「お前、昨日何してたんだよ~」
 翌朝の教室で、大神は山田にダル絡みされていた。うわ、すごいめんどくさそうな顔してる。
「言わない」
「は⁉ そんなことあり⁉ どんだけの人間が大神を待ってたと思ってんだこの野郎」
「知らない。どうせまた客寄せパンダみたいに使おうとしたんだろ」
「え~そんなこと……あるか~」
 花森さんと吉岡さんが「ねーっ」と笑い合っている。大神がパンダ……うん、多分俺も大神目当てで行く人間のひとりだ。
「で、俺たちの誘いを断るってことは、もしかして女か」
 山田がしつこく追及する。あれは逃れられそうにない。自分の席に座ってる俺でさえ、話しかけられるとわけでもないのにひやひやする。
「ちがう」
「じゃあなんだよ」
「お前らも優先したいことに決まってますけど」
「うわ、ひど! 今のは友達としてどうなんですか~教えてもらえませんか~」
「言うか」
 大神が冷たいよん、と花森さんと吉岡さんに泣きつく山田。よしよし、とされているその光景はリア充そのものだ。そこに所属する大神。うん、レベルが違う。
「まひめってどっちなん」
 いつの間にか登校していた八雲が、前の席に座っていた。
「どっちとは」
「え、最近よく見てるっしょ」
 見てる……見てるって、え。もしかして──
「正直、俺は花森さん派なんだけど」
「ああ、そっちか」
「そっちってことは、吉岡さん? ああ、おっぱいでけえもんな」
「だまれ」
「ひい、まひめが憤ってる」
「姫はそういう話に慣れてねえんだよ。あんま、おっぱいとか言うな」
 白井まで参加する始末。いや、そもそも俺はその二人を見ていたわけではない。あと、おっぱいは興味ない。
「山田はいいポジション取ってるよなあ。うらやましい」
「そう考えると、大神があのグループに入ってることが謎に見えてきた」
「そう? 顔がいい軍団だから、自然と集まって当然でしょ」
 なる、と白井と八雲が納得していた。顔がいいのは認める。でも、大神に女友達がいるっていうのは、ちょいちょい引っかかったりはする。特に付き合うようになってからは。
 しかも八雲に勘付かれるぐらいには、大神たちを見ている時間も増えた。些細な出来事でも気になってしょうがない。
 ……だから、昼休みが終わっても大神が教室に戻ってこないことにも真っ先に気付いた。
「あれ、大神消えてんな」
 五限の数学の教科担任が空席を見つけて座席表を見ていた。山田が「消えたんすよ」と答えたが、あの口ぶりからして行方はわかってなさそうだった。
 昨日、連絡先を交換したこともあって、こっそりと文字を打ち込んでみる。
【どうした】
 ……既読にならない。見てないんだろうか。さすがに帰ったわけではないだろうし。
 結局、五限目、六限目と時間が過ぎても大神が戻ってくることはなかったし、連絡も返ってこなかった。
 なんかあったんだろうか。もう一回【どこ】と送ってみたが、やはり既読にすらならない。
 探してみるか。思い立っては大神がいそうな場所を考えて、まずは保健室に行ってみようと思った。さすがにベタ過ぎて、確認する程度で次に行くつもりだったけど──
「……いた」
 大神は保健室のベッドで眠っていた。それはもう、健やかに寝ている。
「調子、悪いん?」
 声はかけてみるが、応答なし。
「……大神、寝てんの?」
「……」
「寝てんだな」
 このままどうしようか。帰る……のはなんか違う気がするし。せめて教室から鞄だけでも持ってきてやったほうがいいかも。
 離れようとしたら、がしっと力強く手首を掴まれた。
「こういうときはキスのひとつでもしてくれるのかと期待したんだけど」
「起きてたんかい」
「こばとの気配がしたから起きた」
 どんな気配だよ。それはもう人間がなせる業でもねえよ。
「……寝不足?」
「そんなとこ」
「ケビョーっすか」
「うっす」
 そんな理由でベッド使ってたのかよ。
「添い寝してくれてもいいよ」
「仮病ならしない」
「なんだ、残念」
 ふっと笑ったその顔が、なんだか元気がないように見えた。
「……大神?」
「んー」
「もしかして、本当は体調悪いとかない?」
 聞いたら、あー、と声を出して、
「全開ではないかもな」
「ちょ、熱は?」
「測ってない」
「うそだろ」
 大神の額に手を伸ばす。前髪をさっとどかして、ぴたりと手を這わせたら、ずいぶんと高い温度が伝わってくる。
「全開どころか絶不調じゃん!」
「大袈裟」
「大袈裟じゃないって」
 はは、と大神は笑って「こばとの手、気持ちいい」なんて目を閉じてる。
「もっと自分を大事にしろよ」
「こばとが大事にして」
 手が伸びてきて、俺の手の甲を撫でていく。
 こんなときでさえ、きゅんとさせてくんのやめてほしい。
「……大事にするに決まってんじゃん」
「……」
 え、もしかしてフリーズタイム?
