書店で週刊の漫画雑誌を買って、おれと冬真が住んでいるところの近くにあるコンビニでマシュマロを探したけれどなかったから、肉まんを買って、二人で半分に割って食べながら帰り道を歩いた。

冬真がおれの部屋で漫画を読みたいっていうので、そのまま、おれの家に向かう。

八角家と潮家は家族ぐるみの付き合いで、おれの両親は、冬真を息子同然に思っている。それを冬真も器用に受け入れていて、おれの家は、冬真の生活空間の一部と化していた。

潮家でのおれの扱いもそれと同様だけど、中学生になって以降は、おれの家に冬真が来ることの方が圧倒的に多い。

二人で買っている漫画雑誌もバックナンバーはおれの部屋のクローゼットで雑に保管している。

「来週、最終回だって」
「何が」
「これ」

おれの部屋での冬真の定位置はおれのベッドの上で、ここはお前の部屋かってくらいに冬真はいつも寛いでいる。

一方のおれは、ベッドに背をつけて、かたくて冷たい床に三角座り。

毛布の上で胡坐をかいた冬真が、買ったばかりの漫画雑誌のページをおれに見せてきた。ずっと追っていた漫画の次号最終回の文字に、前々からそろそろ終わることを予想していたにも関わらず、ぐっと切なくなる。

「まあ、いつかは全部、終わるよな」
「ずっと続けばいいのに」
「そういうわけにもいかないだろ、引き際を間違えるとつまらないしな」
「おれは、苦手だから。終わりとか、そういうものは」
「じゃあ、続きを自分で描けよ」
「おれの絵心のなさ、秋は知らないんだっけ」
「いや、知ってたわ。そうだった、おまえの唯一の弱点だった。やっぱり続きは描くな。で、次の最終回も読むな。そしたら、冬真の中では一生終わらないから、ずっと続いてるってことになるだろ」
「屁理屈?」
「うるせー、いいんだよそれで。お前は大丈夫だ。不幸にさせない」

そう言ったら冬真は、漫画雑誌をぱたんと閉じて、なぜか嬉しそうに頬をゆるめた。それから、後ろに上体を倒して、おれの部屋の天井を見上げる。

おれは、顔だけをベッドの方に向けて、三角座りのまま、そんな冬真をしばらく眺めていた。

二人だけの空間、それが世界の全てだったら、何か少しでも今とは違っているだろうか。そんなことを考えた矢先に。

「おれはね、秋の部屋がいちばん落ち着く」

冬真が言った。

「急に何だよ。そんで、それもう今までに五十回くらい聞いたぞ」
「そんなには言ってないはずだけど」
「おれは、聞き飽きた」
「この部屋にいるときの秋が、もっとも、秋だし」
「なんだそれ」
「さっきさ、すごい夕焼け見ながら、おれ、考えてたんだよ」
「何を?」

この部屋で、というより、おれと二人でいる時の冬真の話は、神出鬼没の飛び石を渡るみたいに、あちらこちらへいく。幼い頃からずっとそうだから、もうすっかりとおれは慣れてしまった。

冬真は、特に眠たい時にそうなることが多くて、おれは、はいはいお前は横になったら眠くなってきたんだな、と少し呆れながら冬真の話に相槌を打つ。

「さっき、おれと秋しか、秋の教室にいなかっただろ。ずっとそれでいいよなって思った。宇宙に浮いている星屑とか塵みたいに、おれと秋だけがいる空間が、誰にも干渉されないで、他とは切り離されて存在していたらそんなに楽なことはないから」
「眠くなってるだろ、お前」
「何で分かるの」

冬真が天井を見上げたまま、ぱちぱちと瞬く。

分かるよ、お前のことなら、何でも。そう言いたいところだが、分からないことの方がはるかに多くて、お前が、眠いってこと以外に今、何を考えているのか、おれには全く分からない。

「秋。この部屋の窓を開けたら、もう誰もいなくて、夕焼けだけずっと広がっていたら、最高。おれと秋だけの世界、どこまでいっても、夕焼け、どこまっていっても、おれと秋」
「おまえは、魔法だいすきメルヘンちゃんか」
「何それ。新しいアニメ、ハマり出した?」
「別にそういうことではない」
「でも、秋。終わるのと、はじまらないのだったら、どっちの方が苦しいと思う?」

突然現れた遠くの飛び石に、冬真がひょいっと渡る。おれは、飛びかけたけれど、飛ばずに踏み止まった。

「もういい。眠いんだろ。寝ろよ、冬真」
「……うん。じゃあ、少しだけ。おやすみ」

そう言って、冬真はゆっくりと瞼を閉じた。

おれはそれを確認して、冬真から一度目を逸らす。

お前の匂いのするベッドで、今夜、おれは眠ることになる。おれと冬真だけの世界があるとしたら。そういうことを、おれとは全く違う深度でしか考えていないくせに、考えていないからこそ、お前は、取るに足らない飛び石に渡るかのごとく、言葉にできる。

しばらくすると、冬真の寝息が聞こえてきた。

おれと違って、寝たふりをする理由などないから、冬真は、本当に眠ってしまったのだろう。そっと振り返り、おれのベッドで眠る冬真に、不躾な視線を送る。

目が合わないなら、おれは臆せず冬真を見つめることができる。冬真の薄い唇を、じっと見つめることができる。

窓の外はもう暗くて、夕焼けはすでに終わっていた。でもまだ、教室の窓の外に広がっていた夕焼けの欠片はおれの心の奥底に残っている。

おれはベッドに頬杖をついて、眠っている冬真を見つめたまま、心の中でだけ問う。

冬真。教室で、おれにキスしたのは、何で。おれがすぐに目を開けていたら、どうなってた。

冬真。気紛れか、女のかわりか、ただ魔が差しただけなのか、悪ふざけか、今日のお前のはどれなの。

寝顔すら隙がなくて美しいから、胸が痛くなった。

頬杖をつくのをやめて、シーツに顔に伏せる。冬真の寝息をオルゴールの代わりにして、おれも少しだけ眠ることにした。

冬真の夢は、みたくない。

でも、もしも。

もしもみてしまうなら、夢の中でくらい、おれは透け透けの恋心をお前に押し付けて、笑うのが上手いお前の至近距離で、下手くそだろうがかまうものか、誰のこともかまうものか、お前とおれ以外いらない、そういう態度で、思いっきり笑ってみたい。