「舞原、おはよう」
「お、おはよう……」

翌朝、目を開けて最初に視界に入ったもの。それは、背後にバラを背負った東郷。

既に身支度を済ませたのか、スッキリサッパリした顔だ。夜な夜な「東郷を傷つけたかも?」と気になって眠れなかった俺とは、大違い。

「朝ごはん用意したから、一緒に食べない?」
「……あ」

そう言えば、今朝は食堂あかないんだっけ。

テーブルを見ると、東郷がコンビニで揃えてくれたらしい。明らかに一人じゃ多い量のおにぎりやパンが、きれいに並べてあった。寸分の狂いのない均等な配列が、いかにも東郷らしい。

「俺の分までありがとう。あ、お金かえす」
「いいよ。昨日のお詫び」
「お詫び?」

昨日の記憶を辿る。謝られることと言えば、東郷が、俺に告白したこと?
確かにビックリしたけど、別に謝ることじゃない。

「謝るなよ。誰が誰を好きになっても自由なんだし」
「俺が謝りたいのは、勝手にマスクを取ろうとした事だよ」

あぁ……ソッチか!
勝手に解釈して、恥ずかしいことペラペラ語ってしまった!

「そういうのは、もっと早く訂正してよ!」
「ごめんね。だって、嬉しかったから」
「嬉しい?」

鮭おにぎりを手に取って、東郷を見上げる。彼は「食べていいよ」と答える代わりに、笑みを浮かべゆっくり頷く。

「俺が告白したこと、ちょっとは気にしてくれてるんだって思ってね」
「そりゃ、するよ」
「そっか」

気にするんだ――と。東郷も、おにぎりを掴んだ。選んだのは、明太マヨ味。俺と同じように、東郷も「食べていい?」と。俺にアイコンタクトを送る。もちろん頷くと、東郷らしくキレイに包装紙を取り始めた。

「食べてる時くらい顔を見せてくれるかと思ったら、ガードが固いんだね」

東郷に向けた背中に、彼の素直な言葉がぶつかる。同時に、朝ごはんが〝俺のマスクを外すため〟に仕向けられた罠だと、遅れて気づく。

「東郷って淡々としたイメージだったけど、意外に意地が悪いんだな」
「褒め言葉をどうも」

クスクス上品に笑う東郷は、既におにぎりを食べたらしく、パンの袋に手を伸ばす。テーブルにあったのは確か、あんバター味だったか?

「東郷って、甘い物好き?」
「朝に甘い物を食べると、よく脳が働くんだよ。あんこは太りにくいしね」
「女子みたいな事いうんだな」

ハハ、と笑ったと同時に「ヤバい」と思った。
東郷に「女子みたい」と言うのは……ダメだ。

『もしかして東郷、実は男装した女の子だったりして』

この一件があってから、特に。

「昨日は、ごめん」
「え?」

「東郷が気持ちを打ち明けた時。
俺、言っちゃダメなこと言った」
「あぁ、アレね」

すぐ思い出すあたり、やっぱり東郷も気にしていたんだろう。申し訳なくて、食べかけのおにぎりを持ったまま、マスクを上げて東郷へ向き直る。

「俺がマスクをしている理由を、東郷は笑わなかった。あの時、心が救われたんだ。俺が気にしてる重要なことを、茶化さないでいてくれて嬉しかった」

それなのに、俺は正反対の言葉で返してしまった。

「東郷の気持ちを受け止める、ことは出来ないけど――もう茶化さない。俺も、東郷の気持ちを丁寧に扱う。
俺が大切にしてきた気持ちを、東郷が大切にしてくれたように。東郷が大切にしてきたものを、俺も大切にするよ」
「舞原……」

驚いた目が、徐々に狭められる。かと思えば、固く目を閉じて「ありがとう」と。東郷は、本当に嬉しそうにお礼を言った。

緩み切った東郷の顔に、窓から入った朝日が当たる。整った顔に降り注ぐ日光は、まるで心が澄み渡っていくような気持ちになって――ただの朝ごはんだったはずが妙にソワソワしてきて、なんだか楽しくなってきた。

「俺にもちょうだい、激アマパン」
「あんバターパンね」

おにぎりに加えてパンが手に乗り、片手で支えるのが難しくなってくる。

「これ全部、東郷からもらった物だな」

俺が好きな鮭おにぎり。
俺が初挑戦する激甘パン。
そして、俺を想う、東郷の恋心。

「次は、東郷から何を貰うんだろう」
「何がほしい?」

笑いながら、だけど冗談じゃない顔つきで、東郷は俺を見る。本当に「何でもあげる」って顔だ。

「じょ、冗談に決まってるじゃん」
「分かってるよ。でも、知っていてほしいな」
「なにを?」

すると東郷の手が、俺の片手に添えられる。いきなりの事に動揺して、おにぎり達が不安定に揺れた。

「俺は、舞原に何でもしたいと思ってる。
その代わり、舞原には俺を知ってほしい」
「東郷を、知る?」

「うん」と。
重なった二人の手を見ながら、東郷が頷く。

「俺は朝食、甘い物を食べる」
「それは把握した」

「あんバター味が好き」
「それも把握」

「舞原のことが好き」
「……はあく」

「いつか、俺にだけマスクの下を見せてくれたら嬉しいって思ってる」
「!」

向かい合った東郷の瞳が、いやってほどよく見える。その中にいるのは、顔を赤らめた俺。

「俺を少しずつ知ってほしい。
俺をもっと気にしてほしい。
そして――
いずれ俺しか目に入らなくなったら、最高だ」
「!」

ニッと笑った顔は、今までの東郷とは似ても似つかなくて。ガラリと変わった雰囲気は、女子に見せられたもんじゃない。

だって「カッコイイ」で有名な東郷に、可愛い一面があるなんて。そんなギャップ、女子にとってカッコウの餌だろ。

「今までのイメージが崩れるから、その顔は封印したら?」
「どの顔?」
「その顔!」

その後。
朝からコーヒー牛乳を飲むとお腹が痛くなるから、次からナシで。とか。

明日には直ってる食堂のことはスッカリ忘れ、互いの食事情を披露し合った。おかげで、遅刻ギリギリ。やっぱり部屋で食べると、のんびりしてダメだな。

って、思っているのに。

「東郷、夜は俺がごはん買うから」
「ふふ、楽しみにしてるね」

今夜も食堂が直っていませんようにって。
東郷の笑顔を見ていたら、そう思ってしまった。