その頃、要が隼人の家に来ていた。
インターフォンを押したが、返事がない。
「おかしいな…」
もう一度インターフォンを押してみたものの、やはり返事はない。
試しにドアノブに手をかけた。
するとなんの抵抗もなくドアが開いた。
「鍵、閉め忘れたのか?」
不用心と思いながらも、要は中に足を踏み入れた。
「隼人ー?」
呼びかけても反応ないはない。
さらに足を進めると、ソファで寝ている隼人がいた。
「おい隼人、起きろ。今日、真白たちと学校の土地について調査するって言われてただろ」
要が隼人の体を揺さぶって起こした。
「ん…?白夜…?」
「何言ってるんだ。俺は要だ」
隼人が目を開けた。
「あぁ、悪い。また前世の夢を見てたみたいだ」
そう言いながら、隼人は体を起こした。
「またって、そんなに何回も見てるのか?」
まだ眠そうな顔で欠伸をしている隼人に、要は聞いた。
「そうなんだよ。最近よく見るんだ。なんでなんだろうな?」
「お前すごい顔色悪いぞ。大丈夫か?」
隼人は真っ青な顔をしていた。
「平気だよ。寝起きはいつもこうなんだ」
着替えてくる、と言って隼人は奥の部屋に向かった。
「なんで今になってそんなに頻繁に前世の夢を見るんだ?」
「二人はまだみたいだけど、先に始めてよう。場所はわかってるんでしょ?」
湊に聞かれた真白が答えた。
「大丈夫だと思います」
一行は、図書館に向かって歩き始めた。
「この辺りに郷土史があるはずだから」
真白たちは、何冊か手にとって、テーブルで読み始めた。
「あの学校、明治から大正の時は、祓い屋の屋敷があったんだね」
春香が本を見て言った。
「祓い屋ってなんだろう?」
真白が首を傾げると、湊が教えてくれた。
「祓い屋っていうのは、人についている悪いものを祓ってあげていた人のことだよ」
「それって、退魔師と術師とは違うんですか?」
「退魔師や術師は主にあやかしや霊を祓うんだ。祓い屋は人から相談を受けて、相談者の憑き物を祓うのが仕事かな」
ややこしいが、なんとなく理解はできた。
「今はその人達はいるんですか?」
真白は疑問に思って聞いた。
「俺はまだ会ったことはないよ。でも噂では、現代でもそれを仕事にしている人もいるらしいよ」
「そうなんですね」
要と隼人は、急いで図書館に向かっていた。
「もうみんな先に行ってるかもしれないな」
「ごめん。俺が起きなかったせいで…」
「気にしなくていいから、今はとにかく急ぐぞ」
二人は図書館まで走った。
「そこのお二方」
男性に呼び止められて、要と隼人は足を止めた。
「はい?」
「この辺りに、神社はありませんか?」
どうやら神社の場所がわからないようだった。
「それなら、ここを戻ったところに桜咲神社がありますよ」
「そうですか。これはご親切どうも」
男性はペコリと頭を下げて、歩いて行った。
「今のってお坊さんか?」
「格好を見た感じそうじゃない?」
「って、そんなことはいいから、急ぐぞ!」
二人はまた走り出した。
「お久しぶりです。何年ぶりでしょう?」
「渚と湊がまだ小さかったので、十年以上前になりますね」
朱莉が男性にお茶を出した。
「今年は百鬼夜行と神儀りが重なったことで、退魔師と術師の名家は大忙しだそうですね」
「ええ、主人もさっき出かけて行きました」
「私も京都に呼ばれてはいるのですが、こちらで早めにやらなければならない仕事があったんですよ」
「そうなんですか。大変ですね」
朱莉はニコニコしながら会話に応じた。
「あなたにお会いしたのは、千早さんのことについての時でしたね」
「そうですね。お陰で千早も普通に生活できています」
「それはよかったです。…ただ、その後に不幸が重なったようで…」
朱莉が真剣な表情になった。
「はい。実の娘を数ヶ月で亡くして、兄夫婦も事故で亡くなったので、相当精神的に参っています。今でも、兄夫婦の娘に対して、許せない気持ちがあるようで…」
「その娘さんは、かなり強い霊力を持っているそうで」
「そうなんです。ですから、いろいろな人からも狙われやすいかと」
「それが、また悲劇を生まないといいですけどね…」
