「死にたいです」
「おいおい、一言目がそれってどうなの?」
「すみません。慣れてないもので」
「じゃあまずは自己紹介から」
「……」
「どうぞ?」

畑野(はたの)志織(しおり)。高校一年生の女の子です。神奈川県川崎市に住んでいます。……後は?」
「家族構成は?」
「父、母、妹の四人家族です」
「妹さんは何歳?」
「十三歳、中学一年生です。ところであなたはなんと呼んだらいいですか?」
「え〜、俺? じゃあ適当に政宗って呼んで。伊達(だて)政宗(まさむね)。かっこいいでしょ?」
「……本名ではないってことですね」
「そりゃあそうだ。仕事だかんな。源氏名ってやつが必要だろ? なんせこんな違法な仕事なんだからな」
「違法……」
「自殺志願者の話を聞いて、殺す。これが合法なわけないだろうに。まあいいや、次。自殺したい理由は?」
「私は殺してくれたらそれでいいんです。理由とか、話す必要ありますか?」
「そういうのいいから。長くなってもいいから話せ」

「……人生がつまらないからです。私には何も取り柄がありません。勉強も高校にあがってから難しくて、みんなに抜かされて。運動は小さい頃からできませんし、妹の方が勉強も運動もできて親からも褒められて。……私は生きる価値なんかないんです」
「友達は?」
「いるけど……怖いです」
「怖い? 何が」
「みんなが気を使って仲良くしてくれているかもしれない、ということがです。私に魅力なんか何もないのに、一緒にいることがおかしいんです。絶対、話していても楽しくないはずなのに」
「それはお前が楽しいって思ってないってことか?」
「私は楽しいです。話すのは好きです。遊ぶのも好きです。でも、それは友達に魅力があるからで、でも、私にはそんな魅力は……」
「じゃあ友達はそんな魅力のないお前に付き合ってあげていると?」
「はい」

「ならもしお前の目の前に魅力の全くないやつがいたとして、気を使って仲良くなるか?」
「それは……」
「魅力がないやつにわざわざ労力を使って仲良くするほど、人間ってのは優しくない。正確には見返りが全くないと知りつつ優しくできるほど、情に厚いわけではない。魅力がないやつと仲良くしたり一緒に遊びに行ったりできるほど、人間関係も楽じゃねぇ」
「もしかして、説教して殺さない気ですか? だとしたらこの電話切りますよ」
「説教するつもりはねぇが切りたいならどうぞ。電話してきたのだって、一人で自殺するのが怖いからだろ? このまま切ったってお前は自殺できない。違うか?」

「……」

「勉強ができたらお前は人生が楽しいと思えるか? 運動ができたら人生が楽しいと思えるか?」

「わからないです」

「さっきお前はこう言ったな。高校にあがってから勉強が難しくてみんなに抜かされると。つまり中学までは勉強ができた。違うか?」
「……学年で十位以内には入るほど頭が良かったです」
「じゃあ勉強ができる人生を知っているわけだ。楽しかったか?」
「いえ……」
「じゃあお前がすべきは勉強じゃないな。勉強を頑張ったところでお前は楽しみを見つけられない」
「だから死にたいんですってば。殺してくれたらそれでいいですので」
「まあ最終的には死ぬんだから話聞いてたって損はないだろ? 夜は長いぜ? お前が何を求めてるか当ててやろうか」
「当てるも何も自殺したいってずっと言ってるじゃないですか」
「じゃあ教えてやろう。自殺願望は二次感情だ。一次感情を先に感じ取って、その次に別の感情に変わるのを二次感情って言う。つまり死にたいって思う前に先に感情を感じているわけだ。怒りも二次感情ってよく言うな」

「……」

「ところで今の気持ちは?」

「特に何も……」

「死にたいって思ってないわけだ」
「いや、思ってますけど」
「じゃあさっきの質問で答えるべきだったな。その時に出てこないってことは、今お前が一番感じている感情じゃないってことだ」
「あ……」

