「電気消すよ。」
「んー。」
薄暗い部屋の中で、スマホの画面の光がベッドの上のイツキの顔をぼんやりと浮かび上がらせる。
「目、悪くなるぞ。」
「俺昔っから目だけはいいんだよ。」
「知ってる。」

自室のシングルベッドはごく一般的な大きさだ。男子高校生が2人で寝るには少々狭く、自ずと身体はぴたりとくっつく形になる。
半分やけくそみたいな気持ちで身体を横向きにして、イツキを抱きしめてみる。
ふわふわした髪が鼻に当たってくすぐったい。うん、ちゃんと乾いてる、と妙な満足感を感じた。
イツキの両手が背中に回された。その様子が、掛け声をつけるなら『えいやっ』とでもいう様な、意を決したという風なのがなんともいえず可愛い。きっとイツキも同じような気持ちなんだ。
2人とも黙ったまま時間が過ぎた。
時計の針の音と、イツキと俺の呼吸音。こんな風に抱きしめて眠りにつけるなんて幸せすぎる。あぁ、おやすみって、言ってなかったな。どんだけ緊張してんだ。
ていうか俺イツキと本当にキスして……
「寝ちゃった?」
イツキが言い、応える前に首筋に唇が押し当てられた。
「ぅあっ。」
身体がビクンと震えてしまう。その反応を楽しむかのように、二度、三度と柔らかで暖かな唇は俺を弄んだ。
「おっ、起きてる、から、やめ……っ」
「ふふ。コウだってかわいーじゃん。」
腕の中で笑うイツキの声は子供みたいに無邪気だ。やっていることは別として。
くふくふと楽しそうな笑い声を漏らす唇を塞ぐようにキスをした。
イツキもついさっきの俺の様にビクリと反応し、抱きしめた身体の体温が上がるのを全身で感じる。
ちゅ、ちゅ、と、何度もキスをしてお互いの唇を確かめ合う。
かわいい、好き、大好き、かわいい、かわいい、大好き……
ばかになってしまったらしい。それしか考えられないし、もうそれでいい。
「…っはぁ……っ、」
イツキが苦しそうに息を漏らした。それでまた堪らない気持ちになる。
少しだけ開かれた唇をそっと舐めてみた。応える様にイツキの舌もおそるおそるうごめく。舌と舌が絡み合ってくちゅくちゅと湿った音がして、鼓膜から煽られているみたいだ。
……もっと、もっと見たい。もっと知りたい。
抱きしめていた手をそっと緩め、服の裾から侵入させた。想像していた通り、いやそれ以上に滑らかですべすべだ。
この白い肌に触れて、ここにも、ここにも、キスしたやつがいたのかもしれない。全部全部、上書きしてやりたい。
どうしてもっと早く、自分の気持ちに気が付かなかったんだろう。
好きだ、イツキ。どうしようもなく。
こんな執着みたいなの、お前は嫌がるかな。

「……っ」
「イツキ……?」
「ごめ、……なんでもなぃ…っ」
「…嫌だった?」
「ちが……っ、」
苦しそうに涙を堪えるイツキに俺はすぐに途方に暮れてしまう。
「嫌じゃない、絶対嫌じゃない……。イヤじゃねぇけど、コウの触るとこ、全部すごい気持ちよくて…、、」
「じゃぁ、なんでそんな辛そうにすんだよ。」
「だって、だってコウ、、なんでそんな慣れてんだよって、彼女とか、に、そんな風にしてたんだろうなって思ったらすげーやだ。俺だけいっぱいいっぱいで、俺の方が、ずっとずっと大好きだったのに、なんでもっと早く、言わなかったんだろって。全部俺が最初がよかっ……っ」
「してないよ。」
「ふぇ?」
「してない。誰とも。」
「だって……チサちゃんと、ずっと付き合って、、」
イツキはまたボロボロと涙を流す。自分で口にして、傷ついているのだ。
「お前のことが好きって気がついて、すぐ別れたって言ったろ。だから、なにもしてない。手も繋いでない。」
「うそだ。」
「こんな時に嘘なんか吐くかよ。正真正銘、童貞です。言わせんな。」
「俺が初めて……?」
