やっぱ、可愛い。
俺は教室の窓側の席からため息を漏らす。その視線の先に映るのは、高瀬だ。
サラサラの髪の毛で、黒縁のメガネをかけていて、身長は小さくて、トロくて、可愛い、俺の後輩。
そして、この学校一の優等生くんである。
主席でこの学校に入学し、テストの順位は常に一位。俺の学年にまで噂が入るような優等生くん。
偏差値の低いこの高校には勿体無いほど、優秀でたくさん期待を寄せられている。
先生でさえも、
「高瀬くんを見習え」
と俺を睨むことも日常茶飯事になっている。
俺のことなんて最初から諦めているような、冷めた瞳で。
けれど、その態度は必然とも言える。
そう。
俺はこの学校一の不良。
髪は金髪で、中学生のときに開けたピアスの穴が何個も覗くようなやつ。
高瀬みたいに成績も、素行も良くなくて、売られた喧嘩は、全て買ってしまうような人間なのだ。
同じクラスのやつも怖気付いて、俺に近づこうとしない。
だからもう二年だっていうのに、ダチ一人すらいない。
けれど、いい。
俺には高瀬がいればいい。
こうやって窓から眺めているだけでいい。
そう、俺は高瀬のことが好きだ。
高瀬は他の生徒の模範になるような優等生で、それでいて可愛い。
瞳は真っ直ぐで透き通っている。
けれど案外運動ができない一面もあるらしく、そんなところも可愛いくて仕方がない。
今だってボールを追いかけて、グラウンドを小さな足で駆け回っている。
そう、俺は窓から高瀬を見続ける。
高瀬はボールを拾うと、クラスメイトに手渡した。楽しそうに、メガネの下に笑顔を浮かべる。
その笑顔に、俺は心臓がキュンと高鳴った。
ああ、俺にもそんな風に笑ってくれたっけな。
懐かしい記憶がふと蘇る。
その時ーー。
「っ!?」
高瀬がふと、顔を上げた。
ボールが飛んでいったわけでもなく、強い風が吹いたわけでもない。
ただ、高瀬が校舎を見上げるように首を傾ける。
ずっと高瀬のことを見つめていた俺は、高瀬と目が合ってしまった。
……高瀬が、俺を見ている。
俺は目が合ったことに嬉しくなって、僅かに恥ずかしくなって、心臓がドキドキ波打つのが分かった。
高瀬と目が合っただけで、こんな風になるなんて。
こんなん、俺らしくねえ。
そして結局恥ずかしさに耐えられなくなって、先に目を逸らしたのは俺だった。
せっかくの、チャンスだったけれど。
でも、今まで目が合わなかった高瀬と会ったことが、俺を上機嫌にさせた。
「ははっ。センパイかーわい」
だから俺は、そうやって高瀬が俺を見て笑っていることになんて、全く気が付かなかったんだ。
俺が高瀬と初めて会ったのは、高瀬がまだ中学生で、俺が高一の時だった。
あの時の俺は、今以上に素行が悪く、常に誰かと殴り合っては、体中に傷を刻んでいた。
まあ、そんな俺が、他校の不良グループに絡まれるのは必然なわけで。
複数人で押し寄せてきては、俺を傷みつける日々だった。
体はもう、あざだらけ。
そしてあの日、俺はしくじった。
後ろから振りかぶる鉄バッドに気がつけず、その鉄バッドが俺の頭を命中した。
頭からドクドクと血が溢れ出て、目が眩んで、気がつけば倒れていた。砂の匂いが鼻腔をつく。
「ははっ。よえー」
もう一度俺にバッドを振る男。
その動きがスローモーションに見えて、終わりだと思った。
けれどその時に小さく、か弱い声が響いたんだ。
「やめてください……! その人、血が出てます!」
「あ?」
身長が低くて、この世界に足を踏み入れたことのなさそうな男だった。メガネの下の瞳は小刻みに震えていて、怖そうにギュッと拳を握っている。
そう、それが高瀬。
「何だよ、中学生かよ」
俺の前に立ちはだかる男が高瀬をギロッと睨む。その殺意に満ち溢れた瞳は、俺でさえもゾクっと、怖気ついた。
口の中が切れて話せなかったけど、俺は逃げろと唱え続けた。
純粋なやつが踏み入れていい世界じゃない。
でも、
「やめてください!」
高瀬は再び叫んだ。
俺の血を見て、顔を青ざめて、心配するように。
通行人でさえも、こんな俺を軽蔑していたのに。殴られても、血が吹き出ても、見て見ぬふりをしていたのに。
