋を出た。

部屋を出ると今にも泣きそうな顔をした信也が待っていた。

「俺、終わるまで待ってるから…頑張れよ…」

ストレッチャーで運ばれていく真理の手を両手で握りしめながら、信也は自分にも言い聞かせるように言った。

「ぅん…いってくるね…」

握りしめる信也の手を握りかえしながら、真理は笑顔で返した。

「いってらっしゃい…」

そう言って信也は真理の手をそっと離した。

そしてストレッチャーへ乗せられた真理は二人の看護師に運ばれ、手術室へと入っていった。

……数分後、手術室のライトが点灯し、手術が始まった…

長時間を催すため、病室で待つように言われた信也は、病室へ戻り祈るような気持ちで待っていた。

そこへ…慌てたような様子で、真理の両親と信也の母親が入って来た。

「あぁ~、信也くん…真理は…手術はもう始まったのか?…」

父親の真司が少し息を切らせながら聞いてきた。

「はぃ…先ほど、手術室に入って…始まったようです…」

「そっか…始まったか…もっと早く来たかったんだけど…ちょっとこっちも色々とバタバタしててな…」

息を整えなが真司は言った。

「真理…頑張れ…」

「真理ちゃん…頑張って…」

真理の母親と信也の母親は目をギュッとつぶり、祈るように手を合わせながら呟いた。

「母さん、お義母さんも…大丈夫だよ…結構、時間はかかるみたいだけど…それなりに腕のいい先生みたいだし…」

「時間かかるって…どれくらいなの?」

信也の言葉に輝美が聞いてきた。

「一応、説明では…5時間から8時間かかるらしい…子宮摘出に加えて、卵巣と卵管の付属器の摘出と骨盤リンパの切除の手術になるって…」

「えっ…!そんなにかかるの?!それに…子宮摘出だけじゃないの?」

「ぅん…まぁ…俺も説明受けたけど、詳しくはよく解んないよ…でも、必要なことみたいだから…」

「そりゃぁまぁ…必要だからこそなんでしょうけど…だけど…そうなるとこれから真理ちゃんは、色々と苦労することになるわね…」

思い詰めたような表情で、輝美は大きなため息をついた。

するとその様子を見ていた弥生が声をかけてきた。

「でも、真理なら大丈夫よ…何かあったとしても、私達がいますし…信也君だっていますしね…」

「ですよね…確かに…私達が…」

弥生の言葉に輝美の表情は、沈んだ表情から明るい表情に変わった。

そんなやり取りをしている間、いつの間にか真司の姿が見えなくなっていた。

「あれ?…お義父さん、どこに…?」

「あら…ほんと、いつの間に…どこ行ったのかしら…お手洗いにでも行ったのかしら?…」

信也に言われ弥生が病室の出入り口から廊下のほうを覗くと、ビニール袋をさげた真司がちょうどこちらへ向かって帰って来る姿が見えた。

「あっ、帰ってきたわよ…」

真司の姿を確認した弥生は、信也達に伝えた。

「お義父さん、急にいなくなってびっくりしたじゃないですか…どこに行ってたんですか?」

帰ってきた真司にそそくさと近づきながら信也は尋ねた。

「悪い、悪い…ちょっと水分を買いにな…」

そう言いながら真司は手に持っていたビニール袋の中から、お茶やコーヒーなど買ってきた飲み物を取り出した。

「すいません…自分が気づかないといけないのに…」

「あぁ~…いいの、いいの…俺も朝、コーヒー飲み損ねて飲みたかったから…」

申し訳なさそうに言う信也に、真司は自分のぶんのコーヒーを手に取りながら言った。

「私のぶんのコーヒーもある?」

「そう言うと思って、ちゃんと弥生の好きなコーヒー買ってきたぞ」

「あら、さすがね…ありがと…」

嬉しそうに言いながら弥生は真司から差し出されたコーヒーを受け取った。

そのあとの四人は、共にほとんど会話もなく病室を出たり入ったり、普段より長く感じる時間の流れをそわそわとしながら感じていた。

お昼が過ぎても食欲は無いが、何か少しでもお腹に入れようと、四人で休憩所へ行き売店で買ってきたサンドウィッチやお握りなどを食べた。

少しでも気分転換を…と休憩所へ来たのだが、何も変わらずそこでもほとんど会話もなく、ピリピリとした緊張感あふれる空気が漂っていた。

病室へ帰ってからも四人の様子は相変わらずであった。

そのうち弥生と輝美は、隣同士で椅子に座りながら、ウトウトとしていた。

「はぁ~…もう、5時間たつか?…ほんとに長時間かかるんだな…」

腕時計を見ながら真司は、ポツリと言った。

それを聞いた信也は、少し渋い顔をしながら自分も腕時計を見た。

「ですねぇ…もう、2時過ぎましたね…あとどれくらいかかるんですかね…」

「だけど、あれだな…家族なのに何もできなくて…ただ、祈りながら待ってることしかできないなんてな…虚しいもんだよな…」

情けなさそうな表情をしながら、ため息まじりに呟く真司の言葉に信也は自分の気持ちをそのまま言われたようで、胸のどこか辛いところをギュッと掴まれたかのように苦しく感じた。

「ですよね…俺も…辛いです…」

「だよな…信也くんには俺達、親とは違う辛さや思うところがあるだろうからな…」

「いゃ…まぁ、確かに色々ありますけど…とにかく今は、何もできずこうやって待っていることしかできないことが、やっぱ辛いですね…」

しんみりとしたお通夜のような空気の中で、染み染みと会話をする信也と真司だったが、いつの間にか二人の目からは涙が溢れ流れていた。

その時…先ほどまで居眠りしていた弥生と輝美が目を覚まし、二人に声をかけてきた。

「やだもぉ、信也…こんな所でいい歳した男が泣いてんじゃないのよ…て、あらやだ…真司さんまで…いい男が台無しですよ」

「ほんとに…二人して大の大人がどうしたの?」

輝美と弥生に少しからかわれるように言われた真司は、涙を拭う(ぬぐう)と真剣な顔で言った。

「ちょっとな…男同士で話をな…」

「その、男同士の話に、なぜ涙?」

またもやからかうように意地悪っぽく聞いてきた弥生の問いに、信也が助け舟をだすように答えた。

「色々とまーちゃんの話とかもしてたんですよ…そしたら、ね…二人してちょっと感極まっちゃって…」

「ふぅ~ん…そっか…まぁ、真理の話なら、今ならそうなっちゃうか…」

あっさりと納得したように弥生は言った。
その横で輝美も、うん、うん…と頷いていた。

そこへ一人の看護師がやってきた。

「仮屋崎さん…先ほど手術、無事終わったそうですよ」

その言葉を聞いた途端、信也をはじめ四人全員がホッとした表情と同時に、大きなため息をついた。

そして弥生と輝美は、二人手を取り合ってお互いに安堵を確信した。

7時間30分…
いゃ…四人にとってはそれ以上に長く感じた時間が、今やっと終わった…