広大な倉庫の奥には、やたらとカッコをつけた吾妻が後ろ手を縛った菜々さんと一緒に立っていた。よほど怖い目に遭ったのか、口をテープでふさがれた菜々さんの顔には涙の跡が残っていた。
吾妻、許さん……。
元格闘家のくせに不摂生極まりない生活を送っていたせいで、重量級というよりはただのデブになっている。
吾妻の付近には、武器を持った半グレたちがおっかない目つきでガンを飛ばしている。
しかし、あたしが来るまで全員でわざわざこの真っ暗な倉庫の奥で待っていたのだろうか?
考えるとアホ丸出しだけど、吾妻タツだったら少しもおかしくない。
「お前にやられて、俺はすべてを失った」
呆れるあたしをよそに、吾妻は勝手に喋りはじめる。
「スパーリングの動画を拡散され、女子に負けた男子選手として5ちゃんねるの掲示板でスレッドまで立てられた。キャバクラへ行けばお前とのスパーリングをイジられ、それに腹を立てて暴れたら出禁になった」
「どう見ても全部自分が悪いじゃない」
思ったことをそのまま言った。
そりゃ元とはいえプロの格闘家が女子選手に負けたら赤っ恥は必至だろうし、キャバクラにしても乱暴なお客様は排除されて当たり前だ。ましてや社会のゴミと分かり切っている吾妻については対応がぞんざいになるのも避けられない。そんなことも分からないのだろうか。こいつは一度開頭手術をして中を見てもらった方がいいと思う。
あたしのそんな思いも知らずに、吾妻は勝手な自分語りを続ける。
「どうすればお前に復讐出来るだろう? それだけを毎日考えていた。だが、5ちゃんねるでスレッドを立てても、スパーリング大会に凸部隊を送り込んでもお前の人生を崩壊させることは出来なかった」
「やっぱりあなたの差し金だったんだね」
途中からそんな気はしていた。
陰湿で姑息な手口も、詰めが甘くてすぐに綻びが出てくる雑なところも、種明かしをすればすべて腑に落ちた。吾妻の人生を象徴するような内容だったからだ。
「俺はめげずに調査を続けた。そうしたら、この女の存在を知った」
吾妻は乱暴に菜々さんの髪を引っ張り上げる。後ろ手を縛られている菜々さんは抵抗出来ず、痛そうに呻く。その声は口を塞いだテープでくぐもっている。
「彼女を離しなさい!」
あたしは珍しく学級委員長のように強い口調で言う。
吾妻はニマニマと気持ち悪い笑みを浮かべながら、嘲るように口を開く。
「お前はまだ自分の立場が分かっていないようだな。人の心配をする前に、まずは自分が無事に帰れるかどうかを心配するべきじゃないか?」
半グレが少しずつあたしたちの周囲を囲っていく。
天城を見る。目が合ったので、「やるしかないね」とアイコンタクトで合図した。
「話が通じないのはネットと一緒ね。私たちも忙しいから力づくで彼女を返してもらうわ」
天城がそう言うと、もうバトルを始めるしかない空気になった。
半グレたちが剣呑な目でこちらへ距離を詰めてくる。
「やれるもんなら、やってみな」
その言葉をゴング代わりに、あたしと天城は走り出す。
たった二人のJKに対して多勢に無勢の卑怯者たちが迫って来る。
――よく見て。
相手をしっかり観察すれば、こんな素人たちの動きを見切るのはたやすいはず。
バットを振り上げる半グレ。隙だらけの股間に石膏で固めた「石の拳」で右ストレーとを放つ。
「ぎゃあああああ!」
まるでホラー映画の犠牲者みたいな断末魔が上がる。ファールカップも無く故意のローブローを受けた半グレは股間を押さえたまま白目を剥いてバターンと倒れた。
菜々さんがそのさまを見てドン引きしていた。彼女にはちょっと刺激が強かったかもね。
でも、知ったことじゃない。
あたしはかつてその痛みを知っていたけど、今はもう分からない。目を覚ました時に、その機能がまだ残っていることを神に祈るんだね。あなたはたまたま運が悪かっただけだよ。
天城も武器を持った半グレと対峙している。
「死ねウラ」
メリケンを付けた半グレ。それで天城楓花と闘おうとするなんて愚かにも過ぎる。天城は右拳をスレスレでかわすと同時に右ストレートを伸ばす。
クロスカウンター――一撃必殺のパンチが命中して、気絶した半グレが背中から床に落ちた。
