「こー。お昼食べよ」

 昼休みになって数分と経たずしてやってくる玲。いくら隣のクラスとは言え、早過ぎやしないか。

「玲。いちいち迎えに来るなよ」

 玲の顔を見ると、どうしてもモヤモヤとした気持ちが膨れ上がってしまって、素っ気ないチクチク対応をしてしまう。あながち田中の指摘する反抗期も大きく間違ってはいないのかもしれない。

「でも、こーは僕が来ないと、どっか寄り道してすぐ会えないじゃん」
「寄り道って…あーのーなー」

 子供じゃないんだから、と言うおうとして口を開いたけど音にすることはできなかった。

「どうしても、ダメ?」

 こてりと顔を傾け、俺の顔を覗き込む玲。
 ここ数年、身体はでかく、顔だって全然可愛くなくなったって言うのに。オレは玲のこの伺うような表情に弱いのだ。くそ、本当に顔がいい。守ってやりたいと思って大切にしてきた存在。だからなのか、この顔は10年経った現在(いま)も見慣れない。
 同時にオレの体からモヤモヤと膨れあがったモノがプシューと気の抜けた音を出しながらなくなっていく。

「・・・ダメじゃ、ないけど」
「よかった」

 ふっと笑う玲は、オレより大人みたいな顔をする。それが…ちょっと悔しいと思う。






聡子(さとこ)ママのお弁当、美味しいね」

 オレ達がお昼を一緒に食べる理由。
 それは同じ高校に進学したことによって、母親同士はお互いのタイパとしてお弁当は週替わり制で息子2人分を作ることにしたからだ。

「マジで他人(ひと)()の母親を下の名前で呼ぶの、他の(いえ)ではやるなよ」
「へ? なんで?」

 小さい頃はうまく扱えなかったお箸も、いまやお手のもの。もぐもぐとおかずに食べる玲。
 玲の顔からするとミスマッチになりそうな雰囲気もあるが、なんだかんだ絵になるから不思議である。やはり顔面偏差値が高いイケメンだからか。

「はぁ。散々、勘違いされてきただろうが…」

 それにしても危機管理が甘いのではないか?
 ほら、やっぱり玲はまだ目が離せない。しっかりしているのにどこか抜けている、玲は意外と手が掛かる人間なのだ。
 それなのに…玲は独り立ちしようとするのだから心配だ。もしかしたらオレではなく、玲こそ、静かなる反抗期を迎えているのではないだろうか。
 そうだよ、なんで気づかなかったんだ。その反抗期に振り回されている(オレ)ということなんじゃ…そりゃ、オレの心もモヤモヤするはずだよな。うんうん。

 ひとつの答えが出ると、バラバラだったパズルのピースが埋まっていく感覚が出てきて、オレの気持ちも自然と浮上してくる。

「そっか、わかったよ。でも、こーのママはいいの?」
「お前が言ってもやめてないからだろ。諦めた。それにいまさらオレたちの仲をどうこう言うやつは、さすがにもういないだろうし」
「そうだね、いないね」

 玲はオレに注意されているというのに、鼻歌でも歌い出しそうなぐらい、なんだか嬉しそうな明るい声を出す。本当はちゃんと注意した方がいいのかもしれないけど。「まったく、仕方がないな」と思ってしまうオレは甘いのかもしれない。

「よし、今日は特別にレンコンハンバーグをやろう」
「特別って、こーがレンコン食べたくないだけでしょ?」

 食事を再開した玲がごくりと口の中に入っていたご飯を飲み込むと、クスクスと声を立てて笑う。

「肉があるから食べれないこともないが、玲にあげるんだから特別だろ?」

 そう。食べれないことはないが、できれば食べたくない。煮ても焼いても、シャリッとした味気ない感じの食感が好きになれない。でも他の具材や味付けがされているときは食べているのだから、むしろ褒めてほしいところだ。
 実際に今回のレンコン料理はミニハンバーグと合体しているお弁当用おかずだ。ちょっと豪勢になっているし、身体が大きくなった玲には栄養が必要だろう。
 それに、レンコンだって美味しく食べてくれる人間が食べてくれた方が嬉しいに決まっている。

「ははっ、変な理由」
「うるさいな。食べるのか、食べないのか、どっちにするんだ」
「食べるよ。あーん」

 雛鳥のように口をぱかりと開ける玲。
 こういう甘えたがりなところは変わらないなと、今度はオレが笑う番だ。

「まったく。ほら、あーん」

 身体が大きくなっても、いつまで経ってもオレの中に残る玲は、小さくてすぐ物陰に隠れてしまうような守ってあげたい存在なのだから。

「うまいだろ?」
「うん、すごく美味しい」

 もぐもぐと口を動かして食べた玲は、言葉通り、本当に満足そうに笑った。