「あぶね、呼吸止まるとこだった」
「そのターンちょくちょく入ってくるよな」
 それだけ大神の心に届いてくれてならいい。
「大神〜〜〜」
 え。これ山田の声じゃね。ばっと大神と目を合わせたら、同じような顔をしていた。
 やばい、このタイミングはきつい。なんて言おう。大神が気になって? いや、でも山田からしたら、俺たちってあんま接点ないっていう設定のままだよな? 
 おろおろしていたら、思いっきり大神に引き寄せられた。
 シャーとカーテンが遠慮なく引かれる音がする。
「なんだ、起きてんじゃん」
 山田の声がいつもよりもくぐもって聞こえる。
 それよりも、ベッドの中で大神にかぶさるようになってることに心臓がもたない!
「お見舞いっすか」
「いーえ、からかいにきただけでーす」
 大神が話すと、彼の胸に耳を当てているせいか、声が直接伝わってくるように感じる。その低く響く鼓動も、しっかりと聞こえてくる。
「もしかして体調悪いって嘘なんじゃね?」
「バレた?」
「バレバレだっつーの」
 茶化すような会話。でも、大神は本当に熱がある。こういうとき、山田にも言わないんだな。俺のときだって最初は誤魔化されてたし。俺が気付かなかったから、仮病ってことになってたんだろうか。
 ……こういうこと、多いんかな。大神、あんま自分のこと言わないし。
「ま、元気ならまたあとでからかいにくるわ」
「今の時間なんなんだよ。つーか帰れよ」
 うい、と山田が返事して、足音が遠ざかっていく。俺に気付かず行ってくれたらしい。
「大神……」
「はあ、いやされる」
 名前を呼んだら、なぜか思いっきり抱きしめられる。
「お、大神⁉」
「これ以上はしない」
 これ以上って……言い方がえろいっす!!!
「大神、ここが学校っていうのは認識されてます……?」
「具合悪いから抜けてるわ」
「都合よく解釈すんなし!」
「いいじゃん」
 抱きしめられる力が強くなる。
「どこだろうと、ここにいるのは俺とこばとしかいないんだから」
「……うん。……っていやいや、ここ出たらいっぱい人いるから」
「そんなのどこだって同じでしょ」
「たしかに」
 大神のペースに入るとあれだ。持っていかれる。
「しんどいんじゃない?」
「こばとに移ったら困るなとは思ってる」
「俺はいいけど……」
「じゃあ、キスでもしとこうか」
「ど、どういうことだよ」
「どうせ移るなら、キスしても同じかなって。むしろキスで移ったことのほうがお得感あるし」
「ないから!」
 お得かあ。どこで損得勘定働いてんだ。でも、山田みたいに「帰れ」って言われないだけマシか。むしろ必要とされてる感じがして、勝手に幸福度が満たされていく。
「あのさ、大神」
「……ん」
「?」
 見上げて、大神の瞼が閉じていることに気付いた。
 え、この一瞬で寝た? さっきまで起きてたよね?
