あなたの隣にいてもいいですか…〜最後まで幸せと笑顔をありがとう〜

手術日が決まり、自宅に帰ってきた二人は会話もなく、信也は椅子に座り頭を抱えるようにして黙りこくり、真理は窓際に黙って立ち、ぼんやりと外を眺めていた。

と…窓際でぼんやりとしていたと思った真理が、ふっ…と何かを決したように動いた。

そして自分のバックから一つの封筒を取り出し、信也の前へ置いた。

「ん?…何?…これ…開けていいの?」

信也はその封筒を手に取り、中に入っている紙を取り出した。
と…同時に取り出した手が一瞬止まり、そして顔が引きつったかと思うとその紙をテーブルに、バンッ!!…と叩きつけた。

それはまさかの思いもよらない物…
二人にはあり得ないと、見ることもないと思っていた物…

「なんだよこれっ!!離婚って…なんだよっ!!」

そう…『離婚届書』しかも、真理の記入済み…

「何も言わずに…別れてください…」

「だ・か・ら!!何で!離婚なんだよ!俺がわかるように説明しろよ!!」

普段は大人しく声を荒げることなどほとんどない信也が、珍しく声を荒げ口調もキツくなった。

「だって…私…癌がみつかっちゃったし…」

真理はその場にへたり込み、泣き崩れた。
ごめんね…ごめんね…と、何度も唱えるように呟きながら…

「はぁ!?それは何?!俺という男は、病気がみつかったから見捨てる男だと…そんな心の狭い男だと?情けない、最低な男だと…そう思われてるってこと?!」

「違う…そんなことない…そんなこと思ったことも…思ってもいない…」

「じゃ!どういうことだよ!!」

「だって…私…しん君の子供、作ってあげれない…」

そう言いながら真理は涙を流し続けた。

「確かに…子供のことはショックだけど…だからって別れることはないだろ?」

「でも…しん君…ほんとに子供、欲しがってたし…」

「それは!まーちゃんとの子供だからだろ?!まーちゃんとの家族だからだろ?!」

「だから…その子供…私は作れない…」

「ちょっと待て!確かに…俺はまーちゃんとの子供、欲しかったけど…無理だからって別れる理由にはならないだろ?!今どき、子供のいない夫婦なんて世の中いっぱいいるし…それに養子とか色々方法はあるだろう?」

「だけど…子供のことはそれでいいとしても…この先、色々と生活も変わってくる…今までみたいな生活は、たぶんできなくなる…そんな不幸な生活に私はしん君をまき込みたくない…」

真理のその言葉を聞いて、信也の中の何かがプツン…と切れたような音がした。

「はぁ!?何?!ちょっと待て!!なに勝手に決めつけてんだよ!!なんで俺が不幸になる、て決めつけてんだよ!!勝手に決めつけんなよ!!」

「でも…私なんかと一緒にいると、迷惑しかならない…」

「だから、なんでだよ!俺がいつ、迷惑だなんて言った?迷惑だなんて思ってたら、仕事休んでまで病院に付き添わねぇよ!心配だからだろ?…まーちゃんのこと、大切だからだろ?…愛してるからだろ?なんで迷惑だなんて思うんだよ!!」

声を荒げることなどほとんどない信也が、思っていることを全部吐き出すように言った。

「だけど…しん君はまだ若いし…私なんかより、健康で子供も産めるもっと素敵な人を探したほうが…」

「はい?!じゃ、何?…俺はまーちゃんを捨てて、子供の産める女性を探して一緒になれば、幸せだと?…そう言ってんの?!…だからさ…勝手に俺の幸せ決めんなって!!」

もう頭に血がのぼって興奮状態の信也の口調は、止まることはなかった。

「でも…この前、同室だった内田さんは…離婚してたし…」

「だからさっ!まーちゃん、何いってんの?!周りがそうするから、そうするの?…あの人達にはあの人達の考えや事情があっただけで、俺達には関係ないだろ?人の家庭と自分達の家庭…一緒にすんなよ!!」

「…………」

まさかこんなにも興奮状態になり、声を荒げるとは予想外だった。

普段とは違う信也の姿を目の前にし、真理は涙を流しながら何も言わず俯いてしまった。

「…で…まーちゃんはさ…俺と別れたいの?…俺のこと、もう…いらないって?…」

「違う…いらないなんて…そんなこと…」

「じゃあっ!!どうしてこんなもん持ってくるんだよっ!!」

信也は自分がテーブルに叩きつけた離婚届書を、グシャッ!…と握り潰した。

「…そうするのが…しん君のためにも、一番いいと思ったから…」

「…ハッ…なんで?!…なんで、これが一番いいの?」

「だって…私…癌になっちゃったんだよ…子宮、なくなっちゃうんだよ…子供…産めないんだよ…そんな、私なんかに…しん君、縛ってちゃ…可哀想だもん…申し訳ないもん…」

「……可哀想…俺、可哀想なの?…愛してる妻と一緒にいたい、支えになりたいって…思ってる俺って、可哀想なの?」

「だって…もう…子供も産めない、病気の私なんて…重荷にしかならない…」

「だからさっ!どうしてそうやって勝手に決めつけるの?!…俺はさ…まーちゃんのこと、重荷になんか思わないし…思ってないし!!」

「…でも…でも…」

「はぁ〜もぉ~…でも、でも、うるさい…私なんか、とか癌が、とか…俺はまーちゃんのこと支えたいの…まーちゃんと一緒にいたいの…まーちゃんに隣にいてほしいの…」

何を言ってもほとんどいたちごっこな会話にしかならない状況に、信也は椅子から立ち上がり床に座り込んでいる真理に近寄り、そっと優しく抱き寄せた。

「俺は…まーちゃんと別れたいとか、迷惑とか絶対に思わない…思ったこともない…俺が、俺の意思でまーちゃんの隣にいたいの…」

「ほんとに…?ほんとに…?いいの?…」

しがみつくように泣きながら抱きつく真理を、信也は少しだけ力を入れて抱きしめた。

「あたりまえだろ…俺の奥さんは、まーちゃんだけだよ…」

「あとで後悔しても…知らないから…やっぱり無理、て言っても…聞かないから…」

「おう!望むとこだよ!俺に夫としてまーちゃんを支えさせてよ…俺の、隣にいてよ…」

「ほんとに…私…しん君の隣にいてもいいの?…奥さんでいても…いいの?…」

「もちろんだよ!逆にお願いします…これからも、俺の奥さんでいてください…」

「ぅん…ありがと…私も、これからもしん君の隣にいさせてください…奥さんで、いさせて…」

二人は一度顔を見合わせると、もう一度ギュッと抱き合った。

「あのさ…この先、確かに色々と生活も変わってくると思う…今までみたいな生活は出来なくなると思う…だからこそ、一日、一日を大切に楽しく過ごそう…まーちゃんの行きたいとこや、やりたい事をいっぱいしよう…いっぱい笑って、いっぱい幸せを感じよう…」

さっきまでの興奮した荒っぽい口調はなくなり、いつものような穏やかな声で信也は言った。

その信也の胸の温もりがほんとに暖かく優しくて、真理は顔を埋めながひたすら謝っていた。

「ごめんね…ごめんね…」

そんな真理を信也は黙って優しく抱きしめるのであった。