要と隼人は、ようやく真白たちのいる図書館に着いた。
「遅くなってすみません」
二人は頭を下げた。
「大丈夫だよ。さっき始めたばかりだから。そうだ。二人は学校の方に行って、司書の先生から本を借りてきてもらえる?」
湊に言われた要と隼人は、頷いた。
「わかりました」
「あ、私も行く」
真白も席を立ち上がった。
三人は学校の図書室にやってきた。
「すみません。ここの学校の郷土史をお借りしてもいいですか?」
「ええいいわよ。高嶺先生から話は聞いてるから」
女性の司書の先生は、その本を持ってきてくれた。
「ありがとうございます」
本は何冊かあった。
三人で分担して持って行った。
「やっぱり、結構古いんだね」
真白たちの通っている学校は創立してからかなりの時が流れている。
「昭和の初め頃に建てられたのよ」
司書の先生が言った。
「そんなに昔から?」
真白は、興味を持って訊ねた。
「私もこの学校の卒業生なんだけど、やっぱり前とは違うわね。私が通っていた時は、旧校舎も使って授業をしていたのよ」
昔は今よりも、生徒の人数が多く、旧校舎と本校舎両方を使っていたようだ。
「ところで、学校の歴史を調べてどうするの?」
「夏休みの自由研究にしようと思ったんです」
「そうだったの。頑張ってね」
司書の先生にお礼を言って、真白たちは図書館に戻った。
「戻りました」
真白たちは本を抱えて、図書室に戻った。
「おかえり。こっちも大体調べ終わったところだよ」
湊がそう言った。
真白たちは、テーブルに本を置くと、椅子に腰掛けた。
「これが、学校から借りてきた本です」
要が持ってきた本を湊に見せた。
「俺が琉晴さんから聞いたのは、昔、あの学校があった場所は、巫女の術具を保管するのに使われていたことがあるらしい」
「巫女の術具の保管?」
「明治に入ってからは、術具は限られた人しかわからないように厳重に保管されていたようだよ」
「じゃあ、今紫音たちが使っているのは、今までどうしていたんですか?」
真白は、疑問に思って訊ねた。
「あれは、桜咲家で保管していた物だよ。あの術具は、霊力のある人しか使えないけど、とても価値のある物だから、持ち主がいない時は、蔵に入れてあったんだ。霊力のある人が管理した方が安全だから」
「そうだったんですね」
「今日は突然お邪魔してしまってすみませんでした」
「いえいえ、またいらしてください」
男性は朱莉に一礼すると、桜咲家の屋敷を後にした。
「さて、京都に向かうとしましょうか」
男性は、お札を取り出して何かつぶやくと、その姿が跡形もなく消えた。
いろいろ見ているうちにすっかり日が暮れてしまった。
「もう夕方だね。今日はこれくらいにして帰ろうか」
「わかりました」
湊の掛け声に真白たちは立ち上がった。
「真白」
要が声をかけてきた。
「どうしたの?」
「家まで送るよ」
真白と要は、並んで歩いた。
屋敷の近くまで来た時に、真白が何か見つけた。
「あれ、なんだろう?」
玄関の前に落ちていたお札を真白が拾い上げた。
「これは、誰かが術を使った後だ。でもなんでこんなところに…」
要が不思議そうに言った。
「もしかして、桜咲家にまたお客さんが来てたのかも。それに、今日は風が強いから、飛んできたとか」
さっきから、少し強い風が吹いていた。
「術を使った後は、基本的にお札は残らないんだ。誰かが意図的にここに置いたのかも」
「それって誰が…」
京都では、着々と準備が進められていた。
「これくらいかな」
琉晴は紙に何か書いていた。
「これで、何かあっても大丈夫なはず」
それを引き出しにしまった。
「琉晴、仕事は終わりましたか?」
充が琉晴の部屋に入ってきた。
「うん。祭典の準備も、あと少しで終わりそうなんでしょ?」
「はい。なんとか間に合いそうですよ」
「充」
琉晴は、真面目な声で充を呼んだ。
「なんですか?そんなに真面目な顔をして。あなたらしくないですよ」
「…お前は、兄の代わりをしていて、辛いと思ったことはあるか?」
琉晴のその問いかけに充は首を振った。
「いいえ。兄が病気になってから、僕が家を継ぐのだと、覚悟は決めていましたから」
