「アタシらの同居生活のスタートに」
「「「かんぱーい!」」」
月日は経ち、翌三月。ちはや・杏・真緒のルームシェア生活は始まった。
「全部はテーブルに乗らないね」
デリバリーのピザ、取り皿とグラスを並べると、小さなローテーブルの上は埋め尽くされてしまう。杏はレジ袋に入ったままの総菜パックをちらりと横目で見た。
「食器棚やテーブルなんかはアタシが一人暮らしで使っとったやつやから、なにせ一人用でちっちゃいんよね。おいおい必要に合わせて買い足していくってことでえぇ?」
「いいですね、みんなで家具を選ぶのも楽しそう」
目を輝かせる杏に、ちはやは頭を掻く。
「アタシは普段から機能性とか合理性しか考えずに選ぶから、味気ないデザイン多いんよね」
「シンプルでいいと思いますよ」
「ほんでも、次買う時は杏コと真緒ちのセンスに任せるわ」
「ええっ、わたしたちでですか?」
杏と真緒が顔を見合わせた。
「あ、そう言えば真緒ちゃんはデザイナーになったんだよね」
「えっ、なりましたけど。と言うか、この春からですけど」
きょとんと目を丸くする真緒に、ちはやと杏はニッと笑う。
「じゃあ、選ぶ時は真緒ちゃんのセンスに任せよう」
「それがえぇな。真緒ちならきっとえぇ感じのもんを選んでくれるやろ」
「や、ちょっと二人とも! 変なプレッシャーかけないでくださいよ!」
杏が笑いながら、グラスのワインに口を付ける。
「さっきから思ってたけど、真緒ちゃんのルームウェア、すごく可愛いね」
「そうですか?」
真緒は嬉しそうに自分の胸元を見下ろす。
買ったばかりであろう淡いブルーのふわもこルームウェアは、まだ少女らしい面影を残す真緒によく似合っていた。艶やかなボブの髪を揺らしながら、真緒は杏に視線を向ける。
「お二人と同居するんだから気合入れなきゃと思って」
「わかるー」
「杏さんのも、上品でおしゃれですよね」
「ほんと? 嬉しい」
杏が身に纏っているのは、アイボリーのシルクパジャマ。襟元や袖口を飾る黒いリボンが、親しみやすさを醸し出している。こちらも下ろしたてといった風情だ。ゆるく巻いた栗色の髪が、肩先で揺れていた。
「うんうん、可愛いお嬢ちゃんたちを眺めながら飲む酒は、絶品や」
にまにまと笑いながら猪口を傾けるちはやは、着慣れたグレー一色のスウェットで、完全にリラックス状態だ。シンプルなものが好きというのは服でも同じらしい。
「オッサンみたいなこと言わないでくださいよ」
クスクスと笑う杏に、真緒がいたずらっぽい表情を浮かべる。
「そうだ、さっき買い物は、私のセンスに任せてくれるって言いましたよね? じゃあ、ちはやさんのパジャマも新しく買っていいですか?」
「は?」
「ちはやさんに似合う可愛いの、私、今度買ってきますね」
「いや、やめろ」
「真緒ちゃん、わたしも一緒に選ぶ!」
杏まで悪乗りを始める。
「ふわふわのフリルがついたのなんて、いいよね」
「はい、それにリボンも必須ですよね、杏さん!」
「そうそう、レースとか」
「おい、二人ともやめろ! マジでやめろ!」
ひとしきり笑った後、真緒がふと思いつく。
「今日のこれって、パジャマパーティーですよね」
「そう、なるかな」
「私、パジャマパーティーって初めてです!」
真緒の言葉に、ちはやと杏は頷く。
「言われてみれば、わたしもそうかも。ちはやさんは?」
「んー、パーティーは初めてやな。友だちと飲んで、帰るのめんどいから互いの家に泊まることはあったけど」
「じゃあ、パジャマパーティーって何をするんでしょう?」
三人はう~んと、首を捻る。
