その席の椅子のところには、確かに藍が使っている黒いリュックが置いてあるから、これが藍の席、というのは間違いなさそうだけど。


 そんなことを考えながらその席に向かう間、ほんの十数歩の距離が長く感じて、そして何より、あたしの心に落ちていた不穏な翳りが増して、どうしようもなく苦しい。


 藍の席のそばに来て、机の上に置かれた物を認識したとき、「なにこれ」っていう言葉が、思ったよりも低く出たことにびっくりした。



 藍の机に置かれていたのは、

『成田くん、部門会議お疲れさま! よかったらこれあげる! 森田』

というメッセージが、丸っこい字で書かれてあるルーズリーフの切れ端と、藍がしょっちゅう飲んでる缶コーヒーが、1本。



 森田がこれを置いた光景とか、森田がわざわざこんなことをした理由とか、そんな負の事情があたしの頭を駆け巡る。

 藍の机の上に乗った缶コーヒーすら、あたしを馬鹿にしているように感じられて、あたしは咄嗟に、その缶コーヒーを掴んで、ゴミの分別とか、そういうのを全部無視して、教室のゴミ箱に思い切り投げ入れた。


 こんなことをするだなんて性格が悪い、と誰かに糾弾されたとしても、彼女がいるひとに、こんな真似をする森田の方が、性格が悪いに決まっている。


 仮にあたしが森田の言動を、真昼たちに思い切りぶちまけたとしたら、それこそ彼女たちは思い切り森田を糾弾するだろうし、紬乃は悪くないよって、全力であたしを慰めてくれるに決まってる。


 だからどうってことじゃないけれど、とにかく、あたしの頭の中には負の情動がぐるぐると渦巻いていて、何なら吐き気すらも感じてくる。



 最後に、森田が置いた、気持ち悪いメッセージの書かれたルーズリーフの切れ端を思い切り破ったとき、背後から突然、誰かの声がした。



「織方さん、何してるの?」