 確認しようと、そっと起き上がろうとそれば、阻止するように俺をがっしりと固定した。これじゃあますます動けない。
「無理か……」
 それならと目を閉じてみる。
 大神の寝息とか、鼓動とかが聞こえてくる。
 ああ、この音好きだな。多分、いくらでもここにいられるような気がしてくる。
「……早く、治るといいな」



 目が覚めて、一番に目に飛び込んできたのは、こばとの寝顔だった。
 は? 神か? なんでこんな光ってんだ?
 自発光やばすぎんだろ。さすがに耐えれん。襲ってしまう。
 ぐっと我慢する。でもそれも時間の問題だ。なんとか自制しつつ、こばとの髪を撫でてみる。
 やわらかい。あと良い匂いがする。かわいい。持って帰りたい。
「こばと」
 呼んでも反応しない。
「……返事ないなら、なんでもしていい?」
「……」
「よし」
 もし、こばとに移っていたら、俺が何から何まで看病しよう。
 添い寝もするし、ご飯も作るし、あと……うん、なんでもやろう。
 かと言って、しんどい思いをさせるのは気が引ける。熱とか出たこばとは、なんていうか、それはそれで愛くるしいんだろうけど、かと言って可哀想だ。この怠さとか、そういうのは味わってほしくはない。
 朝から、なんか身体が重いなとは思ってたけど、こばとに会いたくて教室に辿り着いたところまでは覚えてる。そこからは、ほぼ記憶なし。昼休みになって、いい加減ちょっと寝たほうがいいかもしんないと思って、保健室まで来て。
 意識が落ちていく手前で、こばとに会いたいなって思ってた。
 さっきまで同じ教室にいたんだけど。なんか、すげえ遠くて。俺が、学校では一緒にいないほうがいいって判断して、こばとにそうお願いしたから自業自得なんだけど。
 でも、こばとの声だけ聞いていたくても、教室はガヤガヤしててうるさくて。
 だから、早く二人になりたいって、ずっと思いながら寝て、それから起きたときに本物のこばとがいたから、思わず手を掴んでしまった。
 こばとだ。俺の好きな、こばと。
「ん」
 そんなことを思い出してたらこばとが起きた。何度か瞬きをして、俺を認識した瞬間には、黒目が大きく見開いた。
「っ、うううううあ、ごめんっ」
「いいよ、離れないで、そばにいて」
 ベッドから落ちそうになったこばとを受け止める。
「……大神ってさ、力あるよね」
「男だからね」
「俺も男だけど、大神を受け止める自信はないよ」
「好きって気持ちだけ受け止めてくれたらいい」
「返しまでかっこいいとか罪かよ」
 こばとが両手で手を隠す。ごめん、かわいい。
 でも本気だから。俺のこの重い感情だけでも受け止めてくれるのは、こばとだけだから。



 大神が復活して、俺がダウンすることもなく一週間が過ぎた。
 学校で会話をすることがなくても、放課後は一緒にいられる。たまに大神が誰かに誘われて、渋々そっちに参加するってときは、白井たちも過ごした。
 毎日一緒ってわけではないけど、でも大神と一緒にいられるなら誰の邪魔もされたくないなって。
「大神じゃん!」
 放課後、街中で一緒にいたところを一軍さまたちに見つかってしまった。
「え、なんで俺らの誘い断って小鳩といるわけ⁉」
 それに山田がうるさい。やいやいと騒いで、これでもかと俺と大神を凝視している。花森さんと吉岡さんも「遊べたじゃん」とふくれっ面をしている。
「予定があるって、小鳩と?」
