置いてあるカバンを持って、廊下を歩いた。

「そういえば、天音は俺が花蓮のこと好きだって気づいてるんだよな」

自分はそんなにわかりやすいのだろうかと窓ガラスに自分の顔を映した。

「何やってるの?」

紫音が声をした方を見ると、花蓮が立っていた。

(さっきの、聞かれてないよな…?)

あんな独り言を聞かれたら、たまったもんじゃない。

「か、花蓮…い、今の聞いてたか?」

「え?何が?」

花蓮は首を傾げた。

どうやら聞かれてはいなかったらしい。

紫音は、心の中でホッとした。

「これから帰るの?私も帰るんだけど、一緒に帰る?」

「ああ、そうだな」

二人で静かな廊下を歩く。

「静かだね。もうみんな帰ったのかな」

さっきまで聞こえていた生徒たちの声は、あまり聞こえなくなっていた。

「雨も上がったし、帰ったんじゃないか?」

「私も早く帰らないと。結奈と天音が帰ってるかもしれないし」

「…ほんと、よく話すようになったよな」

花蓮は瞬きをした。

「まぁ、あの時よりは、ね」

花蓮は困ったように笑った。

「みんなのおかげだよ」

周りに優しくしてくれる人たちがいたから、花蓮は心を開いてまた話すことができるようになった。

「俺も、花蓮には感謝してる」

「私、何かしたっけ?」

「前に、俺は俺のままでいいって言ってくれたことあっただろ」

花蓮は、しばらく考えこんでいたが思い出したようだった。

「あぁ、前に服屋に買い物に行った時のこと?だってあれ、紫音の好みの服じゃなかったんでしょ?」

紫音は、何年か前にまだ、弟の理音(りおん)として振る舞う癖が抜けておらず、理音が好んで着ていた服を手にとっていた。

その時に、花蓮に『紫音が着たいと思う服を着たら?』と言われて、自分らしさを取り戻せた気がした。


「私は、思ったことを言っただけ。感謝されるようなことは言ってないよ」

(それでも俺は嬉しかった。だから花蓮を好きになったんだ)


天音は、担任に教材を運ぶのを手伝わされてやっと終わったところだった。

「…疲れた。早く帰ろう」

雨も上がったので、傘は必要なさそうだ。

そのまま昇降口に向かった。

その通り道に体育館を通り過ぎた。

少し開いたドアの隙間からのバスケ部が練習しているのが見えた。

(バスケ、もう一回やりたいな)

シュートの練習ぐらいなら大丈夫だろうか。

今度、人がいない時にやってみようと天音は思った。