「まさか誰一人知らないなんて」
「ちゅーかアタシはともかく、杏コや真緒ちは知ってそうやのに、意外やわ」
「待っててくださいね」
真緒がスマホを操作し始める。
「検索してみたんですけど、パジャマ姿で恋バナやおしゃべりを楽しむ感じみたいですよ」
「恋バナ……」
杏が困ったように笑う。
「わたしはそう言うの、今のところ縁がないかな」
「アタシも特にないなぁ。ずっと部屋に引きこもって書いとるだけやし」
「ええっ、私もありませんよ!」
「なんでや! 真緒ちは大学生やったやろ。そういうの真っ盛りの時期やろ!」
「真っ盛りって何ですか! ないものはないですよ!」
アンチョビのピザを口に運びながら、ちはやは猪口の中の日本酒を流し込む。
「アンチョビ正解やな。めっちゃ日本酒に合う」
「ワインも相性いいですよ」
ワイングラスの似合う杏は食べ方も優雅だ。
「で、恋バナどうします?」
「まだ諦めとらんのかい、真緒ち。誰一人ネタ持っとらんのに……あ!」
「あ?」
ちはやの声に、杏と真緒は身を乗り出す。
「さすが、一番大人のちはやさん」
「トップバッターお任せします!」
「いや、ちゃうねん。恋バナやないけど、性癖を語ってもえぇ?」
ちはやの提案に杏と真緒が顔を見合わせる。返事を待たず、ちはやは続ける。
「やっぱ、ムキムキがっちりの筋肉質がえぇなぁ! 体の前後も分厚くて、身長2mくらいあるのが最高!」
「いや、ちはやさん」
「それ日頃からSNSでさんざん漏らしてる内容じゃないですか」
「えぇやん、こういうの語ってる時が一番楽しいねんから。恋バナみたいなもんやろ。あ、アンチョビのラストもらうで」
取りやすいように杏がトレイをさっと動かす。ちはやは礼を言い、最後のアンチョビピザを手に取った。
「あとなー、髪は短髪が好き。固くてツンツンしてるのとか」
「あ、でもちはやさん『アロマ幻想曲』のユーカリさん好きじゃないですか?」
杏は、ちはやがハマっているソーシャル乙女ゲームの推しの名を上げる。
「彼、ロングヘアですよね」
「長い髪、ひとまとめにしてるのはアリやねん。ポニテとか」
「あー、分かります!」
真緒がチューハイの缶をテーブルに置き、こくこくと頷く。
「ポニテ男子はいいですよね。私、いい感じに枯れたオジサマがポニテなの、好きです!」
「あぁ、真緒ちゃん好きそう」
ピザのなくなったトレイを片付け、杏は生春巻きのパックをテーブルへ取り出す。
「いいですよ、ポニテのオジサマは。大人の余裕ってかっこいいですよね」
真緒もにこにこと顔をほころばせながら、ソーセージとポテトの盛り合わせをテーブルに置いた。
「そういや真緒ちゃんって、基本的に年齢の高いキャラが好きだよね」
「枯れ専やな。若いのに」
「イケオジ好きと言ってください!」
「じゃあ、こういうのは好き?」
杏がスマホの画面を真緒に見せる。
そこには大人の落ち着きとセクシーさを前面に出した、アンニュイな表情の男性が描かれていた。
「誰ですか、これ」
「『アロマ幻想曲』の麝香さん」
「あぁ、杏さんとちはやさんがプレイしているソシャゲですね。うーん……」
真緒は視点を変えながら、スマホに映し出された画像を眺める。
「皺がないですね」
「いや、あるやん。目の下と口元に」
「むー。私基準だと、これはまだまだ若者です」
「審査厳しいて」
「ちはやさんだって、細マッチョタイプを『ムキムキだよ』って言われたら、違うって思うでしょ?」
「絶許」
三人はどっと笑う。杏はスマホを真緒から受け取り手元へ置く。
「残念。これを気に入ったら、真緒ちゃんも『アロファン』沼に引きずり込もうと思ったのに」
