2ラウンド目開始のブザーが鳴った。

 あたしは勢いよくオクタゴンの中央へとおどり出る。

 黒須さんも何かを感じたのか、さっきよりは重心を気持ち上げた状態で構えている。

 さっきの攻防で距離感はある程度掴んだ。というわけで、2ラウンド目はガンガンいこうぜ作戦で闘う。

 先ほどよりも接近して黒須さんの周囲をサークリングする。高速で、見ている方が目の回るぐらいの速さで移動していく。

 ジャブをパパパンと放つ。

 もちろん捨てパンチで、ガードの上をアウトサイドから叩いていく。

 黒須さんがプレッシャーをかけてくる。ん、体重差を活かして押しつぶす作戦かな?

 でも、あたしには通用しないよ。

 いきなりの右ストレートをガードの間にねじ込む。ガードを割って、顔面に当たった。すかさず左フックを返す。

 これはガードで防がれた。

 だけど、手ごたえはあった。

 彼があたしのスピードに慣れるよりも前に、こちらの方が距離感を把握した。

 少しだけバックステップ。目の前を強烈なフックが通り過ぎていく。さすがにパンチをクリーンヒットされてちょっとムカついたのか、黒須選手も強いパンチを当てにきている。

 ――いいよ、そうじゃないと面白くない。

 あたしは思わずニヤけてしまった。

 ガードを固めてこちらがプレッシャーをかけていく。睨み合い。お互いがカウンターの瞬間を狙っている。

 距離を詰める。接近戦。これは腕の短いあたしの距離だ。

 ワンツーから左フック、そのまま左ボディーへと流れるように繋いでから、右フックをガードの上から叩きつけてされなる連打を放っていく。

 黒須さんもここまで回転の速い連打を見たことがないのか、カウンターを打とうにもガードを固めて様子を見ざるをえない状況になっている。まあ、それこそあたしの狙いだったんだけどね。

 距離は取らせない。

 そのまま全身して、さらなる連打を放っていく。

「マジかよ」

 スタッフの誰かがひとりごちた。黒須奇跡が女子相手で守勢に回る姿を見せるとは思いもしなかったのだろう。

 連打の間隙を縫って黒須選手のアッパーが飛んでくる。総合格闘技の試合で、数多の選手をリングへ這わせてきた戦慄のアッパーだ。

 だけど、目下距離を制しているのはあたしの方だ。

 パンチを打ちながらわずかに首をひねり、反撃のアッパーをかわしながら右フックを叩き込んだ。

 黒須さんが少しだけフラついたところでラウンドの終了を知らせるブザーが鳴った。あっという間のスパーリングだったけど、なかなかいい終わり方が出来た。

「え? もう終わり?」

 驚いた顔でスタッフに訊く黒須さん。終盤に盛り返すつもりだったのかもしれないけど、あたしが攻勢をかけてスパーが終わってしまった。さすがにこれは彼でも計算外だったか。

 どうあれ、コラボ企画のスパーは終わった。

「すごいね、君」

 黒須さんは心底驚いたという顔で言う。

「正直さ、美少女JKボクサーって言われたら、どうせ見た目だけ良くてあとは話にならないんだろうなと思ってた」

「そりゃあまた、正直に言いますね……」

 ここまで直球で言われると、あたしでも笑うしかない。

「だけど、さっきのスパーでこりゃすごいわって思ったわ。いや、君はマジですごいわ」

 黒須さんは感心しきりといった様子だった。

「ん?」

 黒須さんの目尻付近から血が流れている。

「マジかよ……」

 自分で血を拭ってから呻く黒須さん。どうも、さっきの連打でカットしたみたいだった。

「とんでもねえ切れ味だな」

 スタッフがオクタゴンに入り、黒須さんの傷を見る。幸いざっくりと切れたわけではなく、自然治癒で元に戻るだろうとのことだった。

「こりゃあ、とんでもない選手になるね」

 黒須選手が断言する。

 まあ、少なからずその予言は当たるでしょうけど。

 ともかく、強い選手とのスパーリングはあたしにとっても良い糧となった。

 専門外とはいえ、黒須奇跡と言えば国内で有名な格闘家だ。そういう選手とまともにスパーリングが成立すると証明出来ただけで万々歳だろう。

 いい練習になった。

 彼とここまでのスパーが出来るのであれば、インターハイの女子はあたしが優勝したようなものだ。……まあ、中身は世界ランカーだし。

 それでも相手は誰が来るか分からない。

 気を引き締めつつ、自分を高めていこう。