「あなたも女神に会ったの?」
「まあ、うん」

 あたしは天城楓花(あまぎ ふうか)の質問へ言葉少なに答える。

 少し前まで、リングの外で睨み合った者同士。

 あたしと天城は、人目を盗んで夜の港で会っていた。夜の港にはおぼろな薄明かりしかなく、人目を避けて密会するにはいい場所だった。夜の海には穏やかな波でいくつもの漁船が揺れている。

 文字通り前世の因縁で、幼少期からずっとライバルだったせいか、お互いの考えていることは手に取るように分かる。

 だから、アイコンタクトで落ち着いたら会おうと伝えていた。周囲にはそれが睨み合いにしか見えなかったみたいだけど。

「まさか運命の女神って奴が美少女好きだなんてね。私ですら夢にも思わなかった」

 天城が言う。

 ロングヘアーで瞳の大きなアイドル顔は、とても前世でケンと呼ばれていた豪傑には見えない。

「なんて言うかさ、お互いになんて呼んだらいいか分からないよね」
「そうね」

 転生して美少女になったせいか、今の自分はかつて持っていたアイデンティティとはまるで違う存在のように感じる。

 それでいて、時々「俺」が顔を出す時もあり、平たく言えばややこしいメンタルの状態になっている。フロイト派があたしたちを見つけたらどう分析するんだろうか。

 天城楓花と話したはっきりしたのは、彼女も前世で世界戦直前に死んでいたこと。そして、あの世らしき場所で運命の女神を名乗る女性に出会い、美少女のJKかどこかの王女に生まれ変わるよう選択を迫られたこと。あたしとまったく同じ流れだった。

 結局ケンもどちらかを選ぶことは出来ず、女神の好みで美少女JKに転生させられたという。何から何までが似た者同士のライバルだなと自虐的な笑いが出た。

 昔からのライバルとはいえ、別に不仲だったわけじゃない。むしろ幼少期から知り合いだったせいで、どちらかと言えば家族に近い感覚だった。お互いがこんな姿になっていなければ。

 いくらか昔話や前世の話をすると、あたしは核心に迫る話題へ入った。

「それで、あたしたちはどうすればいいと思う?」

 一瞬だけ天城が無表情になる。

 あたしたちは不慮の事故とはいえ、運命を断ち切られた者たちに当たる。前世でやり残したことはいくらでもある。

「……分からない」

 しばらく考えた後、天城は遠い目で言う。

 彼女なりに色々悩んだこともあったのだろう。あたしがそうだったみたいに。

 二人で協力したところで、世界中へ「あたしたちはボクシングの世界タイトルで闘うはずだった選手の生まれ変わりです」なんて言った日には、間違いなく頭のおかしな奴と思われるか、下手をすれば精神科へ送られる。

 前世を憶えている人は、現代では病人や狂人と同等の扱いになってしまうのだ。少し前までは、「俺」もそう思っていたけど。

 ふいに天城がまた口を開く。

「分からないけど、私たちがやるべきことは過去に留まることじゃなくて、未来へと向かって歩いていくことなんだと思う」
「そう、だね」
「明日の決勝は、世界タイトルじゃないけど今の私たちにとって大きな意味を持っている」
「うん」
「だから、過去はどうこうするんじゃなくて、前に決着のつかなかった試合をちゃんと終わらせよう」
「うん。そうだね。それがいいね」

 結局、あたしたちには闘うことしか出来ない。

 前世では世界タイトルマッチで決着をつけるはずが、お互いが事故で死んでしまい、それどころではなくなった。

 だから今こそ勝負を決する時なのかもしれない。天城の言葉を聞いて、そんな気分になってきた。

 生まれ変わってもライバル同士で競っているなんて思いもしなかったけど、前世の決着をインターハイという舞台でつけるというのも悪くない。

「負けないよ」
「こっちこそ」

 あたしたちはガッチリと握手する。

 真夜中の港で、あたしたちは人知れず健闘を誓い合った。