「阿鳥、この前の出荷分なんだけど計算しといたから」
「はい!」
「阿鳥、ドラちゃんのお風呂用ミルクの補充よろしく」
「はい!」
「阿鳥、おもちゃんとたどちゃんの身体洗ってね」
「は、はい!」
って、俺のまったりスローライフどこにいった!?
となるほど、忙しい日々を過ごしていた。
ミニモンスターたちの世話は思っていたよりも大変で、剛士さんからもらった肥料を機械を使って自作したりとやることもいっぱいだった。ちなみに、御崎は俺以上に忙しいので感謝しています。
「キュウキュウ~!」
「ぷいっにゅー」
土で汚れたおもちと田所の身体を庭で洗う。
冷たくて気持ちが良いらしく、二人とも嬉しそうに声をあげた。
「ん……? ぺろっ」
いや、土かと思ったらチョコレートだった。うまい。
「新ダンジョンの入場許可が下りたから予定通りいく?」
「ああ、そうしようか」
縁側でノートパソコンをカチカチと触っている御崎が、以前から探索委員会に頼んでいたメールを読み上げながら言ってくれた。
ミニグルメダンジョンの崩壊を防ぐ為に、これからは魔石を集めていく。
後は単純にお金を稼ぐ為だ。
「にしても、何度見てもこれは怖いよなあ」
『うわあああ、天井が崩れてエエエ、ああああああ』
二人を洗い終えたあと、インターネット掲示板のスレッドにあった動画、ダンジョンが崩壊していく動画を再生した。
俺と同じように庭にできたダンジョンが無残にも消えていく姿と、悲壮感たっぷりの撮影者が映っている。
ただ、うちはドラちゃんがいるので突然に、ということはないらしい。
雨流の姉からもらった魔石で当面は問題ないとのことだが、たまにチョコレート壁の流れが悪い時がある。
安全マージンはできるだけ確保しておきたい。
「そういえば雨流の姿最近見てないな」
「あーなんか大変なんだって、お姉ちゃんと揉めてるとか」
「なるほど……」
最近ネットで騒がれているが、佐藤さんも言っていたように姉と仲がよろしくないらしい。
ちらっと見た記事からすると犬猿の仲で、雨流の探索者の資格を取り上げようとしているとか。
魔石をもらったので会ってみたい気もするが、なんか怖いよなあ。
「まあ、雨流が家に来たらきたで騒がしいから落ち着いてていいか」
「キュウキュウ!」
そんなこと言わないの、とおもち。
はい、すいません。
まだ残っていた水分をバスタオルで拭いてやると、おもちと田所は喜んだ。
縁側に座って、ごろんと空を眺める。
「ふう、気持ちいいな」
ノートパソコンを置いて、御崎がもぐでんと横になって空を見上げた。
「そうね、ほんと気持ちいいわ」
ふと視線を向けると、御崎がこっちを見ていた。
なんだか、いつもより妖艶な目だ。
「ねえ、阿鳥」
思えば彼女とずっと一緒にいる。
会社を辞めたのも御崎が一つの理由だといっても過言ではない。
顔もスタイルも、モデルさんと同じくらい綺麗だ。
加えて頭も良いし、度胸もある。
……あれ? すごく良い?
そう思ってきたら、少し恥ずかしくなってきた。
御崎も、俺を見つめている。
うっとりしているような――。
「ねえ、朝ご飯まだ?」
前言撤回、気のせいでした。
◇
そびえたつ建物。
今までとは少し変わった丸い無機質で表面がツルツルしている。
「準備はいいか?」
「「「キュ、ぷい、はい」」」
俺たちは以前と同じように、入口の水晶に手を翳し、その中に入っていく。
「……とりあえず問題なしか、前とは雰囲気が全く違うな」
「そうね、凄く狭い……逃げ道がないってのは不安だわ」
第一層に到着。以前は草原だったが、ここはよくみる地下ダンジョンという感じだ。
レンガのようなものが壁に敷き詰められており、真っ黒い道と薄暗い灯。
ちなみにこのダンジョンはB級以上しか入れない。その分、魔物は強くなるが、アイテムとやらも入手できるらしい。
名前は『魅惑のダンジョン』だそうだ。
「久しぶりー! 懐かしい匂いだ―!」
同時に聞きなれない声が、頭の上から聞こえギョッとする。
誰かと思ったが、すぐに思い出す。
「友達いっぱいできるかなー!」
田所だ。
そういえばダンジョン内は魔力が満ちているので喋れるんだっけか。
「相変わらず元気だな」
「そうかなー!」
『田所が喋ってる!?』『久しぶりに聞いた』『こんな可愛い声だったんだ』
いつも通り御崎にお願いし、撮影をしてもらっている。
最近動画を見始めた人は田所の声にびっくりしているみたいだ。
まあでも普通はそうか。
「キュウキュウ」
「そうなんだー!」
その時、田所がおもちと話していることに気づいた。
「……田所、おもちの言葉がわかるのか?」
「わかるよー!」
何とも驚きだ。いや、そういえば普段から二人でジェソガをしたりしてるもんな。
待てよ、ということは……おもちの言葉を翻訳してくれるってことじゃないのか?
俺とおもちは意思疎通がある程度出来ている。
だがそれでも細かいことはわからない。
背中を掻いてと言われても、どの部分がいいとか強弱とかがわからないのだ。
いや結構わかってるか? と、今そんなことはどうでもいい。
俺はおもちに聞きたいことがあった。
ずっと、ずっと聞きたかったことだ。
誰もが一度は想像したことはあるだろう。
猫や犬、愛するペットに質問できるなら――と。
「田所、ちょっと耳を貸してくれ。いや、どこが耳だ?」
「ボクの体に口を突っ込んでくれたら周りに聞かれないですむよー!」
と言われたので、むにゅッと口だけ沈み込ませて、ヒソヒソ話。
『何してるんだ?』『窒息死しそう』『こういうゼリーのお菓子あったよね』
御崎が「何してるの?」と訊ねてきたが、どうしても今、今聞いておきたいんだ。
ダンジョンの中だと聞けなくなるかもしれないしな。
「――って、聞いてみてくれないか? 配信中だからこっそりな」
「はーい!」
田所はぴょんぴょん飛び跳ねると、おもちのところへ進んでいく。
こっそりと言ったのだが、大声で叫びはじめた
「おもちっち! ご主人様がー! 俺と一緒にいて幸せかーって聞いてるー!」
「た、田所!?」
まさかだった。あまりの恥ずかしさに赤面してしまうが、おもちはが「キュウキュウ、キュウキュウ!」と叫んだ。
『寂しがり屋かよw』『でも確かに聞いてみたい質問の一つだよね』『ごくり……』
俺は不安だった。おもちに無理をさせていないか、こんなダンジョンに連れて来て戦わせて嫌じゃないか。
固唾を飲んで待っていると、田所が――。
「すっごく幸せで、毎日が楽しいよって、ご主人様!」
その瞬間、俺は――。
『アトリどうした』『おや、目から涙が……』『顔をそっぽむけた』『よしよし』
『なんか目から零れてる』『泣いた』『私もペットに聞いてみたい』『いい質問だ』
「ほんと、昔から心配しすぎなんだから」
「キュウキュウ」
とんっと肩を俺の肩を叩く御崎。
おもちも寄り添ってきてくれた。
「ありがとうみんな。……よしいくぞ! 油断するなよ」
そして俺たちは突き進んでいく。
「あ! ご主人様、最近、うどんちょっと茹で過ぎだから気を付けてほしいだって」
「……ハイ、わかりました」
苦しい、苦しい、苦しい――。
心のどこかに隙間があった。
この面子なら何とかなるだろうと。
だが、そんなことはなかった。
薄れゆく意識の中で、俺は後悔していた――。
◇
一時間前――。
「ピイイイイイイ!」
おもちの炎のブレスが、スパイダービーツと呼ばれるどでかいクモを焼き払った。
『一撃粉砕!』『強すぎる』『蹂躙火山《じゅうりんかざん》』『最・強!』
クモは一撃で絶命し、御崎は嬉しそうに魔石を取り出す。
「大量、大量、おもちゃん強いねえ」
「キュウキュウ」
「いや、強すぎだろ……」
ここは既に十層、わかっていたことだが、ほとんどの魔物は相手にならない。
おもちのブレスで一撃か、田所の体当たり、もしくは田所ソードで一撃粉砕だ。
「強いねー! 簡単だー!」
「まあ、簡単……だな」
しかし心配は拭えなかった。
苦労をしないということは、何かあった時にどうしても油断してしまうからだ。
命は一つしかない。油断はできな――。
「ピイイイイイイイイ!」
あ、また二体死んだ。
『進め進め―』『倒せ倒せー』『最下層までいっちまえー』
うーん、やっぱり簡単か……?
