すっかり肌寒くなり、コートを手放せない季節になった。

いつもの公園に着いた。

そこで私は、キャンパスを立てかけてデッサンをするのが日課だ。

特に秋は、紅葉が綺麗で、一度描いてみたいと思っていた。

早朝に家を出てきたので、この公園には私しかいない。

朝比奈(あさひな)?」

聞き覚えのある声が私を呼んだ。

見ると、同じクラスの男子生徒だ。

(えっと…名前、なんだっけ?)

学校では友達もいないので、ろくに話さない私は、クラスメイト名前すら思い出せない。

「あれ?もしかして名前忘れたとか?滝野(たきの)。滝野(ひびき)だよ」

滝野…響……

思い出した。

いつもクラスの騒がしい人たちと一緒にいる人だ。

だから声に聞き覚えがあったのだ。

「なんで…私なんかに声かけたの?」

滝野くんは目を丸くした。

「なんでって、知ってる人がいたら話しかけるだろ」

知ってても話しかけない人もいると思うけど。

「てかこんな朝早く何してんの?」

滝野くんが近づいてきた。

「絵?あぁそうか。ここの景色描きにきたんだな」

滝野くんは、優しく目を細めた。

「ここの公園、秋になると紅葉が綺麗なんだよな。確かに描きたくなる」

それを聞いて、私も嬉しくなった。

「そう。そうなの!ずっと描いてみたくて…今日は早起きしてきたの!」

私が突然話し始めたので驚いたのだろう。

滝野くんはしばらく黙っていたが、やがて吹き出した。

「朝比奈って面白いんだな。学校でもそれくらい話せばいいのに」

そう言われて、ハッと我に返った。

「別に。一人の方が楽でいいし。絵だってたくさん描ける」

「そうなの?確か、美術コンクールで賞獲ってたよな?」

去年の夏のコンクールで私は金賞を取った。

「そんな前のこと、よく覚えてるね。ところで、滝野くんこそ、公園に何しにきたの?」

「俺?俺はただの散歩」

肌寒いのにわざわざ散歩をしにきたのか。私だったら絶対に無理だ。

「でも今日は運が良かったな。普段なかなか話せない朝比奈とも話せたし」

滝野くんはそう言って、本当に嬉しそうに笑った。

「って、俺が喋ってたら、絵描けなくなるよな」

「別に、平気」

私は、ポツリと言った。

「出来上がったら、その絵、みてもいいか?」

「え…?」

滝野くんは、思いもよらないことを言い出した。

「完成したら、見てみたい。朝比奈の絵」

人に自分の絵を見てみたいと言われたのは初めてだ。

「でも…」

「ダメか?」

ダメではない。嬉しいのだ。

「ダメじゃない。完成したら見せるから」

「本当?楽しみにしてる。じゃあ、またな!」

そう言って走り去ってしまった。

(変わった人だな)

私はそう思いながらも、ワクワクした気持ちで筆を持った。