――――後宮内のとある一室。明明ちゃんがルンと一緒に酥《スー》と言うサクサクおやつをもひもひしている。その傍らでは。
「では姚雪華。あなたは自分でどんな持ち味を活かせると思う?」
酥と中華茶を囲んで面談の真っ最中であった。
「ええと……」
姚雪華が言い淀む。これは彼女が内気とか言うよりも、今までの後宮の体勢が原因かも。
「姚雪華妃は音楽の学がございますよ。ご実家も音楽に於いては帝国でも有数の名家かと」
そこで徒凛さまがフォローを入れてくださる。
「は、はい……!その、私は箏が得意で……」
「箏ね……。なかなかすごいじゃない」
「で……でも……騒音が」
「……はえ?」
そんなに楽器音痴とか……?いやいやそれなら徒凛さまが勧めるはずないわよね。
「その……以前は禁止されていて……」
いや、何で!?むしろ楽器の音色も皇帝陛下へのアピールになるのでは?気に入られれば寵愛街道まっしぐらであろうに。
「耳ざわりであると王花姫《ホアジー》が禁止してしまったのです。以来後宮で楽器を奏でられるのは彼女のみとなりました」
いやいや、何それええぇっ!?それ完全に王花姫《ホアジー》が楽器アピールしたかっただけじゃない!?そのために他の妃の楽器を禁じるとか何考えてたんだか。むしろ後宮の決まりごとは皇后でも独断で決められない。皇帝陛下の許可も必要よ。勝手なことをして皇帝陛下から小言を食らったら他妃に対して面目丸潰れよ。
だから先日もルーに同席してもらったわけだし。
――――そもそも王花姫《ホアジー》は皇后ですらなかった。いくら当時第2妃で自分が後宮で一番位階が高かったとは言え……越権行為が過ぎる。そう言えば彼女、すっかり皇后気分だったのだっけ。いやだから皇后でもダメなんだってば。
「因みに徒凛さま、腕はどうだったんです?」
「その……お世辞にも……」
徒凛さまにそうまで言わせるのって凄いわね。
「まぁでもそんな規定は最早無効。むしろ皇帝陛下自身が妃に研鑽を積むように要求しているのだから、問題ないわ」
「……皇后さま……っ」
姚雪華がキラキラした目で私を見る。うん、うん。楽器奏者だもの。音楽を禁止されたら相当な苦痛よね。北部にも楽師はいたけれど、楽器の修理中なんて死んだような目してたもの。それが王花姫《ホアジー》のせいでずっと禁止されていたのなら、それから解放されるのは願ってもみないことね。
「ではこれからは姚雪華の箏の音が聞けると言うことで、私も楽しみにしています」
「……はい!」
本当に嬉しそうだなぁ。
「……あ、それと……いえ、何でも……」
うん?何かしら。
「いいわよ、必要なことなら相談して?」
「供のものも演奏をしてもいいでしょうか……」
おや……彼女のお付きたちも演奏ができるのか。さすがは楽師の名家ね。
「構わないわ」
「……あ、ありがとうございます!」
――――そして姚雪華との面談が終わり、翌日は許蘭がの面談が始まる。
なお、本日のおやつは貿易が盛んな許蘭の実家から届いた綿花糖である。さすがは東部。珍しい外国のお菓子まで手に入るのね。初めての感触と食間に明明ちゃんとルンが顔を輝かせている。あぁ、やっぱりかわいいなぁ、明明ちゃん。この後宮の小さな仙女。そんな明明ちゃんと並ぶと違和感なく映るルンは……最近分かった。ルンってIQ5歳児だと思う。
しかし気を取り直して。
「では許蘭。あなたの持ち味を教えてちょうだい」
「……その、私は……読書が趣味です」
恐る恐る口を開いてくれる許蘭。
「どんな本を読むのかしら」
「ええと……お恥ずかしいのですが……恋愛小説を」
「あら、いいじゃない」
「でも妃ですし……はしたないのでは」
いやまぁ、皇帝陛下の妃として後宮入りはしているけど。
「人妻が恋愛小説を楽しんで何がいけないのかしら。人妻だって時には乙女だったころのトキメキを得たいと思うものよ。これを浮気心だの目移りだののたまうやからは確かにいるわ。でも恋愛小説を楽しんで何が悪い!だって現実だけじゃトキメキは足りないのよ!補って何が悪いのよ!文句を言うのなら……もっと男が女性をトキメかせる努力しなさい!」
「……皇后さま……っ!」
いつの間にか2人立ち上がり、許蘭とがっつり握手を交わしていた。
「そ……その、それで皇后さま」
「うん?」
「実は最近は、自分でも……書いておりまして」
何と……っ。
「なら、それ出版しましょうか!」
「え……?」
「後宮から出版してはいけないと言う決まりはないわ!そりゃぁ検閲は受けだろうけど、これもバズれば大事なウリになるわ!」
「……は、はい!」
よし……今からでも許蘭の恋愛小説が楽しみだわ!