そして御崎は小さな鞄を持っている。
ポイポイ魔石をいれていくが、これは大和会社から譲ってもらった”魔法袋《アイテムバック》”だ。
とあるダンジョン産のもので、中に魔力が埋め込まれている。。
通常の鞄よりも多く荷物が入るので、魔石や荷物を入れておけるのだ。
といっても、最近の御崎は普段から愛用しているが。
「ねえアトリ、これって」
魔石を拾っていた御崎が、目の前の何かに気づく。
前にに目を向けると、螺旋階段があった。覗き込むと下へと続く道だ。
底は暗くて見えない。
「これはやばそうだな……」
『暗すぎて怖いな』『物を落として確認は?』『確かにありあり』
視聴者さんのアイディア通りに石を落としてみると、少ししてからコンっと音が聞こえた。
どうやら思ったよりは浅いらしい。
「どうする?」
「魔石の集まりはどうだ?」
「数は多いけど、大きさはそれほどでもないかも。ドラちゃんが言っていた感じだと、少し大きいのがあれば……」
「そうだよな……」
ここへ来たのはミニグルメダンジョンを安定させるためだ。
ちなみにB級以上のダンジョン入場は政府が仕切っているので、入場にそれほど安くない金額もかかっている。
相談した結果、もう少し進もうとなった。
もちろん気を付けた上で。
「俺が先頭、おもちは上から様子を見ながら異変が起きたら教えてくれ。田所は御崎の頭の上で、何かあったら擬態で臨機応変に頼む。それで、御崎は最後だ」
「わかった。気を付けてね、阿鳥」
「ああ、楽しいダンジョン配信だからな。ピンチは誰も望んでないだろ」
覚悟を決めて、階段をゆっくり下って行く。
どこからか水の音が聞こえている。
足音は響いているが、魔物が現れる様子はない。
『緊張感があるw』『こええええ』『これぞダンジョンって感じだな』
視聴者のみんなも固唾を飲んでいるのか、コメントも普段より穏やかだ。
そして中盤に差し掛かった時、今まで歩いてきたはずの上から何か音が聞こえた。
ガコンガコンと、石がぶつかるような音だ。
「なんだ!?」
急いで上を見上げると、階段だったはずの段差が、綺麗に平らになっていっていく。
まるで滑り台のように滑らかに変化しているのだ。
「嘘でしょ……」
「おいっっっ! 走るぞ!」
恐怖から声を漏らしながらも、思い切り叫んだ。
『やべえええ逃げてくれえええ』『罠だったんだ、はやく!』『怖い怖い怖い』
同時に壁からおもちを狙っているかのような魔力の光が、壁から放たれている。
何かしら飛んでいるものに狙っているのだろう。
おもちはそのすべてを回避しているが、俺たちを見ている余裕がなく下降していく。
「クソ、これじゃ間に合わねえ――」
「きゃあああああああ」
やがて階段が全て滑り台のようになると、俺と御崎は抗う事もできずに転がっていく――。
「田所、御崎を頼んだぞ!」
「わかったー!!!」
「ちょっと、アトリどうするのよ――」
地面に槍でも刺さってたらアウトだが、少なくとも御崎は助かるだろう。
とはいえ、そんなことはあってほしくないが――!?
「水!? いや、川だ!」
次の瞬間、俺たちはドボンと水の中に入った。
身体が沈んでいくと同時に、流れが凄くて顔を出すのでやっとだ。
おもちはビームの光を避けるので精一杯だ。
「おもち、俺のことはいい! 御崎を見ててくれ!」
「キュウ……キュウウウウウウ!」
溺れかけた状態で御崎に目をやると、田所が浮き輪に擬態していた。だが波が早くて流されてしまう。
するとおもちが、俺の言う通りに御崎を田所ごと嘴で引っ張ろうとしている。
「頼んだぞ!!!」
「おもちゃん、アトリが!」
やがて流れに抗うことできなくなり、身体が沈んでいく。
「く……」
苦しい、苦しい、苦しい――。
油断していたわけではないが、心のどこかに隙間があった。
この面子なら何とかなるだろうと。
薄れゆく意識の中で――。
アナウンスが聞こえはじめた。
『耐性を確認、耐性を確認、条件が満たされました。新たなスキルを習得しますか?』
なんだ……くそ……はいに決まってんだろうが!
『承認。水耐性(弱)を習得しました』
くそ……なんだって?
『承認。水耐性(中)を習得しました』
何だ、身体が……。
『承認。水耐性(強)を習得しました』
息が……、楽に……。
『承認。水耐性(極)を習得しました。続けてスキルを習得することが可能です』
ああくそ、もうなんでもイエスだ!
『承認。水を”充水”することが可能になりました』
次の瞬間、俺の体に新たな魔力が宿っていくのを感じた。
赤いナニカと青いナニカが交わっていく。
そして――。
「ゴホゴホっ……ふう、なんだ、なんで生きてたんだ……」
長時間流され続けたあと、なんとか陸地に辿り着いた。
地下の空洞のような場所だが、かなり広い。
御崎の姿は当然ない。
だがおもちと田所が居れば……流石に大丈夫だろう。いや、そうであってくれ……。
少しだけ落ち着いたあと、頭に流れていたアナウンスを思い出す。
『水耐性(極)。水を”充水”』
……嘘だろ?
俺のスキルは炎耐性(極)だ。ありとあらゆる炎を無効化、だがそれが進化した……?
「ははっ……まだまだわからねえことばっかりだな」
思わず笑みを零した瞬間、ピチュンっと何かが飛んできた。
それは魔力が込められた鋭いビームのようなもので、咄嗟に回避したが、地面が鋭くえぐれている。
「なっ――!?」
ビームの方向、そこに目を向けると鱗が輝き、かぎづめが光る龍がそこにいた。
背びれが動くと、まるで水が跳ねるように鱗から水が弾け飛ぶ。
咄嗟に、神話のドラゴンを思い出した。
いや――水の龍、水龍か!
「ガウウウウウ」
「クソ、水って相性最悪じゃねえか……」
いや……ちょっと待てよ。
俺さっき、水耐性(極)を習得したんじゃなかったっけか?
「ガウウウウウ」
なぜ怒ってるかわからないが、水龍は獰猛な犬のように俺を睨んでいる。
もしかして、眠りを邪魔したとかそういうテンプレ?
「とりあえず落ち着いてく――」
鋭く放たれる水のビーム。
俺は咄嗟に身体を翻《ひるがえ》して回避した。
「落ち着けって!」
水耐性(極)を習得したというのが本当《マジ》なら無傷かもしれない。
でも、でもさ……地面凄く抉れてるんだよね。
試したいけどそれが即死レベルって怖くない!?
失敗したらお陀仏だよね!?
ということで、俺は攻撃を受けずに何とか逃げようor戦おうと考えていた。
「ガウウウウ」
うーんでも、逃げ道がない……。
いや、あるにはある。
奥に扉が見えるからだ。
普通に考えると、水龍を倒せばってことだろうけど……。
ピチュンっ――! ぬおおお!? どうやって倒すんだよ!?