「あっ、気に入らないわけじゃないですよ? でも、ちょっと理想より若いかなぁ、って。あっ、そうだ!」
真緒もまたスマホを取り出す。そしてアルバムを開き一つの画像を見せた。
「これ、DreaMatchのゲームの画面なんですが、杏さん好きそうだなって思って撮っておきました」
「え、どれどれ?」
杏が真緒の手元を覗き込む。そして「ん゛ッ!」と叫んだと思うと、口元を抑えて床へ倒れた。
「杏コ!?」
「傷は浅いですよ!」
真緒のスマホには、中学生くらいの中性的な少年の画像があった。男性的なものがほぼ感じられない一方、しっかりと少年の面影はある。
「……被弾しました、直撃です」
頬を染めてふるふると震える杏を見て、真緒は満足そうに笑う。
「ふふ、絶対杏さんに刺さると思ったんですよ」
「これは間違いなく杏の好きなキャラのタイプやな。ムキムキな漢おる?」
「いますよ。ちはやさんにも見せようと思って、撮っておきました!」
真緒が綺麗な指先でスイスイと画面を切り替える。するとそこに、軍服の上からでも筋肉の陰影が分かるほどの浅黒マッチョが登場した。
「ん゛ッ!!」
杏と同様、ちはやも口を押えて床へと突っ伏す。
「やったぁ! ちはやさんにも刺さった! 二連撃です!」
キャッキャとはしゃぐ真緒に、杏とちはやはゾンビのようにずるりと這い寄った。
「真緒ちゃん、それDreaMatchのゲームって言ったよね?」
「タイトルは? 買うわ」
「はい、DreaMatchのゲームです。タイトルは『Path of Light3』」
「よっしゃ、ポチった」
「ちはやさん、早っ!」
杏はスマホ画面を見つめ、眉根にしわを寄せている。
「DreaMatch本体に、メモリーカード、防護フィルムにソフトを購入となると、結構するね」
「あぁ、杏さんはハード持ってないんですね」
「そう。しかも引っ越しと転職で、今この出費は厳しいなぁ」
「そんじゃ、セーブスロット別にして、アタシので交代でプレイしたらえぇやん」
「いいんですか?」
「あ、それなら」
真緒が杏の腕をポンポンと叩く。
「私はもうクリアしてますし、私のDreaMatchで遊んでも大丈夫ですよ」
「本当? いいの? 嬉しい!」
「それにしてもアレやな」
ちはやが苦笑する。
「アタシら三人もいて、誰一人王道イケメン狙いおらへんの笑うよな」
「え、美少年は王道イケメンですよ」
「イケオジだって王道イケメンです」
「そんなん言うたら、筋肉も王道イケメンやで?」
三人は声を上げて笑う。
「真緒ちゃん、さっきのゲームってジャンルは何?」
「RPGです」
「例のマッチョは仲間になんの? 恋愛要素は?」
「仲間にはなります、恋愛要素はなしです」
「攻略したかったぁああ!」
大袈裟に頭を抱え、もんどりうって倒れるちはや。
「ないんやもん! バキバキの筋肉とイチャコラする乙女ゲー! 恋愛要素のあるRPGだけが頼みの綱やのにぃ~!」
嘆くちはやの頭を、杏はそっと撫でる。しばらく髪を弄ぶように触れていたが、やがて何かを思いついたように杏は目を上げた。
「わたしたちで作ればいいんじゃないですか? クセ強キャラを攻略できる乙女ゲー」
「いいですね、それ!」
真緒も目を輝かす。
「私たち、せっかく自分でゲーム作れるんだし。メーカーが出さないこういうニッチなジャンルを作ってこその同人ゲームですもんね!」
「えぇやん! おもろそうやん!」
ちはやが勢いよく起き上がった。
「いつもはそれぞれ個人製作やけど、せっかく一緒に住むんやし、合作するのもえぇかも!」