親でさえも、先生でさえも諦められていた。
けれど、高瀬だけが、俺を見てくれたんだ。
この時の嬉しさは、きっと一生忘れられない。
眩む視界の中で、高瀬だけが鮮明に映った。
「わ、分かったよ。うるせえな」
高瀬の声は高く、意外と大きかった。
たくさんの人が行き交う、この街の中に響き渡り、大人たちも、とうとう見て見ぬふりを出来なくなった。
次第に俺を庇うやつが増えて、俺が殴ったやつは責められた。
いい気味だと思ったよ。
負け犬みたく、そう言い放ってきびすを返した背中を見届ける。
完全に去ったことを確認してから、俺は立とうと足に力を込める。
けれど、俺は立つことができなかった。
ぼやけていく視界と、手のひらには拭った血がついていて、まともに立ち上がることなんて、無理な話だった。
「ははっ。ダセェ」
まんまとやられて、中学生に守られるような自分が情けなかった。
落ち着くまで待っていよう。
大人しく、この公園の隅で。
こんな俺のことなんか誰も見てないんだから。
けれど、そんな考えは一瞬にして崩れ去る。
高瀬が僕に手を差し伸べてきたからだ。
潤んだ瞳で、小さな手のひらで、俺を心配するように、顔を覗き込んで。
「大丈夫ですか? 立てますか?」
「……は?」
「血が出ています。は、はやく手当しないと」
ここは夢なのか?
そう思ってしまうくらい、綺麗な顔をしたやつが目の前にいて、俺を怖がる様子も一切見せない。
その時俺は、体の底から熱い血液が駆け巡ったと思う。
嬉しかった。
普通の人間にするように対等に扱ってもらえたのは、この日が初めてだった。
俺に近づく物好きなやつなんて、一人もいなかったから。
けれど、俺は素直になれなかった。ぶっきらぼうに言い放つ。
「俺に構うな」
小さな手を振り払った。
「俺と絡むと、お前も色々言われる。だから構うな」
「……」
高瀬は、すぐに顔を歪めた。
傷ついたように眉を顰めた顔を見て、後悔が湧き上がる。
高瀬の優しさにも、勇ましさにも感謝することなく、最低な態度を取った。
でも、これでいい。
俺と関わってもいいことなんかないんだから。
真面目なやつが多いこの街では、俺の頭は一際目立っている。
子供を連れた母親が、俺から遠ざける様子を何度も見てきた。
これが最善の選択だ。
純粋で手を差し伸べてくれた高瀬は、そんな視線を味わってほしくない。
「はあ」
けれどまた後悔が押し寄せる。
きっと今頃、最低なやつだと、俺の前からいなくなっているに違いない。
ああ、俺だってこんな自分が大嫌いだ。
けれど……。
「僕のことを考えてくれたんですか。やっぱり、優しいんですね」
高瀬は当たり前のようにそこにいた。
「……は、は!? 何だよ、それ!」
少し幼い、だけど綺麗な顔で、俺に微笑みかける。
予想もしていなかったその言葉に、俺は思わず叫んでいた。
優しいんですね、と言われたことも、誰かから笑いかけられたことも初めてだった。体が内側から火照るように熱くなって、もうすっかり痛みなんてなくなっていた。
「だって」
高瀬がしゃがみ込んで、俺と同じ目線になる。
穴が開くほど見つめられて、体が痒くなる。
こんなの、初めてだ。
「お腹を空かせた猫に、ご飯あげていましたよね? 僕、その様子をたまたま見てて。だから優しい人なんだなぁって、ずっと思っていたんですよ」
「……は、はああああ!?」
驚きすぎて、情けなく口をパクパク動かす。
誰だって、そんなところを他人に見られてたなんて、思わないだろう。
俺は、たまたま俺に懐く猫がいたから、たまたま近くにあったコンビニでツナ缶を買って、たまたまあげてただけだ。
でも、それを見られていただなんて。
恥ずかしくなって、顔に熱が集まっていく。
俺自身でも止められない、不可抗力だ。
「だから、大丈夫ですよ。僕はそんなこと思ってないです」
「ち、違ぇよ!」
やわなやつに見られたくなくて、俺は意地を張る。
金髪で、ピアスだってたくさん開いてるのに、怖がらない高瀬が不思議で仕方がなかった。
こんな風に誰かと話すのも初めてで、いつも通りの俺でいれない。