「なあなあ、聞いてくれよ。俺はその扉から――」
「ピチュン!」
「だからさあ別に!」
「ピチュン!」
気づけば地面が穴だらけ。
小刻みに炎の充填を使って高速回避しているが、そろそろ切れるかもしれない。
となると、もう説得は無理か――。
「……いいぜ、だったらどっちが倒れるかまでやろうか」
そして俺は剣を持つ動作で拳を握った。
炎の充填を解放し――偽田所ソードを精製。
「ガウウウウ!」
「かっこいいだろ、これでも苦労したんだぜ」
おもちに協力してもらい、何度も炎の充填を繰り返して習得したのだ。
本物の田所ソードより威力は下がるが、単体で炎の剣を出す事に成功した。
防御一辺倒だった俺はもういない。
「さあて、二回戦だ」
「ガウッガウウウ!」
思い切り放たれる水のビーム。
一切の手加減なく俺の眉間を狙っているところは称賛に価する。
「けどなあ、もう逃げてばかりじゃねえぜ!」
水を思い切り弾き返すと、ジュッと炎に触れて気化しながら飛び散る。
水龍は少し驚いたかのように叫び声を上げると、背びれを動かして移動をはじめた。
体の周りに水辺のようなものが精製され、スピードをあげて動きだす。
「はっ、陸でも関係ないってか」
「ガウウウウウ!」
勢いよく突進してくるところを回避、離れ際に一太刀を浴びせた。
だが――、ジュッと音を立ててすぐに身体が元に戻って行く。
ダメージは与えられていない。
「なるほど、一筋縄ではいかねえんだな」
「ガウウウウ!」
再び放たれる水のビー、いや、水大砲だ。
とてつもなく大きな水玉が、俺の身体を覆うぐらい放ってきた。
咄嗟に剣を解除、身体全体を炎で覆うと、反対に俺が水を蒸発させた。
同時に、充填が切れたアナウンスが脳内に響く。
「あーあ……。いよいよ確かめる時が来たか」
水耐性(極)。
俺が水龍《コイツ》に勝つにはもうこれしかないだろう。
「とりあえず弱いのを一発頼む……な?」
だがそんな希望を聞いてくれるわけもなく、水竜は再び大きな水大砲を吹き飛ばしてきた。
水耐性(極)を向上させ――身体ごと受け止める。
「ぐ……うううううううう!?」
思わず目を瞑ってしまうほどの威力だったが――『水を”充水”しました』。
脳内に響いたアナウンスが、俺の勝利を知らせてくれた。
「ふう……賭けにかったぜ……」
水龍は目が飛び出るほど驚いていた。
なんかもう、いやめっちゃ驚いてる。子犬みたいだ。
「ガ、ガウ……?」
「さてさて」
スタスタと無防備に歩く。放たれるビーム。
「ガウウウ!」
『水を”充水”しました』
「ガウウウ!」
『水を”充水”しました』
まるで怯えた子犬のように後ずさり、壁に追いやられた水竜はガクガク体の水滴を震わせる。
「なんだ、怖いのか?」
近づくと表情がよくわかった。水龍は俺を倒そうと思ってたわけじゃない。
……怖かったんだ。
それもそうか。俺が突然ここに来たもんな。
「ごめんな、怖がらせて」
「ガウ……ガウ」
頭を撫でてやると、少し表情を綻ばせた。
すると――。
『水龍をテイムすることが可能ですが、どうしますか?』
「ガウウウ」
「なんだ、外に行きたいのか?」
身体を少しくねらせながら、頭をすりすり擦りつけてくる。
「うーん、でも、いいのか? 外に出たら陸地ばっかりだぞ?」
「ガウガウ」
すると体の周りに水を精製させた、ぴちゅぴちゅと音を立てて、空中に浮く。
ああ、そういえばそんなことが出来るのか。
「戻ってこれなくてもいいんだな?」
「ガウ!」
そして扉が開く。
「わかった。じゃあ、これからよろしくな」
「ガウウウ!」
なんと俺は水龍をテイムしたのだった――。
『ダンジョンボスを討伐《テイム》しました。現在ダンジョン内に存在するパーティーは強制帰還されます』
次の瞬間、いや扉を開けた瞬間、白い光に包まれたかと思いきや、視界が切り替わる。
「え?」
「外……え、阿鳥!?」
そこはダンジョンの外だった。
同じように御崎やおもち、田所、そしてダンジョンに潜っていたと思われる大勢の人たちが騒いでいた。
「ダンジョンボスを討伐《テイム》……?」
後ろにあったダンジョンがもの凄い音を響かせて崩壊していく。
誰もが振り返って、「だ、誰がやったんだ!?」「まじかよ!?」「どういうことだ!?」叫びはじめる。
だが、俺の周りには大きな、それはとてつもなき大きな水龍がふよふよしている。
「キュウ!?」
「ぷいにゅ!?」
「その竜……何? どうしたの!?」
おもち、田所(喋れなくなっている)、御崎が俺を見る。いや、俺ごと水竜を見る。
『生きてたのかアトリぃ!』『え、なに討伐って?』『水龍じゃんwwwwwwww』
『え、もしかしてテイムしたの?』『やばすぎでしょwww』『まじかよw』
配信はどうやら続いているみたいだ。
「え、ええと……そ、そうだ。――水龍ゲットだぜ!」
けれども、誰も突っ込んではくれませんでした。
「……あれ、違った?」
「ガウウウ?」
魅惑のダンジョンでボスを異例のテイム。
更にそれを行ったのは新人探索者でB級に上がったばかりの配信者。
そのことが瞬く間にネットで広がって、今や俺の動画の登録者数は、うなぎのぼりの鯉のぼり滝登りだった。
「がう?」
「はいはい、君もうどんね」
『これが噂の水 龍 か』『思ってたより柔らかそう?』『やっぱり青いんだね』『犬味ある』
せっかくなのでお披露目会の生配信中だ。
水龍はすっかり俺の家に馴染んだ。
ダンジョン内ではかなり大きかったのだが、今はなぜか縮んでトイプードルぐらいになっている。
それに伴ってか外見も幼くなって、今は幼水龍という感じだ。
といっても、水弾《すいだん》が撃てるのは確認済。威力は俺を狙っていたときと変わらないこともわかった。
後は、身体を纏っていた水がなくなって、青いふわふわの毛並みになっている。
これもよくわからない変化の一つだが、触り心地が良いので良し。
あくまでも仮説だが、ダンジョン内だと大きさが元に戻るのではなかろうかと思っている。
水を吸って大きくなるおもちゃがあったが、多分そんな感じ。多分。
「キュウキュウー」
「ぷいぷいーっ!」
ちなみにおもちと田所とも一瞬で仲良くなった。
三人でじゃれているところを見ていると、心がほわほわして癒される。
『仲良しこよしw』『マジで癒されるな』『飼い主にとって至福の時間』『最高だあ……』
「幸せだなあ……」
「ねえ阿鳥、こっち向いて」
「ん?」
振り返った瞬間、ピューと水鉄砲を顔に掛けられる。当然、顔面がびちょびちょになった。
「あれ? 水耐性(極)は?」
「……このくらいの水には効かないように調節してます」
「そうなんだ。だったらこれは?」
そういうと、御崎は先ほどより十倍はでかい水鉄砲を取り出す。
『でかすぎww』『殺人が起きます』『首が吹っ飛ぶぞw』
コメントは嬉しそうだが、俺は嬉しくない。
「おいちょっと待て――」
「御崎、いきます!」
ドピュッンッ! と繰り出される水。
流石にこれは痛そうなので水耐性(極)を一瞬で発動させた。
『水を少しばかり”充水”しました』
「すごい! 水が消えた!」
「「すごい! 水が消えた!」 じゃねえよ! いきなりなにすんだ!」
「新しいスキルの確認をしておかないと」
「いやなんで今――」
と突っ込もうとしたが、再び顔面に出射されたのであった。
『ひどいww』『手品ショーだ!』『全国の水不足は阿鳥のせい』
溺れた死ぬ寸前で覚えた水耐性(極)。
そのことを電話で佐藤さんに話してみたが、やはり原因は不明。
世界でも今まで複数のスキル持ちは確認されていないとのことだ。
うーん、よくわからないが喜べばいいか。
「水で死にかけたから耐性をゲットしたんだよね?」
「ああ、多分な」
「そうなんだ。だったら火……あ、いや、何でもない。……ごめんなさい」
御崎が何かを言いかけて止まった。おそらく気づいたのだろう。
そう、火耐性(極)の時もおなじだ。
「……御崎の想像通りだよ。火事で焼け死ぬと思った瞬間、頭にアナウンスが響いて、火耐性を覚えた。詳しいことはまあいいだろ」
「そう……ごめんなさい、嫌な事を思い出させて」
『主にそんな過去が』『辛いね』『悲しい』
御崎はいつも冗談を言うが、確信が迫ることになるとこうやって気を遣う。
まあ、そこが良いところなんだけどな。
「気にすんな。今はこうしてピンピンしてるから」
「はい……」
御崎が、めずらしくしゅんと俯く。
こうしてみると可愛いやつだ。いや、実際かなり綺麗だ。
暴力的なところもあるが、女の子らしいところもある。パッと出てこないが、多分あった気がする。
唇はプルプルだし、目もぱっちり二重、それでいてスタイルは抜群だ。
相棒として頼りにもなるし、仕事だって優秀。
後、料理も俺よりちょっとだけ上手い。
あれ……もしかして御崎って凄くいい……?