 山田がぐいっと大神に近づく。
「そう」
 そして、大神は平然と答えてしまう。
 いや、俺たちの関係を知らないなら、ここで一緒にいる意味も分からないだろうよ。かといって「俺たち付き合ってるんです」とは口が裂けても言えない。
「いやいや、なんで小鳩なんだよ」
「なんでもいいっしょ」
「よくねえよ。大神、最近付き合い悪くね?」
 山田の一言は、本人からすると何気ないものだったかもしれない。けれど、こういうときの大神を俺は知ってる。絶対、自分を悪者にしてしまう。
「誰といようが山田には関係な──」
「ごめん!」
 ギリギリ遅かったかもしれない。それでも大神の言葉を遮ってしまいたくて、無計画に言葉を弾き出す。
「大神ごめん、無理に付き合わせて」
「……は?」
「本当は今日じゃなくてもよかったんだけど、売り切れるの怖くて。一人ひとつだしさ」
 そう言って近くにあったポスターを指さす。待望の新作らしいフィギア。数量限定、お一人様一つまで。
「やっぱ大神を付き合わせるのは悪いわ。俺、一人で行くから」
「え、小鳩ってこういうのが趣味だったん?」
 山田がまじまじとポスターを見ている。よく見ていなかったが、そこにはセクシー過ぎる女性キャラクターがいた。しかも布の面積が極端に少ない。
「そ、そう……! そこで大神とばったり会って、時間があるならって。だから、ごめん。こっちはいいから」
 じゃあ、と何とか切り出せた自分を褒めてやりたい。うまくやり過ごしたかどうかは分からないが、それでも空気が険悪になるのだけは避けたかった。大神は俺との関係を言わない代わりとして、圧倒的に自分を悪として仕立て上げてしまうから。
 大神の声が聞こえた気がしたけど、その場からとにかく早く離れてしまいたかった。
 そうすれば、このぐちゃぐちゃした感情も落ち着くかもしれない。
 こういうとき、大神は俺と一緒にいていいのかと不安になる。
 一軍とか関係ないと大神は言ってくれていた。俺が気にするぐらいなら山田たちからも離れると。
 でも、そういうわけにはいかないじゃないか。大神の居場所を俺が奪ってしまっていいはずもない。
 だからって、俺が一軍に入れることはなくて、だからさっきみたいに遭遇したら、俺は大神から離れたほうがいいに決まってる。
「……んで、いなくなんの!」
 思いっきり後ろから肩を掴まれて、バランスが傾いた。視線の先に、息を切らした大神がいる。
「え……なんで、山田たちは?」
「知らない。こばとがどっかいなくなるから」
「いなくなるって……いや、俺は帰るだけだから」
「なんで勝手にそういうことすんの」
 怒ってるというよりも、悲しいという表現がぴったり当てはまるような顔だ。大神、こういう顔もするんだな。
「俺が一緒にいたのはこばとで、予定があるのもこばとで、それは誰と会おうが変わることはないって」
「……でも、そしたら山田たちになんか気付かれて」
「いいよ、それで。もういっそ気付かれればいい。それで、こばとと一緒にいられるんなら」
 だめだろ。そう返してやりたかったのに、声にならなかった。
「こばとと山田たちの二択だったら、圧倒的にこばとだし。ってか、これ何回言わせんの」
「い、言ってほしいわけじゃなかったんだけど……」
 はあ、と大神はその場に座り込む。疲れた。そう言ったまま顔を上げない。
 疲れたって……俺のことが?
