第1話

 町のギルドには驚くほど多くの人間が集まってきていた。

『ドラゴン討伐のお知らせ』

 という張り紙が国中に張り巡らされてから十日が経つ。そして申し込みが、今日から開始されたのだ。
 報酬は金貨三百枚。そして国王との謁見、祝賀会の参加。
 力ある者、一獲千金を狙う者、名を馳せたい者、動機は様々だが、大半の者は金貨狙いだろう。そんな輩がこぞってこの場所へと集まってきているのだった。

「え? 駄目なんですかっ?」
 トビーは受付で声を上げた。やっと順番が回ってきたにもかかわらず、出した書類を見るなり受付嬢に渋い顔で受理できないと言われてしまったのだ。
「応募項目、ちゃんと読んでくださいね。申し込みはグループで。四名もしくは五名。代表者は成人以上であること。ちゃんと書いてあるでしょ?」
 そう言われ、申込書を押し返される。

「そんな……、」
「どうしても申し込みたいのであれば、ここに集まってる誰かに声を掛けてみては? 結構みなさん、そうやってグループ組んでますから」
「……はぁ」
「次の方!」
 無情にも受付を追い払われる。まだ、助言をしてくれただけましだろうか。
 双子の妹、リリーナが不安そうにトビーを見る。
「心配すんな」
 トビーはそう言って周りを見渡す。

 屈強な男たち……剣士や格闘家、法衣を纏った魔導士、杖を手にした魔法使い、獣を連れ歩いているのはテイマーだろうか。この中から誰か、自分たちと組んでくれそうな人を見つける。

 トビーは剣士、妹のリリーナは魔法使い。とすれば、組むべきは魔導士か、格闘家……弓使いや僧侶でもいい。が、いかんせんこちらはまだまだ駆け出しの若い剣士と魔法使い。どう声をかければいいのか、トビーは考えを巡らせる。

「はいはい、ごめんよ~、俺が通るよ~! お! 可愛いおねぇさん、もしかして剣士ぃ? いいねその甲冑! セクシーだし似合ってる! で、ドラゴン討伐だろ? どうよ、俺と組まない?」

 キラーン、という擬音が出そうなポーズで親指を立てる賑やかしい男の姿を見つけ、トビーとリリーナが思わず視線を向ける。
 声を掛けられた女性は眉間に皺を寄せて、
「は? 組みませんけど?」
 と即答していた。

「ええ~? なんでよ! 俺、結構役に立つぜぇ? おねぇさんの力……そう、まだ眠ってる未知なる力をググ~ンと引き出してあげちゃうんだけどなぁ~? ねぇ、ダメ?」
 最後の『ダメ?』は可愛らしく組んだ手を右耳近くに当て首をかしげるというポーズ付きである。言わずもがな、女性の眉間の皺は、どんどん深くなっていった。
「気持ち悪っ」
 そう吐き捨て、去って行った。

「ちぇ、冷てぇな」
 後ろ姿を見つめながら呟くと、次の瞬間、
「おお! そこの麗しの君!」
 と片膝を突き、別の女性に声を掛けていた。

「……すごいな、あの人」
 トビーの言葉に、リリーナも大きく頷いた。
「おい、あいつって……、」
 トビーたちの後ろで、コソコソと話をしている魔法使いと剣士がいる。目はあのナンパ男を追っているようだ。
「だよな、やっぱり!」
 くすくすと侮蔑的な笑いと共に顔を歪ませる二人。

「パーティーから追い出された、って聞いたけど、なんでここにいるんだ? まさか新しいメンバー探しに来たのか?」
「賞金目当てだろうな。でも新しい仲間を探すってのは無理じゃないのか? だってあいつのスキル……」
「だよなぁ」
 どうも彼はどこかのギルドを追い出されたことで、新しいメンバーを集めているということのようである。が、

(声、掛けづらいよな……)

 パーティーを組む相手がいれば誰でもいいというわけではない。目標は大きく、ライバルも多い。なるべくなら勝ちに行ける人間を選びたいのだ。が、

「無理!」
 男がまたフラれている。
「ええいっ、誰か俺と組みたい奴いねぇのかよ~? いい仕事しますよぉ~っと」
 誰彼構わず声を掛けては断られる、を繰り返す男。ぼさぼさの頭。ボロボロの衣服。剣を下げていないし杖も持っていない。

「……あの!」
 トビーは意を決して声を掛けた。メイスを手にした屈強な男に、である。

 男はチラ、と視線だけを下に向け、低い声で『あん?』と答える。
「あの、もしまだパーティーを組んでいらっしゃらないのでしたら、僕たちと組みませんかっ? 僕は剣士で、妹は魔法使いなんですけどっ、」
 勇気を出してみたものの、声を掛けられた男は二人を一瞥し、鼻で笑った。

「ハッ! お前らと、かぁ? おいおい、ままごとの相手探してるんじゃねぇんだぞ? これが何の集まりかわかってここにきてんのかよ? ドラゴン討伐だぞ? お前ら、ランクいくつだ? Fか? Eか?」
 バカにするように、そして周りに聞こえるような大きな声でそう口にする。トビーが拳を握り締め、
「これでもCプラスですけどっ」
 と言い返すと、一瞬の間の後、話を聞いていたであろう、周りにいた人間が全員、声を上げて笑ったのだ。