「話し合いもしやすいですしね!」
うんうんと、頷きあう。
杏がメモ帳とペンをさっと取り出した。
「じゃあ早速、役割を決めません? シナリオは、本職シナリオライターのちはやさんにお願いしていいですか?」
「えぇよ。けど、少年とイケオジの推しポイントの監修はそれぞれ二人にお願いすんで」
「おけでーす。じゃあ私、BGMとかジングルやります!」
「真緒ちゃんは、作曲もいつも自分でやってるもんね」
杏が綺麗な文字で「シナリオ:ちはやさん BGM:真緒ちゃん」と書き止める。
「スクリプトはわたしに任せてもらってもいいです?」
「杏さんお願いします!」
「こっちも本職やしな! 頼りになるわ」
「スクリプトとプログラムは少し違いますけどね」
メモに「スクリプト:杏」の文字が加わった。
「なぁ、良かったらムキムキの立ち絵も、杏コに任せてえぇ?」
「えっ? いいですけど」
「やったぁ、アタシ、杏コの絵が好きなんよな」
「あっ、それなら私のイケオジも杏さんにお願いしたいです!」
真緒は目を輝かせながらおねだりポーズをする。
「い、いいけど。二人とも絵は描けるのに、わたしが描いちゃっていいの?」
「「お願いします!」」
頷くちはやと真緒を前に、杏は苦笑しながら「キャラグラフィック:杏」の文字を書き加えた。
背景画像と効果音はフリー素材を、ボイスはある程度形になってから募集をかけたり依頼をしようと話がまとまる。
そうこうしているうちに、日付が変わる時刻になってしまった。
「明日が休日で良かったね」
三人は手分けして片づけ、それぞれの私室に引き上げる。
玄関を入ってすぐの向かい合わせになっている二部屋にちはやと真緒。TVドラマを見ることの多い杏は、リビングに接している部屋が割り当てられた。
「「「かんぱーい!」」」
月日は経ち、翌三月。ちはや・杏・真緒のルームシェア生活は始まった。
「全部はテーブルに乗らないね」
デリバリーのピザ、取り皿とグラスを並べると、小さなローテーブルの上は埋め尽くされてしまう。杏はレジ袋に入ったままの総菜パックをちらりと横目で見た。
「食器棚やテーブルなんかはアタシが一人暮らしで使っとったやつやから、なにせ一人用でちっちゃいんよね。おいおい必要に合わせて買い足していくってことでえぇ?」
「いいですね、みんなで家具を選ぶのも楽しそう」
目を輝かせる杏に、ちはやは頭を掻く。
「アタシは普段から機能性とか合理性しか考えずに選ぶから、味気ないデザイン多いんよね」
「シンプルでいいと思いますよ」
「ほんでも、次買う時は杏コと真緒ちのセンスに任せるわ」
「ええっ、わたしたちでですか?」
杏と真緒が顔を見合わせた。
「あ、そう言えば真緒ちゃんはデザイナーになったんだよね」
「えっ、なりましたけど。と言うか、この春からですけど」
きょとんと目を丸くする真緒に、ちはやと杏はニッと笑う。
「じゃあ、選ぶ時は真緒ちゃんのセンスに任せよう」
「それがえぇな。真緒ちならきっとえぇ感じのもんを選んでくれるやろ」
「や、ちょっと二人とも! 変なプレッシャーかけないでくださいよ!」
杏が笑いながら、グラスのワインに口を付ける。
「さっきから思ってたけど、真緒ちゃんのルームウェア、すごく可愛いね」
「そうですか?」
真緒は嬉しそうに自分の胸元を見下ろす。
買ったばかりであろう淡いブルーのふわもこルームウェアは、まだ少女らしい面影を残す真緒によく似合っていた。艶やかなボブの髪を揺らしながら、真緒は杏に視線を向ける。
「お二人と同居するんだから気合入れなきゃと思って」