「そりゃあいい。死にたいって言いつつ、ちょっと意識が逸れるとそれが一番表の感情として表れていない。何も感じないってのはまあマイナスから考えたらいいほうだろう」
「私は死にたいって思ってないってことですか?」
「思ってるから電話したんだろう。人の感情は豊富だ。どれか一つしか感情を持っていないわけではない。複数の感情がぐちゃぐちゃと絡み合って、一番強く感じている感情が一番表に出てくる」
「私は今別の感情も抱いているってことですか?」
「察しが早くて助かるよ。じゃあその別の感情ってなんなのか、当ててやる。お前が感じているのは楽しいだ」
「……いや、楽しくなんかないですよ」
「話すのが好きってさっき言ってたろ? お前は誰かと落ち着いて話すのが好き。誰でもいい。それは俺とでもいいわけだ」

「……」

「楽しいって感じる方法はたくさんある。ひゃっほーうって飛び上がる時もあれば大笑いする時もある。一番わかりやすいので言ったら時間が早く経っている時」
「あ、ほんとだ。もう三十分過ぎてる」
「楽しい時、集中してる時ってのは時間経つのが早いからな。相対性理論ってやつだ」

「私は楽しい……?」

「楽しくなかったら三十分以上も通話しないだろう。で、次だ。お前が何を求めているか。さっきお前は妹の話題を口にした時に勉強も運動もできて親からも褒められてって言ったな。なぜそこで親から褒められることが出てくる?」
「それは……」
「羨ましいんだろう、褒められることが。つまりお前が求めていることは褒められることだ」

「……それができないから死にたいんです」
「違うな。褒められたいって感情から死にたいまでの間にもうひとつ感情がある」
「感情?」

「友達と話したい。遊びたい。褒められたい。認めてほしい。それらをまとめた感情だ。お前は、()()()んだ」
「……寂しい」

「俺と話していると気が紛れて、死にたいという気持ちが薄れる。妹は褒められるのに、認めて貰えているのに自分にはそれがない。それが何よりの証拠だ」
「でも……だからってどうしろっていうんですか? 私はその心の穴を埋めることは……」
「じゃあ毎日俺と通話するか?」

「え?」
「人といた方が楽なんだろう。お前に安心できる友達ができるまで俺がお前の友達になってやる」
「いえ、それは迷惑でしょう? 私は人の迷惑になることはできません」
「じゃあ俺が楽しいから電話させろ」
「えぇ……」
「そう言いつつ笑ってんじゃねぇか。もう大丈夫だろう。さっきも言ったように友達はお前に付き合ってやってるわけじゃなくて、お前と話してるのが楽しいんだよ。お前が感じているのと同じようにな。家族については……あれだな。家族に囚われすぎない方がいい」
「囚われすぎない……」
「家族だからってお前の絶対の味方になるわけでもない。期待しすぎるなって言った方がわかりやすいか。無論、味方になってくれたら最強だ。でもそれは運が良い奴だけ。家族は選べない。でも友達は選べる。俺の言いたいことがわかるか?」

「……」

「拠り所が欲しいなら友達を頼れ。お前がつらい時に駆けつけてくれる友達を。それができるまでは俺がその友達でいてやる。どうだ?」

「……いいんですか?」
「あ?」
「私は……生きててもいいんですか?」
「生きてちゃいけない人間なんかいねぇよ」

「政宗さんは嘘つきですね」
「あ? 俺がいつ嘘ついた」
「私を殺すって言ったじゃないですか。結局お説教して死なないハッピーエンドなんですね」

「いや、殺したよ」
「え?」
「ところで今は死にたいか?」
「いえ……」
「じゃあ俺は殺した。死にたいって言ってたお前を殺して、生きたいお前に生まれ変わったんだ」
「なんですか、それ。ふふふ、変な人」
「最初っから変なやつだろうよ」
「じゃあ、友達、なってくださいね。毎日電話しますから」
「おうよ。これから()頑張れよ」
「ありがとうございました。ではこれで。おやすみなさい」

 ――プツッ

 プルルル……

「はい」
「……殺してくれるって本当ですか?」
 ニヤリ
「殺しますよ。死にたいあなたを」