「まさかだろ! ここに来てる面子は、最低でもBランクプラスだぞ? それだって数える程度で、ほとんどがAで、Sもいるってのに!」
「ほんと、ビックリだわぁ! あんたたち、危ないから帰りなさいよぉ」
 弓使いらしい女性も笑いながらそう言ってくる。
「おうちに帰ってママにミルクでももらいなって、にーちゃん!」
 体の大きな男にバン、と背中を叩かれ、トビーの体が大きくつんのめり、膝を突いた。

「トビー!」
 リリーナが駆け寄ると、また、周りから笑い声が聞こえる。トビーはグッと拳を握りしめ床を叩いた。悔しさに唇を噛み締める。

「──笑うな」

 地の底から響くような声が聞こえ、トビーが顔を上げた。自分ではない。誰かが発した声は、怒っている。トビーと同じように。

「誰だ、今のはっ」
 大男が見渡すと、

「俺だよ」

 不機嫌そうに目を細め大男を()め付けているのは、さっきのナンパ男だったのである。
第2話

「なんだ、お前かシュリ・マクシス」
 大男がニヤニヤしながらナンパ男……シュリを見た。

「相変わらず弱いもんいじめか、ブライ」
 シュリが言い返す。

 ブライ、と呼ばれた大男はキッとシュリを睨んだ後、すぐに破顔し、
「いじめ? まさか! 俺はこの子たちの身を案じて言ってやったまでさ。ドラゴン討伐だぞ? ゴブリンじゃない」
 大袈裟に身振り手振りを交え語ると、またしても周りがドッと沸く。
「大体、ランクBにも達していない子供と、誰がパーティーを組むんだ? そんなもの好きいるわけないだろう?」

 ブライの言うことは尤もだった。ドラゴン討伐に向かうのに、ランクCなど論外だ。最低でもSランク平均のパーティーでなければドラゴンは狩れない。あくまでも目安、ではあるのだが。

「物好き……か」
 トビーが立ち上がり、言った。
「確かに仰る通りです。俺も、妹もレベルはC。ドラゴンなんて相手にするのはとても無理かもしれない。でも、それでも行かなきゃならないんだ……俺たちにはどうしても賞金が必要なんです! 村を救うためにっ」
「トビー……、」
 リリーナが俯き、呟く。

「賞金稼ぎたいなら、ギルドで地道に稼ぐって方法だってあるぜ?」
 シュリが言うと、トビーが激しく首を横に振る。
「そんな時間はない! ないんです!」
 訳アリなのだろう。
 しかし、それはここにいる別の誰かだって同じことなのである。トビーだけが特別ということにはならない。

「なんだよ、辛気臭ぇな。ともかくここはお前らのいるような場所じゃねぇんだから、とっとと出てけってぇの」
 ブライが手をひらひらさせる。
 冷たい視線をいくつも浴び、リリーナは悔しそうな顔で俯いている。トビーはグッと唇を噛み締めていたが、静かに歩き出した。

「おっと、お客様のお帰りだ! みんな、道を空けてやれ~!」
 ブライが茶化すと、それに倣って周りの人間が笑いながら手を叩き、道を空けた。手拍子に合わせて進んでいくトビーとリリーナの顔は暗く沈んでいる。そんな二人の前に、シュリが立ちはだかった。

「パーティー組めればいいんだよな?」
「……え?」
 トビーが顔を上げる。

「はぁぁ? どうしたシュリ、誰も組んでくれないからって自棄(やけ)になったかぁ?」
 ブライが声を上げる。
「うるせぇ! 外野は黙ってろ!」
 シュリが一喝する。そしてもう一度トビーに向き直り、じっと目を見て、言った。
「俺と組むか? お前たちがその気なら、だけどな」
「あなたと……?」
 シュリが首を傾げる。
「お互い何も知らねぇが、これも縁だろ」

「こりゃいい! 聞いたかみんなっ、かの、シュリ・マクシスが子供二人とパーティーを組むとさ!」
 場がドッと湧く。
「おいおい、でもまだ足りねぇぞ? あと一人いないとパーティーとしては登録できないんだぜぇ? おい、誰かこのパーティーに入りたいってやついるかぁ~?」
 ぎゃはは、と笑いが起こる中、ズイ、と一人の男が前に出る。厳つい体に切れ長の目。四十を過ぎた辺りだろうか。静かな狂気、のようなものを感じる。ざわつく店内。

「俺が入る」

 その言葉を聞き、その場がシン、と静まり返った。
「……おい、マジかよ」
 ブライが顔を引き攣らせた。
 シュリは男の顔を見て、首を捻る。見たことがある気がするが、思い出せないのだ。

「どうだ、構わないか?」
 訊ねる男に、シュリが、
「ああ、俺は別にいいけどよぉ」
 と答え、トビーとリリーナを見る。二人は顔を見合わせ、しかし小さく頷き合うと、
「お願いします!」
「よろしくお願いしますっ」
 と揃って頭を下げた。

「よ~し、決まりだ!」
 シュリが受付から紙を受け取り、その場でさらさらと名前を書く。それを双子に渡し、名前を書かせる。最後に男に紙を渡すと、男は『アシル・バーン』とサインした。
「アシル……ああああ!」
 シュリが仰け反る。
「あんた、アシルか!」