『御崎ちゃん、根はいい子だよね』『落ち込んでて可哀想』『よしよし』
落ち込んでしゃがみ込んだ御崎は、ゴソゴソと鞄から何かを取り出す。
ひげ剃りのような小さな機械だ。
……どこまで見たことがあるような。
それを水戸黄門のようにスっと見せてきた。
なぜかもう満面の笑みになっている。
「じゃあ、じゃあさ! 仲直りしたところでコレ試してみない?」
「……なんですかソレ」
「護身用のスタンガン」
「何に使うンデスカ?」
「火、水とくれば? ……ちくたくちくたく」
唐突のなぞなぞ。
一瞬で解答を得た俺はその場から逃げ出そうとして、首根っこを掴まれる。
「やめろおいバカ! 殺す気か!?」
「殺さないよ。実験、実験!」
『殺されるww』『実験開始ぃ!』『どうなるか俺たちが見届けてやる』
「それに死ぬ寸前までいかねえと耐性はつかねえんだよ!」
「そうなんだ……、だったら最強設定で一気に?」
「助けてくれ、おもち、田所、水龍!」
しかし誰も助けてはくれなかった。
キミたちボクがテイムしたんじゃないの!?
◇
「残念だなあ……」
寂し気な背中でスタンガンを鞄に戻す御崎。
前言撤回、やはり彼女は凄く良くないです。
『おもちゃで遊べなかった子供の図』『おもちゃ⇒阿鳥』『ちぇっ! 見たかったなあ!』
視聴者も期待していたらしいが、そんなことはさせません。
とはいえ、御崎が言っていることもあながち間違いではないのだろう。
雷耐性が付くかもしれないが、ミスって死んだらただの笑いものだし、別に必要に迫られているわけでもない。
今はこれでいい。”今は”
「ねえ、阿鳥を生き埋めにしたら土耐性がつくかな?」
『わろたw』『反省してなかったw』『頭まですっぽりスコップでいこう』
「マジでそろそろキレルヨ」
「怖いねえ、おもちゃーん」
「ぷいにゅっ」
よくそんなぽんぽんと殺人的な実験を思いつくなと感心。
目が覚めたら生き埋めなんてされてないだろうか……不安だ。
「おいで、おもち、水龍」
「キュウキュウ!」
「がう!」
そういえば、名前を付けてあげたい。
水龍だと呼びづらいし、もっと可愛いのがいい。
「ねえ、考えたんだけどさ」
「……なんだ」
「水龍ちゃんの名前、山だ――」
「却下です」
「まだ言ってないのに……」
田所の名前は気に入ってるが、流石に連続はちょっと嫌だ。
御崎《こいつ》、今度は近所のおばさんがとか言いそうだな。
『山まで見えた』『次は田だった気がする』『止めて正解だったかもしれない』
「すいりゅうか、ふむふむ」
「がう?」
触るとぷにぷにしていたり、ふわふわしていたり、ぐにゅとしているときもある。
よし……決めた!
「水龍、君の名前はグミだ! ――で、いいかな?」
「がうがう!」
「はは、気に入ったか」
こうして水龍こと、グミが、俺たちの仲間になったのだった。
『グミちゃんだー!』『可愛い名前、女の子かな?』『アトリの名前のセンスは好き』
「……ちょっと待てよ、もしかして」
そのとき、俺はひらめいた。
グミとおもちを風呂場まで連れて行く。
「グミ、ここに弱い水弾を撃つんだ」
「がう?」
「ゆっくりだぞ。威力は最低でな」
「がう……」
身体を持ち上げてあげると、口から水弾が発射された。
「よし、もう一度だ!」
「がう」
「もう一度!」
「がう……」
「よし……満タンだ。おもち、炎中和解除! 今だ!」
「キュウ……」
湯舟にドボンしてもらうと、ものの見事に沸騰し、お風呂が出来上がった。
なんと、〇円だ。
「すげえ、水道代ダダじゃん……」
「がう」
「キュウ」
しかしグミちゃんはこれのせいで阿鳥不振になってしまったのか、少しの間御崎にべったりだった。
あと、おもちも。
『*これは虐待です』『反省すべし』『家族を便利に使うんじゃない』『仲間だろお!?』
当然、炎上。
「……ごめんなさい。気を付けます」
あ、そういえば全然魔石ゲットできてねえじゃん……。
「多いな……」
御崎から頼まれた買い出しのメモを確認していると、思わず声が漏れた。
グミもすっかりうどん好きになったので、消費量が増えている。
なので、業務用スーパーでまとめ買いをしないといけないのだ。
「これ、持てるかな……」
俺の自転車《ベンツ》では限界の積載量かもしれない。
「キュウ?」
いくらおもちは空が飛べるとはいえ、俺を運んでくれるわけではない。
田所ロボットならなんとかなるが、今は御崎とお出かけなので留守だ。
「がううう!」
「どうしたグミ」
先日俺たちの愉快な仲間に加わったグミが吠えている。
水龍というよりはすっかり犬化しているが、どうやら背中に乗れということらしい。
「え、でも流石に無理じゃないか……?」
今現在、グミはトイプードルくらいの大きさしかない。
見た目は龍だが、ミニ龍なのだ。
健全な社会人男性《ほぼニート》が乗れば潰れるんじゃなかろうか。
「がうう!」
「ほんとか……?」
大丈夫、と言っている気がする。
おもちも心配そうに見つめているので、俺と同じ気持ちらしい。
「じゃ、じゃあ乗るぞ。いいな!?」
「がう!」
どんとこい、らしい。
おもちは羽根の隙間から覗いて身体を震わせている。
それ、見たいけど見たくないときにするやつ!
おそるおそるちょこんっと乗った瞬間、想像以上の安定感だった。
……そうか、大きさは小さくなったが、実際の体積は変わっていないのか。は
「がう!」
どうだ、と言わんばかりに胸を張る。
ちなみにグミの身体から少し水分が漏れ出ているので、おしりはびっちょり濡れている。
水耐性(極)を発動することもできるが、これはこれで気持ちがいいので良しとしよう。
「でもどうやって進むんだ?」
「がうがう!」
するとグミは――ほんのちょっと浮いた。
「すげえ……、凄いぞグミ!」
そういえば初めて戦った時も浮いていた。
なんだろうあれに似ている。緑の三連光のホバー移動みたいな感じだ。
それか遊園地のパンダ。
「よし、じゃあまずは業務用スーパーに行こう。いいのか?」
「がう!」
「キュウ!」
どうやらおもちもようやく安心してくれたらしい。
とはいえ、歩幅を考えるともの凄い時間がかかりそうだ。
のんびりいく――かああああああああああああああああああああ!?