「それに、怖くもないです。だから、ちゃんと家に帰って、治療してくださいね」
そんな俺を見ると、白い歯をニッと見せて可愛い笑顔を浮かべる。
その笑顔を見た途端、俺の心臓は変になった。
まるで喧嘩してる時みたいにバクバク動いて、痺れるような感じがして。
足の力が抜けるような感覚だった。
そして高瀬は、俺に小さな手を差し伸べる。
後ろにあった街灯の光が、そんな高瀬を照らして、輝いていた。
いつもなら、誰かの手を取ることなんてない。
けれど、その可愛い笑顔に吸い込まれるように、俺は恐る恐る手を伸ばした。
「でも、もう喧嘩はダメですよ? 体を大事にしてくださいね」
そう言って、高瀬は小さな体で俺を引っ張り上げる。高瀬の手は小さくて、柔らかくて、温かくて、俺の手とは全く違かった。
「お、おう」
「はい、約束です!」
「……」
小指を俺に差し出して、満面の笑みを浮かべる高瀬。
そして俺たちは、広い公園の一角で、小指を絡め合った。
目の前に起こっていることがあまりにも非日常で、俺はただ目の前の高瀬を見つけることだけで精一杯。喧嘩もしてないのに心臓が早くなって、手先が痺れて、一向に止むことはなかった。
けれどそれが、恋だって気がついたのはつい最近のこと。
あの日以来、俺はあまり喧嘩をしなくなった。別にしてもよかったけれど、拳を握るたびに高瀬の顔がチラついたからだ。
「喧嘩はダメですよ?」
そんな言葉が、頭の中で反芻した。
そしてあの日から半年が経ち、俺にも後輩という存在が出来た。
そして、その新入生の中に高瀬がいたんだ。
俺より小さかった身長は、とっくに俺を追い越していた。あの日のような幼さは、どこかに消えてしまったみたいだ。けれど垣間見える可愛さは健全で、相変わらずメガネをつけていた。
高瀬を見た途端、荒ぶり出す心臓。
恋を知らなかった俺は、何か大きい病気じゃないかってスマホで調べた。
けれどそれは、大きい病気なんかじゃない。
──恋だったんだ。
でもそれが分かったところで、俺の世界は一変! なんてことはなかった。
学校一の優等生くんと俺なんて、接点すらないし、高瀬は俺のことも覚えてないだろう。
話しかけても、迷惑だろうし。
今度こそ、怖がらせるかもしれないし。
だからこうして、俺は密かに高瀬を想って、トラブルに巻き込まれないように、守ろうとしている。
だから今日も、そんな日常を送るつもりだった。
「おい! 相場! ピアス付けるなって、何回も言ってんだろー!」
「……やっべ」
そうやってまた高瀬を探して、廊下を歩いていた時だった。
俺を見つけた途端、怒号を浴びせる先生。あいつは確か、生活指導の先生だ。
金髪を止めろとか、ピアス外せとか、口うるさく追いかけまわしてくる。一年の時に一度捕まったときは、散々説教をさせられた。
捕まるわけにはいかない。
「おい! 待て!」
ものすごく険しい形相の先生を振り払うため、俺は一目散に駆け抜けた。
階段を一気に下り、頬に風を感じながら、体育館裏に逃げ込む。
「はあっ。はあっ。ここなら、大丈夫、か」
胸を押さえて、呼吸を整えようとする。それにしても遠くまで来てしまった。
辺りは人気も全くなくて、不穏で、高瀬は絶対に来ないであろう場所。
しばらく経ったら、校舎へ戻ろう。
そう思った時だった。
ドンッ!
何かと何かがぶつかるような、そんな鈍い音が響き渡った。
誰もいないと思っていた俺は、思わず肩が跳ね上がる。
何か、あったのか?
そう思った俺は、音のした方に行ってみることにした。その場所は、より校舎から離れる、狭いところ。
次第にあらわになっていく人影。
その中心にいるやつの耳には、幾つものピアスがついていた。
そいつの表情から、不穏なことを一瞬で察した。複数人で、大人しそうなやつを取り囲んでいる。
「おい! 何やってんだよ! こんなところでーー」
そして、俺はその集団の全貌を初めて見た。そいつらが囲っていたのは……。
「高瀬!」
そう、高瀬だったのだ。
怖がっているのか、ずっと顔を伏せている。
それに肩が震えている気がした。
は?
