代理人を通じて吾妻に謝罪を求めるやり取りはしばらく続いていた。

 さすが日頃からネットで起こるケンカに慣れているせいか、プログラマーは吾妻へ動かぬ証拠を次々と突きつけていた。

 いくら迷惑系を標榜したところで、やはりコンテンツとして許容されないラインがある。名目上は自分の半分ぐらいしか生きていないJKに度を越えた嫌がらせを継続して行っていたと知られれば、こいつの生きられる場所にはどこにもなくなる。それこそあのギャル女神に土下座して転生させてもらうしかない。

 あたしもこのクソくだらないやり取りを一刻も早く終わらせたかった。プログラマーと相談の上、次にくだらないことを言ってはぐらかそうと試みた場合、お前のやってきたすべての悪事を公開するという内容を強い口調で送信した。

「さあて、これでどうなるかね」

 メッセージを見た吾妻は今頃慌てふためいているのだろうか。あの甲高い声で「チッキショー!」と叫んでいる姿を想像すると笑えた。

 だけど、彼から来た返信は予想外のものだった。

「菜々ちゃんは預かった。彼女の命が惜しくばお前一人でやって来い」

 は?

 ちょっと、言われている意味がよく分からなかった。

 なに? 菜々さんを預かった?

 それって、それって……。

「誘拐じゃん」

 思わず大きな声が出て、慌てて口を噤む。

 今のあたしは有名人。街で言った独り言も誰かに聞かれている可能性がある。

 いや、それよりも、菜々さんが誘拐されたってどういうことよ。

 誘拐って、犯罪じゃん。

 たしかに吾妻のカスは迷惑系のラベリングをいいことに開き直りに近い形で色んな犯罪を犯してきた。だけど、どれも言ってみれば小悪党レベルの話で、一時的な収監こそあれ懲役刑になるようなものはなかったはず。

 それがここに来て誘拐ってなると、どうにもリアリティがないな。

 そうか、これって特殊詐欺と同じ手口じゃん。

 いっぺん菜々さんに連絡してみよう。もし返信が来たら悪質な嘘っていうことになる。そうなったら刑事事件にでもしてやろうかな。

 だけど、菜々さんは電話もLINEも繋がらない。仕事はしていたはずだけど、今日はお休みのはず。そう言えば誰かと会うって……あ。

 そこで点と線が繋がった。

 誰とは言っていなかったけど、菜々さんは何らかの方法で吾妻に呼び出されていたか拉致されたんじゃないか。

 友達同士で居場所を把握出来るアプリがあるので、それを使って菜々さんの位置情報を呼び出した。元々は知らない喫茶店で落ち合うためにダウンロードしていたアプリだったけど、まさかこんな形で使うとはね……。

 菜々さんの位置情報が出る。

「うわ」

 位置情報で出てきたのは、吾妻タツが指定してきた集合場所だった。

 誘拐はガチだ。社会的に殺される可能性の高くなった吾妻は、もはや手段を選ばなくなっている。

 おのれ吾妻。

 お前だけは許さない。

 当初はあくまで法的な側面から淡々と処理するつもりだったけど、ここまでやられたら宣戦布告以外の何物でもない。

 さすがに協力者のプログラマーも焦った感じで「どうしますか?」って訊いてきたけど、これはもう直接乗り込んで行って菜々ちゃんを助けるしかない。

 ――覚悟しろ吾妻。お前を東京湾に沈めてやる。