「ああ……」
朝から妙に緊張していた。
いよいよ今日は、この間約束した花火大会の日だ。
テストも期末レポートも終わって開放感に満ち溢れているはずなのに、心の中はきれいさっぱり快晴とはいかなかった。
「き、緊張する……」
今までなん度も2人きりで話したし、ショッピングモールにだって行った。いまさら2人きりで出かけることに緊張するなんて。そう思いながらも、なんだかずっとソワソワしてしまう。
待ち合わせの時間が近づいてくるにつれ、腰のあたりがずっとぞわぞわしている。こんなことなら、気を紛らわすために朝バイトでも入れればよかった。
クローゼットから浴衣を取り出し、袖を通す。鏡の前で着付けをしながら、高校生振りに着る浴衣に懐かしさを覚える。ピンクのアンティーク調の花柄がかわいい浴衣は、高校のとき付き合っていた彼氏とお祭りに行くから、と買ってもらったものだ。
でも結局、花火大会に行ってすぐに別れた。わたしが佑の方ばかり気にかけるから、勝手に嫉妬して振られたのだ。当時はやっぱり人並みにショックを受けて傷ついたけれど、今となっては笑い話に近い。完全に向こうも思春期だよな、と思う。
絶対に彼氏になんてなるような人じゃないし、恋愛として好きだったわけでもない。恋愛感情とは全く別モノだったけれど、それは相手には伝わらなかった。
「まぁ、絶対とも言い切れないけど」
その数年後。この浴衣を着て花火大会に行く相手が、まさか佑だとは誰が思っただろうか。
ピンクの浴衣に合わせて、明るめのピンクのアイシャドウをぬる。普段はあまりしないけれど、まぶたの上に大きめのラメをのせて、涙袋にもキラキラのラメ。浴衣の柄に負けないように少し濃いめに仕上げて、最後にリップを塗った。
「……うん」
最後に簡単にアレンジして、後毛を巻いて完成だ。我ながらうまくいったと思う。
時計を見ると、そろそろ家を出ても良い時間だった。少し早めに着くかもしれないけれど、待っていればいい。
「忘れ物、ないよね」
巾着の中身を何度も確認して、玄関の前にある鏡で前髪を少し直して家を出る。準備をしているうちにソワソワはだいぶ落ち着いたけれど、今度は心臓がドキドキしてきた。
待ち合わせ場所の駅に向かう途中、何度もお店のショーウィンドウに反射する自分を見てしまう。おかしくないよね、と自問するけど答えてくれる人はいない。
駅に近づくにつれ、浴衣を着た女の子たちが増えてきた。みんな思い思いに着飾って、友達や彼氏と楽しそうに歩いている。
西側の空が少し黄色みを帯びていくころ、わたしも駅に着いた。待ち合わせの場所に向かうと、佑は時間まで10分はあるのにもう来ていた。
紺のポロシャツにカーキのパンツ。足が長くすらっとしたスタイルは遠目からでも目立つ。
今日もやっぱりかっこいい。
「佑」
名前を呼ぶと、スマホを見ていた佑が顔を上げた。少し視線を彷徨わせてわたしを見つけ、微笑んだ、と思ったら固まった。
……なに気合入れてんだ、って思われたかな。
反応を見るのが怖くて、視線を逸らしてしまう。
……やっぱり、調子乗って浴衣なんて着てくるんじゃなかった。
そう思っていたときだった。
「……かわいい」
前髪に佑が触れる。手首が顔の近くに来て、ふわりと爽やかだけど甘い匂いが鼻腔をつく。
その仕草に、今度はわたしが固まる番だった。
「似合ってるよ、巴音」
目を細めて笑うと、佑は手を差し出す。
にぎって、ということか。
「じゃあ行こっか」
「う、うん……」
差し出された手は、にぎれなかった。