まだまだ半グレは残っている。
素手で向かって来る喧嘩自慢と、バールを持ったヤバい奴。
素手の方は下がりながら右ストレートのフックで棒立ちにさせ、レバーブローから顔面への左フックを返してノックアウトする。
気を抜かずにバールの一振りをバックステップで外して、バランスの崩れたところを牙突よろしく右ストレートで飛び込む。バールを落としたので、上に乗っかってマウントポジションのパンチ連打で気絶させた。
マウントを取っているあたしを、背後から別の半グレがバットで殴ろうとした。だけど、それを素早く察知した天城が飛び込んでフックを放つと、石膏で固めた殺人フック一発でその意識は途切れた。
あたしたちは無言で構える。
圧を感じた半グレは後ずさり、吾妻を残して逃走した。文字通り蜘蛛の子を散らすように。
「おい、待て! おまいら! 金はちゃんと払ったろうが!」
吾妻の甲高い声が無駄に広い倉庫で響く。雇われた半グレからすれば、あたしたちと闘うのには釣り合わない報酬だったようだ。
「これで後はあなた一人だね」
あたしがそう言って詰めると、吾妻は震えながら命乞いを始めた。
「待て、話せば、分かる……」
「あなたと何度かやり取りしたけど、話し合いの通じない人だというのは分かった」
「うーふー」
吾妻が変な呼吸を始めた。
追い詰められたセルみたいな空気を出しはじめた。これはさっさと終わらせないと。
――そう思った途端に、吾妻は菜々さんの髪を引っ張り上げる。
「いいか、それ以上近付いてみろ! この女の命は無いぞ!」
吾妻は菜々さんの喉元にナイフを突きつける。
あたしたちに勝てないと見るや、人質をとることにした吾妻。どこまでクズなんだろう。
「はっはっは。バカが。この俺様が何も考えずにお前たちを呼んだと思ったか! これで形勢逆転だな!」
血走った目であたしたちを煽る吾妻。
だけど、その目はすぐに光を失う。
「お前、何をやっている……?」
「何をやってるって、証拠を残しているに決まっているじゃない」
視線を遣ると、天城が動画モードで吾妻タツの凶行を撮影していた。
「さて、あとはこれを添付して呟いて、と……」
天城はスマホをいじって「よし」と言った。彼女が何をやったのか分かってしまった。
「ついさっきのやり取りをツイッターに流しておいたから、あと少しすればネットの援軍と警察が押し寄せるね」
天城は小首を傾げるアイドルのような表情で言う。かわいい顔をしてエグいことをやった。
こんな展開をいくらか予想していた天城は、前もってネットから召喚獣みたいに仲間を呼ぶ下準備をしていた。
菜々さんが攫われたあたりから援軍を呼ぶ準備をしていた天城は、「これを観た人は警察へ通報して下さい」という文言とともにカチコミの合間を縫って呟きをネット上に流していた。
天城はあたしと一緒に時の人となっていたので、アカウントを作っただけでフォロワーは数万人にもなっていた。まさか最初の呟きが通報とはフォロワーも思いもしなかっただろうが、ネットニュースで天城楓花がツイッターを始めたことがニュースになったこともあり、その効果は絶大だった。
後は菜々さんが誘拐されたことを投下し、何も情報がない人々がいくらか炎上気味というかパニックになっているところへ動かぬ証拠を投下する。
ついさっきの吾妻の映像はどんなバカが見ても理解出来るほどの明快さがあった。
アカウントが開設されてからあまりにも怪情報が立て続けに届くので、いくらかのフォロワーはアカウントそのものが本物なのかどうかについて半信半疑だった。
だけど、あたしの姿が映り込んだことで、逆に天城本人のアカウントである信憑性がずっと増していた。自分で自分を撮ることは出来ないからだ。
天城はメッセージはシンプルだった。
――助けて下さい。
ある意味国民的な美少女にこれを言われたら、助けようと思わない人間を探す方が難しい。
ツイッターに添付した写真を撮る時にはあえて位置情報をオンにしてあった。こうすることで、撮影者がどこにいるのかの情報が写真のデータに残ることとなる。
