渚は、神宮家にやってきていた。

「また来てたの?」

琉晴が話しかけてきた。

「お前が色々仕事を押し付けてくるせいで私は休む暇がない」

渚は不機嫌そうに言った。

「今日は(あきら)は一緒じゃないんだね」

「晶は別件がある。だから今日は私一人で来た」

琉晴は壁に寄りかかった。

「君は本当は俺と結婚するはずだったのにね」

「今さら何を言ってるんだ。先にケンカを売ってきたのはそっちだろう」

琉晴は困ったように笑った。

「あれはケンカを売ったわけじゃない。見たままを言っただけだ。あの時の君は髪も男のように短かったからね」

今は渚の髪は長くなっているが、結婚する前はショートカットにしていたのだ。

「女に向かって『女装なんかして何してるんだ』と言うやつがどこにいる」

「しょうがないじゃないか。俺はあのとき君と会ったのが初めてだったんだから」

琉晴は、お見合いの当日になるまで事前に送っておいた写真や両親の話も一切聞かずにいたのだという。

「あの時は忙しくて、それどころじゃなかったんだ。母さんがお見合いしろってしつこいから一回帰ってきたのに」

「私はお前と結婚しなくて正解だったな。晶とは全く性格が違う」

「君もずいぶん弟とは性格が違うんだね。弟の方が物分かりがいい」

「湊とは、私と見合いをする前に会っていたらしいな」

「そうだね。君が中学生の時に、湊が神宮家に来ていたことがあった」

渚が神宮家に修行にやってきたのは中学生になった時だった。

そのすぐ後に、湊が来ていたことを知ったのだ。

「私は学校に行っていていなかった。学校から帰ってきた時に湊から連絡があった。そのとき元気がないように見えたが、何かしたのか?」

「俺が小学生の子供に何かするわけないじゃないか」

「そうか。沙羅(さら)から聞いた話だとお前が湊を脅しているようにも見えたと言っていたんだが…」

「全く、実の兄をそんな風に言ったのか。でもそんなことはしていないよ。沙羅の見間違いじゃない?」

その時、使用人たちが渚を迎えにきた。

「お待たせいたしました」

「じゃあ、またね」

使用人に案内されている渚に向かってそう言った。

「まぁ、間違ってはいないんだけどね」

湊は、渚にあの事を伝えてはいなかったようだ。

「渚に鵺の化身見えていたかはわからないけど、気づいたら何か言うはずだし、多分気づいてなかったんだと思うけど」

琉晴は、鵺の化身を呼び出した。

「君にはもう少し協力してもらうよ」