――――順番に割り当てられた外出許可。皇后としての務め……ジッとルーの隣に座っている任務をこなしつつ、私の番が来た。
「お土産はみんなのと被らないようにしないと」
それぞれ外出した面々が、後宮の仙女・明明ちゃんにお土産を買って帰っているのだ。息抜きに加えてかわいい明明ちゃんに喜んでもらえるなんて最高ね。
「ふぅん、何処か目星は付けているのか?」
「そうねぇ……子どもが喜びそうな菓子だから……何でルーもいるの?」
私の隣にごく普通にいるルー。供として一緒に行く予定だったリーミアとウーウェイも一歩下がった場所でどうぞお楽しみくださいとばかりに微笑ましく見守ってくる。周囲には武官たちも潜んでいるはずだが……しかし何故ルーまでいるのかしらね?もちろん瞳の色は棕色だ。
「視察だ」
「……いや、確かにね」
分かるけども。ちゃんと視察目的の時もあるけども。それは時として息抜き遊びの口実に使うものでは?まぁ、市井の様子は見るわけだし、視察の役割も果たしているわけだが。
「でもいいの?ルーも忙しいのよね」
「セナと一緒にならと特別にと、玄宰相から許可をもぎ取った」
今もぎ取ったって言わなかった?このひと。
「さぁ、時間は有限だ。早速行こうか」
「う、うん」
私たちには門限があるんだもの。
「今は秋だから」
「秋の味覚も多いな。それもあって建国祭の時は食の種類も豊富だ」
それもあるが……一番は治世が安定しているから……よね。先帝時代は後宮を大きくするほど繁栄したけれど、最後の方はそうではなかった。もろに打撃を受けたのは西部、南部、そして皇帝のお膝元であるこの帝都であろう。
北部と東部はそんなに影響は受けなかったのだけど。北部は自治区域だったからってのもあってそこまで中央に頼ることもなく、その繁栄の余波にがっつり浸かってはいなかったのよね。日々の暮らしの中で必要なものを揃えて、冬の雪害に備えていた。
東部は東部で貿易で繁栄していたってのもあるが、あちらも水害はあるので色事や贅沢にかまけないで備えていたと言うだけのこと。
しかし中央と癒着していたかつての西部や急激な物価の上昇と共に極端に供給が減った帝都、元々貧しかった南部が被害を受けたのよ。
その一翼を担ったのも元皇太后である。あの婆さん、皇城から追い出されて離宮に隠居させられてたのよね。後宮に対しては影響を持っていたけれど、むしろそこにしか影響力を働かせられなかった。それほどまでに原因の一翼と見なされていたのだ。それと実家の影響力。
反省するならともかく、やらかした元皇太后やその実家は揃って破滅したけどね。
皇后と言うのは……時にそんな人災すら招くのだ。私も肝に命じて日々精進しないとね。
「……な、セナ?」
「えと……っ」
「どうした?考え込んでいたようだが」
「あの……ずっとこうやって、国民のみんなが幸せに過ごせればいいなって……。そしてその責任の一翼は……私にものし掛かって来るでしょう?」
「……確かにな……だが、俺も一緒だ」
「ルー……」
「俺もセナと共にある。セナが辛く苦しいときは俺が支える」
「……私も、ルーが辛く苦しいときは、共にいるわ」
「あぁ。これからもセナと2人で支え合って、この国をもっと良くしていきたい」
「もちろんよ」
ルーと見つめ合い頷けば、何だか照れ恥ずかしくなってしまう。
――――そんな中。
「ねぇ、ルー!あれ見て、南部からの商人だって!」
多くの商人が臨時の露店を広げる市場では各地域からの商団が店を出しているのだが、東部なら珍しい外国産の珍味も揃えている。
西部は大変な時期だけど、それでも商人たちは稼ぐチャンスであると商魂を携えてやって来ている。
それから北部からも来ているのね。あちらも気になるが……しかし南部のブースから漂うこの香ばしい匂いは一体何かしら。
「あぁ……。懐かしいな」
ルーはやはり知っているのか。
「でも貴族の屋敷ではほぼな……あそこは妙に中央に染まろうとする」
そうよね。鄧鶯の話を聞くだけでも、南部ではより帝都に染まりたいと思っているらしい。
鄧鶯が南部の方言や民族を学ぼうとしても、共通語や帝都事情を叩き込まれるのだと言っていた。
今は好きに学びたいことを研究しているけどね。
「あ、それじゃぁルーは……」
「グイに連れてきてもらったことが多いかな」
そうだった。南部で屋敷を飛び出したルーはグイ兄さまと一緒にいたのか。
その後ルーは当時の皇太子を討ち取り、先帝から皇位を受け継いだ。
「ルンも喜ぶかもしれない」
