・【08 事件3.海老の銅像に墨汁・解決編】


 そもそも何で墨汁なんだ、ペンキとかじゃないんだ?
 あえて高校にあるものにしたのか、それとも、あえて洗い流しやすくしたのか?
 泡のようにシャワーの水だけで流れるように、墨汁という、水だけで綺麗になるようなモノを使った理由って、つまるところ。
 俺は改めて、佐藤さんにLINEすることにした。
『AVは怖いんだよ』
 という自分の言葉を流すこともできるし、一石二鳥だ。
 早くこんな文字は視界から消し去りたいんだ。
 そこからLINEで佐藤さんとやり取りして、明日を待つことにした。
 次の日の朝、俺と佐藤さんはある人のところへ行った。
 そう。
「ちょっとだけ時間をください。場所もちょっとあれなんで、こっちのほう来てもらっていいですか?」
 相手はぐずっていたけども、なんとなく、何かを察したのか、誰もいない空き教室へ来てくれた。
「で、用件ってなんだ?」
 俺と佐藤さんを睨むようにそう言った椎名先生。
 俺はまず言質として、
「椎名先生って、妙にカッコイイ海老の銅像が好きですよね」
 すると椎名先生は「おっ」と分かってるねぇ、みたいに指を差しながら、
「そうだな、わたしはあのカッコイイ海老の銅像好きだね、だから昨日の墨汁の事件は心を痛めていてねぇ」
「そんなわけないじゃないですか、墨汁を掛けたのは椎名先生、貴方ですよね」
 と俺が椎名先生の目を見ながら、そう言うと、椎名先生は急に咳払いをして、
「なななななんのことかねぇえぇえええええ!」
 と声を荒らげて、まんま犯人の動揺じゃんと思った。
 佐藤さんが矢継ぎ早に、
「犯人の挙動過ぎるしぃ」
 と言って笑うと、椎名先生は大きな声で、
「そんなことない! そもそもわたしがそんなことする動機が無い!」
「動機はあります」
 と俺がカットインするように声を上げると、
「じゃあ言ってみたまえ!」
 と叫んだので、俺は淡々と言うことにした。
「椎名先生は徐々に汚れてきていた妙にカッコイイ海老の銅像を綺麗にしたいと思っていた」
「じゃあ真逆じゃないかね!」
「だから墨汁で汚すことにより、誰かに改めて綺麗にさせたかった。だから墨汁という水で簡単に流れる塗料で汚したんです」
「……!」
 唇を噛むような動作をした椎名先生に俺は畳みかける。
「そもそもあの墨汁の量は生徒が咄嗟にできる量じゃない。計画的に、車などで運ばないと運べない量だ。仮に生徒がやるなら、旧校舎から絵の具を持ってきてやるほうが合理的だ。でも絵の具は水性とはいえ、墨汁よりは洗うのが大変だ。椎名先生は妙にカッコイイ海老の銅像のことを想って、墨汁にしたんです!」
 椎名先生は気功弾を喰らったようによろけたが、なんとか態勢を立て直してから、
「外部の犯行かもしれない」
 と呟いたので、もうこう言うことにした。
「ぶっちゃけ犯行現場、スマホで撮影していましたので、ここで認めてくれなきゃもうアレなんで、俺はこの映像をPTAに持っていきますね」
「いやいやいや! じゃあすぐに、昨日のうちに、わたしのもとへ『犯人ですね』と来るもんじゃないか!」
「いえ、これが本当に椎名先生かどうかって、僕と佐藤さんで迷っていたんです。椎名先生に見えるけども、本当にそうなのか、あの椎名先生なのかって。だって椎名先生は聖職者だから……」
 と俯く演技をした俺に椎名先生は荒い鼻息で、
「いつだ」
 と言ってきたので、俺は顔を上げながら、
「これ、俺が言っちゃった瞬間に決まっちゃいますけども」
 椎名先生はぶるぶる拳を震わせながら、
「いや嘘だ!」
 矢継ぎ早に俺は、
「じゃあいいや。その動画をPTAに持っていきますね。今ここで自白してくれれば、一番優しいところへ行くことも可能ですけども」
 と言ったところで椎名先生がとてつもない大きな声で叫んだ。
「PTAだけは!」
「認めるんですね」
 ちょっとした沈黙後、椎名先生が自白して一件落着。
 椎名先生は自ら校長先生へ罪を告白するらしい。
