――――皇后となった私は、徒凛さまからの引き継ぎを受けながら執務に取りかかっている。
武官の件は名誉顧問となり、後任の女性武官に武官長を譲ることになった。まぁ、稽古の相手は毎日務めておりますが。最近は執務が多めね。
執務の休憩がてら、ウーウェイが茶を入れてくれる。
「そう言えばウーウェイ、西部のことだけど」
「えぇ、聞きましたよ」
「ウーウェイたちは、故郷に戻りたいと思う?」
ウーウェイはこのまま私の従者を務めることは、どう思っているのかしら。
「……いいえ、私の故郷は北部自治区であり、私が居るところはセナさまのお側です。ほかのどこでもありません」
「ウーウェイ……」
私はずっと、その言葉が聞きたかったのだ。西部の一件が落ち着いて、気になっていたことが解消された。
とは言え……西部 の情勢がこれから動いていくとしても、失ったものは多すぎる。ウーウェイたちだって、住む場所を奪われただけじゃない。彼らの文化も風習も奪われ、草原は焼かれて放牧の家畜たちも奪われ全て西部の貴族たちの食料に変えられた。その跡地は住宅地に変えられ、帰る草原すら失ったのだ。
だからこそ、彼らは故郷を北部だと言ってくれる。草原は夏しかなく、冬は雪原となってしまうが。北部の酪農に携わり、定住しながら暮らしている。
「みなからも、セナさまのことを頼まれましたから」
「私の……?」
「えぇ。私たちに再び故郷をくださった、長の公主。たとえあなたがどこに向かおうと、私はついていきます。長が私たちに与えてくれたように、あなたも幸せであるために」
「……っ」
私の……幸せ。
「そうね……私は今、幸せよ」
後宮に入れば冷遇生活だって覚悟していたのに、気が付けばたくさんのひとたちに囲まれて、それからルーだって、何故か毎日のように皇后の部家に来るんだから。ルーだって忙しいだろうに。
こんな幸せな日々が待っているとは……夢にも思わなかったのよ。
「さて……今日は早めに執務が終わりそうなの。その後はお菓子を作るわ。またルーが食べに来るから」
「では、材料を揃えておきます」
「頼むわね」
材料を調達に向かうウーウェイを見送れば、私は再び執務に戻る。
そして執務が終わり、リーミアと明明ちゃんと菓子をこしらえていれば。
「セナさま、陛下が」
徒凛さまが呼んでくださると、その横からひょっこりと顔を出す。
「ルー?早かったのね。今日は明明ちゃんも手伝ってくれたのよ」
「……っ」
ルーが明明ちゃんをじっと見る。
明明ちゃんはこてんと首を傾げて、かわいらしい。
「本当は明明ちゃんのこと、気にしてあげてるんでしょ?」
ルーの耳元でこっそりと囁く。
「それは……っ」
「徒凛さまが教えてくれたのよ。ルーが明明ちゃんに興味なさげに振る舞うのって、明明ちゃんが狙われないようにするためでしょ?」
現在後宮でただひとり、皇帝の妹として生活する公主。ルーかわ特別に目を掛ければ、危険に晒されるかもしれない。無理に皇太后の手の者から庇えば、皇太后に目をつけられる。だからこそ……興味のないふりをした。
「そろそろ、いいんじゃない?」
「……」
もうここは、皇太后から彼女たちを守れる場所となったのだ。
「……少しだけだ」
そう言うとルーが桌子につく。
「……いる?」
恐る恐るお菓子を差し出す明明ちゃんの手から、ルーがそっと受け取りもぐもぐと咀嚼する。
「うまい」
「うん……っ!」
笑顔を見せてくれる明明ちゃんに、ルーがどこか照れたような表情を浮かべる。
「何だか懐かしいなぁ」
兄妹だからかな。私も……。
「へぇ?そうなの?」
ひょっこりと顔を出した兄に、思わず『げっ』と言いそうになって口を噤む。
「ハル兄さまのことよ」
「だろうねぇ、俺にあんな和やかなのは無理かなぁ」
ケラケラと嗤うこの兄は全く。忘れたのかしらね、私が作った菓子をあげたのは……ハル兄さまだけじゃなかったのだけど。