「がううううううううううう」
「ちょ、ちょっと、は、はやすぎるんだがああああああああああああああああああああああ」
グミが気合を入れた瞬間、足元に浅い水辺が出現し、泳ぐように進んでいく。
それは自動で形成されていく水の地面のようで、パシャパシャと泳いでいる。
にしても早い、早すぎる。
「がうううううう」
「も、も、もっとゆっくりいいいいいいいいいいいい」
早すぎて呼吸ができない――。
「ママ、あれなにー? おじさんが小さい竜の上に乗ってるー」
「見ちゃダメ! あれは会社を辞めてテイムした魔物を乗り物にしている極悪ニートおじさんなんだから! ほら、お尻も濡れてるでしょ! きっとお漏らししているのよ!」
「はーい、ママー」
なんか通りすがりにとんでもないことを言われた気がする。
気のせいだったらいいんだが……。
◇
「うどんも買ったし、ネギもおっけーだな。――ん?」
無事にびちょびちょになりながらも業務用スーパーに到着。
必要なものを籠にポイポイいれていると、グミとおもちがお菓子コーナーを見ていた。
「がうう」
「キュウ」
どうやら何か欲しい物があるらしい。
基本的にいつも健康重視の食事なので、余計なカロリーは抑えている。
まあでもたまにはいいか。
「どうした、何がほしいんだ?」
「がう!」
「キュウ!」
するとグミが指を差したのは《実際には見てるだけ》、『練って美味しい、こねこねこーね』だった。
対象年齢は五歳以上、カラフルソーダ味だ。
うん、絶対作れないね。
「ダメです。これはグミには作れないよ」
「がう! がーう!」
これが! 欲しいの! みたいな感じで叫ぶグミ。
前に友達の子供と遊んだ時を思い出した。
絶対に食べられない超辛口キムチを強請られたのだが、そんな感じだ。
大人はは絶対買いたくないけど、子供は絶対欲しいみたいな。
「キュウ!」
隣にいたおもちは、普段は変えないようなお高いお菓子の詰め合わせに羽根を指した。
前は50円くらいの美味しい棒一本だったのに知能が成長している……。
「これは……高すぎないか?」
「キュウキュウ」
そんなことない、配信も頑張ってるし、みたいな顔してる。
うーん、確かにそうだな。そうだけど……。
「がう!」
「う、うーん?」
「キュウ!」
「うーん」
はあ、パパどうしよう!
◇
「なにこれ『練って美味しい、こねこねこーね』って誰の?」
「あ、ああそれグミの――」
「こんなのグーちゃんが作れるわけないじゃない! どうしてこんなの買ってきたの!?」
案の定、帰った瞬間に御崎ママに怒られてしまう。
いや僕もそう思うんだけどね、グミがね、いや、ほんとグミがね、と言うと怒られるので素直にごめんなさいした。
「それにこんな高いお菓子も……」
「それはおもちが――」
「お会計したのは阿鳥でしょ?」
「はい……」
横にふと目をやると、おもちとグミが隅っこの物陰に隠れて様子を伺っていた。
ズルいぞお前たち! それにグミ、馴染むの早すぎだゾ!
「次からは気を付けてね」
「はいお母さん」
「……なんて?」
「何でもないです」
ようやく怒りの矛が収まって少し離れた瞬間、グミとおもちが笑顔で駆け寄って来る。
君たち賢すぎないか?
「がうがう!」
「キュウ!」
「ボクの負けだよ……」
まあでも、可愛い子供《魔物》たちだ。
このくらいは許してやろう。
「がう……」
そしてやはりグミは『練って美味しい、こねこねこーね』を作ることが出来なかったので、俺が作ってあげることになった。
それとお高いお菓子だが、翌日、おもちが空けられない戸棚に封じ込められていた。
「これは来客用ね、おもちゃん」
「キュウ……」
御崎に説得されて涙ぐむおもち。
甘やかす方がいいのか、それとも厳しくするのがいいのか。
うーん、子育《まもの》って、難しいな……。
PS.わがままそうに見える田所《次男》が意外と一番駄々をこねません。
「ぷいにゅっ?」
「コニワトリさんの卵の質が良くなってきてまちゅ! おそらくだけど、ダンジョンが拡張したことで魔力が増えてきてるからではないでちょうか!」
「ありがとう、ただその分魔石が必要になるってことだね」
「でちゅ!」
ミニグルメダンジョン内、収穫物の質や量の確認をドラちゃんとしていた。
袋に入れていた魔石をゴソゴソと取り出し、ドラちゃんに手渡す。
「はい、どうぞ」
「いただきまちゅ!」
ゴツゴツと硬そうな赤い魔石を、ドラちゃんはバリバリと食べはじめる。
もうなんかすごい音だ。バリバリイイイイイって感じ。
「おいちいでちゅ~!」
「ははっ、口を切らないでくれよ」
これが魔石でダンジョンを安定させる一つの方法なのだ。
魔構築で壁に埋め込むパターンもあるが、ドラちゃんの魔力を向上させるほうが効率がいいらしい。
といっても思っていた以上に魔石の減りが早い。
グミがため込んでいた魔石もあったので確保できているが、肝心のダンジョンを制覇《テイム》してしまったせいで思ってた以上に稼げなかった。
ただ生産量は上がってきていて、ダンジョンの水路も川のように大きくなっている。
壁のチョコレートも味が増えて、ストロベリーとバナナ味も追加されていた。
「ペロペロ……んまっ」
「がうがう」
ちなみにグミちゃんのお気に入りは、カカオ薄めのバナナ濃いめのストロベリー少々だ。
なんかもう、スター〇ックスのカスタムみたいになってるな……。
「ふう、御崎はどこいった?」
「キュウキュウ」
「ぷいにゅっ!」
おもちと田所が、ダンジョンの入口を指さす。
指はないけど、なんかそんな感じだ。
お手洗いかな、と思っていたら、カツカツと歩いてくる足音が聞こえた。
なんか、いつもの音と違うような――。
「おかえ――……え?」
「あーくん……ぐすん……」
現れたのは、ピンクゴスロリータカチューチャパニエモリモリの雨流だった。
なぜか知らないが、目に涙を浮かべている。いや、泣いている。超号泣。
「ど、どうしたんだ? 佐藤さんは?」
「うぅ……うぇーん、あーくんー……!」
突然駆け寄って来て、俺に抱きしめダイブ。
あまりの強さに倒れ込んでしまうが、それでもお構いなく頭を擦りつけて雨流が号泣し続ける。
「お、おいどうしたんだよ!?」
「うぇーーーん」
そしてタイミング良く? 悪く? 御崎が戻ってきた。
「ちょ、ちょっと御崎なんとか――」
「え? セナちゃん? って、なんで抱き着いてるの!?」
「うぇーーーん、あーくん……」
「いや、こいつが!?」
「なんで泣いてるの? 一体阿鳥何したの!? 」
御崎は”動かして”あげるを発動。
力の手加減していないのか、あたり一帯が浮く。
「ぷいにゅ~♪」
「キュウキュウ♪」
「が、がう?」
おもち達は楽しいらしい。まるで無重力状態だ。
いや、アトラクションじゃねえよ!?
「ち、ちげえーって! なあ雨流、説明してくれ!」
「あーくんあああああああああああああ」
結局、俺たち全員は長い間空中に浮いた。
モンスターたちは大喜び、俺は困惑、雨流は号泣。
状況の説明に随分と時間がかかったのだった。
◇
「はいセナちゃん、ストロベリーチョコレートで作ったお菓子よ」
「わわ、ありがとう!」
ようやく雨流が落ち着いた所で自宅に戻って、御崎が新開発中のお菓子を差し出した。
ちなみに価格は350円(税抜き)で出す予定。
「すごい美味しい……」
「ふふふ、良かったわ」
こう見えて御崎はお菓子作りが上手だ。メイクもばっちりだが、いかんせん言動がおじさんぽ――。
いや、今はそんなことはどうでもいいか。
「それで、なんで泣いてたんだ?」
「えっと……お姉ちゃんが……」
お姉ちゃんと言う単語に一瞬疑問が浮かんだが、雨流の姉のことか。
名前は確か、雨流・ミリア・メルエット。
佐藤さんに聞いたことはあるが、ネットでもチラっと見たことがある。
仲が悪いって話だが……。
「喧嘩したのか?」
雨流は、首をブルブルと横に振る。
「喧嘩なんてそんな優しいもんじゃない。私を――殺すつもりなの」
その瞬間、戦慄が走った。
殺す? 姉妹で? そんなわけ……いや、でも雨流の強さは重々承知している。
大人しかいない窃盗団に対しても負けるわけがないと豪語した雨流だ。
それが泣くほど怯えるなんて……どんな姉だ?