「わかるー」
「杏さんのも、上品でおしゃれですよね」
「ほんと? 嬉しい」
杏が身に纏っているのは、アイボリーのシルクパジャマ。襟元や袖口を飾る黒いリボンが、親しみやすさを醸し出している。こちらも下ろしたてといった風情だ。ゆるく巻いた栗色の髪が、肩先で揺れていた。
「うんうん、可愛いお嬢ちゃんたちを眺めながら飲む酒は、絶品や」
にまにまと笑いながら猪口を傾けるちはやは、着慣れたグレー一色のスウェットで、完全にリラックス状態だ。シンプルなものが好きというのは服でも同じらしい。
「オッサンみたいなこと言わないでくださいよ」
クスクスと笑う杏に、真緒がいたずらっぽい表情を浮かべる。
「そうだ、さっき買い物は、私のセンスに任せてくれるって言いましたよね? じゃあ、ちはやさんのパジャマも新しく買っていいですか?」
「は?」
「ちはやさんに似合う可愛いの、私、今度買ってきますね」
「いや、やめろ」
「真緒ちゃん、わたしも一緒に選ぶ!」
杏まで悪乗りを始める。
「ふわふわのフリルがついたのなんて、いいよね」
「はい、それにリボンも必須ですよね、杏さん!」
「そうそう、レースとか」
「おい、二人ともやめろ! マジでやめろ!」
ひとしきり笑った後、真緒がふと思いつく。
「今日のこれって、パジャマパーティーですよね」
「そう、なるかな」
「私、パジャマパーティーって初めてです!」
真緒の言葉に、ちはやと杏は頷く。
「言われてみれば、わたしもそうかも。ちはやさんは?」
「んー、パーティーは初めてやな。友だちと飲んで、帰るのめんどいから互いの家に泊まることはあったけど」
「じゃあ、パジャマパーティーって何をするんでしょう?」
三人はう~んと、首を捻る。
「まさか誰一人知らないなんて」
「ちゅーかアタシはともかく、杏コや真緒ちは知ってそうやのに、意外やわ」
「待っててくださいね」
真緒がスマホを操作し始める。
「検索してみたんですけど、パジャマ姿で恋バナやおしゃべりを楽しむ感じみたいですよ」
「恋バナ……」
杏が困ったように笑う。
「わたしはそう言うの、今のところ縁がないかな」
「アタシも特にないなぁ。ずっと部屋に引きこもって書いとるだけやし」
「ええっ、私もありませんよ!」
「なんでや! 真緒ちは大学生やったやろ。そういうの真っ盛りの時期やろ!」
「真っ盛りって何ですか! ないものはないですよ!」
アンチョビのピザを口に運びながら、ちはやは猪口の中の日本酒を流し込む。
「アンチョビ正解やな。めっちゃ日本酒に合う」
「ワインも相性いいですよ」
ワイングラスの似合う杏は食べ方も優雅だ。
「で、恋バナどうします?」
「まだ諦めとらんのかい、真緒ち。誰一人ネタ持っとらんのに……あ!」
「あ?」
ちはやの声に、杏と真緒は身を乗り出す。
「さすが、一番大人のちはやさん」
「トップバッターお任せします!」
「いや、ちゃうねん。恋バナやないけど、性癖を語ってもえぇ?」
ちはやの提案に杏と真緒が顔を見合わせる。返事を待たず、ちはやは続ける。
「やっぱ、ムキムキがっちりの筋肉質がえぇなぁ! 体の前後も分厚くて、身長2mくらいあるのが最高!」
「いや、ちはやさん」
「それ日頃からSNSでさんざん漏らしてる内容じゃないですか」
「えぇやん、こういうの語ってる時が一番楽しいねんから。恋バナみたいなもんやろ。あ、アンチョビのラストもらうで」
取りやすいように杏がトレイをさっと動かす。ちはやは礼を言い、最後のアンチョビピザを手に取った。
「あとなー、髪は短髪が好き。固くてツンツンしてるのとか」
