「へいっ! パスパース!」
男子高校生のやる気を引き出すクラス対抗の合同体育。
昼休み明けの体育ということもあって、体力と気力がありあまった男たちがバスケットボールを中心にコートを走り回っている。
その中で、ひときわ大きな声を出し走り回っている幼馴染のこーを目で追う。
「あ、辻村じゃん」
そう言って軽い調子で声をかけてきたのは、こーとよく一緒にいる田中だ。動きやすくするためか、痛んだ金髪をハーフアップにまとめている。
「田中くん、どうも」
軽く頭を下げ、社交辞令でにこりと笑って応えると、田中は苦い薬でも飲んだみたいに、微妙な顔をした。
「いや、俺、お前の本性わかってるから、別に猫被んなくていいぞ」
「本性? いやだな、TPO、時と場合に応じているだけだよ」
「さいですか」
スナギツネみたいな顔をした田中は「はぁ」とあからさまなため息をつくとどかりと床に腰を下ろした。
失礼な男だが、あけすけのない性格で、真面目で真っ直ぐな性格なこーは気が合うようで、よく一緒にいる。学校生活の話題になると、こーが話すそのほとんどに田中が登場するぐらいだ。正直、面白くないけれど。
「おわっ寒気が…」
こーがいつも楽しそうなので、許容している。
「季節の変わり目だからね」
僕がそう言うと、腕をさすっていた田中はその手を止めた。
「ニコニコの好青年顔で、真逆なこと考えてるだろ」
「どういうこと?」
「ほんと、いい性格しているわ。こたはお前のこと”心も性格も出来たイケメン好青年だ”なんてベタ褒めしているけど、こた本人の方が俺は好感度高いけどな」
「こーについて同意だね。ほんと、真っ直ぐすぎて困るよ」
田中と会話をするけれど、僕の意識は常にこーが中心だ。
比較的校則がゆるい学校なので、奇抜な色味でなければある程度の髪色を遊ぶことが可能だ。
でもこーは根が真面目なところもあって髪の毛は染めていない。それでも元気が滲み出る、陽に焼けた黒髪。本人も気にしているけど、平均身長より少し低い小柄な体型に見合わないパワフルさ。
こーは「平凡だ」「地味だ」と嘆くけど、周りを巻き込む不思議な引力がこーにはあると思っている。
なぜなら僕自身がその引力に惹かれた1人だからだ。小さい頃に出会った瞬間、くったくなく笑って手を差し伸べてくれたこー。
僕はあの瞬間から、細田 虎太朗という人間にとてつもなく魅了されている。
「犬というか、ウサギというか、楽しそうに飛び跳ねるよなー」
田中の意見には同意だが、田中と同じというのなんだか微妙な気持ちになるので、言葉にはしない。
ボールが弾む音とシューズが床に擦れる音が激しくなるが、その中心にはこーがいる。
「たまにアホなことしてるけど、こたって意外と運動神経いいよな」
「意外とじゃないけどね」
「話のコシ折るなよ。幼馴染の辻村からすれば、そうだろうけど。俺らみたいなこの学校ではじめましての奴らからすると違うって話じゃん。変なところで対抗意識?出すなよ…」
「大事なこーを軽んじられるのはイヤだからつい、ね」
こーに評判の笑顔を向ければ「こわっ」と顔を引きつらせた田中。
こういう風に感情を直脳的に出す人間は嫌いじゃない。たぶん、こーも。だから田中と一緒にいるんだろうと察することができる。
「ありがとう」
「ほめてねぇし」
田中が疲れたように息を吐くと同時に、コートでワッと声が湧き上がった。
「ナイッショットー」
「イエ~~!」
「フゥー! やるじゃん、細田ー!」
視線をコートに向けると、様々な声をかけられクラスメイトにもみくちゃにされているこーが目に入った。
「だー! やめろって」
こーはもみくちゃにする手を振り払うように体をひねり、口先では嫌がる言葉を吐く。しかし、口元の緩んだ表情を見ればそれは照れ隠しだとわかる。
周囲もそれがわかっているから、こーに伸ばされる手は減らない。
「よーし、細田に続いてポイントとるぞー」
「おー!」
「やるぞー!」
ひとしきりこーをいじり倒して満足したらしく、誰かの掛け声に、各々に声を出してポジショニングする。
それは一致団結の微笑ましい光景と言えるけど、僕の心の中にはどろりとした感情が生まれる。