思わず御崎と顔を見合わせる。どうやら同じ気持ちのようだ。
「ヴィルさんはどうしてるの? 殺すなんて流石に止めるでしょう?」
「佐藤は雨流家の執事だから、私の味方になってくれているけど……お姉ちゃんには……勝てない」
あの佐藤さんですら勝てない姉ってどんな化物《モンスター》だよ!?
死のダンジョンで返り血一つないんだぞ……。
「怖い……」
だが雨流は震えている。色々聞きたいことはあるが、それは後でいいだろう。
彼女は怖くて逃げだしてきた。頼れるのは俺たちしかいないのだ。
「まあ、事情はわかった。とりあえず風呂に入ってこい」
「え? お風呂って」
「さっきダンジョンで服が随分と汚れただろ。今日はここに泊まってけよ」
「……いいの?」
「その代わり、おもちや田所、グミと遊んでやってくれよ」
御崎が微笑んでいる。雨流は、グミと初めての挨拶をしてから、おいでおいでと呼んだ。
頭をなでなですると、グミも嬉しそうな声を出す。
「グミ可愛い……本当にありがとう」
「ただし、佐藤さんには連絡させてもらうぜ。誘拐犯にはなりたくないからな」
「わかった。あーくん、大好き!」
突然嬉しそうに駆け寄り、再び抱きしめられる俺。
御崎が「ずるい……」みたい顔をしている。
まあ今は存分に撫でてあげることにしよう。
「よしよし」
こうして俺は、家出少女を匿うことになったのだった。
「それじゃあセナちゃん行こっか?」
「はい!」
ようやく落ち着いた雨流は、御崎とおててを繋いで風呂へ。
グミと田所も一緒だ。
ただ人数の限界があったので、おもちと俺はお留守番。
寂しそうに羽根を揺らしているので声をかける。
「おもち、後で一緒に入ろうな」
「キュウキュウ!」
ちなみにおもちは背中の部分を撫でると喜ぶ。
そこが気持ちいいみたいで、おしりをフリフリするのだ。
今度、ショート動画ってのも撮影しようと思っている。
「しかし雨流の姉か……」
雨流が風呂から上がったら、姉のことを聞いてみることにしよう。
今までプライベートだからと遠慮していたが、こうなるとそうもいかないだろう。
でも……殺すなんて……流石に姉妹でありえないよ……な。
「あ、佐藤さんに連絡しておかないと」
スマホを取り出して電話を掛けようと思ったが、手が止まる。
佐藤さんが姉に伝えたら、すぐこの家まで来るんじゃないのか?
雨流家の執事なのでどっちかに肩入れするとは考えにくいが、立場的には姉のほうが上だろう。
やっぱりやめておくか? でも……。
未成年を匿うことは法律上誘拐になってしまう
佐藤さんとは顔見知りなのでそこまでのことはされないと思うが、実の姉が気付いた場合……どうなるのかはわからない。
そのとき――入口からもの凄い魔力を感じた。
「キュウ!」
そしておもちが俺よりも早く反応し、開けてあった窓から外に飛び出す。
おそらく御崎や雨流も気づいただろう。
大声で家から出るなよと叫んで、おもちの後を追った。
外に出ると、そこには何度か見たことのあるリムジンが停車していた。
雨流家の――車だ。
おもちは一歩引いて警戒していた。
羽根を広げ、威嚇しているようだ。
長い付き合いの俺でも、こんなおもちの姿を見るのは初めてだ。
「ピイイイイイイ」
「落ち着け、おもち大丈夫だ」
そう、ただ魔力が溢れているだけなのだ。
ただ間違いないないのは、あの中に雨流に匹敵するほどの魔力を持つ誰かがいるということ。
……まあでも、心当たりは一つしかないが。
そして運転席から出てきたのは、佐藤さんだった。
もしやと思ったが、どうやら魔力は助手席から溢れ出ている。
思わず声を掛けようと思ったが、佐藤さんは助手席側に移動して扉を開く。
次の瞬間、ドアの隙間から足が見えたかと思えば、綺麗な女性が現れた。
「ありがとう、佐藤」
「いえ、どういたしまして」
恭しいその態度から、佐藤さんはこっちの味方ではないように思えた。
チャイナドレスのような黒服、両足の側面はスリット。
髪色は雨流とおなじ金色で、目鼻立ちがキリっと、顔は雨流が成長した感じだ。――間違いない姉だろう。
ただ、こんな時にいうもんじゃないがとてもやらしい。――いや、セクシーだ。
「……あなたが、山城阿鳥?」
鋭い目をしている。
身にまとう魔力は雨流と同じか――それ以上。
「ああそうだ。お前は雨流の姉、ミリアか?」
「あら、知ってるの?」
「キュウ!」
おもちの声を聞いた途端、雨流姉は目を見開いて驚いた様子を見せた。
「驚いた……本当にもっちゃんにそっくりなのね」
もっちゃんとは、雨流が前に飼っていたというペット魔物だ。
本人も言っていたが、姉も驚くということは、やはりそんなに似ているのだろうか。
「あら、ごめんなさい。そんなことを言いに来たんじゃないのよ」
「どうしてここに来た? 何が目的だ?」
ここに雨流がいることはまだ知らないはずだ。
もしかしたら佐藤さんに聞いて、ここにいるかもと思っているのかもしれない。
ここまで来たら嘘をついててでも雨流を守りたい。
おもちも警戒している、何かあったら俺が前に出なくては。
「セナを連れ戻しにきたのよ、ここにいるのわかっているわ」
返ってきた答えは最悪だった。
どうしてかはわからないが、漲る魔力が冗談ではないことを主張している。
連れ戻しになんて言葉を使ってるが……実際はどうだろうな。
下手に嘘をつくより、虚実を混ぜてみるか。
「確かにいたがもう帰ったぜ」
「バカにしないでちょうだい、私は姉よ? セナの魔力ぐらい感じ取れるわ」
……ダメか。
ここまで来るぐらいだ。やはり確信があったのだろう。
油断はせず、静かに身体に魔力を漲らせる。
しかし驚いたことに次に口を開いたのは、佐藤さんだった。
「山城様、どうかお願いします。争ってほしくないのです」
「佐藤さん……見損なったぞ。あんたは雨流の味方だ思っていたがな」
「すみません。これは仕方のないことなのです」
とはいえ、雨流家に仕える執事なら当然か。
そうなるとやかなり分が悪い。
佐藤さんはS級探索者だ。雨流姉がどの程度なのかはわからないが、魔力は申し分ない。
――覚悟を決めるか。
「おもち、先に仕掛けるぞ」
「キュウ!」
二人で戦闘態勢を取ったのだが――。
「お姉ちゃん、どうしてここが……」
そのとき、風呂上りの雨流(妹)が現れた。
驚いた表情だ。御崎が後ろから追いかけてきて守ろうと前に出る。
おそらく制止を振り切ってきたのだろう。
「帰るわよ、セナ」
「嫌……」
「人様に迷惑かけたらいけないっていってるでしょ」
「かけてないもん!」
「……何度も言わせないで」
「かけてないったらかけてないもん!」
やはり関係性は最悪らしい。佐藤さんも頭を抱えている。
理由はわからないが、よっぽどのことがあったのだろう。
血縁関係であれば、相続問題なんてその代表だ。
庭にダンジョンが出来て権利のことで家族が揉めた、なんて話もある。
泥臭い話は苦手だが、何としても雨流は守ってあげたい。
「かけてないっていってるでしょ! お姉ちゃんのバーカ!」
「なんですって!? バカっていうほうがバカよ!」
……ん? なんか、様子がおかしいな。いや、気のせいか。
二人は姉妹だ。それで砕けた口調になっているだけだ。
きっとそうだ。
いや、そうであってほしい
「だってお姉ちゃんが悪いんだもん! 私が楽しみにしてたプリン食べたんだから!」
「あなたが名前書いてないからでしょ! 前から何度も言ってるのに!」
……はい? プリン?