「それはいいわね」
明明ちゃんと一緒にみんなからお土産をもらって楽しんでいるのもあるし。ルンも元々は南部の生まれ育ちである。
「この薄餅、お米でできているのね」
許蘭が東部から取り寄せてくれた煎餅とはちょっと違うが。
「あちらは米食も稲作も多いんだ。棚田と言うものを知っているか?」
「えぇと……昔グイ兄さまが送ってくれた信にあったわね。その全容は圧巻ながら夕陽に染まるとかなりの絶景なんだって」
「……やっぱりアイツ、割りと妹のことも考えているのかな」
「いやー……ないないない」
一瞬背筋がビクッと来たけれど……気のせい気のせい。
「いつかまた見に行きたいな……なかなか行ける距離でもないが。あそこは……まだまだ貧しいんだ」
やっぱり南部の暮らしを直に見てきたからこそなのね。
「豊かになれば、もっと治世が安定すれば……行けるわよ」
帝都を玄宰相や泰武官長たちに任せて。西部に赴いたのは急務だったからだが、南部には余裕を持って、視察できるくらいに。
「……そうだな。そのためにも、頑張らなくちゃな」
立場上南部にばかり肩入れはできないが、そこがルーが皇帝として、皇緋路としての原点なのだろう。
「ならまずは経済ね」
小さな一歩だが、経済を回すことも大切だ。
「それもそうだ。どうせなら、みなの土産に多めに買ってくか」
「そうしましょ」
こちらではなかなか手に入らないもの。鄧鶯たちだけではなく、ほかのみんなも気に入ってくれそうだわ。
幾つか包んでもらい、ウーウェイや市井に紛れていた護衛たちも運ぶのを手伝ってくれる。
その最中聴こえて来たのは。
「……※※※」
ええと……『お兄さん、南部の言葉が話せるのか』ね。
鄧鶯に習っておいた南部の言葉がここで役立つとは。
ルー自体は顔立ちは帝都周辺に近いものね。商人たちが驚くのも無理はないかも。
「※※※……※※」
ルーは『昔……住んでた』ね。
いやまぁ、住んでたのは事実だろうけど。
「※※※……皇帝……※※」
しかし次の商人たちの言葉にビクンと来る。え……『皇帝……南部……』あとは何て……?まさかバレてないわよね。
「※※※……」
しかしルーは気にすることなくさらりと返している。場の空気は緊張するどころか和やかなものだ。
そして商人から何か包みをもらったルーが戻ってくる。
「セナ、これはセナへ」
「……へ?」
手渡された小さな包みの中を覗いてみる。
「これって……」
「南部細工の髪飾りだ。隣で雑貨も売ってたからついでに」
い、いつの間に……!でも……。
「嬉しいわ」
何だかエキゾチックと言うか……こちらではなかなか見られない代物である。
「喜んでもらえて嬉しいよ」
その時ルーがこめかみにちゅっと柔らかいものを……ってこれ、キス!?
「ちょ……こんなところで……っ」
「構わないさ」
構うわよーっ!
そして後ろから商人たちの声が聴こえてくる。何て……?
「……※※※」
そしてルーが答えた言葉は。
「何て?」
「『お熱いね』と言われたから『ラブラブだ』と答えた」
ぎゃ~~~~っ!?外でそんな恥ずかしいやり取りを……!いや、ルーも商人たちも何か和やかだから……こう言うのも悪くはないと思うのよ。
頬はちょっと火照っているけれど。
「あ……そうだ。リーミアも、西部の露店で欲しいものがあったら、買ってきていいのよ?」
「いえ、しかし……」
本来ならば後宮の外で買い物など考えられぬ立場だったはずの少女。先帝が許したとしても、かつての女官が許さなかっただろう。そして後宮城市の妃たちに一時外出が許可されることは少ないし、たくさんの妃を抱えてきた先帝時代はなかなかチャンスもなかっただろうなぁ。さすがに100人以上いる妃に順番にとはいかない。
ルーの治世が特別なだけで、外出が許可されるなんて普通は狭き門なのだ。
けれど安定している治世にみんなの努力が合わさって許可が出た。
そして外にリーミアも一緒に来られたこともきっと何かの縁よね。
「私は香辛料が欲しいですね。昔はなかなか北部に入ってこなかったもので」
と、ウーウェイ。確かにねぇ。西部には西部ならではの香辛料もある。時折冷戦状態になっていた北部と西部はとりわけ仲が悪かった。商人だって帝都経由で来るものだから、品物が入ってきても物価が高いのだ。まぁ主な争いの種は明白だ。少数民族である北異族がトップの北部自治区と主民族第一主義だった時の西部領主が……仲良くできるわけがない。でもこれからはそれも徐々に変わっていくのかしら。
