佑の差し入れと翔平の雑誌を買いに行くというモチベーションのおかげで、なんとかレポートを終わらせて提出したわたしたちは本屋に向かった。広い店内の中で真衣は迷うことなくファッション誌とドル誌のコーナーへと向かう。
「よっしゃ、Merak狩るぞ」
「言い方よ」
腕をまくるふりをしながら、真衣はコーナーを見始める。と、身体がびくっと跳ねた。どうやらお目当ての翔平を見つけたらしく、駆け寄って一番上の雑誌を手に取ると顔に近づけて舐めるように見ていた。
「やば……顔、むり……」
「ちっか。なにやってんの真衣」
夏のカラーメイク特集のファッション誌は、彩度の高いジューシーなオレンジのシャドウに、黄色いアイライナーを引いた翔平が表紙だった。表紙が解禁されてなにも言わずに写真だけメッセージに送りつけられたときは、そんなに良いと思わなかったけど、いざ本物の雑誌となると想像していた以上にビジュが良かった。
ファッション誌は普段しないような服装やメイクをしてくれるし、写真の撮られ方もドル誌とはまた違うから、出たら思わず買いたくなる。その気持ちは、とてもよくわかる。真衣はその雑誌を手放さなかった。
平積みされたたくさんの雑誌たちを眺める。この中に、佑が表紙の雑誌はひとつもない。バックナンバーがあったとしても、この間のDVDのように知らないうちにひっそりと消えていくのだろう。
「見て、この凛斗めっちゃいいよ」
真衣の声に我に返り、指が差された方を見ると凛斗が表紙になっている雑誌があった。
佑のシンメで、いつも仲良しだった凛斗。
手にとって中身をパラパラめくる。凛斗の特集が組まれていて、事務所に入ったときのことから今までを振り返るような内容だった。
「うわぁ、かっこいい」
真衣が横から覗き込みながら呟く。
わたしは並ぶ文字の中に、佑の名前を探す。
『メンバーで一番仲が良いのは?』
その質問を見て、少しドキッとしたけれど、凛斗が挙げた名前は和哉だった。『同期だし和哉とは趣味が合うから』。
……わかってはいた。わかっては、いたけれど。
「それ、買う?」
「うーん……いいかな」
以前までなら。
そう思ってしまう自分が嫌だ。でも、絶対に前までなら仲の良いメンバーであがる名前は佑だった。
これを買っても、たぶんいまより虚しくなるだけだ。アイドルとしての佑がいないという事実を、よりはっきりと痛感するから。
だったら、もう余計に傷つきたくない。
佑は普通の大学生として生きていこうとしている。
でもわたしだけが、いつまでも過去にすがりついていて進めない。
家に帰ってすぐ、本棚の中から雑誌の切り取りを集めたファイルを取り出す。松永佑と書かれたファイルは、佑がソロで出た雑誌を集めたものだ。
いなかったらどうしよう。
不安に駆られながらもゆっくりと開いてみると、そこにはまだ佑がいた。白いベッドに横になって、布団に埋もれながら閉じがちの目でこっちを見る、佑。
「切り取ってるからかな……」
これを開けば、佑がいる。
いつでもアイドルの佑に会える。
そのとき、ブブッとそばに置いていたスマホが振動した。
『課題終わった?』
真衣からかと思ったけれど、佑からのメッセージだった。
『終わったよ、佑のケーキのおかげでね』
そう返信すると、すぐに既読がついた。
『よかった☺︎』
その絵文字は、よく佑がブログで使っていたもの。
……いま、佑はここにいる。
わたしと同じ目線でものを見て、同じ場所を見ている。
アイドルの生活よりも、よっぽど近くに存在を感じる。それは嬉しいはずなのに、わたしにとっては寂しく虚しい。
『ありがとう』
ぽん、とスタンプが送られてくる。
やっぱり好きだなと思った。
好きにならなければよかったと何度も思ったし、降りていたらよかったのにと思った。でも、嫌いになんてなれるわけがないし、離れることだってできない。
どうしようもなく、好きだ。
そう、強く思った。