「あ、でもちはやさん『アロマ幻想曲』のユーカリさん好きじゃないですか?」
杏は、ちはやがハマっているソーシャル乙女ゲームの推しの名を上げる。
「彼、ロングヘアですよね」
「長い髪、ひとまとめにしてるのはアリやねん。ポニテとか」
「あー、分かります!」
真緒がチューハイの缶をテーブルに置き、こくこくと頷く。
「ポニテ男子はいいですよね。私、いい感じに枯れたオジサマがポニテなの、好きです!」
「あぁ、真緒ちゃん好きそう」
ピザのなくなったトレイを片付け、杏は生春巻きのパックをテーブルへ取り出す。
「いいですよ、ポニテのオジサマは。大人の余裕ってかっこいいですよね」
真緒もにこにこと顔をほころばせながら、ソーセージとポテトの盛り合わせをテーブルに置いた。
「そういや真緒ちゃんって、基本的に年齢の高いキャラが好きだよね」
「枯れ専やな。若いのに」
「イケオジ好きと言ってください!」
「じゃあ、こういうのは好き?」
杏がスマホの画面を真緒に見せる。
そこには大人の落ち着きとセクシーさを前面に出した、アンニュイな表情の男性が描かれていた。
「誰ですか、これ」
「『アロマ幻想曲』の麝香さん」
「あぁ、杏さんとちはやさんがプレイしているソシャゲですね。うーん……」
真緒は視点を変えながら、スマホに映し出された画像を眺める。
「皺がないですね」
「いや、あるやん。目の下と口元に」
「むー。私基準だと、これはまだまだ若者です」
「審査厳しいて」
「ちはやさんだって、細マッチョタイプを『ムキムキだよ』って言われたら、違うって思うでしょ?」
「絶許」
三人はどっと笑う。杏はスマホを真緒から受け取り手元へ置く。
「残念。これを気に入ったら、真緒ちゃんも『アロファン』沼に引きずり込もうと思ったのに」
「あっ、気に入らないわけじゃないですよ? でも、ちょっと理想より若いかなぁ、って。あっ、そうだ!」
真緒もまたスマホを取り出す。そしてアルバムを開き一つの画像を見せた。
「これ、DreaMatchのゲームの画面なんですが、杏さん好きそうだなって思って撮っておきました」
「え、どれどれ?」
杏が真緒の手元を覗き込む。そして「ん゛ッ!」と叫んだと思うと、口元を抑えて床へ倒れた。
「杏コ!?」
「傷は浅いですよ!」
真緒のスマホには、中学生くらいの中性的な少年の画像があった。男性的なものがほぼ感じられない一方、しっかりと少年の面影はある。
「……被弾しました、直撃です」
頬を染めてふるふると震える杏を見て、真緒は満足そうに笑う。
「ふふ、絶対杏さんに刺さると思ったんですよ」
「これは間違いなく杏の好きなキャラのタイプやな。ムキムキな漢おる?」
「いますよ。ちはやさんにも見せようと思って、撮っておきました!」
真緒が綺麗な指先でスイスイと画面を切り替える。するとそこに、軍服の上からでも筋肉の陰影が分かるほどの浅黒マッチョが登場した。
「ん゛ッ!!」
杏と同様、ちはやも口を押えて床へと突っ伏す。
「やったぁ! ちはやさんにも刺さった! 二連撃です!」
キャッキャとはしゃぐ真緒に、杏とちはやはゾンビのようにずるりと這い寄った。
「真緒ちゃん、それDreaMatchのゲームって言ったよね?」
「タイトルは? 買うわ」
「はい、DreaMatchのゲームです。タイトルは『Path of Light3』」
「よっしゃ、ポチった」
「ちはやさん、早っ!」
杏はスマホ画面を見つめ、眉根にしわを寄せている。
「DreaMatch本体に、メモリーカード、防護フィルムにソフトを購入となると、結構するね」
