「じゃあ、美坂。また明日」
「うん……。バイバイ」

 ――放課後の教室内。
 ぎこちない笑顔で石垣くんに手を振り返す。
 しかし、追いかけろと言わんばかりのクラスメイトの目線が背中に突き刺さる。
 うぐぐ……。
 私から告白したことまで噂になってるせいか圧が半端ない。
 でも、今日中に問題を解決しないと話は膨らんでいく一方に。


 プレッシャーを感じつつ、教室から出ていった彼と距離を置きながら追った。
 すぐに声をかけたら、また周りの人たちに冷やかされそうだから。

 でも、どうして自分だけがこんな目に……。
 いつ石垣くんに声をかけよう。
 校門を出てからの方がいいよね。
 生徒の目に触れない場所で声をかけたほうが被害は少ないかな。


 声をかけるタイミングや話の切り出し方など考えていると、彼は学校から徒歩2分のコンビニへ入る。
 雑誌コーナーで雑誌を手に取ったところを見計らって私も店内へ。
 いざ声をかけるとなると緊張する。
 なぜなら、アクションとアクシデントは常に隣り合わせだったから。

 気持ちを切り替えて彼の名前を呼ぼうと思った途端、その隣にいる黒い帽子で黒いTシャツの男が、肩からぶら下げているトートバッグに何かを突っ込んだところを目撃する。

 ままま……、万引き?!?!
 そう思ったのもつかの間、男は早足で出入り口付近に硬直している私の方へ向かってくる。
 アタフタしていると男は店外へ。
 私はすかさずその後を追うように店を出た。

 すると、男はすぐ脇に停めてある車に乗り込んでエンジンをかけて車を発車させる。
 私は店員を呼ぼうとして店に目を向けると、そのタイミングで石垣くんが自動ドアを通り抜けてきた。
 彼を追いかけて来たのがバレると思って隠れようとしたが、その後ろから店員がこっちへやって来る。
 その時、店員はてっきり犯人を捕まえると思っていた。
 しかし、向かった先は駐車場を歩いている石垣くんの方へ。
 そして、肩をがっしりと掴んで鬼の形相で声をかけた。

「君! 店の中でカバンに何かを入れなかったか?」
「……なんのことですか?」

 彼はきょとんとした表情で店員を見た。
 逆にそれが癪に障ったのか、店員の口調がワンランク上がる。
 
「会計をしていない商品をカバンに入れただろ。私はこの目で見たんだ!」
「そんなことしてませんよ」
「いいからカバンの中を見せなさい!」
「だから入れてないのに」
「確認するまで信じないからな」

 石垣くんは現況が掴めていない様子。
 それもそのはず。
 万引き犯の犯行を目撃していないのだから。
 しかし、店員は明らかに彼を疑っている。
 ボーッと眺めている暇はない。
 この疑いを晴らすのは自分しかいないのだから。

 私は拳を握りしめながら二人の目の前に立った。

「あのっ……!! 誤解してるようなので言いますけど、石垣くんは万引き犯じゃありません」

 突然間に割って入ったことで二人の目線を集める。
 だが、店員は眉を釣りあげたまま私に言った。

「君はこの男の知り合いかね」
「そうですけど……。私、店の中から一部始終見てたんです。万引きした人は車で逃走してしまってもうここにはいません」
「美坂……」
「とっ、とにかく! 石垣くんは万引き犯じゃありませんっ!! 私がこの目ではっきり見たので断言します!」

 真相を知って欲しくて声のボリュームが右肩上がりに。
 しかし、オーナーは腕組みしたままふんと鼻を鳴らす。

「それは本当かな。店の防犯カメラを見るまでは信じられない」
「じゃ、じゃあ、一緒に防犯カメラの映像を見ましょう」
「いいだろう。二人とも店のバックヤードに来なさい」