 アシル・バーンといえば有名なテイマーだ。最近はあまりその名を聞かなくなっているが、数年前はギルド荒らしとまで言われていた力のあるテイマーの名だった。
「あんたほどの人が、なんで……」
 シュリの問いには答えず、アシルは申込用紙を受付に差し出す。
「これでいいな?」
「え? あ、はい……」
 驚きながらも、受付嬢が用紙を確認し、受理した。
「これで手続きは済んだ。行くぞ」
 アシルがそう言って三人を見、出口へと歩き出す。その後ろを、不安そうな顔で双子が付いていく。怪訝な顔でシュリが続いた。

 四人が姿を消すまで、中の人間はただ黙って見送ったのだった。

*****

「あ、あのっ」
 足早に歩き続けるアシルの背中に向け、トビーが声を掛けた。が、アシルは振り向きもしない。
「えっと、アシル……さんっ!」
 今度はアシルが歩みを止める。顔だけを向け、『なんだ』と返す。
「あの、ありがとうございましたっ」
 トビーが頭を下げ、リリーナが続く。

「礼を言われるようなことじゃない」
「でもっ、俺たち全然レベル低いし、なのに一緒にパーティー組んでいただけるなんて」
「それはそっちのにーちゃんもだろ?」
 シュリを顎でしゃくる。
「あ、はい! お二人とも、本当に、」

「なぁ、アシルさんよぉ」
 シュリがトビーを押し退け、前に出る。

「アシル、でいい」
「俺もシュリでいい。……で、なんでまた、手を挙げたんだ?」
「それはお前もだろう?」
「……それは、まぁ、そうだけど」
 ごにょごにょしながら言い淀む。

「あの!」
 間に割って入るトビー。

「あの、せっかくなので自己紹介しませんかっ? 俺、トビー・チャドです。歳は十六で、こっちが、」
「リリーナ・チャド、魔法使い……です」
 おどおどしながらリリーが続いた。
「俺たちは双子で、どうしても賞金を手にしたくて参加を決めました。あの、まだランクも低いんですが、迷惑かけないように頑張るのでよろしくお願いします!」
「お願いします!」
 二人の勢いに乗せられ、アシルが口を開く。

「俺はアシル・バーン。テイマーだが、ほとんど役には立ちそうもない」
「は? なんで?」
 思わず聞き返してしまうシュリ。
「あんた、あの有名なアシルだろ? ランクSSじゃなかったか?」
「えっ?」
「ええええっ?」
 双子がアシルを見上げる。

「……ランクなんて意味ないだろ。今の俺は廃人同然だ。テイムしてる獣もいない」
「え? いない? まさか!」
 聞いた話ではあるが、とんでもなく強い魔獣を持ち歩いている、という噂や、ドラゴンテイマーを目指して旅に出た、などと言われているような人物なのだ。
「そのまさか、だ。討伐に向かう前に魔獣をテイムするところから始めないとな」
 自嘲気味に笑う。

「で、お前は?」
 アシルに促され、シュリが姿勢を正す。

「シュリ・マクシス。ブライのパーティーを追放されたばかりの、吟遊詩人だ」
第3話

「吟遊……詩人?」
 トビーが聞き返す。

 確かにそういうスキルがあると聞いたことはあるが、実際に会うのは初めてだ。吟遊詩人とは、言葉を操るスキルであると共に、昔語り……つまりは知識系、情報屋のような側面も持っていたような気がする。

「さっき突っ掛かってきたブライとは、半年ほど同じパーティーにいたが、最近追い出された。俺は役に立たないとさ」
「役に立たない?」
「俺抜きでも充分やっていける。何ならもっと役に立つメンバーが欲しいってことで、俺を追い出して若い僧侶を囲ったみたいだな」

「ああ、あんたが噂の口男……」
ぽそっとアシルが呟く。
「口男?」
 トビーが聞き返した。

「ったく嫌な響きだぜ、口男、なんてよぉ」
 シュリが頭の後ろで腕を組んだ。
「俺のスキルはちょっと珍しいからな。言葉で仲間の能力を上げるんだ」
「スキルアップ……ですか」
「ま、そういうこと」
 魔導士の補助魔法に似ている。

「少し前にどこからともなくふらりと現れ、口で食ってる口男だと聞いたが?」
「そう呼ばれてるのは知ってるが、実際はそんな大したもんじゃねぇ」
「口男は伊達か」
 アシルが淡々とした口調でそう話す姿がなんだかツボに入ってしまい、リリーナが笑い出した。
「え?」
 笑われたアシルが焦った顔をする。
「俺は何かおかしなことを……?」
 真面目に慌てている様子を見、更にリリーナが笑う。我慢できないのか、口に当てた手から声が漏れ始める。

「ぐふっ、口男、あはは」
 そんなリリーナを見ながら、トビーが呆れた顔で言った。
「すみません、リリーナはゲラなんです」
「……ゲラ?」
 眉を寄せ、アシルが首を捻る。
「ええ……いわゆる笑い上戸、ですね」
「あはは、ごめっ、ごめんなさいっ、でもアシル様ったら真面目な顔でっ、口男、口男って。なにその口男って! ぷぷ、」

 そんなリリーナを見、シュリがにこやかに
「お嬢ちゃん、笑うと可愛いじゃない」
 とリリーナに話を振る。すると、一瞬で真顔に戻るリリーナ。
「お嬢ちゃんってなんですか? そういうの、やめていただけます?」
 キッとシュリを睨み付けた。
「えええ? あれぇ? さっきまでとキャラ違くなぁい?」
 シュリがトビーの後ろに隠れるようにして対峙する。

