――――ここは奥後宮。奥後宮には皇帝陛下の寵愛を受ける上位20名までが暮らすことを許されるのだが、皇后と第3妃の部屋が空いていたように、陛下は順番にそれを埋めていってはいない。
皇太后が第2妃の部屋にと据えた王花姫《ホアジー》、第4妃の部屋に据えた徒凛さまより以下は。
数人が奥後宮序列下位に押し込まれているだけである。もちろん後宮城市に暮らすものもいるだろうが。現在は改築中だからこそ、暮らしているものは陛下の思惑があってのことよね。
そんな奥後宮には私たち上位3人の他に、3人の妃がいた。
3人の妃たちが連れ立って来たのは、彼女たちが家から連れてきた最低限の侍女と護衛の女性武官。どうやら後宮の女官と武官は、第2妃の独占状態だったと言うことか。こんなんで奥後宮の維持作業はどうするのよ。
「えー……みなさんに残念なお知らせがあります」
明らかにものものしい雰囲気の中で、私が口を開く。ひとまず保護をした徒凛さまと明明ちゃんはリーミアと共に近くに待機してもらっている。
ウーウェイは第2妃を縛り上げ、そして第2妃に荷担していた女官たちを牽制。骨を何本か折っておいた女性武官は一応包帯は巻かせたが、お留守番や交替で休憩や休暇だった女性武官たちも呼びつけた。
これは後宮の一大事なのだから、集合して当然よね。
「まず私はこの度第3妃の部屋を与えられたセナと申します。一応兄のグイが皇帝陛下の最側近をしておりますが、兄のことで私に逃げ込まれてもどうしようもないので。北異族のことを【蛮】などとは呼ばないように。みなさんの命がかかってますからね。私にとっては知ったことではありませんが」
『……っ』
そりゃぁ新たな妃が来るのなら、妃の彼女たちとて情報は掴んでいるだろう。私は北異族、グイ兄さまの妹。そして昨晩女官長が私を【蛮族】と呼び罷免となったことも、ここで暮らしているのならわけはない。
「この度第2妃王花姫《ホアジー》さまがあろうことか、皇族の血を引く公主明明さまを誘拐しようと企みました。皇族に手を出すことは禁忌」
ま、秘密裏に暗殺などは行われて来ただろう。バレなければ最後に残ったものが勝者となる。
そして今回の徒凛さまと明明ちゃんへの所業も、今まで幾度となく行われて来たのだろう。だが第2妃が皇太后の手のもので、この後宮には皇太后の息がかかっている。みな黙認するしかなかったのよね。
「ですが陛下は今頃西部の空の下。沙汰は陛下のお帰りを待つとして……それまでに同じ罪を犯したものは同じ目に遭わせますので。それから第2妃たち罪人の脱走などに加担しても同じ目に遭わせますので。みなさん、よく覚えておいてくださいね」
その場の空気がどんよりとしている。しかしながら、第2妃がやりたい放題やるよりはましだろう。
「あと、あなたたち」
私は無傷の女性武官たちを見る。女性武官たちは険しい表情を向けてくる。
「仕事する気ある?ないならそこの武官たちと一緒に寝ててもらうけど」
包帯を巻かれて唸っている武官たちを指せば。
「承知いたしました」
「なら結構。彼女たちや第2妃たちの監視を任せます」
「で……ですが徒凛妃の護衛は……」
「私がしますので、あなたたちは結構です」
この惨状を見て見ぬふりをして第2妃に加担したのである。信頼を勝ち取りたいのなら、まずはやる気を見せてもらわないと……!
「そんな横暴、許されるはずが……っ!皇太后陛下が何を言うか……っ」
「では今のこの後宮の女主人は誰ですか?」
「だ……第2妃さまです……っ!第2妃さまの指揮を得られないのなら、自ずと後見人の皇太后陛下の……っ」
じゃぁその後見人がどこぞの貴族のおっさんだったらどうなるのよ。皇帝陛下の後宮がよその男のものになるわよ?
