「はよー」
「はよ。お前ら、本当に仲がいいなー」

 教室に入った瞬間、ひときわ目立つ金髪を揺らして笑う田中に声をかけられる。

「そんなんじゃねぇよ」
「毎朝、辻村に引きずられるように登校しといて何言ってんだよー」

 すぐさま否定するが、変えることができない事実がオレの口をぐぅっと閉じさせる。
 同じ中学校だったオレたちは別々のクラスになったが、寝汚いオレを心配した玲は毎朝オレを起こしにきてくれる。そうなれば、一緒に登校するのは当たり前なわけで、仲がいいとか悪いとか関係ない。
 ただ引きずられるように…という言葉が付くと、なんだか釈然としないわけで。

「ふんっ」

 そんなオレを田中はケラケラと声を上げて笑うと、どかりと肩を組んできた。

「まぁまぁ、お前の気持ちも分かるぞー。あんなに目立つ幼馴染がいたら平凡なオレ達の存在は(かす)んでしまうものだ。これはもはや運命として受け入れるしかないのだよ、細田(ほそだ) 虎太朗(こたろう)くん」

 入学して数ヶ月。
 オレは幼馴染の辻村(つじむら) (れい)と言う人間という存在を嫌と言うほど、わからせられた。

 小さい頃の玲はそれはそれは可愛らしい美少年、いや美少女であった。
 玲の両親は国際結婚っていうやつで、父親が外国人で、母親が日本人のハーフ。幼い頃のオレが見間違うのも仕方がないと思う。
 そんな見た目の玲は、幼い頃は海外で暮らしていた。よくある話だが、いろいろ大人の事情で離婚した。そして、玲は母親に引き取られた日本に帰ってきたものの、当然、日本語がつたなかった。環境の変化も影響して、出会った頃の玲は物陰から顔をのぞかせる弱々しい生き物だった。
 マンションのお隣同士、同い年と言うことで、親たちが子供達の交流をもたせるのも必然で、当時一人っ子だったオレは自分より小さくて弱い存在に兄貴分になろうと思った。

 やっぱりと言うべきか、弱々しい見た目と言葉を言い返すことがない玲は、悪ガキどもの格好のターゲットとなった。
 そうしてオレは決意した「オレがまもってやる!」と。当時、空手も習っていたのことも幸いして、腕っ節には自信があった。

 玲もそんなオレに「ありがとう」と頬を染めながら、キラキラと眼差しをむけてくれていた。

 だから、別に、美少女だと思っていた玲が、美少年だったことは、まぁ・・・些細なことだ。うん、このことを消化するまでに時間はかかったけど。
 玲を女子だと間違ったことは揶揄(からか)われるネタになってしまうので、黒歴史…とは言わないが、絶対、周囲にはバレたくない。それだけ。ただオレは自分より弱い存在に手を出す奴らは大嫌いだし、それが家族とも言える存在の人間なら尚更、守ってやりたいと思ったことに違いないからだ。

 そうして、幼稚園、小学校と年数を重ねて、玲をいじめる奴は減っていった。
 その代わりに、美少女から美少年として成長していく玲にやっかむ奴らが出てきた。もちろん、そいつらを片っ端からオレはねじ伏せていった。
 けれど、玲はいつの間にかオレと同じ空手を習いはじめ、めきめきと腕を上げていった。最初は護身術程度かと思っていたけれど、誰よりも熱心に稽古に励み、自主練もするほどで、いつしかオレより小さかった玲はあっという間にオレの身長を超えた。
 そうやって玲を見上げるようになって、オレはなんとも言えないモヤモヤとした気持ちが生まれはじめた。

 親離れ子離れ。これは玲にとっていいことだと頭では理解している。
 玲がオレばかりに頼るようになってはいけない。

 でも。でも。すこしばかり成長が早すぎるんじゃないか?

 高校に入学する頃には美少年から好青年(イケメン)となった幼馴染はモテた。
 なんせ、オレがここまで守ってきたのだから、見た目だけじゃない心も性格も素晴らしくできた人間なのである。全力で悪という悪から遠ざけたので…少々、純粋でキレイすぎるのではないかと心配になるくらいなのに…。

「こー。大丈夫だよ」

 そう、雲ひとつない青空のように笑うのだ。
 小学校、中学校までは見知った顔ばっかりだったけど、高校では知らない奴がどっと増える。幼い頃のように環境の変化に驚いたりしたりしないだろうか。そう心配していたオレがバカみたい思えるぐらい、玲は高校生活に順応していた。
 中学時代に玲の人気があり過ぎて女子同士で揉めごとがあったりしたので「高校は女子のいない男子校がいいな」と困ったように眉を下げた玲。オレはもちろん即答した「いいな! 男子校の方が気が(らく)そうだ」と全力で肯定した。
 それでも、きっと不安があるだろうと思ったのに…。

 玲だけが一歩も二歩も進んでいるように見えて、離れていっているように感じてしまうのだ。

「はぁー…」
「ジメジメした重いため息だな」
「うるせぇー」
「まっ! 反抗期かしら!?」

 どこぞのマダム気取りの茶番をはじめる田中。

「…そうですねー」
「んまぁ。そうなのね! でも、こたちゃんは考えるのは向いてないわよ」

 付き合うほどの体力が残ってないオレはテキトーに流すが、どうやらこの茶番を続けるらしい。…と言うか、待て待て待て。

「はぁ!? それって遠回しにオレのことディスってるだろ?」
「なんのことしかしらーオホホホ」
「ぐぬぬー」

 結局のところ、先生が来るまで田中の茶番に付き合ってしまったのだから、認めたくはないが、オレは深く考えることに向いていないのかもしれない。