「で、どうする? 組んだからにはある程度お互いの力を知っておいた方がいいと思うんだが?」
 器用に片方の眉だけを上げ、アシルが三人を見た。
「おっ! それいいねぇ。行くか!」
 シュリがパン、と手を叩いた。
「行くって、どこへです?」
「そりゃ、もちろん!」
 シュリがピッと指をさす。その先に見えるのは……、

*****

 魔物の森、と呼ばれている場所。

「そっちだ、トビー!」
「はい!」
 剣を振り回し魔物に斬りかかる。そんなトビーを背後でリリーナが援護する。アシルはさっきテイムしたばかりのブラックウルフを使い、目の前のワームを無力化する。
 ブラックウルフを、しかもテイムしたてでここまで使いこなしてしまうのだから、やはり只者ではないな、とシュリは思った。

 かくいうシュリは、スキルを発動させることなく皆の戦いを見ていた。
 トビーは発展途上だが、筋がいい。動きが俊敏で反応が早い。まだ体は小さいが、実戦を続ければどんどん強くなるだろう。
 リリーナは一見大人しそうに見えて、とても積極的で、攻撃的だ。トビーを援護しながらも、隙を見ては攻撃を繰り出している。こちらも成長は早そうである。
 が、問題は時間がないことだ。ドラゴン討伐はすぐに始まる。あと数日で仕上げるというのはさすがに無理があった。

 それに……、

「あのオッサン、本気出さねぇな」
 アシルだ。
 伝説とまで言われたテイマーでありながら、ブラックウルフ一匹しかテイムしていない。さすがにこれでは戦力としては弱すぎる。

「おい、お前は何もしないのか、口男?」
 何もせず口ばかりのシュリを見て、アシルがムッとした顔をする。
「ヒーローは最後に登場するって決まってるんだよ!」
 シュリはへらへらとそう言い放ち、
「ほら、トビー次が来てるぞ!」
 と指示だけを出す。
「うわっ」
 トビーが足をもつれさせ膝を突く。隙だらけの状態のところにワームが飛び掛かる。大人の背丈ほどもあるワームが団体でやってくる様子は、大分気持ちが悪いものだ。

「ファイヤーウォール!」
 リリーナが追撃し、焼き払う。が、リリーナもだいぶ疲れてきているようだ。ふい、と横を見ると、アシルはシュリ同様、何もせずただ二人を見ていた。

「おいオッサン、加勢しろよ」
「その言葉、そのままそっくり返す」
「俺はオッサンじゃねぇ!」
「三十越えれば同じことだ」
「チッ、」
 シュリが舌打ちで返す。今年、三十一歳だ。

「今日はそろそろ終わりでいいだろう」
 アシルがブラックウルフに命じる。
「アシル・バーンの名において命ず。ヴァング! ワームを殲滅せよ!」
 アシルがそう口にするや否や、ブラックウルフが駆け出す。そのままワームに飛び掛かると、片っ端から食いちぎってゆく。

「ひょ~、圧巻」
 シュリが手を叩いた。トビーとリリーナは呆気にとられその様子を見ている。さっきまでと動きが違う。たった一匹のブラックウルフが、数十はくだらないワームをあっという間に片付けてゆくのだ。その力、スピード、どれを取っても素晴らしい働きであり、これは単に『ブラックウルフをテイムした』だけのことではない。個体として最高のブラックウルフを選別し、従わせているということだ。
「やっぱ只者じゃないんだな」
 シュリが呟く。

 すべてのワームを無力化させ、ブラックウルフがアシルの元へ戻る。
「よくやった」
 ぽす、と頭を撫でると、ヴァングが気持ちよさそうに目を細める。それを見ていたリリーナがソワソワしながら近付き、
「あ、あのっ。触っても大丈夫……ですか?」
 とアシルに聞いた。
「……まぁ、大丈夫だが」
 返事を聞くや否や、パッと顔を輝かせ、ブラックウルフに手を伸ばした。

「ヴァング、はこの子の名前……ですよね?」
 アシルがそう呼んでいたことを思い出し、訊ねる。
「ああ、そうだ」
「ヴァング……」
 名を呼び、手を差し出す。ヴァングはリリーナの手に鼻を寄せ、匂いを嗅いだ。そして危険がないと判断したのか、ペロリ、とリリーナの手を舐める。
 リリーナは手を伸ばし、ヴァングの頭を撫でた。
「へぇ、怖くないんだな」
 シュリが意外そうに言うと、ヴァングの耳がピクリと動き、小さく唸り声を上げた。

「……来る!」

 アシルが振り向き構える。トビーがつられて振り向くと、地鳴り。続けて森の奥から大型の獣の足音が聞こえ……、

「あれって……ニードルベア!?」
 全身を鋼の針の毛で覆われた巨大な獣が走ってくるのが見えた。
「おい、どうするシュリ!」
 アシルの呼びかけに、シュリがニッと笑った。
第4話

「やっと名前呼んでくれたなぁ」
 シュリの返しにアシルが声を荒げる。
「そんなこと言ってる場合じゃっ、」
「問題ない。リリーナ、あいつを足止めしてくれ!」
 突然の指名に、リリーナが目を丸くする。
「ええっ? あんな大きな獣、私の魔法じゃ」
「大丈夫だ、俺が手伝う。足元を狙え!」
 そう言ってシュリがリリーナの後ろに立つ。リリーナは手にした杖を掲げ、
「フリーズ!」
 と叫んだ。叫ぶ瞬間、すぐ後ろでシュリがリリーナに何かを耳打ちした。と、放たれた魔法が増幅しニードルベアの足元に直撃する。