「後宮の仕事をしているのは?」
「えっと……」
そこで口ごもる武官たち。
「徒凛さまはご存知ですか?」
「……わ、私です」
そうか……彼女が。
「では女主人はどなたかご存知ですか?」
「……陛下からその任を授かったのは……私です」
そりゃぁ後宮を取りまとめる仕事をするのは女主人の役目。皇后がいるのなら皇后、そうでないのなら何れかの妃が務めるし、妃がいなければ女官長が務める。ただし女官長は女主人ではなく、あくまでも官職として行うのみだ。
そして徒凛さまがその任を引き受けていたと言うのに、第2妃は自分の身分や後見人を笠に着て女主人気取りだったのか。
さらに先ほど明明ちゃんを人質に取って徒凛さまを脅していたのも、自分の都合のいい後宮運営をさせようとしていたのかもしれないわね。
例えば第3妃の部屋を与えられた私を……無理矢理下位の妃の部屋へと追いやるとか。
陛下の意志に背く行い、許されるはずがないのに。しかし今まで後宮を取りまとめることに本気ではなかった陛下の下では……許された。
「ならば、後宮の官吏や武官の処分を決めるのも徒凛さまのお役目です」
最終的には陛下を通すが、まずは徒凛さまの指揮下に入るべきなのだ。
「徒凛さまはどう思います?彼女たちに護衛を任せたいですか?」
「……い、いいえ」
徒《トゥー》凛《リン》は震える声でそう漏らす。明明ちゃんをぎゅっと抱き締めているところからすると……やはり彼女らも明明ちゃんを恐がらせたことには代わりないのだ。
「では私があなたの護衛をしましょう。それはどうです?」
「ですが……あなたも妃では……」
「後宮で妃は自分の技能や美を磨き競うものです」
本来は皇帝の寵愛を得るために……だが。しかし普通に後宮生活をしていたとしたら、グイ兄さまに役立たず判定を受ける。ここで腐るつもりならとっとと死ねとか言われる可能性の方が大なので。私は努力を怠るわけにはいかないし、皇帝の寵愛よりもまず先に、常に帝国にとって利益のある妃でいなくてはならない。
それならば。
「後宮の女主人の護衛だなんて、武人として最高に箔がつきますので喜んで!」
その言葉に女性武官たちが悔しげな表情を浮かべる。いくら第2妃が皇太后の覚えがよくとも皇帝陛下は皇后には召し上げない。
女主人でもないのに女主人を気取る。本来の女主人を虐げ公主に危害を加える。
後宮に興味のない陛下なら、権力を持つ第2妃に仕えても良かっただろうが。今は違う。陛下は後宮にメスを入れた。皇太后の息のかかった女官長を更迭したのである。
――――もう状況は変わったのだ。
「あー……あと、第4妃の部屋がめちゃくちゃなので、当分は第3妃の部屋で暮らすのがよろしいかと」
第2妃を捕まえた後、第4妃の部屋を覗いてみれば酷いものだった。所々破壊された調度品、壁には金属で傷を付けた跡。とてもじゃないが妃のための部屋ではない。
それに私も護衛しやすいし、勝手にほかの宮や部屋を使ったら……またルーに怒られちゃうもの。
「ではみなさん、解散!」
そう告げれば。少し戸惑っていた一堂は、泣く泣く解散していった。何をどうしたって、ここに第2妃の罪を正当化できるものなんていないのだから。
「さて……そう言えばお菓子を作りすぎたので……一緒に飲茶でもいかがですか?」
まぁ屋内にはなるけれど。
「……感謝いたします、セナさま」
「いえ、私は私にできることをしたまでです」
そう頷けば、徒凛さまの腕の中にいた明明ちゃんがじっと私の顔を見上げていた。
「明明ちゃんも、お菓子楽しみ?」
「うん、おねぇちゃん!」
「こら……明明、この方は」
徒凛さまが慌てるが。
「構いませんよ。私にも妹がいるので」
エイダにもこんなかわいい頃があったのよね。私の元婚約者と駆け落ちする阿呆だけど、あのこがここに来るよりはましである。
しかしそのお陰で彼女たちを助けられたのなら……それはそれであのこの姐孝行かしらね……?