 それから私たち三人でバックヤードに行き、防犯カメラの映像を巻き戻して先ほどの状況を確認する。
 そこに万引き犯の犯行はバッチリと記録されていた。
 彼の無罪は証明されたが、店員は間違いを認めたくないのか仏頂面に。

「ゴホン……。君が犯人じゃないということがわかった。……もう帰りなさい」

 店員はそれだけを伝えると、速やかに席を立って店内へ向かった。
 その背中を見た途端、もやもやとした感情が体中を循環していく。

 犯人が判明したから解決……で終わりじゃない。
 見間違えでこれだけの騒ぎを起こしたのだから、私はもうひとことを待っていた。

「待ってください!」
「……まだなにか?」

 店員はギロリとした眼差しを向けてきたが、私は怖じけずに続けた。

「彼に謝ってください」
「どうして私が?」
「元はと言えば、あなたが見間違えたんですよね。だったら、『ごめんなさい』のひとことがあってもいいんじゃないですか?」
「美坂、いいよ……。ビデオで無実が証明されたんだから」

 石垣くんは間に入るが、気が収まらない私は首を横に振る。

「よくない! ちゃんと謝ってもらわないと、石垣くんの悪い記憶として残っちゃうよ」
「別に大した記憶じゃないし、いいって」
「こーゆーことはハッキリさせなきゃダメ! 悪いことをしてないんだから謝ってもらうべきだよ!」

 彼の腕を掴みながらそう言うと、店員はゴホンと咳払いした後に小さな声で「すまなかった」と言って店内へ戻って行った。

 あの言いっぷりだと、納得してない様子。
 正直こっちが腑に落ちない。
 そのせいもあってもやもやした感情だけが爆弾のように残される。


 私たち二人はコンビニの自動ドアを出た。
 口を尖らせたまま俯いていると、彼は背中を向けたままボソッと呟く。

「……俺にはやっぱり美坂しかいないかも」
「えっ、いまなんて? 声が小さかったからよく聞こえなかった」

 振り返った彼は頬を赤く染めたまま言った。

「あのさ、もしかして俺のあとをつけてきたの?」
「あー……あっ、うん。ちょっと話をしたかったから。でも、まさかこんなアクシデントに見舞われるなんて……」

 交際を断ろうと思って尾行していたなんて言ったらさすがにまずいよな。
 なんて思いながら苦笑いしていると、彼は笑顔で私の髪をぐしゃぐしゃと撫でた。

「サンキュ!」
「えっ」
「やっぱり両想いってサイコー! お陰で最高な日になったわ」

 勘違いから始まった交際は、勘違いのまま一人歩きしていく。
 それどころか、自ら恋心に拍車をかけてしまったという。
 付き合ってることをこんなに喜ばれたら余計に真実が言いにくくなるじゃん。

「あっ、あのさ……」
「今日からは藍でいいよ」
「でも、いきなり呼び捨てなんて」
「恋人なんだから当然だろ。俺もいまから呼び捨てにするわ」
「……そ、その話なんだけどね」

 それでも今日中に誤解を解こうと思っていた。
 時間が経てば経つほど真実が言い難くなっているから。

 ところが、彼の笑顔を見ていたら喉の奥で言葉が詰まってしまい、あともうひと声が出ない。
 その間、彼はスラックスのポケットから緑色の筒型のパッケージに入ったラムネを取り出す。

「このラムネうまいよ」
「えっ」
「俺の好きなお菓子。食えば元気になるよ」
「別に元気がない訳じゃっ……」

 と、言いかけてる最中……。
 彼の指先から私の口の中へコロンとラムネが放り込まれる。
 その途端、まるでスイッチがオフになってしまったかのように思考が停止した。

「ね、うまいでしょ!」

 太陽のような微笑みに、喉の奥で詰まってた言葉は押し戻されていく。
 調子を崩されたのはこれで三回目。
 私が言いたいことは、ホワイトボードの文字を消すように簡単に消えていくという。