「な……に、これ」
 その足元はガッチリと氷で覆われ、ニードルベアの動きを完全に止めたのである。

「アシル、テイムだ!」
「はっ?」
 トビーは驚いてシュリを見る。相手はとんでもない大きさの巨大熊。こんなに大きな獣をテイムするなど……、

「汝の名はジャニ。我がアシル・バーンの名において汝をテイムする!」

 よく通る声でアシルがそう口にし、宝玉を掲げる。宝玉はテイマーの持つ道具の一つであり、ここに魔獣や獣をテイムするのだ。そして獣は、呼ばれた名を受け入れることでテイムされる。だが、強い獣になればなるほど、捕まえるのは容易でなくなる。相手を格上と認めなければテイムされることはないのだ。

 グアァァオォォウ

 ニードルベアが大きく唸り声を上げる。アシルを一睨みし、そして……軍門に下った。ピカリ、とその姿が光となり、宝玉に吸い込まれてゆく。

「嘘……テイムしたっ?」
 リリーナが口元に手を当てる。
「すごい……」
 トビーも口をあんぐりと開けていた。
「さすがだな、アシル」
 シュリは満足そうだった。
「……シュリ、お前、」
 アシルが難しい顔で何かを言おうとし、そのまま口を噤む。

「シュリさんすごい! さっき私に何したんですかっ? 私の魔法、威力がいつもより何倍も大きくなりましたっ。吟遊詩人ってすごいんですね!」
 一気に捲し立てる。
「それにアシルさんもすごい! あんな大きなニードルベアを一瞬でテイムしちゃうだなんてっ。私、テイムするとこ見るのって今日が初めてなんですけど、ヴァングのときといい、さっきといい、もう、感動です!」
 大分、興奮しているようだ。

「だろ? 俺、結構すごいだろ? な! トビーもそう思ったろ?」
 シュリが嬉しそうにそう口にしながらトビーの背を叩く。
「あ、はい。驚きました……」
「な! 俺、なかなかいい仕事するんだって! アシルもすげぇな。さすが伝説の、」
「その話はもういい!」
 ぴしっ、とその場に緊張の糸が張り詰める。アシルは不機嫌そうに顔を歪め、
「続きは明日だ。今日は解散しよう」
 そう言い残し、ヴァングを連れ一人で行ってしまった。

「……なにか、気に障ったのでしょうか?」
 リリーナが心配そうにその後ろ姿を見送る。トビーもまた、
「大丈夫かな、アシルさん」
 と口にした。
「大丈夫だろ、いい大人なんだから」
 シュリは気にしていないようだ。

「それより腹減ったよな。飯、食いに行こうぜ!」
 そう言ってずんずん町の方へと歩いていくのだった。

*****

 ドラゴン討伐。

 数カ月前、山向こうの森で大きな騒ぎが起きた。この辺りには生息しないはずのドラゴンが暴れているというのだ。そのせいで森にいた魔獣や獣たちがその地を追い出され、山から町の近くまで下りてきてしまった。このままでは町が危険にさらされると、慌てて王宮が動き、ドラゴンに懸賞金をかけたのだった。無謀な賭けだ。

「んで、お前らはなんで金が要るんだよ?」
 目の前の肉にかぶりつきながらシュリが言う。既に口いっぱい肉を頬張って喋れないトビーの代わりに、リリーナが答える。

「私たちの村……ウナはとても小さな村です。貧しいながらも平和に暮らしていたのですが……領主さまが代替わりして、急に貢納金の値上げを言い渡されたのです。それがとても払えるような額ではなく、収められないのなら村を出て行けと……」
「ウナ……? ああ、オリヴ家か。もしかしてダレンが今の領主か?」
「御存じなのですかっ?」
 肉を飲み込んだトビーが口を開いた。
「知ってるってぇか、まぁ、知識としてな」

 吟遊詩人は情報屋。

 トビーはそう言われていることを思い出した。国の外れにある小さな村の領主まで知っているのはすごいことだ。
 リリーナもまた、さっきの戦いでのことを思い返していた。あの時、シュリはリリーナが魔法を繰り出すタイミングでなにかを囁いた。あの一言で、今まで経験したことのないほどの力が引き出されたのだ。あの感覚は忘れられない。

「んで、賞金をその貢納金に当てようってことか」
「はい」
「ん~」
 シュリが腕を組み、目を閉じる。
「なん……ですか?」
 リリーナが身を乗り出す。
「いや、それって解決にならないよなぁ、と思ってよぉ」
「え?」

「だって、考えてもみろよ。一度金を渡しちまえば、また寄越せって言ってくるんじゃねぇのか?」
「あ、」
「それは……」
 二人が視線を落とす。

「あのボンクラ息子、ろくに仕事もしないで金だけ集めようって魂胆なんだろうな」
 シュリが吐き捨てるようにそう言うと、トビーがすかさず
「やはりご存じなんですね?」
 と訊ねる。
「噂程度にな」
 適当に誤魔化すシュリ。

