梅雨明けが思ったより早かった。まるで昨日までの雨が嘘のように、太陽の光がベランダの濡れた手すりを照らし出す。
テレビでは「梅雨明けです!」「夏が来ます!」なんて言いながら、梅雨明け初日の今日の最高気温が33度だなんて表示を出している。今はまだ28度だけど、すぐに気温が上がるだろう。エアコンの試し運転を済ませておいた良かった、なんて思ってしまった。でも、まだ窓の風と扇風機で乗り切りたい。
「エアコンつけるから窓閉めて」
そう思った矢先に、春香から声が掛かる。振り向けばリリとミヤが床にへばりついていた。
おっと。猫達が暑がっているのか。それは良くない。慌てて窓を閉める。
「そろそろ麦茶も用意しないとだねぇ」
「ふふふ。冷蔵庫を見てみたまえ、ワトソン君」
春香の言葉にもしやと冷蔵庫を開ける。
「こっ、これは!」
「昨日のうちに水出し麦茶を仕込んでおいたのだよ、明智君」
ワトソンなのか明智なのか統一はしないのか。
「偉いっ! ありがとうっ!」
二回柏手を打ち、拝む。そんな私の前にミヤをずい、と押し出した。
「リリが背中に乗りたそうやから、ミヤをよろしく」
渡されたミヤを抱き上げ、ソファに座る。はぁ、エアコンの空気が冷たくて猫が熱くて、なんだか最高だ。
「今日はあとで、梅を干そう」
そうだ。梅雨があけたので、梅仕事の続きをしなくては。
「有里氏を呼ぶ?」
「もう連絡しとる。たぶんあと2時間くらいで来る」
「そしたら、三人でランチにしよう。あ、でも何もストックないな」
「それやったら、駅まで有里さん迎えに行ってランチして帰ってこよ」
それは良い。
「ワッフル?」
「そ。ワッフルとプリン。久しぶりに食べに寄ろうよ」
駅近くにあるワッフルの店は、おかずワッフルもある。そしてワッフル屋だというのに、プリンが激うまなのだ。地元って案外外食しないので、こういうときにしれっと行きたい。
「ついでに夕飯の買い物もしないと。必要なもの書き出しとこっか」
そう言って振り返った先にあったのは、床にへばりついた状態の春香と、彼女の頭に登りつめて満足気な、リリの姿だった。
*
「梅は、梅雨が明けた頃に、三日三晩干すんや」
「三日三晩? 夜も?」
有里氏は三つあるエコバッグの一つを手にしながら、階段を春香のあとに上っていく。
「そう。夜も家に下げないんよ」
「その心は?」
「大喜利やないって。夜露に湿らせると、皮がやわらかくなるんやって。ま、ウケウリやけど」
「八百屋の女将さんが、めっちゃ長話で語ってくれたんだっけ?」
以前春香が「面白い話を聞いてきた!」と勢いよく帰ってきたことを思い出す。
「そうそう。ここの商店街の人たち、いろいろ教えてくれてええよね」
言いながら鍵を探すけれど、どうも見つからないらしい。仕方がないので、最後尾にいた私が、先頭に躍り出る。
「ただいまーっ」
エアコンを入れておいた家の中は、涼しい。暑さを感じないせいか、猫達もご機嫌で、にゃぁと声だけは返事をしてくれた。姿は見せてくれないので、寝ていたのだろう。
三人それぞれが猫に声をかけ、冷たい麦茶を飲む。
「青春漫画っぽいよね、麦茶」
「わかるーっ。有里氏そういうの好きそう」
「あれやろ? 扇風機が向こう側にあって、テーブルの上の麦茶のコップの氷がカランって溶けるヤツ」
きゃっきゃと話していれば、楽しそうに感じたのかリリが有里氏の背中に飛び乗る。
「リリちゃぁん。お姉ちゃんが好きなんだよねぇ」
でれでれの顔でリリをおんぶするようにして撫でる有里氏に、私たちはミヤの方を軽く見る。彼はこちらを気にすることなく寝ている。さすが年上だ。
「どうして人は、猫と話すときに声が甘くなるのか」
「それは永遠の謎やなぁ、灯」
リリが飽きてどこかへ行ってしまったので、そろそろ梅仕事を始めることにした。手を洗い、先月漬け込んだ梅をテーブルの上に出す。