「運動不足だ。こばとに走らされた」
 体力的な問題か。よかった。
「……走るなんて大神らしくない」
「俺らしくもなくなるっしょ。こばとに必死なんだから」
 ああ、本当にこの男は困る。どこまでも俺を甘やかしていくんだから。ずるい。
「ごめんなさい」
 大神と同じように座り込んで、目線を合わせる。
「勝手に暴走して。間違ってたと……うん、思う」
「分かればよろしい」
 ぐしゃっと俺の頭を撫でていく。やさしい手つきじゃなくて、乱暴な。それが妙に居心地がいい。なんて思ってしまうのはどうなんだろうか。
 でも、このままでいいのかな。

【先かえってて、ごてん】
 大神から連絡が入っていたのは、山田たちと遭遇した三日後の金曜日だった。
 放課後になって大神から急遽連絡が入るのは珍しい。しかも誤字ってる。ごめん、って送りたかったんだろうな。おけ、とだけ返せば、それが既読になることはなかった。
 どうしたんだろうか、何かあったんだろうか。
 そしたら遠くから「大神を全力で探し出せ!」と恐怖の号令が聞こえてくる。文化祭実行委員だ。おそらく今年開催のミスコンになにがなんでも大神を出場させようとしているのだろう。そして大神は逃げ回っていると。なるほど。
「あれ、今日は一人だ」
 適当に帰ろうと昇降口に向かったタイミングで、同じく一人の山田と会ってしまった。
「あ……そっちもっすね」
「え、微妙な敬語。大神かよ」
 どんなツッコミだ。たしかに大神も告られたときに使うけど。
「な、今から暇だったりする?」
「え?」
 まさか山田から暇なのかと聞かれるとは。いや、と濁せば「ちょっと付き合え」と強引に肩を組まれた。
「いやいや、あの」
「発散してこうぜ」
 どこに連れて行かれるのかと思えば、たどり着いた先はカラオケだった。大神とも来たことがないのに、まさか大神の友達である山田と来ることになるとは。
「ストレス発散といえばここだよなあ」
「そ、そうなんだ……」
 知らんがな。山田はストレスたまってんのか。だとしたらなぜ俺を連れてきたんだ。
 フリードリンクは何にしようか。飲み物の機会の前で悩んでいると、「こばとってさ」と山田が言った。ちょうどコーラが注がれているところだった。
「大神って付き合ってんの?」
「ふぁっ⁉」
 つい奇声をあげてしまったことに、山田は「やっぱりか」と納得したように返される。
「そうなんじゃねえかなって思ってはいたんだよな」
「……思ってた?」
 なんで分かったんだ。
「小鳩、やたら大神に熱い視線送るっしょ。あれってわざと?」
 わざとなわけあるかー! 今までバレてないって思って過ごしてきたのに。
 しかも山田に付き合ってるのがバレたらいろいろまずい。何より大神の評判が下がるし。
「お、大神は関係ないから……!」
「へえ?」
「その、俺は大神が好きだけど、大神はそうじゃないっていうか、関係ないっていうか」
「すげえ必死」
「いや、本当に!」
「いいって、分かってるよ。別にからかいたいわけでもねえから」
「え?」
「これでも大神とダチなんで。大神が誰と付き合ってんのかぐらいは分かってるつもり」
 ダチって言葉が意外だった。
 大神には煙たがられてるけど、山田はちゃんと大神のことを見てたんだなって。
「わ、分かってるのか……」
「そ」
「いや、そもそもなんで付き合うとか……俺の片思いの可能性だって」
「いやー、ないな」
 しゅわしゅわと炭酸が弾け飛ぶグラスを手にして、山田は笑う。
「大神も結構バレバレだから」
「……大神?」
「白井たちといちゃついてると、すげえ睨んでんだよ。気付いてなかった?」
 知らない。ふるふると首を振ったら「あからさまじゃん?」と聞かれる。
「大神って基本、他人に興味がないのに、たまに話聞いてねえときは大体小鳩を見てるからさ」
「し、知らなかった」
