試合の時間になった。
あたしの階級では優勝するまでに4試合ある。クジ運はなかったのか準々決勝からのスタートとはいかなかったけど、全部倒して上へいくから関係ない。
ひと昔前に比べると、女子ボクサーの数も相当増えたそうだ。2試合も勝てば優勝なんていうトーナメントもザラにあったらしい。
だけど、今は女子でも強い選手がたくさんいる。まあ、あたしは魂の入れ物が女ってだけだから負けないけどね。
公式のヘッドギアやグローブを身に着けると、自分の番になるまでリングサイドの椅子で待機している。
リングの上では試合が行われて、終わったらすぐにあたしら次の試合に出る選手やレフリーが上がるっていう段取り。こうやってどちらかと言えば機械的に大会は進められていく。
「お前、えらい落ち着いているな」
佐竹先生が笑う。
椅子に座って待つあたしがガチガチになっていないかと心配していたらしいけど、あいにく前世でもっと大きな舞台を闘っている。今さらアホみたいに緊張なんてしないし、普通に闘えば負けることはない。
一つ前の試合が判定で決まる。
さて、次はあたしの番だ。
あちこちからスマホが向けられる。まあ、ネットで散々有名になるとこういうことが起こるよね。
別に注目されること自体は悪いことじゃない。それがどんな形であれ。
中にはあたしのことをイロモノだと思っている人もいるんだろう。実際、結構そんな感じなんだろうけど。
ただ、言えることは一つ。
実力を証明出来るのはリングの上だけ。
あたしはリング脇にある階段を駆け上がった。
アナウンスであたしの名前が呼ばれると変などよめきが起こる。完全にパンダ扱いだな、こりゃ。
まあいいよ。見てもらいさえすれば分かるから。
レフリーにリング中央へと集められ、グローブを合わせる。
初戦の相手はいかにも田舎のヤンキーですっていう顔つきをしていた。地元で不良をしていたらスカウトされたタイプだろうか。
自陣で試合開始のゴングを待つ。
「いいか、落ち着いていけよ。無理に倒さなくていい」
「はい」
返事だけすると、相手をじっと見据えた。
「一回目」
ゴングが鳴る。
相手が自陣からダッシュで飛び出してくる。闘牛か。
そのまま相手は右を全力で振ってきた。
首を捻りながら右を伸ばす。カウンターの右ストレートが、ヤンキーの顔面をとらえた。
拳に抜ける感覚。
――あ、これ、クリティカルだわ。
ヤンキーはヘッドスライディングでもしたかのようにキャンバスへ倒れ込む。レフリーもパンチが当たったのか分からなかったらしく、ヤンキーへ立つように指示を出す。
ヤンキーが揺れる膝をごまかしながら立とうとする。立ち上がる過程でグラっとくる。
観客がどよめく。ようやくパンチが効いていることを理解したらしい。
レフリーも一度スリップの扱いにして引っ込みがつかなかったのか、「あ、どうしよう」というリアクションを一瞬だけ見せてから「ボックス!」と呼びかけた。試合は終わっていなかったらしい。
「え? やるの?」
リング下から佐竹先生の声が聞こえる。
リング下の角度からは、あたしのカウンターがモロに当たった様子が見えたらしい。そこからだと、もう試合をさせちゃいけない画が見えていたみたい。
――まあ、レフリーが続けるって言ったしね。
試合が続くと言われたからには、それはどんな状況だろうが続く。
ヤンキーは膝が震えているけど、ギブアップするつもりはないみたい。まあ、大概の選手はそうだろうけどね。
なら、早く終わらせてあげよう。
あたしはゆっくりと距離を詰めると、強いジャブを二発顔面に当てる。
それはガードを割って入り、ヤンキーの顔を撥ね上げた。
――止めた方がいいんじゃないの?
そういう意味を込めてレフリーをチラ見してみたけど、一向に止める気配はない。相手のセコンドも止めるつもりはないみたいなので、さっさと終わらせてあげることにした。
気持ちガードを下げて、パンチを打ちやすい姿勢になると、アメンボみたいな動きでリングを移動する。
外角からジャブを……と見せかけて、いきなりの右を放つ。ガードの上だけど、それでも効いたみたいで相手が下を向く。すかさず斜め下から左フックを振り抜いた。
フックはこれ以上ないタイミングでヤンキーのアゴを打ち抜く。
抜けるような感覚。これ、アゴが折れちゃったかもしれない。
そう思いながら、キャンバスに叩きつけられる相手を見下ろしていた。
死神の鎌にも喩えられるあたしの左フックは、一撃でヤンキーの意識を丸ごと刈り取った。
レフリーが問答無用で試合を止める。アマチュアらしからぬ試合の終焉だった。
会場がざわつく。アマチュアの試合だと強いパンチが当たるとダウンの扱いにするパターンが多いので、豪快に倒す場面はあまり見られない。
よりによって女子の試合で派手に倒す光景が見られたので、観客も驚きを隠せなかったようだ。
相手の選手が担架で運ばれていく。意識はあるものの、大事をとってそのような措置を取ったようだった。これでボクシングが嫌いにならなければいいなと思う。
肉体こそ女子に変わったものの、やはりいくらかの罪悪感を覚えた。逆に女から男に生まれ変わった場合だったら「どうだ見たか」って思ったんだろうけど。
なんとなく、LGBTの人が持つ苦悩が分かったような気がしないでもない。あたしの場合は女になって強くてニューゲーム状態だからちょっと事情は違うけど。
とにかく勝ちは勝ちだ。
次に向けて、気を引き締めていこう。