あとは解析班と呼ばれる人々がそこから位置を割り出し、凸部隊と呼ばれる援軍へとその情報を流すだけだ。ある意味、吾妻がこちらに仕掛けてきた嫌がらせの方法をパクった形にもなる。
もう少しもすれば援軍がどこかから大量に押し寄せ、少し遅れて事態を把握した警察が乗り込んで来ることになる。いずれにせよ吾妻はブタ箱行きが確実になった。
「あなたも、終わりだね」
天城がそう言うと、吾妻の目から光が消えた。
ほどなくして、ふうふうと不気味な息遣いへと変わる。
ヤバい。なんか無敵の人みたいな空気を出しはじめている。これ以上このデブを煽らない方がいい。あたしの本能がそう言っていた。
「俺だけが……俺だけが終わってたまるかああああああああ!」
ナイフを持ったまま、吾妻がこっちへ突っ込んで来る。
ちょ……煽ったのは天城の方なんですけど。
だけど、相手はそんな論理的に行動してはくれない。そもそもそれが出来るのに迷惑系で行こうなんて思う人はいない。
どうあれ、このままだと刺されてしまう。こんな奴に殺されるわけにもいかないので、あたしは相手の攻撃をよく見ることにした。
ナイフは一撃。言い換えれば、その一発さえ避けてしまえばワンツーのような追撃は来ない。よけたら二発目が来る前に、速攻で仕留めないといけない。
巨体が来る。すごいプレッシャー。やはり階級制の格闘技をしていると、こういう圧力はそんなに経験がないなと思う。
……って、呑気なことを言っている場合じゃない。
全力で突進する巨体をよけると、すかさず石膏入りグローブで左ボディーを突き刺す。
「ぶべえっ……!」
明らかに効いた顔をする吾妻。
油断は出来ない。まだナイフは持ったままだ。刺されたら一気に形勢が逆転してしまう。
ワンツーから左ボディー、トドメのボディーアッパーは思いっきりローブローで放った。斜め下からせり上がる角度で、死の金的ブローが吾妻のタマに当たる。
「ぎゃあああああ!」
あまりの激痛にしゃがみ込む吾妻。千載一遇のチャンスが来た。
たまには勝つために手段を選ばないことだって必要だ。
下がってきた頭にオーバーハンドの右フックを叩き込むと、そのまま左フックを強振してから右アッパーを振り抜いた。
最後のアッパーで抜けるような感覚。吾妻のアゴを破壊した確信があった。倒れた巨体がドシンと固い床で音を立てる。
吾妻はピクピクと痙攣しながら大の字になっている。誰が見ても戦闘不能なのは明らかだった。
「菜々!」
思わず地が出て菜々さんを呼び捨てしてしまう。
震える彼女の拘束を解くと、口に張られたテープも剥がしてあげた。
「怪我はない?」
「ええ、私は大丈夫……」
菜々さんの目が点になっていた。やはり、あれだけのバトルを至近距離で見せられたらドン引きだろう。花も恥じらう女子高生なんて言われても、これじゃあ悪い冗談にしか聞こえない。
「良かった……」
心から安堵して、思わず菜々さんに抱きついた。
自然と涙が出てくる。きっと彼女を失ってしまう恐れがどこかにあったんだろう。
後ろを見遣ると、天城が粛々と気絶した吾妻を拘束していた。手足を結束バンドで結び、仮に復活しても暴れられないようにしている。
「こんな時でも冷静だね」
「お熱いところを邪魔しちゃいけないと思ってね」
天城は目を合わせずに作業を続ける。
なんだか、一緒になって泣いているのが恥ずかしくなった。
「怖かった~」
菜々さんが弱々しい声で本音を吐露する。うん、あんな目に遭えば誰だって怖いだろう。情けない声を上げたあとは、一般的な女性らしく声を上げて泣いていた。あたしはそれを「うんうん大丈夫」って言いながらなだめていた。
とりあえず最愛の人を失う事態は免れた。
なんだかとても長い時間を過ごした気がするけど、それでもたった数時間のことなんだよね。
今は家へ帰ってぐっすりと眠りたかった。
吾妻、許さん……。
元格闘家のくせに不摂生極まりない生活を送っていたせいで、重量級というよりはただのデブになっている。
吾妻の付近には、武器を持った半グレたちがおっかない目つきでガンを飛ばしている。
しかし、あたしが来るまで全員でわざわざこの真っ暗な倉庫の奥で待っていたのだろうか?