「だってマジックがなかったんだもん!」
「あなただってこの前私の苺を食べた――」
マジック……。イチゴ……。
それからも二人は同じような言い合いをはじめた。
佐藤さんに顔を向けると、やれやれという表情を浮かべている。
次第に姉妹の言い合いはヒートアップ。
だが俺たちは比例してテンションダウン。
「ねえ阿鳥、家の中に戻らない?」
「そうだな御崎、おもち、戻ろっか。風呂入ろうぜ」
「キュウキュウ」
「すみません、私も中で待たせてもらうことはできますか? こうなると長いんですよね」
「ああ、佐藤さんどうぞ。良かったら温かいお茶でも出そうか」
「ありがたく頂戴します」
そういえば佐藤さん、二人は犬猿の仲って言ったとき、複雑な顔してたもんな。
執事の立場なら何とも言えないし、そりゃこうなるよな……。
「それを言うならお姉ちゃんだって私のアニメ消したじゃん!」
「な……あんただって私の一番楽しみにしてたドラマを!」
「大変お見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ないいいいいいいいいい!」
俺とおもちが風呂から上がった後、ミリアが日本の伝統的な謝罪と何かを掛け合わせたスライディング土下座をしてきた。
流石に慌てて顔を上げさせるが、雨流《妹》は後ろで頭にどでかいタンコブを抑えている。
間違いなく怒られたんだろうが、何だかんだで仲良いのだろう。
とはいえ、姉妹喧嘩に巻き込まれるのは勘弁してもらいたい。
後、佐藤さんが可哀想。
「まあまあ、別に俺たちはそこまで思ってないよ。すげえつまんねえことで喧嘩してたなって思ったくらいだよ」
「は、はい! 度々申し訳ございません!」
しかし再び頭をガンガン打ち付けるような勢いで土下座するミリア。
隣で申し訳なさそうにする雨流。
なぜか俺が悪いみたいな顔をする御崎。目を瞑って一連のやり取りを真摯に受け止めている佐藤さん。
何この状況!?
「キュウ?」
それから少し話してみたが、ミリアは想像以上に常識人だった。
ネットではヤバイと騒がれていたが、どうみてもそうは思えない。
やはりネットなんてあてにならないもんだ。
だが雨流を連れ戻しにきたのは本当だった。とはいえ、その本当の理由はプリンを食べたからではなかった。
「雨流が狙われてる?」
「最近、能力《スキル》を奪われたっていう事件が起きてるのよ。わかっていることは、そいつらが組織で動いてるとだけ。いくら強くてもセナはまだ子供だから」
能力を奪う組織……、それだけ聞いてもかなりやばそうだ。
いま俺がおもちをテイム出来ているのは、炎耐性(極)のおかげでもある。もしスキルを奪われたりしたら、おもちの熱波で近寄ることが出来なくなるし、炎中和もできなくなれば探索者委員会に危険とみなされて捕まってしまう。
もちろん、それは田所もグミも同じかもしれない。
「お姉ちゃん、私そんな奴らに負けないもん!」
「セナ、わがままいわないの。それにあなたもいい加減もっちゃんを探すのをやめなさい」
「違う……もっちゃんは今もどこかで生きてる。だから、私は探し出すまで諦めない」
「はあ、そのためにS級になるなんて……」
「いいもん……」
雨流は、悲し気な表情を浮かべておもちをぎゅっと抱きしめる。
そうだったのか。ずっと疑問だった。なぜ雨流がS級で、更に危険なダンジョン巡りをしているのか。
「もしかして雨流《おまえ》、ダンジョンでもっちゃんを探してるのか?」
「……うん、もっちゃんとまた一緒にいたいから
ミリアが呆れて声を漏らす。佐藤さんは悲し気な表情を浮かべていた。
だがこれで全て合点がいった。
通りで死のダンジョンとか危険な任務の為にわざわざ帰国するわけだ。
そして佐藤さんが文句も言わずに雨流に付いて行くも、全てはもっちゃんの為ということか。
おもちと似ているということは、同じ伝説級である可能性は高い。
確かにそうなるとS級でしか入れないダンジョンにいるかもしれないだろう。
「なので山城さん――」
「呼び捨てでいいぜ、阿鳥でもいい」
「……山城、私はセナを自国《パリ》まで連れて帰ります。それで金輪際、ここには近寄らないようにさせます」
ミリアの言う事は正しい。
そんな危険な組織に狙われていると考えると日本にいるのは危険だ。
「佐藤、セナを」
「……はっ」
「いや! もっちゃんとは日本《ここ》で出会ったの! おもちがいるってことは、絶対どこかのダンジョンにいるはず!」
「わがままいわないの!」
だが――。
「ミリア、とりあえずミルクを飲んでみないか?」
「何の話ですか?」
「最高なんだよ、御崎、冷蔵庫から取ってくれ」
「え? わ、わかった」
御崎はわけもわからず冷蔵庫から取り出す。ミリアも眉をひそめていた。
「ほら、飲んでくれよ」
「……ミルクなんてフランスでもありますけど」
「いいから」
そしてミリアはコップに注がれたミルクに口をつける。
するとその表情がやがて驚きと笑顔に変わっていく。
「美味しい……」
「俺の庭にダンジョンが出来たんだが、そこで飼ってるミニウシのミルクだ。初めは搾乳するのも一苦労だったが、今はプロ級だぜ」
「それが……いま何の関係があるんですか」
「このミニウシを譲ってもらえたのは雨流のおかげなんだ」
「セナの……?」
「ああ、雨流が窃盗団を止めてくれたおかげで大勢が助かった。確かに雨流は子供だが、ミリア、君が思ってるより彼女は強いよ。それに俺だって力になる。だからもう少し願いを聞いてやってくれないか」
俺は頭を下げた。普通に考えればミリアの言う事が正しいだろう。
誰だって家族に危険が及ぶことを考えたら安全な所に移動してほしいはずだ。
でも、雨流だってそれはわかってる。
危険でも、それでも……会いたいんだ。
俺だっておもちがいなくなったらどれだけ危険でも探したくなるだろう。
その気持ちはよくわかる。
「私からもお願いするわ、ミリアさん」
そして御崎も同じように頭を下げてくれた。
「ミリア様、私からもお願いします」
「佐藤、あなたまで――」
「私はお傍でセナ様を見てきました。たしかにまだ不安なところはありますが、山城様と出会って変わりました。どうかお願いを聞いてあげてくれませんか」
「…………」
そして――。
「お姉ちゃん、お願い……私、もっちゃんに会いたいの」
雨流も、頭を下げた。
「……ああもう! ……わかった。わかりました。みんな頭を上げて! 私が悪者みたいじゃない!」
「……ありがとな、ミリア」
「まったく、とんだお人よしですね」
「キュウキュウ!」
「ぷいにゅ!」
「がう!」
おもち達が、ミリアに頭を擦りつける。話を分かっていたとは思えないが、それでも雰囲気で察したのだろう。
「ちょ、ちょっとなにくすぐったいわ。あはは、やめなさい」
「ありがとうってさ」
「ふふふ、こそばったいわ。――でも山城、本当に気を付けてください。組織の名前は一切わかってないし、何人いるのかもすらわかっていません。知っているのは、能力を奪われた人がいるという事実だけなんです」
ミリアの表情は真剣そのものだ。俺も思わず拳を握った。
「ああわかった。雨流に何かあったら俺が絶対守るよ」
「その言葉、信用させていただきます」
◇
「組織について何かわかったらすぐに知らせます。それに山城、今度うちの家にきませんか?」
「家? ああ、お礼にってことか」
するとミリアは、頬を赤くさせた。
「違います。あなたの真剣な表情、そしてその顔――私タイプなんです」
「へ? た、タイプ!?」
「また改めてお誘いします。それでは――」
黒塗りのリムジンは発進、ちなみに佐藤さんも帰って行く。
タイプって……まさかそんな……。
嵐のように現れ、嵐のように去って行く。
想像していたのと違って妹想いな奴《ミリア》だったが。
「鼻の下伸びてるわよ」
俺に突っ込みを入れてくる御崎。
伸びてないよ、伸びてませんけど!