「あれ? 赤い」
有里氏が首を傾げる。
「先月ビニール袋に入れた時は、白梅だったと思うんだけど」
「赤紫蘇が八百屋にでた頃に、中にいれたんや」
「ええー見たかったなぁ」
「そう言うかと思とったわ。梅酢と紫蘇を少し別にしとるから、後で実演してみせましょう」
「よっ! 春香大先生っ!」
「灯、ガヤ下手やな」
失礼だな。
少々暑いけれど、ベランダに折りたたみのテーブルを出して三人で並んだ。
テーブルの上には大きなザルを三つ。ここに梅干しを一つずつ置いていく。ガラス窓の向こう側では、二匹が向かい合って寝ていた。尊い。
一緒に漬けてある紫蘇も絞り、並べて干す。
「これはあとで摩り下ろして、ゆかりを作るんだって」
ご飯にのせたところを想像しているのか、有里氏が嬉しそうな顔で笑う。これはお裾分け必須だな。
ビニール袋に入っている梅酢は瓶に入れて、これまた太陽光に当てる。これで消毒になるらしい。良くわからないけど、塩分濃度も高いし、それで十分なのだろう。
青空の下、梅干しが三つのザルに並んでいるだけで、長閑だと感じる。
「ああ、ええ午後やなぁ」
「本当に」
そう応えれば、有里氏も頷いた。
しばらく私たちはそうして、何をするでもなくぼんやりと空を見上げていた。少しだけ酸っぱいような匂いがする、狭いこのベランダで、向こうの方に見える川辺に、子ども達の姿が見えた。
「暑いのにねぇ」
「灯氏、私たちも暑いのにここにいる」
「有里さんの言うことも、もっともや。そろそろエアコンの部屋に戻らん?」
非常に魅力的な提案だ。私たちは即座に従った。梅たちはこれから三日三晩、ここで太陽に晒される。どうか三日の間は、雨が降りませんように。心の中で、そっと祈る。
部屋の中は、エアコンの恵みを体感させてくれるに十二分の状態だった。
麦茶を三人のグラスに足し、ついでに春香が取り分けておいた、赤紫蘇を入れる前の梅酢の入った瓶も冷蔵庫から出す。
「これをボウルに入れて、と」
春香が、まるでマッドサイエンティストのような表情で、キッチンカウンターに立つ。その向かい側に、私と有里氏。
「今は透明やろう? 舐めてみ」
「うわっ! しょっぱい!」
顔中を梅干しみたいにした有里氏は、舌を突き出してひぃひぃ言う。
そう。自家製の梅干しって塩分濃度が高いので、梅酢も酸っぱいというよりも、塩辛いのだ。
「自家製は塩分が多めやからね」
味噌も梅干しも、そしておせちも、自家製は悪くなりにくいように、塩分や糖分を多くして保存するのが昔からの習い。そんなことを知識では知っていても、実際に舌で味わうと、衝撃が走るものだ。
「有里さん、これを塩で洗ってしっかり絞ってくれへん」
少量の赤紫蘇を受け取る。
赤紫蘇と言っても、見た目は緑に紫色が多少混ざる程度のものだ。塩で揉むと、赤というよりも黒に近い液体が出てきた。それをよく水で洗い流す。水分をしっかり切ったところで、春香が受け取った。
「はい、有里さん、よお見といてな」
赤紫蘇を、白い梅酢へといれる。その瞬間。
「えっ」
目を見開く有里氏に、春香は、我が意を得たりといった顔でにこにこしていた。
白い梅酢が、赤紫蘇を入れた途端、鮮やかな赤色に染まったのだ。
「面白いね」
「料理は化学、ってことやんなぁ」
赤紫蘇に含まれるアントシアニン。これが梅酢の酸性に触れて赤色に変色した。そう説明をすれば、有里氏は何度も頷いた。
「ほんと、料理は化学だわ」
しみじみと言う有里氏は、何度も赤く染まった梅酢を見る。
「はい、台所実験室はこれで終いや」
「そしたら、さっき買ってきたビッグシュークリームでも食べよ」
冷蔵庫からスーパーで一つ百円で売っていたそれを三つ出す。二人は、いつの間にかソファでしっかりと待機していた。
「そういえば、灯も大阪来るんやって?」