 俺ばかり大神を見てると思ってた。でも、そういうわけでもなかったのか。
「だからお前らが付き合ってること隠すこともないって」
「そ、そっか……あの、このことは誰にも言わないでほしいっていうか」
「言わない。大神に殺される」
 ……うん、俺もなんか想像できてしまう。静かに激昂する大神の姿が。
「でも大神と小鳩かあ。意外な組み合わせ」
 ウーロン茶を選んで、山田と肩を並べて部屋に戻る。普通に会話してることがなんか信じられない。しかもこの男は、俺と大神が付き合ってることも見抜いていた。侮れない。
「あはは……俺もそう思う」
「じゃあさ、大神とはどこまで進んだ?」
 安心したのも束の間、またしてもぶっこまれる。
「ふぁっ⁉ そ、そそそそそんな関係じゃないっていうか」
「え、なにも進んでない感じ?」
「……キスだけは」
「おい、そのキスって王様ゲームのときにしたやつじゃないよな?」
「え」
 思い出して、いや何回か、と照れくさくなって答えてみると「まじか」と山田は目を見開いた。
「いろいろ済ませちゃってるんじゃないのか」
「はっ⁉ いや、そんなわけはなくて」
「いやあ、まじか。大神って慎重派なのか」
「お、俺に聞かれても……」
 慎重……なんだろうか。距離感を大事にしてくれてんだろうなとは思うけど。
「小鳩は欲求不満になんないの?」
 ……あぶなー。これ、飲み物口に含んでたら終わってたな。むせて死んでた。
 そもそも、こういう会話に抵抗がない山田がすごい。大神と俺の話だぞ。男と男ってだけで、なんでこんなにもすんなりと受け入れてんだよ。山田って何者なんだ。
「……大神は、ちゃんと考えてくれてるから」
「考えてるねえ。へえ。大神がねえ」
「その含みのある言い方はなに……?」
「いやあ、大神がどこまで小鳩のことに真剣なのか確かめてみたくなって。ほら、愛を確かめたくなるときってあんじゃん?」
「いやいや、俺は──」
「はい、こっち向いて」」
「え」
 はいチーズと言われたときには、山田に肩を組まれて写真を撮られていた。かしゃりと音がしたそれを見て「俺かっこい」と感想を挟みながら、しゅばばばと文字を打ち込んでいく。
「よし、大神に送信と」
「えええっ、送ったの?」
「送った。小鳩とラブって」
「誤解を招くようなことを……!」
 なんでそんなものをわざわざ送る必要があるんだよ……! どう考えてもないだろ!
 山田からスマホを奪い取ろうとするが、大神と同じく高身長というところも相まってか、長い腕が器用に俺から逃げていく。
「はは、小鳩ってこうしてみると小せえよなあ」
「同情するなら貸してくれても!」
「してない。からかってるだけ」
 そこに問題があるだろうよ!
 ああ、どうしよう。大神に変な誤解をされたら。話だけでもちゃんと聞いてもらえるんだろうか。山田に巻き込まれただけであって、ノリノリで参加したわけではないことを信じてほしい。
「まっ、大神って既読になんのも遅いし、そもそもスルーしてくるからさ。俺たちはカラオケ楽しもうぜ」
「え、大神って即レスじゃない?」
「は?」
 面白いほど山田が目を見開いている。
「いやいや、大神から返事きたことほぼないんだけど」
「あ、じゃあ俺のときだけたまたまだったのかな」
「待って、見過ごせない。どう考えても今のは惚気だろ」
「惚気って……別にそんなつもりじゃ」
「ほら、見てみろ! 俺のは既読にもなんねえよ!」
 ずいっとスマホの画面を向けられる。小鳩とラブの文言の隣には、既読の二文字がついていた。
「え、既読になってるけど」
「いやいや、大神がこんなにも早く確認するわけ──ってガチで⁉」
 ものすごい驚いてるけど、そんな珍しいことなんだろうか。
 俺からすると、大神はかなりマメに連絡を取る人間なんだと思っていた。遅くても十分以内には必ず返ってくるぐらいだし。
 え……もしかして大神に無理させてたとかないよな?
