せめて逢野が、何の苦しみも知らない時にしたかった。優しい父親と優しい母親に囲まれて、幸せに生きていた頃。決着をつけるならそこがいい。幸福の絶頂で全てを終わらせよう。幸福の中に全てを閉じ込めて終わらせる。そうしてドライフラワーのように飾ればいい。実ることもなく、しかし枯れることもなくいつまでも咲き続けられるように。



 その日は僕の家族と逢野の家族で集まって、バーベキューをしていた。逢野の父親がまだ優しいお父さんだった頃。逢野の母親が子供思いのお母さんだった頃。姉が僕のことを名前で読んでいた頃。母に僕がまだ見えていた頃。そして父がいた頃。僕らが一番幸せだった頃。ここで終わりにしよう。僕の背中を押すように蝉が爆発する。本当にどうしようもなくうるさい虫だ。

 迷いはなかった。両手で握った包丁を強く握りしめる。ああ、やっと終わるんだ。

 ——突き立てた包丁は、呆気なく背中へと吸い込まれていった。肉を捻り込むような感覚がある。逢野の悲鳴が河原に響き渡った。僕は刃が前に進まなくなったのを確認して一度抜き取る。そしてもう一度捻じ切るように刺した。何度も、何度も、全てを終わらせるように。——気づけば僕は取り押さえられていて、それはもう二度と動かない肉塊へと変わっていた。



 あれだけうるさかった蝉の声も、もう僕の耳には届かなかった。