夏休みは、朝から夕方までバイト三昧だった。8月に入ると平日でも忙しく、朝からたくさんのお客さんがひっきりなしに来店している。ドリンクを作るのも追いつかず、カウンターの前には行列ができている。
「ありがとうございました。またお待ちしてます」
作ったドリンクをお客さんに渡し、次のオーダーを作ろうとしたときだった。
「吉岡ちゃん、休憩行っといで」
「え、もうそんな時間ですか?」
「そうよー、今日もお客さん多いから時間が経つのは早いわね」
たくさんのお客さんに加えて、暑いからか冷たいドリンクばかり出る。氷や冷たくなったドリンクを触りすぎて、指先は冷えていた。
「アイスティーでいい?」
「あ、あったかいのがいいです」
「おっけー、空調冷えるもんね」
平井さんが作ってくれたあたたかい紅茶を持って、休憩室へと向かう。冷えた指先にあたたかいカップが心地良い。
「つっかれた……」
まだ半分しか経っていないのに、身体はどっと疲れが溜まっている。午後からはレジがいいなあ、と思いながらポケットからスマホを取り出して開いてみると、メッセージの通知が来ていた。
そのメッセージは、佑からだった。
「佑……」
見るかどうか、少し悩んだ。
あの花火大会以来、連絡は取っていない。佑からも来なかったし、わたしからもしなかった。
佑との距離感もよくわからない。あの日、明確にわたしは”ファン”だと言われてしまった。佑の彼女のふりをして、やりたいことをやっている関係ではあるけれど、ただのファンなのだから、自分から連絡するのはすこし違うんじゃないかと思う。同時に、佑から聞いた話を自分の中で噛み砕いて整理しておきたかった。
でもメッセージが届いているのをわかっておきながら、未読無視するのは良くない。意を決して、内容を見た。
『久しぶり』
『突然だけど、夏休み空いてる日ある?
どこか行かない?』
「どこか、か……」
スマホを脇に挟んで、休憩室のドアを開ける。どうせ誰もいないだろうし、と思っていると。
「うわっ!」
中に立石さんがいた。
「……うわってひどくないっすか」
「すみません、人がいると思ってなくて」
「まあいいんですけどね」
びっくりした……。
わたししかいないのだと思ってたけど、思えば今日立石さんは出勤していたし、さっき下にいなかったから休憩室にいるのは当たり前だ。
いまだ驚いているわたしになんてお構いなしに、立石さんはタブレットにペンを走らせて、作業をしている様子だった。芸術系の大学に通っている立石さんは、同い年だけどもうイラストとかデザインでもお金をもらっているらしい。
わたしは少し離れた場所に座って、スマホをまた開く。
開いた画面は佑とのトークルームで、そうだった、と思い出す。
どこかに行こうと誘われるのは、純粋に嬉しい。でも、少し考えてしまう。
今までなんで連絡してこなかったんだろう。
佑も佑で、自分なりに色んなことを考えていたのかな。あれ以来会っていないからよくわからないし、すべてをお見通しできるほどわかっているわけでもない。
ただわたしが、佑のことを一方的に知っているだけ。
内輪だけで留めておくべきあの話を聞いてしまった以上、どういうふうに接すればいいのかよくわからない。今まで通りで良いんだろう。けれど、佑があの世界からいなくなってしまったのは、直接的ではないにしろわたしのせいでもあるわけだし。
「はぁ……」
「どデカいため息っすね」
「まあ色々あって」
スマホを伏せて置いて、紅茶を飲む。エアコンで冷え切った身体に、暖かい紅茶はすとんと落ちて内側から温めてくれる。
「彼氏さんと?」
むせそうになる。なんで知って。
ーーいや知ってるか。だって、見てたんだからこの人たち。
「……いや、その」
「図星っすね」
自分から話を振っておきながら、大して興味なさそうな顔をしたまま、立石さんはタブレットに視線をやったままそう言う。助け舟を出してくれるわけでもないらしい。
立石さんにバレないように、小さくため息をつく。
……どう返信するものか。
窓の外を見てみると空は濃い青をしていて、遠くには湧き上がるような入道雲がそびえ立っている。誰もが想像する夏の景色が、広がっていた。
海、行きたい。
泳ぐわけじゃないけど、海を眺めるのは結構好きだ。あと、花火もしたい。線香花火とか、手で持つようなやつ。
「そういえば、最近はひまわりが見頃っすよ」
「はい?」
心でも読まれているのかと思った。
立石さんは立てていたタブレットを手に取ると、少し操作してわたしに見せてくれる。
「うわ……めっちゃ綺麗」
そこには、黄色いひまわりが同じ方を向いて、花開いている光景が広がっていた。
「まあこれ去年の写真なんすけど」
「立石さんが撮ったんですか?」
「大学の課題で」
「すっご……」
ひまわりか。
それなら外だし、あまり人が密集するようなこともないだろうな。あの花火大会みたいなことは、もう起きないと思う。
立石さんはわたしが何を考えているのか見透かしたように少し笑うと、また作業に戻った。
その態度には釈然としないものがあったけれど、わたしはスマホを持ち上げて、既読のまま無視している佑のトークルームを開く。
『ひまわり見に行かない?』