 まあ校長先生がこのままこの事件を闇に葬り去ったら、俺たちの活躍も無かったことになるけども、まあそれは仕方ないと思って、教室に戻った。
 佐藤さんはルンルン気分でスキップしていた。内申点上がらないかもしれないっていうことはどうやら頭の中には無いらしい。
 朝のホームルームも終わって、そこからは授業&授業で、昼休みになったところで、俺と佐藤さんは井原先生から呼び出されて、誰もいない空き教室で、
「いやぁほぉいい! あの何か端々が腹立つでお馴染みの椎名嬢に天罰を与えたらしいな!」
 俺は「えっ」と絶句している隙に佐藤さんが、
「何か、大々的に発表されたっぽいっすか?」
「そう! 椎名嬢が先生揃ってる前で校長先生から言われて減給だってさ! 最高だぜ! アタシのほうが給料多いってことだよなぁ!」
 何がそんなに嬉しいのか分からないけども、どうやら内申点は良いほうに響きそうで安心した。
 井原先生は弾むような声で、
「みんな益岡と佐藤には期待してるってさ! これからもっと頑張れ! そんな生徒を受け持つアタシの自尊心のためにも!」
 そう言って俺の手を握ってきた井原先生の手を、即座にほどいて、自分と手を握る形にした佐藤さんは、
「あーしと益岡に任せるし!」
 と言って、まあ何か、どっちでもいいけど、とは思った。
 どうせ俺は学校でオナニーをしたことによる、バディだから。
 昼休みはそっからの井原先生の饒舌トークで時間が潰れて、五限目・六限目じゃあ帰りのホームルームかって時にまた事件が起きた。
 いつの間にか隣のクラスの女子の傘に墨汁がみっちり掛けられていたのだ。
 うちの高校は傘やコートを廊下に下げておく決まりがあるので、どうやら授業中に誰か抜け出して掛けたみたいだ。
 それかまあ授業始まるギリギリ直前に掛け切ってから、授業を受け始めたか。
 墨汁は実際掛けられているというかその傘(ビニールじゃない、ちゃんとした高い傘)いっぱいに中へ溜められていて、パッと見じゃ分からない。
 その傘を所有していると思われる女子はその場に膝から崩れ落ちて大泣きしている。
 佐藤さんは即座にその現場に駆けつけて、現場検証という名の野次馬をしている。
 俺は佐藤さんに耳打ちをして、今この場所から誰も動かないでほしいと言ってくれ、と指示を送った。
 佐藤さんは指示通りにまるで拡声器を使っているかのような大声で、みんなを制止させてくれた。
 俺はその女子と一緒にまずは傘の中に入った墨汁を蛇口のところへ捨てに行った。
 男子は苦手だけども、最近は佐藤さんと会話することにより、女子とならギリで会話できる。
 とは言え、泣きじゃくっている相手限定かもしれないけども。たいした会話する必要無いし。こっちが一方的に、
「一緒に墨汁をまず捨てにいこう。大丈夫、傘は撥水効果があるからすぐに墨汁は落ちるよ」
 と励ましているだけだし。
 蛇口のところへ捨てた感覚として、これは正直、書道の墨汁分くらいだなと分かった。
 俺が戻ってきたところで佐藤さんにまた耳打ちをした。
 すると佐藤さんはうんと頷いて行動に移してくれた。
「書道を選択していた連中! 墨汁の瓶を見せるし! 残量見せるし!」
 その刹那だった。
 一人の男子がその泣いている女子のクラスの教室内を走り出した。
 俺は急いで入口のほうへ反復横跳びの要領で横跳びしていったんだけども、その前に中で他の男子に取り押さえられた。
「たかし! 逃げようとしただろ!」
 と取り押さえた男子が叫んだところで、他の男子が、
「つーか、たかし。今日授業で『書道今日で終わりなのに新しいヤツ買わされてメンドイし重ぉ~』とか言っていたよな」
 その後、そのたかしというヤツは自白した。
 まず墨汁持って帰るのが重くて面倒だった。そしてどうせなら嫌いな女子にイヤガラセしようと考えた、と。
 正直手柄は取り押さえた男子だよなと思いつつも、佐藤さんが崇め奉られていた。
 まあこれで佐藤さんの内申点がより上がるなら、それでもいいか。