ふつふつと、あり得ないくらいに大きく怒りが湧いてくる。そして俺は、その怒りのまま叫んでいた。
「俺の高瀬に! 何してんだよ!」
「あ?」
「はやくその手をどけろよ!」
「まて、山田! こいつ相場だ」
俺は、リーダーっぽいやつの胸ぐらを掴んだ。
周りのやつらが騒ぎ立てる音も、全く聞こえない。ただこんな集団で高瀬を怖がらせているこいつらが許せなかった。
きっと今、俺は人生で一番、誰かに腹を立てている。
だから高瀬の前で、好きなやつの前で、暴力を振るおうとしていることも、頭からすっぽり抜け落ちていた。
頭に血がのぼって、何も考えられなかった時、
「……パイ!」
「……」
「センパイ!」
「っ!」
ふいに高くて綺麗な声が鼓膜に届いた。
ふと声のした方を見てみると、俺を見上げるように上目遣いをした高瀬が、俺の腕を握っていた。
俺が殴ろうとするのを、阻止するような手つきだった。
予想だにしなかった、この現状に俺は胸ぐらを掴む手を緩める。
「逃げんぞ!」
「あ! おい! 待て!」
その一瞬の隙に、高瀬を囲んでいたやつらが散っていく。
高瀬に謝ることもせずに。最低な奴らだな。
そんな考えがよぎった俺は、その背中を追いかけようとした。高瀬を傷つけた罪を、しっかり背負って貰わないと思ったからだ。
「待ってください。センパイ! 僕は大丈夫です!」
「……え、あ……」
だけど、止められてしまった。
今度はさっきよりも強く、俺の腕を握っている。
その可愛さは、俺の怒りを超えていく。
きっとこれは望んでいた展開だろう。でも、恋に何の耐性もない俺は、あの日のように口をパクパク開けていることしかできなかった。
そんな僕を見て、ふふっと口角を緩める高瀬。
メガネの中の瞳は小さくなって、目尻に皺がよって、口元が綺麗な弧を描く。
ああ、本当に可愛い。
そして高瀬は、その笑顔のまま口を開いた。
「僕なら大丈夫ですよ、センパイ」
「あ……。お、おう」
何か返さないと。
高瀬が怖がらないように、何か……!
けれどそう思うと、余計に言葉なんて出てこない。
あの日よりも近い距離の高瀬は、肌は透き通るように白くて、綺麗で、目はパッチリとしていて……。
その可愛さに心臓が暴れ出す。
ダメだ。
この心臓の音が聞かれたら、ダメだ。
全部、バレてしまう。
そう思って、俺は高瀬から目を逸らした。でも、そんなことは意味を為さず、高瀬は俺を覗き込む。その真っ直ぐで、純粋な瞳で。
そして懐かしそうに目を伏せながら、ボソッと呟いた。
「……センパイは、相変わらずですね」
小さい声だったけれど、その声はちゃんと鼓膜に入ってくる。
「え?」
「僕を守ってくれようとしたんですよね? やっぱり優しいですよね、センパイって」
「は!? やっぱり?」
俺は思わず声を荒げた。
高瀬の言葉の意味が、よく分からない。
まるであの日のことを覚えているような言い方だ。
もしかして……あの日を、覚えているのか?
そう思ったけれど、俺は首を横に振った。
そんなこと、あるわけがない。そんな俺に都合が良くて、嬉しいことなんてあるわけーー。
「あれ? 覚えていませんか?」
キョトンと高瀬が首を傾げる。
「な、何を?」
「センパイと会ったの、初めてじゃないですよね? 僕が中学生の時に、会ってるじゃないですか。忘れてしまったんですか?」
「っ」
その言葉に、思わず息を呑む。
きっと、今の俺は情けない顔をしている。
高瀬は、俺を覚えていた。
その事実がどうしようもなく嬉しくて、思わず口角が上がってしまう。
こんな顔、俺らしくないのに!
高瀬を前にすると、やはり普段通りではいられない。
「わ、忘れてなんかねぇよ」
ぶっきらぼうに言い放つ。そう言うと、高瀬は嬉しそうに目尻に皺を寄せた。
「良かったぁ! 忘れられてたら、どうしようかと思いましたよ。本当に久しぶりですね、センパイ」
その柔らかい笑顔が、俺に向けられる。
一年越しに直接見るその笑顔は、またもや俺を釘付けにして離さない。
「俺は、お前の方こそ忘れてるかと思ってた」
「ええ?」
俺がそう言うと、高瀬は露骨に眉を寄せた。
「僕が忘れるわけありませんよ。だって僕、センパイを追いかけて、この高校入ったんですよ?」
「……は?」
「根は優しいのに、不良って思っているところが可愛くて。どうしようもなく不器用で。あの日からセンパイのことが頭から離れなくなったんです。そんなセンパイにもう一度会いたくて、センパイのこと調べまくって、追いかけたんです。なのに、話しかけてくれないし。寂しかったです」
不貞腐れた子供のような、表情。
俺は何が何だか分からなかった。
何度も俺の前に爆弾を投下しては、俺に考える時間を与えてはくれない。
俺を追いかけてきた?
