鬼の家に帰宅した琉歌達を待っていたのは、心配しすぎて泣いている天狗ともっと警戒しろと怒りを露にしている美晴だった。
どうやら太陽から連絡があったらしい。
「総一郎さんはどうなるんですか?」
説教を終えた美晴に問うと「知らない」と首を振られた。
「ただでは済まないとしかわからない。きっと地獄に落ちるだろうけど、琉歌が気にする必要はないよ。あんたは伊織のことだけ考えてなさいよ」
総一郎はきっと二度と琉歌の前に現れないだろうな、と確信した。
哀れだとは思わない。正当な対処だろう。
言いたいことだけ言って、美晴はさっさと家に帰っていった。
玄関で美晴を見送り、三人で琉歌の自室に集まる。ふうとっ疲労からため息を吐いた琉歌に隣に座った天馬が言った。
「美晴、心配してたぞ」
「うん。分かってる。天馬も心配かけてごめんね」
小さな頭を撫でた。いつもなら「心配なんてしていない」と反論してくるのに、今は甘えるように頭を擦りつけてくる。
おや、と思ったら天馬が抱き着いてきた。
「帰ってきてくれてよかった。もういなくならないで」
「うん。もういなくなったりしない」
抱きしめ返しながら背中を撫でると天馬はわんわん泣き出した。気を張っていたのだろう。天馬が泣き疲れて寝てしまうまで、琉歌は天馬を抱きしめ続けた。
疲れて寝てしまった天馬を布団に寝かせ、縁側へと移動した琉歌と伊織はただ黙って並んで座りながら外を眺めていた。
手を伸ばせば隣にいる距離に伊織がいることに帰って来たのだと実感する。
「庭に新しい花を植えようか」
唐突に伊織が言った。
伊織の視線の先には何も植えられていない花壇があった。あそこは前世の時点でも何も生えていなかった場所だ。
琉歌がいなくなって、伊織はこの家の時間を止めた。変えられなかったと言ったのはきっと琉歌の居場所を開けて置きたかったからだろうと察している。
その伊織が時を進めようとしている。未来へ進もうとしているのだ。
「伊織様は、何の花が好きですか?」
「花のことは分からないから、ふたりで選ぼう」
伊織は優し気な笑みを浮かべて琉歌を見た。
この顔を見た瞬間、琉歌は無意識の内に言葉を吐き出していた。
「夢なら覚めないでほしい」
前世の自分が取りこぼしてしまったものが、今隣にある事実があまりに幸せで、信じられなかった。どこか夢を見ているような気さえするのだ。
生まれ変わってからずっと琉歌はどこか現実味がなかった。これは死んだ自分が妄想か夢で、いつか覚めてしまうのだとどこかで思っていた。
頬に涙が流れる感触に自分が泣いているのに気が付く。自覚すると止まらなくなる。
伊織の指が琉歌の涙を掬い、宥めるように頬を撫でる。
「夢じゃない。今は信じられなくてもいい。いつか現実なんだと知ればいいいから。ゆっくりでいいんだ。俺がずっと傍にいて、琉歌が不安になる度に現実だと教える」
伊織が顔を寄せ、琉歌の目元に唇で触れた。
その感触に再びぽろりと涙が零れた。
「愛してる。ずっと隣にいるから、泣かないで」
懇願するような愛の言葉に琉歌は何度も頷いた。
「私も伊織様を愛してます。ずっと一緒にいると誓います」
泣きながら言った言葉はまるでプロポーズのようで、もう既に結婚しているのになと少しおかしくなった。
そう思ったのは琉歌だけでないようで、伊織が何か思い出しように「あ」と言って、急に立ち上がった。
「ちょっと待っていてくれ」
そう言うと琉歌を置いて、部屋を出ていく。
何が何だかわからず、言われた通りその場にいるとすぐに伊織は戻って来た。
「ばたばたしていて、忘れていた」
元の位置に座り直した伊織は、徐に懐に手を入れて小さなものを取り出した。それは手の平サイズの箱だった。
現世のテレビドラマで何度か目にしたことがあるそれに思わず「えっ」と声を上げる。
「琉歌、もらってくれないか?」
伊織が箱を開けながら言う。
箱には、銀色の指輪がふたつ並んでいた。
「昔、町で見たのを覚えているだろうか? あそこで作ったんだ」
「覚えています」
伊織との記憶はなにひとつ忘れていない。
いつ、この指輪を作ったのだろうか。琉歌がかくりよに来てからはずっと伊織が隣にいて指輪を作りに行く時間はなかった。それに記憶が正しければ、指輪は注文してから一週間はかかると言っていたはずだ。
伊織は琉歌と再会するよりも前から指輪を作っていたのだ。
「……注文は前からしていた。琉歌が生まれ変わったと聞いたらしい店主が勝手に作って持って来たんだ」
琉歌の疑問に気が付いた伊織が補足してくれた。
人が嫌いなのに琉歌が欲しそうにしていたから注文してくれたのだ。
本当に千年前からずっと愛されていた。
「ありがとうございます。伊織様。嬉しいです」
止まった涙が溢れ出そうになり、慌てて目に力を入れて耐える。今は泣きたくない。笑っていたかった。
「手を出して」
伊織に言われ、左手を出し、薬指に指輪をつけてもらった。
琉歌もお返しに伊織の薬指に指輪をつけると本当に結婚式みたいだ。
幸福感で胸がいっぱいになり「愛している」と口にした。伊織も同じタイミングで言ったからその声は重ねり、顔を見合わせて笑う。
「おめでとう」という声が聞こえ、そちらへ視線をやるといつの間にか起きていたのか、天馬が手を叩いていた。
「ふたりともずっと幸せでいろよ」
