決勝戦、試合前のアナウンスで両者の名前が呼ばれるといちいち歓声が起こる。「由奈ちゃん派」と「楓花ちゃん派」が競うように声を張り上げている。うっさい。「楓花ちゃん派」はあたしの応援だけしとけ。

 ちょっとばかりイラっときたけど、他のものに注意を取られている場合じゃない。試合に集中しよう。

 リングに上がって来た天城楓花は落ち着いていた。

 ――まあ、緊張するようなタマでもないか。

 しばらく影を潜めていた「俺」が顔をのぞかせる。

 妙な感覚だけど、それはきっと天城も同じ。彼女の中でも楓花とケンのアイデンティティが混在しているはず。

 ボクシングの9割はメンタルだと言う関係者もいる。それは言い過ぎな気もするけど、体力と技術が拮抗したら最後に残っているのはたしかに心しかない。この試合ではどれだけ自分のメンタルを安定させられるかで勝敗が変わってくるだろう。

 嬉しそうに微笑む天城――かつてはケンと呼ばれていた美少女。

 文字通り、前世の因縁というやつだ。もちろんここで変な感傷に浸って負けるつもりは毛頭ない。

 グローブを合わせる。一応、握手の意味合いがあるらしい。これから殴り合うのに、ずいぶんと風変わりなルールだ。

 コーナーに戻ると、会場がざわつく。まるで世界戦みたいだ。美少女たちが闘うというだけで世間の反応はこんなに変わるものなのか。世知辛すぎるけど、気にしている場合じゃない。

「落ち着いていけよ」

 佐竹先生に言われて、小さい声で「はい」と答える。

 あたしだって緊張なんてするタマじゃない。タマはとっくになくなっているけど。

 ……下らないことを言っている場合じゃない。これから正真正銘の真剣勝負が始まる。

「一回目」

 ゴングが鳴る。

 あたしはリングの中央へと飛び出した。