「……どうすればいいんだろう」
 ぽつり、とリリーナが口にすると、シュリがグラスに入った酒を一気に煽る。
「そんなの、国王謁見の際に陳情すればいいだろ。それがダメなら領主をやっちまうか、村を出るか」
「そんなっ」
「トビー、世の中ってのはな、優しくはないんだ。金と力を持つ者だけが威張り散らして好き放題暮らせる。弱い者はただ潰されるだけなんだぜ」
「そんな……」
 トビーが眉根を寄せた。

「シュリさんは、私たちがドラゴン討伐を成し遂げられるって本気で思ってますか?」
 真剣な顔でリリーナがそう訊ねる。
「そうだなぁ……」
 シュリはカリカリと頭を掻き、
「アシルが本気出すこと。お前たち二人がランクAまでレベルを上げること。これが出来れば可能かもしれないな」
「ランク……、」
「Aって……」
 トビーとリリーナが肩を落とした。が、ハッと気づいたようにシュリを見る。
「シュリさんのスキル!」
「あん?」
「シュリさんのスキルで私とトビーを押し上げてくれたらもしかしてっ」

 あの時の自分がどのくらいのレベルになっていたかはわからないが、自分ではとんでもない力を発揮できたと思っている。Aランク程度ならシュリのスキルをもってすればあるいは、と思ったのだが……、

「誤解すんな。Aランクのお前たちを俺が押し上げてSに持って行く、って意味だ」
「ああ、そっちか……」

 とんでもなく遠い道のりに思え、肩を落とすトビーとリリーナだった。
第5話

「いよいよ明日、討伐開始だ」

 シュリがグラスを片手に言った。
 いつも引き上げと同時に姿を消してしまうアシルも、今日は揃っての食事に応じていた。

「討伐は、早いもん勝ちだ。だが今回挑むドラゴンがそう簡単な相手ではないってことだけは知っててくれ。なにしろ国を代表する精鋭部隊が蹴散らされたんだからな」
「えっ?」
「そうなんですか?」
 トビーとリリーナが驚きの声を上げる。

「初めは城の近衛師団を出した。ドラゴンに接触は出来たが、討伐には至らず。それで民間に依頼した。ここはかなり強い連中の集まりで、間違いないだろうとの見立てだったんだが……残念ながら逃がしてしまった」
 チラ、とアシルを見るも、無反応だった。

「元々、ドラゴンはカナディア大陸中央にあるネロム山脈、ドラゴンの谷に生息している。わざわざそこから出て来るなんてこと自体珍しいんだ。迷子なのかなんなのか、ともかくアルゴンの外れ近くまで接近してきているわけだ」
 テーブルに並べられた皿を並べ、簡単に地図のようなものを作って説明する。大陸西側のアルゴン王国。ネロム山脈からいくつかの山の連なりを経てアルゴン王国まで……。本来なら獣や魔獣との壁の役目を担っているはずの小さな山々が、防波堤ではなくなってしまったのだ。

 軍事国家でもないこの穏やかな国が危険に晒されているとあって、国王も対策を練ったのだろう。他に道がないのもわかるが、この懸賞金ありでのドラゴン討伐はハッキリ言って安易で無意味だ。ごろつき連中を纏めて送り出したとしても、まずドラゴンとまともにやり合える人間がどれだけいるのか……。

「さっきも言ったが、討伐はかなり大変だ。というか、無理に近いと思ってる」
 シュリが言うと、その言葉にトビーとリリーナが噛み付く。
「無理って……、」
「やってみなけりゃわからないじゃないですかっ!」
「まぁ、そういうやつらがたんまり参加するわけだが。まずドラゴンに辿り着く前に、森に棲んでる獣たちを相手しなきゃならん。精鋭部隊は魔方陣でドラゴンまでピンポイントだったらしいが、俺たちは自力だ。ネロム山脈の方から来てるとするなら、魔獣も相当混じってるだろう。それに加えてドラゴンの力が圧倒的だ。噂では、普通のドラゴンとは桁違いだと聞く」

 なにかが、おかしい……と。

「なんで私たちは魔法陣で直接じゃないの?」
「それはな、リリーナ。ドラゴンの出現に触発された魔獣そのものが危険度を増している状態にある今、道中にいる魔獣を全部まとめてやっちまおうって腹だ。上の考えることはいつだって合理的で理不尽なのさ」
 シュリの言葉に双子が顔をしかめる。

「で、作戦だが」
 ズイ、と顔を前に出し、シュリ。トビーとリリーナがそれに倣うと、アシルも面倒臭そうに顔を近付けた。全員の顔を順に見つめながら、シュリが口にした作戦は、至って簡単かつ明瞭だ。

「俺たちは後から行く」
「へ?」
「え?」
「……」
 トビーとリリーナがシュリを見つめ、アシルは沈黙した。

*****

 今にも雨が降り出しそうな嫌な天気だった。

 広場にはゴテゴテとした甲冑に身を包んだ者や、振り回すのが大変そうな大きな武器を持った者などが、我こそはと集結し始める。隣国から駆け付けた猛者はワーワーと自分の武勇伝を語り、周りを白けさせていた。

「おいおい、マジで来たのかよ」
 シュリたちの元に来て悪態をついているのはメイスを手にした男……ブライとそのメンバー。ついこの前までシュリがいたパーティーだった。
「よぉ、ブライ。武器だけは立派だな」
 シュリが返すと、ブライがムッとした顔で
「お前、口の利き方には気を付けろよ」
 と言い放つ。

