芝居を観ているあいだ、ちらちらと隣にいる磯村のことが気になって仕方がなかった。正直、たいして中身のない芝居である。
 どっちかといえば、ストーリーは推しがいろんな表情を見せてくれるためのツールでしかない。いつもなら、そんなことは気にも留めないのに。そもそも磯村がどんなものが好きなのか知らない。テレビドラマや映画の話題なんてしたことがなかった。
 芝居が終わり、拍手を送っているとき、なんとなく楽しそうな横顔が見れて、真夏はほっとした。
「ん?」
 真夏の視線に気づいて、磯村が真夏のほうを見た。真夏は慌てて舞台のほうに顔を戻した。
「どうだった?」
 劇場から出る途中、人混みのなかで、真夏は訊ねた。
「ああ、なかなか面白かったっすね」
 磯村が言った。
「ならよかった」
 もしここで、磯村が交戦的になって、芝居にあれこれケチをつけだしたらどうしようと不安になった。秋穂とだったら、「あのシナリオしょうもなかったねえ」などと話しても、同意したり「でもパフェを食べる直輝を拝ませてもらったんだから、わかってるっちゃわかってるよねえ」などと受け流し、そして話のことなど関係なく、演じる直輝のことを語り合うだけである。
 なんとなく磯村とは口論したくないな、と思った。
 劇場の外にでたときだ。
「真夏」
 と呼ばれ、見てみるとそこに秋穂がいた。
「秋穂、どうしたの」
「だって今日が千秋楽でしょ。観ることができなかったとはいえ、やっぱ近くで公演が無事終了したことを祝わなくちゃって。
 どういうポジションだ、と常人が聞いたら首を傾げる発言だが、もちろんわかる。
「今日これなかった人すか」
 真夏の横にいた磯村が興味深げに秋穂を見た。
「うん、秋穂ちゃん、高校のときからの友達」
「へーっ、十年以上ってことですか、すげえ」
 磯村が驚いた顔をした。「俺もう高校の友達でつるんでいるやついないっすよ」
「えーと、誰、このでかいの?」
 秋穂が言った。
「うちの会社の磯村さん、芝居一緒に観てもらったの」
 真夏は秋穂の顔をい伺いながら紹介した。秋穂のほうはたいして興味なさそうだ。
「背、高いね。身長いくつ?」
「百八十二です」
「てことは、直輝と一緒!?」
 急に秋穂の顔が綻び、「ちょっと真夏、この人と写真撮るから」とスマホを真夏に渡した。
「え、なんで?」
「だって、直輝と並んだらこんな感じかって知りたいじゃん、ほら、ちょっとあんたしっかり立ちなさいよ」
 そういってあれこれ指示をしだした。
「なんか、この人面白いっすね」
 と磯村が笑った。

 そのまま三人で飲みにいくことになった。
「で、どうだった、今日の直輝は」
 ひとまずビールを飲み干し、秋穂が言った。
「どうって」
 隣にいた磯村の反応が気になってしまい、細かくチェックしていちいちその振る舞いに萌える、なんとことができなかった。
「ああ、なんか日本一のそば職人になろうとしていた人ですかね」
 磯村が言うと、
「うどんよ。なにを観ていたのあんたは、節穴?」
 と秋穂が腹を立てた。
「ああ、すんません、あの人のファンなんですか」
「まあね、ここ最近は成長を見守っているわ」
 なぜか堂々と秋穂が言った。
「そういう系ですか」
「なに」
「まだ売れてない俳優を早い段階で見つけて、ワシが育てたんじゃあ、とか古参ぶるやつ」
「は?」
 あ、やっぱりこの二人、合わないかもしれない。真夏は今日はこのまま解散すればよかった、と後悔した。
「いや、すごいですよ。そういうのって、これからのエンタメを育てているようなもんで、俳優だけでなく、業界全体を盛り上げているってことじゃないすか」
「……まあね」
 なんとなく秋穂もご満悦の様子である。磯村は口が立つけれどさすが営業。人の懐に入るのがうまい。
 その後は秋穂の語る「直輝のよさ」を拝聴する会となった。いつもだったら話に乗る真夏だったが、なんとなく磯村が気になってしまい、相槌を打つばかりとなってしまった。
「むかし俺も高校の文化祭で芝居したんですよ」
 磯村が言うと、
「へえ、なにやったの」
「『ロミオとジュリエット』のロミオ』
「そりゃ美しくないrtロミオねえ」
 とナチュラルに秋穂は暴言を吐いたが、「そらそうだ」と磯村は笑い、まったく気にしていなかった。
「やっぱり俳優ってのはちょっと敗退的でないと。そう考えるといまは直輝が至高だから、こんど映画ちょいい役でるし」
 うっとりと秋穂が言った。
「おもろいな、秋穂さん」
 磯村は笑い、真夏は少し、どきりとした。