「うわーこえー、大神って文字だけ人を殺せるよな」
 山田に見せられたのは、居場所送れ、の簡素な文字だけ。確かに、これほど恐ろしい五文字はない。自業自得だけど。
「それにしても、大神って意外と嫉妬マンなんだ」
「まさか……カラオケしたかったのかも」
「えーないだろー」
 山田が面白そうに笑う。
「カラオケなんてわかればそれこそ無視するって。大神、こういう誘いにのったことなんか一度もねえし」
 やっぱりさ、と山田が近付く。
「小鳩がいるからっしょ」
「……ええと、その、山田……近いよな」
「たしかに姫って呼ばれるだけ、男っぽさってないよな」
 まじまじと見つめられれば、さすがに俺も横に後ずさるしかないわけで。
「……いや、正真正銘男だから」
「顔も綺麗だし、線も細いつーか……大神が惚れるだけあるもんな」
「いやいや、惚れられてるって自覚はあんまないっていうか」
「うん、俺も大神とキスできる自信がある──」
 バンっと勢いよく扉が開かれ、現れた大神と目が合った。そのままずかずかと部屋に入ってきたかと思えば、すぐ近くにいた山田の肩を掴んで思いっきり俺から引き剝がした。
「殺すぞ」
「ガチで怒ってんじゃん。いってえ」
 抵抗できなかったのか、椅子から引きずり落ちた山田は苦笑している。
「小鳩、この変態に手出されてないか」
「え、あ、うん。大丈夫」
「誰てなくても警察には通報しとくから」
 友達では?
 山田は「通報とか初めて」と吞気に笑っている。なぜそんなに余裕なんだ。
「なんだよ、俺だって小鳩と楽しんだっていいだろ」
「いいわけねえだろ。誰のだと思ってんだよ」
「誰のって、小鳩は大神だけのものなのか」
「当たり前だろ」
 なんか、冷静な大神じゃない。こんな顔、初めて見る。
「お前らが真剣に付き合ってるか確認したかったんだよ」
「しゃしゃんな」
「俺も小鳩とお近づきになりたかったわけでさ」
「今後こばとに近づいたら潰すぞ、お前」
 あ、やっぱ大神キレてる。すげえ怒ってる。
「へいへい。こばとは大神のもの。頭に叩き込みやした」
「その教訓二度と忘れんな」
 はいよ、と山田は立ち上がると、帰る支度をして部屋を出て行く。
「お詫びに、ここの部屋代は払っとくからさ。あと一時間は楽しめよ」
「五時間分払っとけ」
「おい、一時間分だからな! あとで請求してくんなよ」
 しつこく念押しをしては、ようやく嵐が過ぎ去っていく。よかった、まじでどうなるかと思った。
「こばとの用事ってこのことだった?」
 さっきまで山田が座っていた場所に大神が座る。なんだろう、すごい安心感。
「……うん、ごめん。山田が……ちょっと」
「脅されたんだな。明日しばいとく。なんなら夜中でも」
「いや……大丈夫。話はついたから」
 このままだと大神がなにをするか分からない。
「大神って、山田との連絡はあんまマメじゃなかったんだな」
「山田っていうか、こばと以外はあんま連絡しないけど」
「え、でも俺のときはすげえ返信早いけど」
「こばとのだけ通知許可してるだけ。あとはオフかブロック」
 徹底ぶりがすげえ。なんかそれだけで愛されてる感あるわ。
「山田とのこと、巻き込んでごめん。俺だけで解決できればよかったんだけど」
「こばとが謝ることないっしょ。山田の存在が悪いんだし」
「存在ごと……いや、でもありがとう。ここまで来てくれて」
 大神が、俺の頭を撫でる。
「こばとがいるところならどこでも行く」
「……うん」
 地球の裏側にいたとしても大神なら迎えに来てくれそうだな。こんなの付き合う前なんか想像もしなかった。
「大神はなにしてた?」
「小鳩のこと考えてた」
「真面目に聞いてるんだけど」
「真面目に、小鳩のこと考えてた」
「……真面目だったんだ」