――――騒動の収まった奥後宮は、静けさを取り戻していた。
今回の脱走劇に加わらなかった療養中の武官たちは、共謀の疑いありと泰武官長たちが連行していったが。
「明日には予てより宰相が根回しをかけていた女官たちを新たに迎えることになる。それから追加の武官や宦官も……だったな。皇太后の息はかかっていないし……もうかけさせることはない」
第3妃宮に戻ってきた私は、今はウーウェイたちも気を使ってくれてルーと2人だ。
しかしルーは本当に……後宮を改革する気になってくれた。トリガーは何だかは分からないが、私の大切な仲間たちのためにも、それはありがたいことだ。
「それから、掌は」
えと……泰武官長たちにわざわざ確認したって言う……?
「この通りよ」
掌を広げて見せれば、ルーが私の掌を取って注意深く観察する。
「だ……大丈夫よそのくらい……グイ兄さまだってそうでしょ?まぁあの兄が怪我なんてこと滅多にないけど」
「アレは色々と規格外だが……セナが怪我をしたのなら、たとえすぐ治ると言われても気になる」
「そう……なの?」
意外と心配性なのかしら。
「そうだ。西部に行っている間だって……」
気にしてくれていたのだろうか。兄さまも『アレくらい怪我のうちには入らない』と言うだろうに、このひとは。
「そう言えば……西部は?帰りも早かったけど、早く片付いたの?」
「ま、何とかな。グイが領主に娘の首を見せたら一気に戦意喪失して後が楽だった」
相変わらずえげつないわね、あの兄は。本当に持って行ったのかよ。
「あちらは当分封地として使う」
つまりは信頼のおけるルーの異母兄弟たちに任せるのね。
臣民を崇める考えを押し付けてきた西部。その考えを改めるためには長い時間が必要だけれど、元皇族の前で西異族に対して自分たちを崇めろだなんて不敬すぎて言えないから、牽制になるのかもね。
「セナ」
「うん?」
「お前はこのまま後宮の武官長として生きるつもりか」
「そうねぇ……後継を任せられる武官がいれば任せたいけど、私は私で後宮で腑抜けるわけにはいかないもの。帝国のために、故郷のために出きることをして、功績を立てるつもりよ」
「……なら、帝国や故郷のためになることなら、妃としてやるんだな」
「もちろんよ!」
じゃないとうちの魔王に何をされるか……は決まっている。
「それならいい。セナ、明日は延期していた謁見だ。衣は用意させる。段取りは徒凛が知っているだろう」
「いや……今さらよ?」
こうしてあなたと普通に会話しているのに、挨拶と言っても。
「それでも、臣下たちへの披露目もある。お前が俺の妃であるために必要なことだ」
「……そう、よね」
功績を立てるにしても、しっかりとルーの……皇帝の妃だと発表されなければ中途半端で終わってしまう。誰もがみな、その儀式を通過してきたのだ。
「分かったわ。明日、楽しみにしていて」
「あぁ……待ってる」
ルーの赤い瞳が私をまっすぐに見つめる。
いよいよ……明日か。すっかりしゃべり慣れてしまったとはいえ、皇帝陛下としてのルーと顔を会わせ、ルーの大勢の臣下たちに見られるのは……緊張しないはずもない。
でも……大丈夫。きっと乗り気って見せるわ。