考えるとアホ丸出しだけど、吾妻タツだったら少しもおかしくない。
「お前にやられて、俺はすべてを失った」
呆れるあたしをよそに、吾妻は勝手に喋りはじめる。
「スパーリングの動画を拡散され、女子に負けた男子選手として5ちゃんねるの掲示板でスレッドまで立てられた。キャバクラへ行けばお前とのスパーリングをイジられ、それに腹を立てて暴れたら出禁になった」
「どう見ても全部自分が悪いじゃない」
思ったことをそのまま言った。
そりゃ元とはいえプロの格闘家が女子選手に負けたら赤っ恥は必至だろうし、キャバクラにしても乱暴なお客様は排除されて当たり前だ。ましてや社会のゴミと分かり切っている吾妻については対応がぞんざいになるのも避けられない。そんなことも分からないのだろうか。こいつは一度開頭手術をして中を見てもらった方がいいと思う。
あたしのそんな思いも知らずに、吾妻は勝手な自分語りを続ける。
「どうすればお前に復讐出来るだろう? それだけを毎日考えていた。だが、5ちゃんねるでスレッドを立てても、スパーリング大会に凸部隊を送り込んでもお前の人生を崩壊させることは出来なかった」
「やっぱりあなたの差し金だったんだね」
途中からそんな気はしていた。
陰湿で姑息な手口も、詰めが甘くてすぐに綻びが出てくる雑なところも、種明かしをすればすべて腑に落ちた。吾妻の人生を象徴するような内容だったからだ。
「俺はめげずに調査を続けた。そうしたら、この女の存在を知った」
吾妻は乱暴に菜々さんの髪を引っ張り上げる。後ろ手を縛られている菜々さんは抵抗出来ず、痛そうに呻く。その声は口を塞いだテープでくぐもっている。
「彼女を離しなさい!」
あたしは珍しく学級委員長のように強い口調で言う。
吾妻はニマニマと気持ち悪い笑みを浮かべながら、嘲るように口を開く。
「お前はまだ自分の立場が分かっていないようだな。人の心配をする前に、まずは自分が無事に帰れるかどうかを心配するべきじゃないか?」
半グレが少しずつあたしたちの周囲を囲っていく。
天城を見る。目が合ったので、「やるしかないね」とアイコンタクトで合図した。
「話が通じないのはネットと一緒ね。私たちも忙しいから力づくで彼女を返してもらうわ」
天城がそう言うと、もうバトルを始めるしかない空気になった。
半グレたちが剣呑な目でこちらへ距離を詰めてくる。
「やれるもんなら、やってみな」
その言葉をゴング代わりに、あたしと天城は走り出す。
たった二人のJKに対して多勢に無勢の卑怯者たちが迫って来る。
――よく見て。
相手をしっかり観察すれば、こんな素人たちの動きを見切るのはたやすいはず。
バットを振り上げる半グレ。隙だらけの股間に石膏で固めた「石の拳」で右ストレーとを放つ。
「ぎゃあああああ!」
まるでホラー映画の犠牲者みたいな断末魔が上がる。ファールカップも無く故意のローブローを受けた半グレは股間を押さえたまま白目を剥いてバターンと倒れた。
菜々さんがそのさまを見てドン引きしていた。彼女にはちょっと刺激が強かったかもね。
でも、知ったことじゃない。
あたしはかつてその痛みを知っていたけど、今はもう分からない。目を覚ました時に、その機能がまだ残っていることを神に祈るんだね。あなたはたまたま運が悪かっただけだよ。
天城も武器を持った半グレと対峙している。
「死ねウラ」
メリケンを付けた半グレ。それで天城楓花と闘おうとするなんて愚かにも過ぎる。天城は右拳をスレスレでかわすと同時に右ストレートを伸ばす。
クロスカウンター――一撃必殺のパンチが命中して、気絶した半グレが背中から床に落ちた。
まだまだ半グレは残っている。
素手で向かって来る喧嘩自慢と、バールを持ったヤバい奴。
素手の方は下がりながら右ストレートのフックで棒立ちにさせ、レバーブローから顔面への左フックを返してノックアウトする。