そう言われ、琉歌と伊織は笑いながら頷いた。
どうやら太陽から連絡があったらしい。
「総一郎さんはどうなるんですか?」
説教を終えた美晴に問うと「知らない」と首を振られた。
「ただでは済まないとしかわからない。きっと地獄に落ちるだろうけど、琉歌が気にする必要はないよ。あんたは伊織のことだけ考えてなさいよ」
総一郎はきっと二度と琉歌の前に現れないだろうな、と確信した。
哀れだとは思わない。正当な対処だろう。
言いたいことだけ言って、美晴はさっさと家に帰っていった。
玄関で美晴を見送り、三人で琉歌の自室に集まる。ふうとっ疲労からため息を吐いた琉歌に隣に座った天馬が言った。
「美晴、心配してたぞ」
「うん。分かってる。天馬も心配かけてごめんね」
小さな頭を撫でた。いつもなら「心配なんてしていない」と反論してくるのに、今は甘えるように頭を擦りつけてくる。
おや、と思ったら天馬が抱き着いてきた。
「帰ってきてくれてよかった。もういなくならないで」
「うん。もういなくなったりしない」
抱きしめ返しながら背中を撫でると天馬はわんわん泣き出した。気を張っていたのだろう。天馬が泣き疲れて寝てしまうまで、琉歌は天馬を抱きしめ続けた。
疲れて寝てしまった天馬を布団に寝かせ、縁側へと移動した琉歌と伊織はただ黙って並んで座りながら外を眺めていた。
手を伸ばせば隣にいる距離に伊織がいることに帰って来たのだと実感する。
「庭に新しい花を植えようか」
唐突に伊織が言った。
伊織の視線の先には何も植えられていない花壇があった。あそこは前世の時点でも何も生えていなかった場所だ。
琉歌がいなくなって、伊織はこの家の時間を止めた。変えられなかったと言ったのはきっと琉歌の居場所を開けて置きたかったからだろうと察している。
その伊織が時を進めようとしている。未来へ進もうとしているのだ。
「伊織様は、何の花が好きですか?」
「花のことは分からないから、ふたりで選ぼう」
伊織は優し気な笑みを浮かべて琉歌を見た。
この顔を見た瞬間、琉歌は無意識の内に言葉を吐き出していた。
「夢なら覚めないでほしい」
前世の自分が取りこぼしてしまったものが、今隣にある事実があまりに幸せで、信じられなかった。どこか夢を見ているような気さえするのだ。
生まれ変わってからずっと琉歌はどこか現実味がなかった。これは死んだ自分が妄想か夢で、いつか覚めてしまうのだとどこかで思っていた。
頬に涙が流れる感触に自分が泣いているのに気が付く。自覚すると止まらなくなる。
伊織の指が琉歌の涙を掬い、宥めるように頬を撫でる。
「夢じゃない。今は信じられなくてもいい。いつか現実なんだと知ればいいいから。ゆっくりでいいんだ。俺がずっと傍にいて、琉歌が不安になる度に現実だと教える」
伊織が顔を寄せ、琉歌の目元に唇で触れた。
その感触に再びぽろりと涙が零れた。
「愛してる。ずっと隣にいるから、泣かないで」
懇願するような愛の言葉に琉歌は何度も頷いた。
「私も伊織様を愛してます。ずっと一緒にいると誓います」
泣きながら言った言葉はまるでプロポーズのようで、もう既に結婚しているのになと少しおかしくなった。
そう思ったのは琉歌だけでないようで、伊織が何か思い出しように「あ」と言って、急に立ち上がった。
「ちょっと待っていてくれ」
そう言うと琉歌を置いて、部屋を出ていく。
何が何だかわからず、言われた通りその場にいるとすぐに伊織は戻って来た。
「ばたばたしていて、忘れていた」
元の位置に座り直した伊織は、徐に懐に手を入れて小さなものを取り出した。それは手の平サイズの箱だった。
現世のテレビドラマで何度か目にしたことがあるそれに思わず「えっ」と声を上げる。
「琉歌、もらってくれないか?」
伊織が箱を開けながら言う。
箱には、銀色の指輪がふたつ並んでいた。
「昔、町で見たのを覚えているだろうか? あそこで作ったんだ」
「覚えています」
伊織との記憶はなにひとつ忘れていない。
いつ、この指輪を作ったのだろうか。琉歌がかくりよに来てからはずっと伊織が隣にいて指輪を作りに行く時間はなかった。それに記憶が正しければ、指輪は注文してから一週間はかかると言っていたはずだ。
伊織は琉歌と再会するよりも前から指輪を作っていたのだ。
「……注文は前からしていた。琉歌が生まれ変わったと聞いたらしい店主が勝手に作って持って来たんだ」
琉歌の疑問に気が付いた伊織が補足してくれた。
人が嫌いなのに琉歌が欲しそうにしていたから注文してくれたのだ。
本当に千年前からずっと愛されていた。
「ありがとうございます。伊織様。嬉しいです」
止まった涙が溢れ出そうになり、慌てて目に力を入れて耐える。今は泣きたくない。笑っていたかった。
「手を出して」
伊織に言われ、左手を出し、薬指に指輪をつけてもらった。
琉歌もお返しに伊織の薬指に指輪をつけると本当に結婚式みたいだ。
幸福感で胸がいっぱいになり「愛している」と口にした。伊織も同じタイミングで言ったからその声は重ねり、顔を見合わせて笑う。
「おめでとう」という声が聞こえ、そちらへ視線をやるといつの間にか起きていたのか、天馬が手を叩いていた。
「ふたりともずっと幸せでいろよ」
そう言われ、琉歌と伊織は笑いながら頷いた。