「えっ……今、なんと……」

「だから、レディ・カモミールの作品が映像化されることになったんだよ」

 隙を見つけてはお見舞いに来てくれるロジオンは、まるで世間話をするように平然と言ってのける。

「ちょっ、ちょちょっ、ちょちょちょっと、待って……ど、どういうことなの? え、映像化?」

「星夜祭の途中で上映されるそうだよ」

「はい? じょ、上映とは?」

「ほら、おめでたいときにとか、術師の力を使って王様をお言葉を映像で流すよね。あの原理で上映されるそうだよ」

 ショールの受け渡し以上に盛り上がったりしてね!とルンルンのこの男は、何を企んでいるのだろうか。

「ちょっと待って、ロジオン、ちゃんと説明して! そもそも、王様の施される映像と同じように物語が上映されるだなんて、こんな恐れ多いことがあるわけ?」

「いや、そもそも、王様のお言葉らしいよ」

「な、なんですって……」

 国を代表する方が、一体何を仰っているのだろうか。

「流すのは、君の初期の作品だよ」

「え?」

「公開されるのは、『王宮浪漫日和(ロマンスデイズ) 〜失われた時間と勇者の伝説~』だよ」

「ちょっ、どうしてそんな初期のものが……」

 最近リアルタイムに思い出していた作品だったけど、まさかその内容が使われるだなんて……

「イラストはレディ・ダンデライオンが尽力を尽くすのだと王様に直々に誓われたそうだし、動くキャラクターたちの声を合わせる役者たちも決まっているそうだよ」

「は、はい?」

 ちょっとちょっとちょっと。

「い、嫌なんですけど……」

「な、何がなのさ?」

「嫌よ、わたしの考えたセリフを、音声で聞くだなんて。そんな公開処刑はないわ!」

 泣き言も言いたくなる。

 どれだけ役者の方々が素晴らしい人たちでも、耳にした途端、震え上がってしまうこと間違いない。

「よかったじゃないか」

「な、何がよ……」

「こってこてのラブストーリーものでなくて。大スクリーンでレディ・ダンデライオンが描いたイラストのヘイデン様そっくりな王子様に甘い言葉なんて囁かれてみてよ。ほとんどのご令嬢がぶっ倒れてしまうからね」

「わたしはもう、二度と人前に顔を出せなくなるわ」

 1冊の手記から始まって、まさかの冊子になり、そこからイラストが添えられるようになった。その次は映像と来た。しかも、声までついているのだという。

 凄まじい進歩だと本来なら喜ぶべきかもしれない。でも、

「あ、あなたね、ロジオン! レディ・カモミールの初期の作品を、こともあろうに、レディ・ダンデライオンに見せたのね!」

 それでも素直に喜ぶことなんてできないのだ。

「ちょっと! 僕の大切なお方のことをそんなふうに呼ぶのは許さないよ!」

「誰とは言っていないわよ!」

 作品を作る上で人に見せることに羞恥心を覚えるタイプだけに、わたしがプロ失格なのは間違いない。

『もっと自信を持ちなよ』

 そうロジオンは言ってくれるけど、わたしはわたしのできる範囲でしか自信をもてないんだもの。仕方ないじゃない。

「あの作品から、僕は君の作品のファンになったよね」

「え?」

「希望あふれる作品だと思ったんだ。魔物が出ても、勇者が現れ、巫女が異世界からやってきて、そしてその街を救った。そして、彼らはそこでとどまることなく、世界を救いに回る。夢があるんだよ。今、魔物たちに怯えている王宮に住む人間、僕たちも可能性を諦めずに前を向くにはこの作品ほど優れた作品はないと思うんだよ。王様もきっと、そう言いたいんだと思うよ」

 熱く語るロジオンに、いいや王様は可愛い可愛いレディ・ダンデライオン様のお願いに素直に頷いてしまっただけのような、そんな気もするけどそれこそ憶測でしかないので言葉を控える。

 王様の決定事項とあらば、従うしかない。

「たしかにね、僕も物申したいことはあるよ」

 わたしに同調するようにロジオンも頷く。

「えっ? なに? なんなの?」

 先ほどまでのテンションはどこへやら、あまりに残念そうにため息をつくロジオンに乗り出して聞いてしまう。

 この男の物申したいこととは、一体……

「たとえ映像化されたとして、僕は蚊帳の外の人間だ」

「はぁ?」

「君は原作者として名前を残すと思うけど、こんなにも誰よりもレディ・カモミールの作品を大切に思っている僕の名前は一切世に出ることはないんだ!」

「………」

 あ、呆れた。

 これ以上になく聞いて損をしたわよ。

「じゃあ自分から、名乗り出ればいいじゃないの。もちろん、わたしの正体をバラすのは絶対に許さないけど」

「そういうのは、自分からバラすものじゃないんだよ」

 ああ言えばこう言う。

 こうして、わたしとロジオンの不穏な午後は過ぎていく。

 誰もがソワソワと心踊らせる星夜祭の行事を目前にして。