気を抜かずにバールの一振りをバックステップで外して、バランスの崩れたところを牙突よろしく右ストレートで飛び込む。バールを落としたので、上に乗っかってマウントポジションのパンチ連打で気絶させた。
マウントを取っているあたしを、背後から別の半グレがバットで殴ろうとした。だけど、それを素早く察知した天城が飛び込んでフックを放つと、石膏で固めた殺人フック一発でその意識は途切れた。
あたしたちは無言で構える。
圧を感じた半グレは後ずさり、吾妻を残して逃走した。文字通り蜘蛛の子を散らすように。
「おい、待て! おまいら! 金はちゃんと払ったろうが!」
吾妻の甲高い声が無駄に広い倉庫で響く。雇われた半グレからすれば、あたしたちと闘うのには釣り合わない報酬だったようだ。
「これで後はあなた一人だね」
あたしがそう言って詰めると、吾妻は震えながら命乞いを始めた。
「待て、話せば、分かる……」
「あなたと何度かやり取りしたけど、話し合いの通じない人だというのは分かった」
「うーふー」
吾妻が変な呼吸を始めた。
追い詰められたセルみたいな空気を出しはじめた。これはさっさと終わらせないと。
――そう思った途端に、吾妻は菜々さんの髪を引っ張り上げる。
「いいか、それ以上近付いてみろ! この女の命は無いぞ!」
吾妻は菜々さんの喉元にナイフを突きつける。
あたしたちに勝てないと見るや、人質をとることにした吾妻。どこまでクズなんだろう。
「はっはっは。バカが。この俺様が何も考えずにお前たちを呼んだと思ったか! これで形勢逆転だな!」
血走った目であたしたちを煽る吾妻。
だけど、その目はすぐに光を失う。
「お前、何をやっている……?」
「何をやってるって、証拠を残しているに決まっているじゃない」
視線を遣ると、天城が動画モードで吾妻タツの凶行を撮影していた。
「さて、あとはこれを添付して呟いて、と……」
天城はスマホをいじって「よし」と言った。彼女が何をやったのか分かってしまった。
「ついさっきのやり取りをツイッターに流しておいたから、あと少しすればネットの援軍と警察が押し寄せるね」
天城は小首を傾げるアイドルのような表情で言う。かわいい顔をしてエグいことをやった。
こんな展開をいくらか予想していた天城は、前もってネットから召喚獣みたいに仲間を呼ぶ下準備をしていた。
菜々さんが攫われたあたりから援軍を呼ぶ準備をしていた天城は、「これを観た人は警察へ通報して下さい」という文言とともにカチコミの合間を縫って呟きをネット上に流していた。
天城はあたしと一緒に時の人となっていたので、アカウントを作っただけでフォロワーは数万人にもなっていた。まさか最初の呟きが通報とはフォロワーも思いもしなかっただろうが、ネットニュースで天城楓花がツイッターを始めたことがニュースになったこともあり、その効果は絶大だった。
後は菜々さんが誘拐されたことを投下し、何も情報がない人々がいくらか炎上気味というかパニックになっているところへ動かぬ証拠を投下する。
ついさっきの吾妻の映像はどんなバカが見ても理解出来るほどの明快さがあった。
アカウントが開設されてからあまりにも怪情報が立て続けに届くので、いくらかのフォロワーはアカウントそのものが本物なのかどうかについて半信半疑だった。
だけど、あたしの姿が映り込んだことで、逆に天城本人のアカウントである信憑性がずっと増していた。自分で自分を撮ることは出来ないからだ。
天城はメッセージはシンプルだった。
――助けて下さい。
ある意味国民的な美少女にこれを言われたら、助けようと思わない人間を探す方が難しい。
ツイッターに添付した写真を撮る時にはあえて位置情報をオンにしてあった。こうすることで、撮影者がどこにいるのかの情報が写真のデータに残ることとなる。