「お前はすごいな。とても年下には思えない」
「そう思ってもらっているのなら、嬉しいです。僕もまだまだ兄には敵いませんから」
「あいつのお見舞い、しばらく行ってないな…」
「今度顔を見せてあげてください。きっと、兄も喜びます」
「そうだな」
真白は、玄関前で拾ったお札を見ていた。
「それは、拾ったのか?」
琥珀が、覗き込んできた。
「うん。でも、悪いものではない気がして…」
「見せてみろ」
真白はお札を琥珀に渡した。
琥珀は、しばらくお札を見ていた。
「…そうだな。これはどちらかと言うと身を守るための札だ」
「でも、誰のものだかわからないの」
「そうか、少し待て」
琥珀は目を閉じてお札に手をかざした。
「この札の持ち主は、祓い師の使っている札だ。危険なものではないから持っていても問題はない」
「そう、なんだ」
真白はしばらくはこのお札を持っておくことにした。
「え?今日、お客さんが来てたの?」
実家に帰って来た湊は、朱莉から話を聞いていた。
「とてもお世話になった人でね。渚と湊の話もしたのよ」
「それって、どんな人なの?」
「普段は、いろんなところを旅しているのよ。本職はお坊さんだから」
「へぇ。ところで、父さんはまだ帰って来てないの?」
「今、京都にいるのよ。泊まることになるかもしれないって。湊もいずれ、同じことをすることになるんだから、今のうちにいろいろ聞いておいた方がいいわよ」
「わかってるよ」
湊は自分の部屋に戻った。
「俺も桜咲家を継ぐんだから、今のうちに色々経験しておいた方がいいよな。でもその前に、鵺の化身を琉晴さんから返してもらわないと」
湊が鵺と会ったのは、幼稚園の時だった。
外で遊んでいた時に、大きな白い鳥が飛んできたのだ。
その白い鳥は、裏山の方に飛んでいった。
気になって追いかけると、白い鳥が青年の姿に変わるのを見た。
『お前、ここで何してる?』
その青年は、鵺と言った。
その日から、湊はよく鵺と話すようになった。
そんなある日、突然前世の記憶が戻った。
その記憶が戻ったことによって、鵺と前世でも一緒にいたことを知った。
それを鵺に話すと、
『なら、お前の力になってやる」
湊は、鵺と眷属の契約を交わした。
「俺が余計なことをしなければ、鵺も力を持ったままでいられたかもしれなかったのに…」
今は、戻れたとしても、半妖の姿だ。
「祭典まであと二ヶ月…琉晴さんが全てが終わったら返すって言ってたのは、百鬼夜行と神儀りが終わったあとって意味か?」
詳しくは聞けなかったので、まだ断定できない。
「あの護符も、長くは使えないからな」
鵺のために作ったあの護符は、かなりの霊力を注いで作った。
強力なのだが、その代わり使用期限があった。
「とりあえず、あれが終わるまで持ってくれればいい」
要は、真白の家の前に落ちていた、お札について考えていた。
「あれは、悪いものではない…ただ、どんな奴が作ったのかによる。もし…危険な人物が作ったものだったら…」
真白の身に危険が及ぶ可能性がある。
「やっぱり、早く式神を使えるようにならないとダメだ」
『ずいぶん意気込んでるじゃねえか』
式神の一人が話しかけてきた。
「力がないから大事な人を守れないのは、嫌なんだ」
あの父から母を守ることができなかったように。
前世でも、彩葉を守ることができずに死んでしまった。
「そのためには、俺が強くならなきゃいけないんだ。頼む。力を貸してくれないか?」
『それはお前の意志の強さ次第だ』
そして、夏休みが終わり、二学期始まった。
「真白、おはよう」
春香声をかけてきた。
「おはよう。春香」
「結局、中途半端なまま夏休み終わっちゃたね」
あれからも夏休みが終わるまでは、色々調べてはいたのだが、いい収穫はないまま、夏休みが終わってしまった。
湊はその直後、京都に戻ってしまった。
「このままにしちゃダメな気がする…」
「そんなこと言ったってどうするの?私たちだけでできることなんて少ないでしょ?」
「高嶺先生と冴島先生がいるよ」
「でも二人とも最近忙しそうにしてたよ。夏休み中、部活に来た時に見た」
「…そっか」
それではどうすればいいだろう?