「よぉ、ユーフィちゃん、今日も可愛いな。まるでダークスネイクみたいだぜ」
 褒めてるのか貶してるのかわからない言葉でそう言うと、杖を手にした赤毛の女性が眉をしかめた。
「吟遊詩人の癖に相変わらず言葉の使い方知らないのね、シュリ」
「構うな、ユーフィ」
 ブライが口を挟む。

「で、この若いのが俺の代わりか? 見たところ僧侶っぽいな」
 シュリが傍らに立つ青年を見て言った。
「ああ、ライモンはお前の何倍も役に立つ男だよ。下手な口説き文句で女の尻を追いかけ回すような奴よりは百倍いいぜ」
 ブライがそう言ってライモンの肩に手を置いた。ライモンは緊張した面持ちでシュリを睨みつけた。
「あなたが……シュリさんですか」

「ライモンっていったか、無理すんなよ。ダメだと思った時は迷わず逃げろ。ブライの言うことまともに聞いてたら怪我するぞ」
「なにっ?」
 ブライが拳を握る。
 一触即発の二人を前に、トビーとリリーナはハラハラしていた。アシルは我関せずである。割って入ったのは細身の剣を腰に下げた長身の男性。

「二人ともいい加減にしろ。もうすぐ時間だぞ」
「おお~、アルジムも久しぶりだな。元気そうだ」
 シュリが言うと、アルジムはシュリには目もくれず
「行くぞ、ブライ」
 と言って背を向けた。
「フッ、お前とはもう話もしたくないってよ、シュリ! まぁ、せいぜい頑張って生き残れよ。付け焼刃の面子でどこまで出来るか知らねぇがな!」
 ははは、と笑い声をあげ、去って行く。

「……ムカつく」
 最初に言葉を発したのはリリーナだ。毒舌モードらしい。

「なんなのあの人たち! ほんと失礼!」
「でも、付け焼刃なのは間違いないよ、リリーナ」
 肩を落とし、トビー。
「なに言ってるの! 今からそんなことでどうするのよ! 私たちはドラゴン退治に行くのよ? 気持ちを強く持ちなさいよ!」
 腰に手を当て、トビーを叱咤する。
「はは、リリーナは強いな」
 シュリが言うと、リリーナはキッとシュリを睨み付ける。

「一体何があったの? なんであの人たち、あんなに意地悪なのですかっ?」
「……あ~、まぁ、俺のことが嫌いなんだろうよ」
 誤魔化すように頭を掻く。

「そんなことより、いよいよだぞ。いいか、無理はするな。ヤバい相手が来たときは、アシルが前に出てくれるからな」
「はっ?」
 急に名指しされ、アシルが声を上げる。
「なんで俺がっ」
「俺たちと森でひと汗かいた後、ダンジョン行って力試ししてたんだろ?」
 ふふん、とシュリが鼻を掻く。

「おまっ、知ってたのかっ」
 焦るアシルと、そんなアシルを見て驚く双子たち。
「そうだったんですかっ?」
「アシルさん……」
「ばっ、別にお前らのためじゃねぇ! 俺は役に立たない自分の力を高めるために、だなぁっ、」
 顔を赤らめるアシルに、リリーナが詰め寄る。きゅ、とアシルの手を握り、
「ありがとう」
 と、目を潤ませた。

「いや、その、やめてくれっ」
 照れまくるアシルを横目に、シュリが爆笑する。
「くっ、あはは! 伝説と言われた男がこんな若い子相手に真っ赤になってるとか、ないだろ!」
「笑うな!」

 そうこうしている間に、討伐開始の笛が鳴る――。
第6話

 ボォォォ、という笛の音。
 それを合図に、広間に集まった面々が森の中へと消えていく。

 ドラゴン討伐は早い者勝ちである。先陣を切って先に進む者もあれば、シュリたちのようにあとから追う形で向かう者もいる。あとから向かえば、先に行った者が道を作ってくれるだろうという、一見安易な考えにも見えるが、パーティーの特性を生かす、というのは戦闘においてとても重要だ。

「本当に行かないんですね」
 先発者たちを尻目に、トビーが呟いた。
 広場にはまだ数組のグループが残っている。皆、一様に動かない。

「言っただろ? これはちゃんとした作戦だ。俺たちは後から行く。状況把握が出来るまでは無暗に突っ走らない!」
「状況把握……?」
 リリーナが首を傾げる。
「それとオッサン、今テイムしてる魔獣は何体だ?」
 数日間のダンジョン潜入で、一体も増やしてないということはないはずだ。
「……俺の手持ちは八体だ」
「えええっ?」
「いつのまに、そんなっ」
 トビーとリリーナが声を荒げた。

 たったの数日だ。その間に六体もテイムしてきていると知り、ただただ驚く。

「使えそうなのは?」
「森の中なら三、ドラゴン相手ってことなら……微妙だな」
 難しい顔で、答える。
「わかった。とにかく俺たちは最前線まで辿り着くことが目標だ。命の危険を感じたらすぐに退去する」
「でもっ、」
「それじゃ賞金が!」
 食い下がる双子に、シュリが真面目な顔で言う。

「前にも言ったが、ドラゴン退治ってのはそう簡単じゃねぇ。今でこそこうしてパーティーごとに動いてるが、最終的には皆が協力し合って、束になってかからねぇと倒せないんじゃないかと思ってる」
「え?」
「そう……なの?」
「ああ。だから俺たちは、あとから行く。なるべく決戦の時まで体力を温存しておかないとな」