あとは解析班と呼ばれる人々がそこから位置を割り出し、凸部隊と呼ばれる援軍へとその情報を流すだけだ。ある意味、吾妻がこちらに仕掛けてきた嫌がらせの方法をパクった形にもなる。
もう少しもすれば援軍がどこかから大量に押し寄せ、少し遅れて事態を把握した警察が乗り込んで来ることになる。いずれにせよ吾妻はブタ箱行きが確実になった。
「あなたも、終わりだね」
天城がそう言うと、吾妻の目から光が消えた。
ほどなくして、ふうふうと不気味な息遣いへと変わる。
ヤバい。なんか無敵の人みたいな空気を出しはじめている。これ以上このデブを煽らない方がいい。あたしの本能がそう言っていた。
「俺だけが……俺だけが終わってたまるかああああああああ!」
ナイフを持ったまま、吾妻がこっちへ突っ込んで来る。
ちょ……煽ったのは天城の方なんですけど。
だけど、相手はそんな論理的に行動してはくれない。そもそもそれが出来るのに迷惑系で行こうなんて思う人はいない。
どうあれ、このままだと刺されてしまう。こんな奴に殺されるわけにもいかないので、あたしは相手の攻撃をよく見ることにした。
ナイフは一撃。言い換えれば、その一発さえ避けてしまえばワンツーのような追撃は来ない。よけたら二発目が来る前に、速攻で仕留めないといけない。
巨体が来る。すごいプレッシャー。やはり階級制の格闘技をしていると、こういう圧力はそんなに経験がないなと思う。
……って、呑気なことを言っている場合じゃない。
全力で突進する巨体をよけると、すかさず石膏入りグローブで左ボディーを突き刺す。
「ぶべえっ……!」
明らかに効いた顔をする吾妻。
油断は出来ない。まだナイフは持ったままだ。刺されたら一気に形勢が逆転してしまう。
ワンツーから左ボディー、トドメのボディーアッパーは思いっきりローブローで放った。斜め下からせり上がる角度で、死の金的ブローが吾妻のタマに当たる。
「ぎゃあああああ!」
あまりの激痛にしゃがみ込む吾妻。千載一遇のチャンスが来た。
たまには勝つために手段を選ばないことだって必要だ。
下がってきた頭にオーバーハンドの右フックを叩き込むと、そのまま左フックを強振してから右アッパーを振り抜いた。
最後のアッパーで抜けるような感覚。吾妻のアゴを破壊した確信があった。倒れた巨体がドシンと固い床で音を立てる。
吾妻はピクピクと痙攣しながら大の字になっている。誰が見ても戦闘不能なのは明らかだった。
「菜々!」
思わず地が出て菜々さんを呼び捨てしてしまう。
震える彼女の拘束を解くと、口に張られたテープも剥がしてあげた。
「怪我はない?」
「ええ、私は大丈夫……」
菜々さんの目が点になっていた。やはり、あれだけのバトルを至近距離で見せられたらドン引きだろう。花も恥じらう女子高生なんて言われても、これじゃあ悪い冗談にしか聞こえない。
「良かった……」
心から安堵して、思わず菜々さんに抱きついた。
自然と涙が出てくる。きっと彼女を失ってしまう恐れがどこかにあったんだろう。
後ろを見遣ると、天城が粛々と気絶した吾妻を拘束していた。手足を結束バンドで結び、仮に復活しても暴れられないようにしている。
「こんな時でも冷静だね」
「お熱いところを邪魔しちゃいけないと思ってね」
天城は目を合わせずに作業を続ける。
なんだか、一緒になって泣いているのが恥ずかしくなった。
「怖かった~」
菜々さんが弱々しい声で本音を吐露する。うん、あんな目に遭えば誰だって怖いだろう。情けない声を上げたあとは、一般的な女性らしく声を上げて泣いていた。あたしはそれを「うんうん大丈夫」って言いながらなだめていた。
とりあえず最愛の人を失う事態は免れた。
なんだかとても長い時間を過ごした気がするけど、それでもたった数時間のことなんだよね。
今は家へ帰ってぐっすりと眠りたかった。