「ならウーウェイは香辛料ね。欲しいものを選んで。リーミアも、ほら」
ウーウェイが香辛料をねだったのは、多分リーミアのためね。普段はあまりおねだりなんてしないし、秘密裏に自分で入手しにいきそうなのに。
「そ……それじゃぁ」
リーミアもウーウェイに続いて西部の乾物やお菓子を懐かしそうに眺めている。
勘定はお財布係のルーが済ませてくれる。いやー……皇帝陛下なのに普通に硬貨で勘定できるとは。教えたのは確実にグイ兄さまだろうが。
「リーミアは何にしたの?」
「飴にしました。あちらでは身近なものを飴にして、おやつで舐めていたんです」
リーミアが見せてくれたのは、牛奶や蜂蜜、生姜などいろんな飴が入ったアソートであった。
「明明さまも喜んでくださるかと」
「うん、きっとね」
しれっと明明ちゃんのことも考えてあげるとは……さすがはリーミアね。
「でもリーミアもちゃんと堪能するのよ?ちゃんと堪能しないと、皇后命令にしちゃうから」
リーミアの耳元でこっそりと呟けば。
「せ、セナさまったら……っ!帰ったら早速舐めさせていただきます……っ」
「ならよし!」
「仲がいいな」
すぐそこで、ルーがクスクスと微笑んでいる。
「お陰さまで」
ルーがあの時助けてくれなければ、今頃私もリーミアも……だからルーのお陰で今がある。
「そうだ……セナはいいのか?」
ルーが指差したのは北部の露店だ。
「いや……でももう時間が」
皇后が門限を破るのはダメよ。しかし……。
「ほら」
目の前に出された包みにハッとする。
「グイ兄さま……?」
「門限守らないと、首はをねるないといけないからね」
「いや……おい」
相変わらずこの兄は。しかしその口調は本気の殺気ではなく、どこかおどけたような。そしてグイ兄さまが手渡してきたその包みの中は。北部の甘ーい甘ーい蜜をたっぷり塗り込んだパイである。恐らく中身は木の実餡。そう言えば昔、よく兄妹で食べていたわね。まさか覚えて……?でもなんだか昔のように懐かしいのだ。
「帰ったら兄さまにもあげるわ」
「もちろんそのつもりだが?」
つまり妹を荷物持ちに……!だけど、この蜜の甘い美味しそうな匂いも好きだから……特別よ?
――――そうして後宮に帰れば、早速みんなに戦利品をお披露目だ。
「おいちーぃ」
「ウメェー」
予想通り薄餅を気に入った明明ちゃん、それから嬉しそうに食べるルン。
徒凛さまたちにもお裾分けすれば喜んでもらえた。それからリーミアは飴を、私からはパイを。もちろん兄さまにもお裾分け。しれっと指でつまんで持っていくんだから、全くもう。
それからリーミアも明明ちゃんと飴を楽しんでいるようで、何よりだ。
そんな楽しい時間を過ごし、部屋に戻れば。ルーと床の上に並んで座り今日あったことを話すのも、すっかりお馴染みね。
「あ、そう言えばルー」
「どうした?」
「あの時南部の商人たちと……『皇帝』の話をしていなかった?」
「あぁ……『当代の皇帝陛下は南部の生まれだから誇らしい』と言っていた」
それはまさにルーのことだ。
「生まれは帝都だがな」
まぁ、もとは皇子として後宮で生まれたのだ。
「でも南部の貴族の系譜で、一時南部で育ったから、彼らにとっては南部出身の皇帝なんだ。ま、そう思ってもらえるのも、ありがたいことだな。帝都以外にも故郷があると言うのは」
「そうよねぇ」
私にとっては、北部である。
そして故郷のためにもこの国をよりよくしていきたいと思えるのだ。
「因みにルーは商人たちにどう返したの?」
「……『そうだな』と」
「本人なのに」
「はははははっ。まさかそうは思うまい」
皇帝陛下のが城市歩きだなんて誰が想像しようか。
「でも……また行きたいな」
ルーも故郷を懐かしんでいるのかもしれない。少しでも故郷の息吹を感じられることを。
「次は春節のお祭りかしら」
「それはさすがに許可が下りない」
まぁ、ひとの往来が多いもの。私たちの一時外出が許可されても、春節が終わってからのひとときである。
「けど春は俺の在位記念がある」
「狙ってるの?主役でしょうに」
「主役だからこそだろう?」
「もう、あなたは」
「でも俺の国だからさ。少しでも見ておきたいんだ」
「そう言うことなら」
「セナも来てくれるか?」
「もちろんよ。私も付いていくって決めたから」
ルーと一緒に……いつまでも。
「セナ……」
ルーがホッとした表情を浮かべる。
「約束だ」
ゆっくりと近付くルーの顔に、そっと目を閉じれば……唇にそっと優しい感触が下りてきた。