「じゃあ、帰ろうっかー! おもち、田所、ぐーみ♪」
雨流は、おもちたちと手を繋いで家に戻ろうとする。
いや、確かに自国に戻るのは止めたが、家には帰っても良かったんだが、泊まっていきたいらしい。
「あのくらい啖呵切ったんだから、今日ぐらいはいいんじゃないの」
御崎は俺の表情で全てを理解している。まあ、それもそうか。
「しょうがないな。じゃあ御崎、また明日――」
「私も泊まる。セナちゃんとベッド使うから、阿鳥は床で寝てね」
「ここ俺の家なんだけど……」
「一応、登記では会社の事務所だから」
「いつのまに……」
ミニグルメダンジョン、魔石収集、謎の過激組織、もっちゃん探し――か。
「ま、スローライフばっかりじゃ飽きるもんな」
危険でやることも増えていくが、なぜか俺の頬は緩むのであった。
こちらは、11月22日に発売される『会社を辞めて不死身のフェニックスとのんびりスローライフ&ダンジョン配信生活!』書籍版にあたって書き下ろした新作になります! レーベルは『グラストノベルス』さまです。
全七話、発売日まで毎日更新します。
登場人物は、阿鳥、御崎、おもち(フェニックス)、田所(ファイアスライム)、グミ(水龍)、ドラちゃん。
雨流ことセナ、佐藤さん、が登場します。*阿鳥と御崎は、まだ結婚していません。
時系列は、第一章から二章あたりになります。
住良木、フレイム、藤崎、魔物虎、野ドラちゃんは登場しません。
時系列は戻っていますが、お楽しみくださいませ。
書籍、絶賛予約受付中です!
よろしくお願いいたします。
――――――――――――
クリスマス。
それは、聖なる夜。
詳しいことを話すと色々とご時世的にあれなので割愛するが、とにかくめでたいイベントである。
海外は家族で祝うのが一般的らしいが、日本では友達や恋人と一緒に過ごすことが多い。
そして俺、山城阿鳥(配信者で会社を辞めたニートではない子供部屋おじさん)はというと――。
「キュウキュウ!」
「お、飾りつけ綺麗だぞおもち!」
「ぷいぷい」
「田所、サンタ帽子が似合ってるな!」
公園でテイムした炎を纏うフェニックスこと『おもち』と、赤くて柔らかくてもちもちしているファイアスライムとこと『田所』と一緒に、一軒家で飾り付けを楽しんでいた。
おもちは、Nyamazonで購入したサンタシールを壁に貼り付けている。田所は、よくわからないが飛び跳ねていた。
可愛いからよしっ!
「今までは一人で寂しいクリスマスだったし、賑やかってのはやっぱいいなあ」
飾りつけをしてくれているおもちの背中をみながらしみじみ。相変わらず知能がフェニックスだ。
ちなみに御崎もさっきまでいたが、今は水龍のグミとお買い物である。
テレビではクリスマスシーズンということもあってマライアキャリーの音楽が流れていた。
もうすぐクリスマス当日だ。
だからこそ飾りつけに気合を入れている。
「キュウ!」
「いいぞーおもち、バッチリだ!」
しかし問題が一つ。
プレゼントはしっかり用意したのだが、肝心のクリスマスツリーがないのだ。
せっかくのイベントだし造花でもいいのだが、できればもみの木が良い。
わがまま? はいそうです。
「おもちーっ、もうすぐクリスマスだーっ!」
「キュウキュウ」
「田所、まてー!」
「ぷいぷいにゅっ」
ふと声がする。するとおもちと田所が、白髪の少女、雨流に追いかけられていた。
今日は髪色に合わせたゴスロリらしい。
ん?
「おい雨流、待て」
「う、動けない」
俺は、艶やかな白髪の頭を抑える。
「なんでここにいるんだ?」
「クリスマスはみんなで祝うものだから!」
「いつからここにいるんだ?」
「もうすぐクリスマスだから!」
今時の若者との会話は難しいというが、確かにその通りかもしれない。
クリスマスは不法侵入オッケーだったか? いやありえないな。
「さっき外で会ったから、私が連れてきたのよ」
「ん、御崎、帰ってきたのか」
すると後ろから女性の声がした。
肩ぐらいまでの黒髪、相変わらずスタイルの良い御崎。
今日は白シャツにグレーのロングスタートを履いている。
俺と違ってお洒落なんだよなあ。それこそモデルでも通用しそうだ。
サンタコスプレ……似合いそう。
「ねえ、いま変な妄想してるでしょ?」
「わ、わわっ」
すると俺の身体がふわっと持ちあがった。
これは御崎の魔法『動かしてあげる』だ。
目視した対象を自由に動かすことができる。
ちなみに身動きが取れないのでやめてほしい。
後、なんで心を読めてるの?
誤解を解いて降ろしてもらいホッと一息。いや、事実だったが。
それを慰めてくれるかのように、グミが俺の頬を舐めてくれた。
「がぅがぅ」
「大丈夫だよありがとう」
今日も青い子犬みたいで癒される。
ただ本当は水龍だけれど。
優しい。
「それで、買えたのか?」
「売り切れだった。壁に貼るツリーシールみたいなものはあったけど、本物が欲しいのよね?」
「そうだな。せっかくだしなあ」
ずっと一人だったので家にクリスマスツリーはない。
それもあって御崎にお願いしていたのだが、どこも売り切れだったらしい。
配信も順調だし、毎年使うと思えば多少の贅沢もいいだろう。
「だったら、ダンジョンへ取りに行く?」
するとそこで雨流が訳の分からないことをいった。
やっぱり若者を話すのは難しい。
……え、ダンジョン!?
「どういうことだ? 雨流」
「新しいダンジョンが現れたんだけど、そこがクリスマスダンジョンなんだってー。探索協会から調べてきてって言われてるから、もしかしたらそこにあるかもー」
小さくて小さい雨流は、こうみえて世界に十人にも満たないS級探索者だ。
ちなみに執事の佐藤さんも同じく。
で、高ランクになると新ダンジョンが出来た場合に探索をお願いされるらしい。
後発組の安全のために難易度を決めてもらうのだ。
ここは魔物が強いからA、弱いからD、といったように。
いやそれより――。
「クリスマスダンジョンってなんだ!?」
「知らなーい! おもち、田所、待てー!」
そりゃ雨流は知らないか。
当たり前だな。佐藤さんでもいれば教えてくれるんだろうな。
「クリスマス仕様のダンジョンです。海外では一度だけ出現したとの情報がありまして、中は雪が降っているそうです」
「なるほど。雪はちょっと大変だが気になる――ってほわあっ、佐藤さん!?」
後ろから声がしたかと思いきや佐藤さんが立っていた。
いつもの執事服、キチっとした白髪交じりの髪。
背筋がピンと伸びている。
「一堂様に招き入れていただきました。驚かせてしまい申し訳ございません」
「あ、はい」
俺の家なんだがな。まあいいか。
「危険度はどんな感じなんだ?」
「変わった仕様の場合はかなり高難度だと推測されます。クリスマスツリー、いわゆるもみの木の存在も確認されております。後に申請は必要ですが持ち帰ることも可能かと」
「な、なるほど」
「とんでもございません」
的確な情報が返ってきすぎで怖いが、さすがシゴデキ執事。
とはいえこれは朗報だ。
雨流や佐藤さんがいればどんなダンジョンだってへっちゃらだし、お高いツリーもタダでゲットできちゃうってこと!?
これは決まりだな。
「よし御崎。行くぜダンジョン、掴むぜもみの木」
「ダサイわねその台詞」
相変わらずきつい言葉が秒で返ってきた。
でも、顔は笑顔。ちょっと笑ってるくせに!
御崎が佐藤さんに尋ねる。ちなみに佐藤・ヴィル・エンヴァルドが本名。
「ヴィルさん、私たちも入れるんですか?」
「ランク的な問題はございますが、おもちさんと田所さん、グミさんがいれば問題ないでしょう」
おお、なんかおんぶにだっこみたいだが気にする必要はないだろう。
なぜならクリスマスだからだ。
「ならみんなで行くか! おもち、田所、グミ!」
「キュウ!」「ぷい!」「がうぅ!」
「わーいみんなで探索だー!」
「ま、大勢なら大丈夫かな」
こうして俺たちは、もみの木ゲット大作戦ならぬ、新クリスマスダンジョンへ行くことにした。