――――しかしその晩、ルーが妙にしょんぼりしていたのだが……何故だろうか?
そうしてまた明くる日。本日は鄧鶯の面談の日である。
因みに本日のおやつはリーミアお手製のお米を使った煎餅である。
パリパリ食感とあまじょっぱいその味に明明ちゃんとルンは目を輝かせながらパリパリ、パリパリ……ルンが煎餅をお茶で喉に流し込んでいるのを明明ちゃんが見て真似しようとしたので。
「こら、ルン。明明ちゃんが真似しちゃうでしょ。煎餅はちゃんと噛んで食べること」
「噛ん……?」
うぅー……共通語が難しかったかしら。
こう言う時ルーがいてくれれば説明してくれるのだが……忙しいのにおやつタイム案件で呼び出すわけにも。
「もぐもぐ、その後……お茶!」
「……ワカッタ!」
良かった、何とかやってみるものね。
それでは気を取り直して。
「では鄧鶯、あなたの持ち味は?」
「ええと……私は……」
鄧鶯がずーんと俯いてしまった。
「んーと、武芸とか楽器とか、読み物とか何か好きなことや得意なことはあるかしら」
いや、武芸はそうそうないと思うが。
「……な、何も……」
え……っとぉ……っ。徒凛さまに助けを求める。
「その……面倒見が……良いかと」
徒凛さまも必死に探してくれたようなのだが。いや面倒見が良いのも大切なことだと思うが、しかし持ち味とするには。えーと、えーと……。
「私は……何も……何もないのです」
「そんな……何かあるわよ」
悲愴感にうちひしがれた表情を浮かべる鄧鶯。沈黙する部屋の中。
明明ちゃんとルンですら手を止めてじっとこちらを注視している。
「本当に何もないのです。後宮入りしたのだって、単に南部の貴族と言うだけ……陛下が南部の貴族出身なのでその……推薦で……っ」
鄧鶯が涙ぐむ。うぅーん……確かにルーが南部の貴族の系譜で南部育ちならば、そのつてでと言うのもアリアリだ。しかし……。
「じゃぁ探すのよ!そうね……他の2人に楽器を習ってみたり、読み物を勧めてもらったらどうかしら!?私は武芸を教えるわ!徒凛さまは執務の手解きを!」
「分かりました、セナさま!」
徒凛さまも強い意思を込めた眼差しで頷いてくれる。
「で……ですが……他妃からなどと……良いのでしょうか……」
「同志がいることは心強いことよ!そしてライバルがいるからこそ健全に競い合い己の技能を高めることもできるわ!だから……やりましょう!」
「……こ、皇后さま……っ」
鄧鶯の目が潤む。うんうん、とんでもない性格の女とかうちのエイダのような浮気性とかならともかく……こんなにイイ子じゃないの……っ!
その日から鄧鶯の強みを見付ける戦いが始まった。
そうして、2週間後。
「……で?どうだったんだ」
夜、寝所にて。ルーがいつものように訪れて問う。
「……全滅だった」
こんなことって……っ。
「何も功績を残せないのなら……降格……つまりは城市行きだな」
ルーが冷静に告げる。そうね……それがルールでありルー公認の御達しなのだから仕方がない、が……。
「ルーのバカ!諦めなければどこかに活路があるのよ!んもう知らない!今日は徒凛さまのところで明明ちゃんを愛でながら寝るから!さよなら!!」
今の私には仙女の癒しが必要だ……!
「は……っ!?ちょっと待て、セナ!?」
ルーが伸ばしてくる手を振り払う。
「……セナ」
と、そこに当然のようにいるグイ兄さま。げ……、兄さまに見られたのなら……怒られる!?
「ま、今回はルーが悪いねぇ。行ってよし」
「……兄さま……!ありがとう兄さま!」
「セナ――――っ!?」
ルーの叫びに振り返ることなく、私はマイ仙女の元へと直行した。