「そんなに気にしすぎることないよ」
「え?」
「真白は真白にできることを一生懸命やってれば、大丈夫だと思うよ」
「そうかな?」
春香にそう言われて、真白はあまり気にしないようにしていた。
しかし、その日の夜の事。
真白は夢を見た。
夢にはたくさんの人と太鼓の音や鈴の音が聞こえてきた。
どうやら何かの祭りのようだ。
真白は学校の制服を着て、立っていた。
どこか不安そうな顔をしている。
真白は誰かに肩を叩かれて、そのまま倒れてしまった。
夢は、そこで終わった。
「…何?今の夢」
真白は目を覚まして、体を起こした。
何か良くない感じがした。
そして、数日が経過した。
その日は学校で、修学旅行の班決めを行なっていた。
真白は、紫音と同じ班になった。
「ちょうどみなさんが修学旅行に行く時は、京都で大きなお祭りがあるそうです。誰でも参加できるそうなので、ぜひ参加してください」
「真白、真白!」
隼人に声をかけられて、真白は我に返った。
「どうしたの?隼人」
「今日、先生に授業で使った資料、旧校舎に運ぶように言われてたでしょ」
そうだった。
すっかり頭から抜けていた。
「今、何時?」
時計を見ると、最終下校時刻まであと少しだ。
「どうしよう。今日中にって言われてたのに」
「よかったら、手伝おうか?」
困っている真白にそう隼人は言った。
「本当に?」
「うん」
「ありがとう。隼人」
二人で資料を持って廊下を歩いた。
「この間、不思議な夢を見てね」
「夢?」
真白は隣を歩く隼人にこの前見た夢の内容を伝えた。
「俺も最近、前世の夢をよく見るんだ」
「そうなの?」
「彩葉たちと出会ってから、夜叉が亡くなるまでの夢を繰り返し」
「なんでなんだろう?」
「俺にもよくわからないんだ」
旧校舎に着いた。
そこの資料室に、運んできた資料を置いた。
「よし。帰ろう」
校舎の外に出ると、空はすっかり夕日に染まっていた。
「じゃあ、また明日」
「またね」
真白は家の近くで隼人と別れた。
「ただいま」
玄関先でそう言ってから部屋に入った。
「疲れた…」
どうやらそのまま眠ってしまったらしい。
部屋の中は真っ暗だった。
「私、帰ってきてからすぐに寝ちゃったんだっけ?」
瞼を擦りながら体を起こした。
そのまま部屋を出るとあることに気づいた。
(ここ、私の家じゃない!)
「お呼びですか?帝」
男性の声が聞こえてきた。
「そなたに頼みたいことがある」
「何なりと」
(あの人たちは…)
真白は見つからないようにしながら二人の会話を聞いていた。
「あやかしの討伐に、おまえも一緒に参加してほしい」
「私が、ですか?」
「今回のあやかしはなかなか手強い相手のようだ。このままでは、さらに被害が大きくなる。やってくれるか?」
男性は帝に向かって深々と頭を下げた。
「承知致しました」
真白が目を覚ましたのは布団の中だった。
(今の、夢だったの?)
今度は自分の部屋だった。
「君、うなされてたよ」
横には蘇芳がいた。
「夢を見てて…」
「どんな夢?」
「私はある屋敷で目を覚まして、帝と一人の男の人が話してた」
「帝…」
蘇芳は険しい顔になった。
「蘇芳は帝を憎んでいるの?」
「そうだね。今はだいぶ薄れて入るけれど、前までは憎くて仕方がなかったな。もしあの時の陰陽師に会ったら、一言何か言ってやりたいな」