あたしの階級では優勝するまでに4試合ある。クジ運はなかったのか準々決勝からのスタートとはいかなかったけど、全部倒して上へいくから関係ない。
ひと昔前に比べると、女子ボクサーの数も相当増えたそうだ。2試合も勝てば優勝なんていうトーナメントもザラにあったらしい。
だけど、今は女子でも強い選手がたくさんいる。まあ、あたしは魂の入れ物が女ってだけだから負けないけどね。
公式のヘッドギアやグローブを身に着けると、自分の番になるまでリングサイドの椅子で待機している。
リングの上では試合が行われて、終わったらすぐにあたしら次の試合に出る選手やレフリーが上がるっていう段取り。こうやってどちらかと言えば機械的に大会は進められていく。
「お前、えらい落ち着いているな」
佐竹先生が笑う。
椅子に座って待つあたしがガチガチになっていないかと心配していたらしいけど、あいにく前世でもっと大きな舞台を闘っている。今さらアホみたいに緊張なんてしないし、普通に闘えば負けることはない。
一つ前の試合が判定で決まる。
さて、次はあたしの番だ。
あちこちからスマホが向けられる。まあ、ネットで散々有名になるとこういうことが起こるよね。
別に注目されること自体は悪いことじゃない。それがどんな形であれ。
中にはあたしのことをイロモノだと思っている人もいるんだろう。実際、結構そんな感じなんだろうけど。
ただ、言えることは一つ。
実力を証明出来るのはリングの上だけ。
あたしはリング脇にある階段を駆け上がった。
アナウンスであたしの名前が呼ばれると変などよめきが起こる。完全にパンダ扱いだな、こりゃ。
まあいいよ。見てもらいさえすれば分かるから。
レフリーにリング中央へと集められ、グローブを合わせる。
初戦の相手はいかにも田舎のヤンキーですっていう顔つきをしていた。地元で不良をしていたらスカウトされたタイプだろうか。
自陣で試合開始のゴングを待つ。
「いいか、落ち着いていけよ。無理に倒さなくていい」
「はい」
返事だけすると、相手をじっと見据えた。
「一回目」
ゴングが鳴る。
相手が自陣からダッシュで飛び出してくる。闘牛か。
そのまま相手は右を全力で振ってきた。
首を捻りながら右を伸ばす。カウンターの右ストレートが、ヤンキーの顔面をとらえた。
拳に抜ける感覚。
――あ、これ、クリティカルだわ。
ヤンキーはヘッドスライディングでもしたかのようにキャンバスへ倒れ込む。レフリーもパンチが当たったのか分からなかったらしく、ヤンキーへ立つように指示を出す。
ヤンキーが揺れる膝をごまかしながら立とうとする。立ち上がる過程でグラっとくる。
観客がどよめく。ようやくパンチが効いていることを理解したらしい。
レフリーも一度スリップの扱いにして引っ込みがつかなかったのか、「あ、どうしよう」というリアクションを一瞬だけ見せてから「ボックス!」と呼びかけた。試合は終わっていなかったらしい。
「え? やるの?」
リング下から佐竹先生の声が聞こえる。
リング下の角度からは、あたしのカウンターがモロに当たった様子が見えたらしい。そこからだと、もう試合をさせちゃいけない画が見えていたみたい。
――まあ、レフリーが続けるって言ったしね。
試合が続くと言われたからには、それはどんな状況だろうが続く。
ヤンキーは膝が震えているけど、ギブアップするつもりはないみたい。まあ、大概の選手はそうだろうけどね。
なら、早く終わらせてあげよう。
あたしはゆっくりと距離を詰めると、強いジャブを二発顔面に当てる。
それはガードを割って入り、ヤンキーの顔を撥ね上げた。
――止めた方がいいんじゃないの?
そういう意味を込めてレフリーをチラ見してみたけど、一向に止める気配はない。相手のセコンドも止めるつもりはないみたいなので、さっさと終わらせてあげることにした。
気持ちガードを下げて、パンチを打ちやすい姿勢になると、アメンボみたいな動きでリングを移動する。
外角からジャブを……と見せかけて、いきなりの右を放つ。ガードの上だけど、それでも効いたみたいで相手が下を向く。すかさず斜め下から左フックを振り抜いた。
フックはこれ以上ないタイミングでヤンキーのアゴを打ち抜く。
抜けるような感覚。これ、アゴが折れちゃったかもしれない。
そう思いながら、キャンバスに叩きつけられる相手を見下ろしていた。
死神の鎌にも喩えられるあたしの左フックは、一撃でヤンキーの意識を丸ごと刈り取った。
レフリーが問答無用で試合を止める。アマチュアらしからぬ試合の終焉だった。
会場がざわつく。アマチュアの試合だと強いパンチが当たるとダウンの扱いにするパターンが多いので、豪快に倒す場面はあまり見られない。
よりによって女子の試合で派手に倒す光景が見られたので、観客も驚きを隠せなかったようだ。
相手の選手が担架で運ばれていく。意識はあるものの、大事をとってそのような措置を取ったようだった。これでボクシングが嫌いにならなければいいなと思う。
肉体こそ女子に変わったものの、やはりいくらかの罪悪感を覚えた。逆に女から男に生まれ変わった場合だったら「どうだ見たか」って思ったんだろうけど。
なんとなく、LGBTの人が持つ苦悩が分かったような気がしないでもない。あたしの場合は女になって強くてニューゲーム状態だからちょっと事情は違うけど。
とにかく勝ちは勝ちだ。
次に向けて、気を引き締めていこう。