 先に出ればそれだけ体力を消耗する。若い双子にそこまでのスタミナはない。それに……と、シュリはアシルを見遣る。

(アシルのリベンジも、俺のリベンジも果たさなきゃだしな)

 心の中でだけ、そう口にする。

「お前……何が目的なんだ?」
 アシルが真剣な顔でシュリを見た。
「目的? もちろん、ドラゴンの討伐さ」
 シュリはパチリと片目を瞑ってみせた。

*****

 森の中は鬱蒼としていた。
 曇っていた空からは雨粒が落ち始め、足元も悪い。コンディションは最悪だ。
 あちこちに、獣の死骸が散乱し、異臭が漂っている。

「だいぶ派手にやってんな」
 森には討伐隊の姿はない。ずっと先へ進んでいるのだろう。あとから森へ入った他のパーティーの人間が焦りの声を上げているのが聞こえる。
「おい、このままじゃ先に行った奴らに取られちまうぜ?」
「やべぇな。楽して先に進むつもりが、獲物が残ってないなんてことになったら、」
「賞金、どうすんだよっ」
 そんなことを言いながら足早に進んでいった。

「……どうなっているんだ?」
 アシルが辺りを見ながらシュリに訊ねる。
「……これが単純なドラゴン討伐じゃないってのはオッサンにもわかってんだろ?」
 質問を、質問で返す。
「……普通じゃないってことはな」
「気を引き締めていかねぇとだ」
「俺が知りたいのは、お前が何者で、何をどこまで知っているかだ」
 アシルがシュリをじっと見つめた。
「照れるからそれ以上見つめるな」
 シュリが真顔で返す。

 遅れて出たとはいえ、第一陣から半刻ほどだ。しかし森の中からは木々が揺れる音しか聞こえない。先頭が一体どれほど先に進んでいるのか、見当もつかなかった。
「少し急ごう」
 シュリが森の奥を見ながら、言った。


 アシルは先を行くシュリの姿を見ながら考えていた。

 確かに吟遊詩人というスキルを持つ者がいるのは知っている。だがそれはとても曖昧で、戦力になるようなスキルではなかったように記憶している。実際自分が今まで出会った中に吟遊詩人というスキルの者はいなかった。

 パーティーを追い出されたと言っていた。あのブライ率いる一団は、界隈でも有名な強者集団だ。メイス片手に大柄な魔獣をも仕留めるブライ。剣を操るアルジムという剣士は、確か近衛師団からスカウトされるほどの腕前だと聞いた。魔法使いのユーフィ。名のある魔法使いの一番弟子ではなかったか?

 そんなメンバーと肩を並べていたにもかかわらず、シュリの名を耳にしたことはない。普通は一団が手柄を上げれば個人の名声も聞こえてきそうなものだが、彼にまつわる話はひとつだけ。

『口で食ってる口男』

吟遊詩人の特性でもある『言葉』を使っているからなのだろう。だが、名声というよりは馬鹿にしたような言い方ではないか? 何故彼だけがそんな言われ方をするのだろう。

(単に嫌われているということか?)

 多少イラつくこともあるが、面倒見もいいし、そこまで嫌われる要素があるとも思えないのだが……。
「女……か?」
 思わず口にしてしまう。
 大概、揉めるのはイロコイだ。あの魔法使いに手を出して追い出されたのだろうか。

(まぁ、どうでもいいか)

 今は目の前のことに集中すべきだ。
 アシルはあの時のことを思い出し、唇を噛み締める。

 ――つい、数カ月前だ。
 アシルが所属していたのは、拠点こそアルゴンにあるが、頼まれればどこにでも出向く、いわば国境を越えた退治屋のような組織。各国で活動する、戦闘に特化したギルドである。近衛師団でも歯が立たなかったというドラゴンを討伐せよという命を国から秘密裏に受け、しかし自信満々に向かったのだ。

 目の前に現れた、赤いドラゴン。

 アシルは伝説とも言われたテイマーである。自身にも、仲間たちにも当然、勝算があった。余裕で何とかなると思っていたのだ。

 しかし……

 結果は惨敗。アシルたち一行は大怪我を負いながらも、かろうじてその場から逃げることが出来た。が、アシルのテイムしていた魔獣たちは、皆、その命を絶たれた。ドラゴンの力が段違いだったのだ。
 アシルは大切な魔獣たちをすべて失った。仲間たちも大怪我を負い、仕事を続けられなくなっていた。
 ギルドは解散……いや、霧散に近いだろう。組織ごと、その存在を潰された形である。

 皆、絶望に駆られ、散り散りになったのだ。

 そんな折、一般向けにドラゴン討伐の張り紙がなされたことを知り驚いた。無茶苦茶だと思った。転移魔法が使えるほど上級の魔導士がごろつきの中にいるとは思えない。ということは、自力で向かい、自力で戻らなければならないのだ。大怪我を負えば、ポーションでは間に合わないかもしれない相手を前に、ただ数で勝負するなど無謀にもほどがある。

 そう思っていたのに、何故かドラゴン討伐の申し込みに足を向けていた。
 組む相手もいないのにどうする気だったのか、自分でもわからない。ただ、偶然とはいえ仲間が出来た。しかもまだ年端もゆかぬ子供もいる。

 守らねばならないと思った。

 そして謎多き吟遊詩人……。
 なぜ極秘任務であったあの討伐のことを知っているのか? 一体、何者なのか……。

 その時、森の奥で、ドン! という大きな音が響いた。