――――奥後宮の第3妃。第1妃の皇后から数えて3番目の部屋となれば、なかなかに立派な部屋である。
「何か必要なものはあるか」
ルーが部屋に案内してくれて、そう問いかけてくれる。うーん……必要なものねぇ。
「何でもいいのかしら」
「もちろん。セナならグイに怒られるようなものをねだったりはしないだろう?」
「あ……アタリマエジャナイデスカ」
仮に宝石やら絹やら贅沢品を悪戯に要求したら、バレたが最後、どんな目に遭わされるか分かったもんじゃない。ま、そんなもの要りませんが。
だが実用品ならば……私のやりたいことにも通ずるし。
「剣を1本もらえないかしら」
「……剣?」
「さすがに妃が剣を持ち込むわけには行かなかったし」
どういうつもりだと責められたらそれこそ兄さまが剣を振り上げて襲って来そうだ。
「でも、やっぱり自分の身を自分で守るのも大切でしょう?」
あと、私の目的にも必要なのよ。
「……グイは手加減のために剣を持っていると言っていたが」
「ギクッ」
す……鋭い。さすがは兄さまの飼い主と言うか何と言うか。
「その……や、やり過ぎたら困りますので」
後宮と言えば女の戦いの場。万が一にでも本気の拳を繰り出せば……絶対面倒なことになるううぅ。今日みたいに絶妙な手加減蹴りがいつでもできるとは限らないのよ。
……それでも吹っ飛んだし。
「その……やっぱり……そう言う妃は……」
いやいや、私は何を聞いているんだ。敢えて正体を仄めかしつつも、未だ明かしてくれないルーに。
「なら、これを持てばいい」
そう言ってルーが差し出してきたのは、腰に帯びた2本の剣のうちの一本だ。
「え……っ、それ、高いのでは!?それにルーのものでは……」
だってルーが持ち歩いているものよ!?正体を公にしてはいないとはいえ……高いものだったらと考えると……っ。
「問題ない。必要ならばこれを使え。さすがに剣を持つ妃と言うのは初耳だが……でもそれも面白い」
にこりとルーが笑む。その……武闘派妃でも退いたりしないと言うことか。
さらには自分の剣を……。
「それとも女性用の方が良かったか」
「いえ……!女性用だと私には軽すぎて……だから、ありがとうございます」
ルーからの剣を受け取る。重さもちょうどいい。それにルーからもらったものなら、兄さまだって反対しまい。
「では、また」
「はい……!」
……とは言え、ルーはこれから兄さまと共に西部に行くのでしょうね。ルーの武運を祈りつつ……いや、兄さまがいれば最強だろうが。
私は私で、この後宮でできることをしなくてはね。
※※※
「それにしても……つっかれたぁ――――……」
妃の部屋の床に背を付けながら、暫しの休息である。
もちろんルーからもらった剣は、傍らに大切に置いてある。
「緊張感なさすぎですよ、セナさま」
うぅ……ウーウェイからの小言が飛んできたぁっ。
「いいじゃないの、ちょっとくらい。あなたたちも適当に部屋を使っていいわよ」
妃の部屋には、お付きの従者や侍女の部屋もある。元々いる後宮の女官とは別に用意されているのだ。
「全く……仕方がないですね。でも今日は色々とありましたし……俺は全体的に中を確認してきますので」
「うん、任せた――――」
気の入らない返事をすれば、どこかウーウェイが苦笑する。そして早速部屋をくまなく確認に行ったらしい。
「そうだ……リーミアも……」
そう、リーミアを見れば。リーミアは私に向けて深く拱手をしていた。
「……リーミア?」
「セナさま」
「どうしたの?いきなり」
「どうして……私の命を助けてくださったのですか」
「……そうね。侍女が欲しかったと言うのは本当よ」
後宮にまともな女官は少なそうだし、連れてきた従者はウーウェイだけだもの。
「それにリーミアはなかなか優秀そうだわ」
あの見張りの女官に監視されながらも、必死に生きて、知識を溜め、研鑽を積んできた。
「そんなことは……っ」
少し内気だけれど、それもあの見張りの女官のせいもあるわよね。
「顔を上げて、リーミア」
「……」
リーミアが恐る恐る顔を上げる。
「私にはあなたをここから出してあげることはできないわ」
一度人質として後宮に入った身。この子は多くの後宮の機密を知ったはずだ。たとえ範梅花は死んだことにしても、後宮から出してと言えば、兄さまも許さないだろう。そしてルーも味方をしてくれたとは思えない。
そして死んだことになっている範梅花が西部に帰るわけにも行かないのよ。
「だからあなたの家族や友人とも会わせてはあげられないかもしれない」
西部が解放されたとしても、かの地が組み立てた独自の身分社会を完全に人々の価値観から取り除くには、長い時間が必要だ。
今の価値観の元、彼女の大切な人々との面会を申請しても、世間が許さないかもしれない。
「元より後宮に召し抱えられてから……そのようなものはおりません」
「……そう、だったの」
後宮から脱走なんてほぼ不可だが、戻りたいと思わないように。逃げようと思わないように。西部領主と領主の娘……あの監視の女官は彼女の家族や大切なものたちすら奪ったのだ。
――――ウーウェイが西部を抜けてきたのは、彼がまだ幼い頃だ。だからそうやって西部の少数民族たちが西部領主たちの横暴の犠牲になってきたことは……ウーウェイの両親世代から伝え聞いた事実だ。
かの地ではあり得ないことではない。
「だけど私はリーミアに死んで欲しくない」
「セナさま……」
それでも後宮で生き延びた彼女だって……生き延びたいと思ったはずだ。
家族も大切なひとたちも、名前も人生も全て奪われながらも。だから……。
「私はあなたにリーミアとして生きて欲しい」
私が与えられる自由など限られているが、せめてリーミアとしての人生を。
「はい……っ。セナさまに生涯お仕えするために私は……リーミアとして生きてみせます」
生涯……か。兄さまが陛下にそう誓っているはずだ。その重みは計り知れないものだが。私が兄さまに歯向かってまで守ったのは、そう言うものだ。だからこそ私も。
「ありがとう、リーミア」
彼女の主として、この後宮で生き延びていかないとね。
「あの……っ、セナさま」
「……うん?」
どうしたのかしら。
「私のことは、どうかミアとお呼びください」
それは親しいものにしか……いや、既にそうであろう。
「分かったわ。これからよろしくね、ミア」
「はい、セナさま……!」
やがて見回りを終えたウーウェイが戻って来れば。夕食の時間はとうに過ぎていたので軽い夜食をこしらえてくれた。
「あの……私も一緒に?」
ミアが戸惑っているがそれもそうだ。普通妃と侍女は一緒に食事をしない。
「野営では普通だわ」
従者のウーウェイや他の参加者とも一緒に飯炊きをして食べたもんだ。
「野営ではありませんが……まぁいいでしょう」
そして隣で平気で麺を啜るウーウェイ。全く……相変わらずね。
「そうそう。それにミアだってお腹空いてるでしょ?こんな時間なんだから、気にする必要もないわよ」
とっとと食べて明日に備えて寝ることも大切だわ。
そしてウーウェイが私の横で普通に食べていることで、ミアも麺に口を付けてくれる。
うん。妃になればひとりで食事……なんて当たり前かもしれないけど。でもやっぱりみんなで食べた方が美味しいわよね。