「そうそう。日帰りで春香のサイン会行こうかと思ったんだけど、ちょうど翌日にイベントが大阪であるから、そこにも参加しようと思って」
「それで最近、夜遅くまで原稿やっとったんか」
イベントとは、同人誌即売会のことだ。よくテレビに出ている、年に2回の所謂コミケとは別に、一年のうちに何度も、いろいろな企業が同人誌の即売会を開催し、私はそれにお金を払って参加している。お金を払って参加、というのは、自分で作った同人誌を頒布するための場所代というわけだ。
「うちに泊まってく?」
春香の実家は大阪の豊中市にある。実は割と実家が太いということは、以前遊びに行ったときに知った。彼女の部屋は十畳くらいあって、家を出た今でもまだ、そのままだった。おかげで、私と有里氏とハツセが三人で泊まっても、全然問題なかった。広いイズすごい。私の実家なんて、マンションなので六畳だし、何ならすでに父が趣味の部屋としてしまっているというのに。
「ん、大丈夫。春香は翌日宝塚観劇でしょ。私と起きる時間が違うと思うから、今回はイベント会場近くのホテル取るよ」
「有里さんは?」
「私は出張費で、会社がお金出してくれるので、ホテルで。プライベートで行くときはお世話になりますぅ」
「りょっかい」
もぐもぐと食べ進めるビッグシュークリームは、思ったよりもクリームの量が多い。
「あ、これハーフアンドハーフや」
「袋に書いてあったよ」
「うせやん」
私の言葉に、春香が袋を確認すると、そこには『ホイップクリームとカスタードクリームのWクリーム』と書かれてある。
「ハーフアンドハーフというより、二倍にばぁい、だったね」
「美味しいからどっちでもええけど」
「それはそう」
エアコンで涼しい室内。甘いシュークリームと、それに合わせるには微妙な麦茶。幸せそうに眠る二匹の猫。
明日は休みで、明後日は仕事。一日あけて、水曜日は有給休暇をとって面接に行く。今度こそ決まると良い。
テレビでは「梅雨明けです!」「夏が来ます!」なんて言いながら、梅雨明け初日の今日の最高気温が33度だなんて表示を出している。今はまだ28度だけど、すぐに気温が上がるだろう。エアコンの試し運転を済ませておいた良かった、なんて思ってしまった。でも、まだ窓の風と扇風機で乗り切りたい。
「エアコンつけるから窓閉めて」
そう思った矢先に、春香から声が掛かる。振り向けばリリとミヤが床にへばりついていた。
おっと。猫達が暑がっているのか。それは良くない。慌てて窓を閉める。
「そろそろ麦茶も用意しないとだねぇ」
「ふふふ。冷蔵庫を見てみたまえ、ワトソン君」
春香の言葉にもしやと冷蔵庫を開ける。
「こっ、これは!」
「昨日のうちに水出し麦茶を仕込んでおいたのだよ、明智君」
ワトソンなのか明智なのか統一はしないのか。
「偉いっ! ありがとうっ!」
二回柏手を打ち、拝む。そんな私の前にミヤをずい、と押し出した。
「リリが背中に乗りたそうやから、ミヤをよろしく」
渡されたミヤを抱き上げ、ソファに座る。はぁ、エアコンの空気が冷たくて猫が熱くて、なんだか最高だ。
「今日はあとで、梅を干そう」
そうだ。梅雨があけたので、梅仕事の続きをしなくては。
「有里氏を呼ぶ?」
「もう連絡しとる。たぶんあと2時間くらいで来る」
「そしたら、三人でランチにしよう。あ、でも何もストックないな」
「それやったら、駅まで有里さん迎えに行ってランチして帰ってこよ」
それは良い。
「ワッフル?」
「そ。ワッフルとプリン。久しぶりに食べに寄ろうよ」
駅近くにあるワッフルの店は、おかずワッフルもある。そしてワッフル屋だというのに、プリンが激うまなのだ。地元って案外外食しないので、こういうときにしれっと行きたい。
「ついでに夕飯の買い物もしないと。必要なもの書き出しとこっか」