俺が、可愛い?
俺に会いたかった?
簡単な言葉のはずなのに、飲み込めなかった。でも何の情報の整理もつかない頭とは違って、体は簡単に反応する。
そんな俺を見ると、高瀬は意地悪な笑顔を浮かべた。
「顔真っ赤にして、やっぱり可愛いですね」
「っ!」
思わず口元を手で覆った。
そうでもしないと、叫び出しそうだったからだ。
誰だ!?
目の前の高瀬は、俺の知ってる高瀬じゃなかった。
可愛くて、大人しくて、優等生な高瀬じゃない。
むしろ俺の反応を見て、楽しんでいるような気がする。
「でも、ちゃんと、僕のことを好きそうで良かったです。見てくるのに、話しかけてくれないから、不安になっちゃいましたよ」
「っ! なんで、それを知って!?」
次から次へと降りかかってくる情報に、頭が追いつかない。
どうして、そのことを知ってるんだ。
だって、誰にも言ったことなかっただろ?
俺が、高瀬を好きなことなんて。
高瀬と話したもの、あの日の一回きりなのに。
けれど高瀬は、俺のことなんて全てお見通しとでも言いそうな顔で、意地悪に笑う。
「そりゃ、分かりますよ。あんなに見られたら」
「知って!?」
「もちろんです。センパイのことなら何でも知ってると思います。何から何まで全て」
「なっ」
何から何まで全て。
そう悪戯に笑う笑顔が、心臓を締め付ける。
まさか、影で見ていたことも知っているなんて。
じゃあ、もしかして。
今日、目が合ったことも、偶然じゃないのか?
高瀬は全部知ってって、あんなに綺麗に笑っていたのか?
頭の中がハテナマークで埋め尽くされていく。
俺がパニックになっていると、高瀬が一歩づつ俺に近づいてくる。そのふわふわそうな体と、甘い匂いが俺にまで伝わって、一気に顔が熱くなる。
こんなはずじゃなかったのに!
そして、あと一歩近づけば、体が触れてしまいそうな距離まで近づいてきた。けれど、寸前で高瀬の足は止まる。
首を傾けて、俺を見上げて、その綺麗な形の唇が開かれる。
「でも、大丈夫ですよ。僕の方が、センパイのこと好きですから。きっと、センパイよりもずっと、ね?」
「はっ? はああああ!?」
体の内側が火照ったように熱くなって、顔と耳にブワッと広がっていくのが分かった。
周りの音なんか聞こえなくなって、ただ俺の心音と、高瀬の小さな息遣いだけが聞こえる。心臓があり得ないくらいに、早く動いた。
言葉の意味が理解できなかった。
高瀬が、俺を好き?
そんなことがあっていいのか?
だって、高瀬は俺と違う世界にいる人だ。
先生からも、生徒からも信頼されて、常に人が集まっているような、人気者。
反対に俺は、先生やクラスメイトからの信頼もなくて、底辺に這いつくばっているようなやつなのに。
そんな高瀬が、俺のことを好きだなんて!
「……だから、センパイ」
そして、高瀬はもう一歩、俺との距離を詰めた。
思わず一歩下がってしまう。心臓が高鳴って、真っ直ぐに高瀬を見つめることなんてできなかった。
「な、なんだよ?」
「好きです。センパイも、僕のことだけ好きでいてくださいね?」
「〜〜っ」
俺は、高瀬が好きだ。
その黒縁のメガネの下で笑う笑顔が、俺のことを怖がらずに接してくれるところが、大好きだ。
でも高瀬は、学校一の優等生で、俺は学校一の不良。
でも俺が恋をしたのは、ただの学校一の優等生なんかじゃなかった。
俺の方が、体も学年も上なのに、後輩である高瀬に赤面ばかりさせられている。
今だって。
「ちゃんと目みてください。僕だけみててください」
そう俺の視線を追ってくる。
最初から最後まで、高瀬の波に呑まれ続けていた。
俺が恋をしたのは、意地悪で、ずるくて、ちょっと強引な優等生だった。