「うん。初恋も、失恋も、ぜんぶイツキが初めてだよ。」
「じゃぁ、なんでそんな慣れてんの……」
「慣れてねーよ。慣れてねーけど、かわいー反応してくれるから、イツキのいいとこ、なんとなく分かるのかも。」
「……っばか。」
「てゆーか……それ、言うならさ、俺だってずっと嫉妬してるよ。おかしくなりそう。」
「嫉妬?」
「映画行った時……財布ん中の、見た。」
「財布?なに?」
「ゴム、入ってるだろ。」
「ゴ……あぁ、あれか。」
「誰と……とか、……っ、やっぱいい、言わないで。絶対言うな。」
1ミリだって知りたくない。
「あれはね。違うよ。使ってない。あれは榊せんぱ……、ふ、怖い顔。コウ、怖い顔んなってる。」
「ごめん。」
でも、その名前を聞くだけで俺は、……。
「榊先輩と付き合ってるって聞いた先輩の男友達?がふざけて俺にくれたんだ。あんなもん家のゴミ箱にも捨てらんねぇし、そのまま。入ってるのも忘れてた。」
「じゃぁ……」
「してねぇよ。誰とも。」
「だけどいっぱいいろんな子と付き合ってたろ。」
「それは……待って、ね、コウ、ちゅーしよう。」
イツキの両腕が首の後ろに回され、包み込まれるようにしてキスをした。
「どした。急に。」
「だってずっと怖ぇ顔してんだもん。」
怖い顔くらいするさ。
ほんとは全員覚えてる。榊先輩、アヤちゃん、神崎、いちか……忘れられるもんか。教室で、廊下で、クラスメイトが噂するイツキの彼女達の名前。耳にする度に苦しくて苦しくてたまらなかった。
「コウ、榊先輩がどんな風に言われてたか、知ってるだろ?」
「まぁ……うん。少し。」
「むこーから告ってきて実際すげぇ誘われたんだけどさ、俺がなんもしないから、プライドが傷ついた?とかですぐフラれた。」
「そう、なんだ。」
「そう、んでその後は、榊先輩と付き合ってた俺もそーいうことめっちゃしてるって思われてたみたいなんだよね。なのに俺が手ぇ出さないからなんか期待はずれって。みんながっかりした、別れようって毎回同じパターン。」
「……勝手だな。」
「俺が悪いんだよ。コウじゃないなら誰だって同じだって、告白されたらほいほいオッケーしてたんだから。俺が悪い。」
「イツキは悪くねぇよ。全部俺のせいだって言っただろ。」
「ふふ。コウは俺に甘いなぁ。……ももちゃんもそう。無理矢理キスしようとしてきたから、ごめんだけどそういう気持ちになれないって言ったら、こう、ほっぺたをパーン!と。」
「あぁ……。」
「でもさ、俺どうしてもダメだったんだ。コウ以外とはできなかった。こりゃもう一生童貞だなって覚悟してた。」
「うん。」
「だからさぁ、なんつーか、とにかく初めてなんだよ、全部。誰ともなんにもしてない。クレープ食いに行ったり?付き合うったって、そゆことくらい。キスとか、コウとしかしたことない。コウしか知らない。あーーダメだ、急に恥ずい。こっち見んな。バカ。」
そう言ってごろりと背を向けてしまったイツキを後ろから抱き締める。
「俺だけ?」
「そーだよ。……ニヤニヤすんな。」
「バレたか。」
「コウのことなんて全部分かるんだよ、バカ。」
うなじにキスすると、腕の中でイツキがピクリと震えた。
「ここにキスしたのは?」
「……ぜんぶお前がはじめてって言ってんじゃん。」
「好き。」
「うん。」
「イツキ、好きだよ。」
「うん。」
「きっと……俺が初めてじゃなくても、こういうことできなくても、俺、ずっとイツキのこと好きだ。」
「ぶふっ、、そんな硬ってぇの当てられながら言われても説得力無ぇな。」
「それは……すまん。」
「あはは。わかるよ。俺もそう。エロいこととか無しでも、コウと一緒にいたいって思うよ。それに……こっちもおんなじ、だし。」
「ほら」と導かれたそこに触れると、イツキは微かに身悶えた。