そう言って振り返った先にあったのは、床にへばりついた状態の春香と、彼女の頭に登りつめて満足気な、リリの姿だった。
*
「梅は、梅雨が明けた頃に、三日三晩干すんや」
「三日三晩? 夜も?」
有里氏は三つあるエコバッグの一つを手にしながら、階段を春香のあとに上っていく。
「そう。夜も家に下げないんよ」
「その心は?」
「大喜利やないって。夜露に湿らせると、皮がやわらかくなるんやって。ま、ウケウリやけど」
「八百屋の女将さんが、めっちゃ長話で語ってくれたんだっけ?」
以前春香が「面白い話を聞いてきた!」と勢いよく帰ってきたことを思い出す。
「そうそう。ここの商店街の人たち、いろいろ教えてくれてええよね」
言いながら鍵を探すけれど、どうも見つからないらしい。仕方がないので、最後尾にいた私が、先頭に躍り出る。
「ただいまーっ」
エアコンを入れておいた家の中は、涼しい。暑さを感じないせいか、猫達もご機嫌で、にゃぁと声だけは返事をしてくれた。姿は見せてくれないので、寝ていたのだろう。
三人それぞれが猫に声をかけ、冷たい麦茶を飲む。
「青春漫画っぽいよね、麦茶」
「わかるーっ。有里氏そういうの好きそう」
「あれやろ? 扇風機が向こう側にあって、テーブルの上の麦茶のコップの氷がカランって溶けるヤツ」
きゃっきゃと話していれば、楽しそうに感じたのかリリが有里氏の背中に飛び乗る。
「リリちゃぁん。お姉ちゃんが好きなんだよねぇ」
でれでれの顔でリリをおんぶするようにして撫でる有里氏に、私たちはミヤの方を軽く見る。彼はこちらを気にすることなく寝ている。さすが年上だ。
「どうして人は、猫と話すときに声が甘くなるのか」
「それは永遠の謎やなぁ、灯」
リリが飽きてどこかへ行ってしまったので、そろそろ梅仕事を始めることにした。手を洗い、先月漬け込んだ梅をテーブルの上に出す。
「あれ? 赤い」
有里氏が首を傾げる。
「先月ビニール袋に入れた時は、白梅だったと思うんだけど」
「赤紫蘇が八百屋にでた頃に、中にいれたんや」
「ええー見たかったなぁ」
「そう言うかと思とったわ。梅酢と紫蘇を少し別にしとるから、後で実演してみせましょう」
「よっ! 春香大先生っ!」
「灯、ガヤ下手やな」
失礼だな。
少々暑いけれど、ベランダに折りたたみのテーブルを出して三人で並んだ。
テーブルの上には大きなザルを三つ。ここに梅干しを一つずつ置いていく。ガラス窓の向こう側では、二匹が向かい合って寝ていた。尊い。
一緒に漬けてある紫蘇も絞り、並べて干す。
「これはあとで摩り下ろして、ゆかりを作るんだって」
ご飯にのせたところを想像しているのか、有里氏が嬉しそうな顔で笑う。これはお裾分け必須だな。
ビニール袋に入っている梅酢は瓶に入れて、これまた太陽光に当てる。これで消毒になるらしい。良くわからないけど、塩分濃度も高いし、それで十分なのだろう。
青空の下、梅干しが三つのザルに並んでいるだけで、長閑だと感じる。
「ああ、ええ午後やなぁ」
「本当に」
そう応えれば、有里氏も頷いた。
しばらく私たちはそうして、何をするでもなくぼんやりと空を見上げていた。少しだけ酸っぱいような匂いがする、狭いこのベランダで、向こうの方に見える川辺に、子ども達の姿が見えた。
「暑いのにねぇ」
「灯氏、私たちも暑いのにここにいる」
「有里さんの言うことも、もっともや。そろそろエアコンの部屋に戻らん?」
非常に魅力的な提案だ。私たちは即座に従った。梅たちはこれから三日三晩、ここで太陽に晒される。どうか三日の間は、雨が降りませんように。心の中で、そっと祈る。
部屋の中は、エアコンの恵みを体感させてくれるに十二分の状態だった。
麦茶を三人のグラスに足し、ついでに春香が取り分けておいた、赤紫蘇を入れる前の梅酢の入った瓶も冷蔵庫から出す。