「あぁ、杏さんはハード持ってないんですね」
「そう。しかも引っ越しと転職で、今この出費は厳しいなぁ」
「そんじゃ、セーブスロット別にして、アタシので交代でプレイしたらえぇやん」
「いいんですか?」
「あ、それなら」
真緒が杏の腕をポンポンと叩く。
「私はもうクリアしてますし、私のDreaMatchで遊んでも大丈夫ですよ」
「本当? いいの? 嬉しい!」
「それにしてもアレやな」
ちはやが苦笑する。
「アタシら三人もいて、誰一人王道イケメン狙いおらへんの笑うよな」
「え、美少年は王道イケメンですよ」
「イケオジだって王道イケメンです」
「そんなん言うたら、筋肉も王道イケメンやで?」
三人は声を上げて笑う。
「真緒ちゃん、さっきのゲームってジャンルは何?」
「RPGです」
「例のマッチョは仲間になんの? 恋愛要素は?」
「仲間にはなります、恋愛要素はなしです」
「攻略したかったぁああ!」
大袈裟に頭を抱え、もんどりうって倒れるちはや。
「ないんやもん! バキバキの筋肉とイチャコラする乙女ゲー! 恋愛要素のあるRPGだけが頼みの綱やのにぃ~!」
嘆くちはやの頭を、杏はそっと撫でる。しばらく髪を弄ぶように触れていたが、やがて何かを思いついたように杏は目を上げた。
「わたしたちで作ればいいんじゃないですか? クセ強キャラを攻略できる乙女ゲー」
「いいですね、それ!」
真緒も目を輝かす。
「私たち、せっかく自分でゲーム作れるんだし。メーカーが出さないこういうニッチなジャンルを作ってこその同人ゲームですもんね!」
「えぇやん! おもろそうやん!」
ちはやが勢いよく起き上がった。
「いつもはそれぞれ個人製作やけど、せっかく一緒に住むんやし、合作するのもえぇかも!」
「話し合いもしやすいですしね!」
うんうんと、頷きあう。
杏がメモ帳とペンをさっと取り出した。
「じゃあ早速、役割を決めません? シナリオは、本職シナリオライターのちはやさんにお願いしていいですか?」
「えぇよ。けど、少年とイケオジの推しポイントの監修はそれぞれ二人にお願いすんで」
「おけでーす。じゃあ私、BGMとかジングルやります!」
「真緒ちゃんは、作曲もいつも自分でやってるもんね」
杏が綺麗な文字で「シナリオ:ちはやさん BGM:真緒ちゃん」と書き止める。
「スクリプトはわたしに任せてもらってもいいです?」
「杏さんお願いします!」
「こっちも本職やしな! 頼りになるわ」
「スクリプトとプログラムは少し違いますけどね」
メモに「スクリプト:杏」の文字が加わった。
「なぁ、良かったらムキムキの立ち絵も、杏コに任せてえぇ?」
「えっ? いいですけど」
「やったぁ、アタシ、杏コの絵が好きなんよな」
「あっ、それなら私のイケオジも杏さんにお願いしたいです!」
真緒は目を輝かせながらおねだりポーズをする。
「い、いいけど。二人とも絵は描けるのに、わたしが描いちゃっていいの?」
「「お願いします!」」
頷くちはやと真緒を前に、杏は苦笑しながら「キャラグラフィック:杏」の文字を書き加えた。
背景画像と効果音はフリー素材を、ボイスはある程度形になってから募集をかけたり依頼をしようと話がまとまる。
そうこうしているうちに、日付が変わる時刻になってしまった。
「明日が休日で良かったね」
三人は手分けして片づけ、それぞれの私室に引き上げる。
玄関を入ってすぐの向かい合わせになっている二部屋にちはやと真緒。TVドラマを見ることの多い杏は、リビングに接している部屋が割り当てられた。