「これをボウルに入れて、と」
春香が、まるでマッドサイエンティストのような表情で、キッチンカウンターに立つ。その向かい側に、私と有里氏。
「今は透明やろう? 舐めてみ」
「うわっ! しょっぱい!」
顔中を梅干しみたいにした有里氏は、舌を突き出してひぃひぃ言う。
そう。自家製の梅干しって塩分濃度が高いので、梅酢も酸っぱいというよりも、塩辛いのだ。
「自家製は塩分が多めやからね」
味噌も梅干しも、そしておせちも、自家製は悪くなりにくいように、塩分や糖分を多くして保存するのが昔からの習い。そんなことを知識では知っていても、実際に舌で味わうと、衝撃が走るものだ。
「有里さん、これを塩で洗ってしっかり絞ってくれへん」
少量の赤紫蘇を受け取る。
赤紫蘇と言っても、見た目は緑に紫色が多少混ざる程度のものだ。塩で揉むと、赤というよりも黒に近い液体が出てきた。それをよく水で洗い流す。水分をしっかり切ったところで、春香が受け取った。
「はい、有里さん、よお見といてな」
赤紫蘇を、白い梅酢へといれる。その瞬間。
「えっ」
目を見開く有里氏に、春香は、我が意を得たりといった顔でにこにこしていた。
白い梅酢が、赤紫蘇を入れた途端、鮮やかな赤色に染まったのだ。
「面白いね」
「料理は化学、ってことやんなぁ」
赤紫蘇に含まれるアントシアニン。これが梅酢の酸性に触れて赤色に変色した。そう説明をすれば、有里氏は何度も頷いた。
「ほんと、料理は化学だわ」
しみじみと言う有里氏は、何度も赤く染まった梅酢を見る。
「はい、台所実験室はこれで終いや」
「そしたら、さっき買ってきたビッグシュークリームでも食べよ」
冷蔵庫からスーパーで一つ百円で売っていたそれを三つ出す。二人は、いつの間にかソファでしっかりと待機していた。
「そういえば、灯も大阪来るんやって?」
「そうそう。日帰りで春香のサイン会行こうかと思ったんだけど、ちょうど翌日にイベントが大阪であるから、そこにも参加しようと思って」
「それで最近、夜遅くまで原稿やっとったんか」
イベントとは、同人誌即売会のことだ。よくテレビに出ている、年に2回の所謂コミケとは別に、一年のうちに何度も、いろいろな企業が同人誌の即売会を開催し、私はそれにお金を払って参加している。お金を払って参加、というのは、自分で作った同人誌を頒布するための場所代というわけだ。
「うちに泊まってく?」
春香の実家は大阪の豊中市にある。実は割と実家が太いということは、以前遊びに行ったときに知った。彼女の部屋は十畳くらいあって、家を出た今でもまだ、そのままだった。おかげで、私と有里氏とハツセが三人で泊まっても、全然問題なかった。広いイズすごい。私の実家なんて、マンションなので六畳だし、何ならすでに父が趣味の部屋としてしまっているというのに。
「ん、大丈夫。春香は翌日宝塚観劇でしょ。私と起きる時間が違うと思うから、今回はイベント会場近くのホテル取るよ」
「有里さんは?」
「私は出張費で、会社がお金出してくれるので、ホテルで。プライベートで行くときはお世話になりますぅ」
「りょっかい」
もぐもぐと食べ進めるビッグシュークリームは、思ったよりもクリームの量が多い。
「あ、これハーフアンドハーフや」
「袋に書いてあったよ」
「うせやん」
私の言葉に、春香が袋を確認すると、そこには『ホイップクリームとカスタードクリームのWクリーム』と書かれてある。
「ハーフアンドハーフというより、二倍にばぁい、だったね」
「美味しいからどっちでもええけど」
「それはそう」
エアコンで涼しい室内。甘いシュークリームと、それに合わせるには微妙な麦茶。幸せそうに眠る二匹の猫。
明日は休みで、明後日は仕事。一日あけて、水曜日は有給休暇をとって面接に行く。今度こそ決まると良い。